第143話 止まらぬ戦い
急いで城の外まで戻ってきたグランフォルはその光景を見て目を疑った。
「なんだ……これは」
今朝、城を出たときと比べるのが馬鹿馬鹿しいほど様子が違っていたのだ。
門前には松明が並べられておりもし敵が夜に攻めてきたとしても対処できるようになっている。
さらには城の周りには木の柵が複数建てられていた。
もはや戦準備は万全だろう。
グランフォルも戦争をする気ならば一切の文句はなくむしろよく自分が不在だった僅かな時間でここまでの準備できたものだと感心してしまう。
外景だけでなく空気感も桁違いに変わっている。
むしろ、そちらの方が重大な問題だ。
どこに向けられているのかわからない無数の殺気が漂いひしひしと伝わってくる。
(これほどの手際……やはりジュロングの差し金か)
グランフォルの頭に最悪の展開が過ぎった。
(手遅れ……なのか…? いや、まだだ!! まだ間に合う。このいがみ合い、絶対に戦争にしてはならない!)
消極的になった自分を叱咤しグランフォルの泳いでいた瞳に覚悟が備わった。
堂々とこの場の主としての態度をまといながら歩を進めていく。
目の先には完全武装した門番二人はグランフォルに気づかずに相談をしあっていた。
「どけ!!」
道を阻んでいるその門番たちをグランフォルは歩みを止めず無理やり横に突き飛ばす。
急に突き飛ばされた門番の一人はこの張り詰めた空気で攻撃的になっているのか怒りで我を忘れており殴り掛かろうとした。
だが、寸前で突き飛ばしたのがグランフォルだと分かると顔を青ざめてゆっくりと拳を落とす。
グランフォルはそんな些事、目を向けることすらせずに前に進んでいく。
城の中に入ると外に漏れ出ていた殺気はほんの一部と突きつけられた気分になるほどの熱気で包まれていた。
もし敵が攻めてきたという報告が一つでもあれば即座に戦争に発展してしまうだろう。
この城において場違いなのはむしろグランフォルだ。
全ての兵はその身体を鎧で包んでおり腰には剣を携えている。
対してグランフォルはいつも通りの着崩した身なりで髪も整えずにボサボサだ。
もはや、止めさせようとすることは悪なのかもしれない。
だが、この兵たちと同様にグランフォルも退くことはできないのだ。
グランフォルは一回息を吸い込み真剣な眼差しで踏み込んでいく。
「静まれ!!」
「「おおおおーーー!!」」
大声を上げて鼓舞しあっている兵士の中に潜り込みそう怒鳴りつける。
だが、そう簡単には止まらない。
兵士たちの大声によってグランフォルの声は響くことはなく掻き消されてしまう。
怒りで盲目になっている兵士たちはグランフォルに気づいていない。
グランフォルは大きく息を吸い込み先程を越える大声で怒鳴りつける。
「静まれ!!」
今度は声だけでなくすぐ目の前にいた兵士を投げて地面に叩きつける。
次々と投げ飛ばしていくとようやくグランフォルの存在に気が付いた者が現れ始めた。
それが伝染していきやっとのこと静まった。
しかし、心の内に隠している闘志は兵士たちの中で燻り続けている。
それが目に取るように分かったグランフォルは前に出て跪く兵士たちを一瞥して怒鳴りつける。
「何をしている!! 誰が戦支度をしろと言った!?」
分かっている。
誰がこのようなことを仕組んだのかグランフォルは喫茶店のときの報告でとっくに知っているのだ。
だが、そう口に出さずにはいられなかった。
「そ、それは……」
「私です」
一人の兵士が口籠りながら答えようとしたときその兵士の後ろから口挟む声が聞こえてきた。
兵士たちが道を開けるとそこには武装しているジュロングの姿があった。
「ジュロング……やはりお前だったんだな……」
ジュロングは静かに頭を下げる。
その姿からは自分を叱ってくれと頼んでいるように感じそれがまたグランフォルを苛立たせた。
グランフォルは歯噛みしてゆっくりと言葉を紡いでいく。
「ジュロング、俺は……言ったよな。言葉が足りなかったか?」
手を出すなという意味を軍団長であるジュロングが履き違えるはずがない。
こちらも戦支度をすれば気運は高まり自ずと戦争に発展してしまう。
つまり、この手を出すなという意味は何もするなということに他ならない。
「まさか、まだ手を出していないなどと幼稚なことを言うつもりではないだろうな?」
自分の命令を完全に無視して独断専行に及んだジュロングに対して極めて冷静に確認を取る。
そのジュロングの返答は実に簡単だった。
「もちろんにございます。全て存じ上げています」
その言葉でグランフォルを冷静に保っていた糸が千切れた。
グランフォルは心中でもしかすると自分の伝達ミスだったのではないか、それでなくとも何か見落としていたのかと危惧して初めから怒鳴りつけることなどはしなかった。
しかし、ジュロング本人の口からグランフォルは間違ったことは言っていないと言った。
つまりジュロングは命令違反を認めたのだ。
「分かっているのか! お前がしようとしていることが! こんな仲間割れをして誰が喜ぶ? この戦い、勝ちにしろ負けにしろ何も残らない!!」
グランフォルはそう怒鳴って少し冷静になり切らした息を整える。
落ち着いたグランフォルは目を暗くして淡々と述べていく。
「ジュロング、お前には軍団長から降りてもらう。命令を守れないやつに軍を預けることはできない」
「ハッ!」
恭しくジュロングは頭を下げる。
「そして、お前には牢に入って貰う。そこでしばらく反省していろ。おい、連れて行け」
グランフォルはすぐ近くにいた兵士に目配せをする。
しかし、命令違反をした者に対しての罪として位の返上と牢へ軟禁とは甘いと言えた。
厳しいところでは死罪、優しくても追放が良いところだ。
それでもこの裁定を下したのはジュロングの今までの功績並びにグランフォルの甘さと言える。
グランフォルは激怒していても冷徹にはなれなかったのだ。
「?」
グランフォルが命令してから数秒は経ったがジュロングは拘束されなかった。
「おい、早くしろ」
グランフォルは声を低くして脅すように言うがそれでも動かない。
そのときジュロングが伏せていた顔を上げた。
「しかし、グランフォル様……。そのご命令は全てが終わった後、お受けいたします」
「……なんだと? おい! さっさと連れて行け!!」
わけが分からないことを言うジュロングを無視してグランフォルはそう兵士たちに怒鳴りつけるが結果は変わらない。
兵たちに顔を向けると無言であるがその瞳には断固とした意志があった。
「ここにおる者、全て儂に同心してくれました。全てはこの国をグランフォル様をお守りするため」
それを聞いてグランフォルは青ざめる。
「全てが片付き次第、ここにいる全員、グランフォル様の裁定に従い罰を受けるつもりでございます。たとえ死罪を申しつけられようと全て従います」
ジュロングが跪き頭を伏せるとその他全ての兵たちは頭を深く下げた。
これは配下たちの反乱ではない。
この者たちの忠義は本物だ。
グランフォルは目眩で蹌踉けそうになる。
(無理だ。……もう、止めることはできない!)
ジュロングに見せしめとして罰を与え他の兵たちを脅し勝手な行動を控えさせるというグランフォルの策は儚く散ってしまった。
既に兵士たちは死すらも覚悟している。
この者たちを考え直させることは可能だろうか。
その覚悟はグランフォルの命を守るためにある。
これが他国との戦争であったならばどれ程心強かったことか。
グランフォルの腕の力が抜けたことを確認したジュロングは立ち上がり檄を飛ばす。
「敵は軍団長デンバロクじゃ! 間違ってもフィルイン様を傷つけることはするな! 我らは命を賭してグランフォル様のお命をお守りするのじゃ!」
「「おおおおーーーー!!!!」」
放心したグランフォルはただ自分の力のなさを不甲斐なく感じていた。
(自分の配下を制御できなく何が王だ……。ふざけるな)
その後、グランフォルはお飾りとして配下の暴走を眺めることしかできなかった。
数日後、王都の前にもう一つの都市イリュンの軍勢が到着した。
その軍勢を率いるのはもちろんグランフォルの弟であるフィルインだ。
グランフォルは最後の賭けとしてジュロングに言葉を投げる。
「ジュロング、フィルインとの話の場を設けたい。伝令を送ってくれ」
「分かりました」
フィルインならば必ず誘いに乗るはずだとグランフォルは確信している。
伝令を送ってからはもう椅子に腰掛けてただ待つことしかできない。
(頼む……)
話し合いになればきっとフィルインとの和解も進み内乱にはならずに済むだろう。
だが、その考えは見事に砕かれる。
最悪の形で。
そのとき慌てた様子の兵士が会議室に賭けてきた。
酷く息を切らしており報告しようにもできずにいる。
「どうした!?」
その尋常でない様子にジュロングは嫌な予感を過ぎったのか鬼の形相で兵士に尋ねる。
グランフォルも当然その兵士の様子に気付かないわけがない。
そもそも兵士が報告しに来た時点で嫌な予感はしていた。
もしかすると相手方の返答である可能性もあったがそれはないだろう
なぜならまだ伝令を送って間もなく相手の陣に到着すらできる時間ではない。
グランフォルの頭の中に鳴り響く警鐘はこの兵士の報告の続きを聞くなと訴えかけている。
しかし、兵士は息を整え終えてグランフォルの覚悟を決める時間を与えずして驚くべき発言をした。
「伝令は敵陣に向かったところ問答無用で敵の矢によって打ち抜かれましてございます!」
嫌な予感は見事的中した。
報告を受けたジュロングは身体を怒りで震わせている。
「デンバロクのやつめ!! なんと卑怯な手を!! 伝令を殺すとは!!」
そして、ジュロングはグランフォルに顔を向ける。
「もはや、デンバロクの謀反は明白。この戦い、雌雄を決するまで終わりません」
ジュロングはグランフォルの言葉を待たずに会議室から出て行こうとする。
「待て! ジュロング!」
そう叫びつつもグランフォルは次の手を思いついてはいなかった。
(どうする……! どうすれば! もう無理なのか! いや、まだだ! まだ手があるはず!)
そして、グランフォルは閃いた。
しかし、これは決して賢い案ではない。
下手をすれば自身の命を落としかねない方法だ。
それでもこの争いを止めることができるならばこの賭けにでる価値は大いにあるとグランフォルは考えた。
「俺が伝令として赴く。俺ならば即座に殺してくるなんてことはないだろう。どうしてもフィルインと話がしたい」
その言葉を聞いたジュロングはもの凄い速度で振り返った。
「なりません! 危険でございます!」
「そのこと分かっている! だがもうこれしか方法はない!」
即座に殺すことはないと言ったがそれはあくまでもその可能性が高いだけだ。
もしかすると先の伝令と同じく有無を言わさず矢を放たれるかもしれない。
グランフォルは立ち上がり準備を行おうとする。
だが、その動きもすぐに止まった。
「おい、何をしている! 離せ!」
グランフォルの両手を複数人の兵士たちが押さえてきたのだ。
その兵士たちが力を入れグランフォルは完全に身動きが取れなくなってしまった。
「グランフォル様、この戦い。儂にお任せください」
ジュロングは恭しくそう言うとグランフォルを取り押さえている兵士たちに目配せをした。
「お連れしろ」
「ハッ!」
そして、グランフォルは小部屋に閉じ込められてしまった。
グランフォルが連れて行かれるのを見届けた後、ジュロングは今すぐに自害したい気分に駆られた。
「何度も命に背いたばかりか主君を軟禁するなど……。いや、ここまでのしたのだ。必ずグランフォル様に勝利をお届けする! そして、王座にグランフォル様を」
ジュロングとしてもこの展開はありがたかった。
グランフォルが王になることを反対する幹部陣を根こそぎ絶やすことができるチャンスだったからだ。
ジュロングの拳に力が入る。
「皆! これがこの国の命運を分ける戦いじゃ! 覚悟せよ!!」
そのとき再び伝令が会議室に来た。
その慌てぶりは先程とは桁が違う。
ジュロングの言葉を待たずして伝令は報告する。
「敵勢、先程押し寄せ我が方、奮戦するも戦線は崩壊! 敵は既に街に進出しております」
「なんじゃと!?」
ジュロングの動揺は大きい。
敵の動きが早すぎる。
グランフォルとの一悶着の隙に敵勢は総攻めを行っていたのだ。
これはジュロングの読みが外れたと言ってもいいだろう。
ジュロングはもっと時間をかけて敵は攻めてくると考えていた。
もはやグランフォル派の勝利は絶望的。
「あの若僧め、まさか儂の動きを読んでおるのか」
しかし、ジュロングは不敵な笑みを浮かべる
「面白い。皆慌てるな! 今からが本番じゃ! 勝っている敵は油断しきっているはずじゃ。今、全身全霊の反撃を食らわせば崩れるのはあやつらじゃ。兵を集めよ! 打って出る!」
「「ハッ!」」
ジュロングも剣を持ち会議室を後にする。
そして、些細な諍いから始まった内乱は頂点を迎えた。
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