第142話 別れの挨拶
フレイシアたちがソフラノ王国に到着してから一日が経過した。
物資の調達やらはデルフとウラノが行うため朝早くに出かけていった。
特にすることのないフレイシアとアリルは昨日訪れたとは別の喫茶店に訪れていた。
この喫茶店はあまり大きくはなく人の出入りも少ないが味は本物でフレイシアは夢心地のように紅茶を口に含んでいる。
カップを受け皿に置きフレイシアは少し気落ちした表情をする。
「……何もしないのは気が引けたので私も手伝おうとしたのですがね」
声を小さくして呟くとアリルが励ましの言葉をかけてくれる。
「フーレ様には別のお役目があるのですからそれまで英気を養っておけばいいのです」
「そう言いますが……」
フレイシアは再び紅茶を一口含む。
「それで、なんであなたがここにいるのですか」
アリルはちらりと隣に視線を移動させると薄緑の長髪の青年グランフォルが同じく紅茶を啜っていた。
「いや〜お茶の約束をしていたのに日時を言い忘れたことに気が付いてな〜」
あははと笑いながらグランフォルはそう答える。
フレイシアはそのグランフォルの様子に違和感を覚えた。
(昨日と少し様子が違いますね……)
グランフォルの笑顔の裏には薄らと影があった。
アリルも気が付いたのだろう。
グランフォルに怪訝な表情を向けていた。
気になったフレイシアは聞いてみることにした。
「何かありましたか? グランフォル様?」
「い、いや……何でもない」
フレイシアの質問に慌ててそう答えるグランフォル。
何かあったのは様子からしてもはや明らかだ。
少し寂しそうな顔をするグランフォルにかける言葉が見当たらないフレイシアはそれ以上は何も言わない。
「ささっ、湿っぽい話は終わりだ。せっかくだしもっと明るい話をしようぜ」
無理やり作ったような笑顔を見せるグランフォルに同意して談話を再開した。
しばらく話が続いた後、デルフとウラノが喫茶店に入ってきた。
「あっ! デルフ様!」
急にぱっと顔を輝かせたアリルの嬉しそうな声でフレイシアもデルフに気が付いた。
「デルフ、もう良いのですか?」
「はい。大方の準備は整いました。いつでも出発できます」
「分かりました。ですが今日はゆっくりして明日辺りに出立しましょう」
デルフは頭を下げて了承を示す。
「いや、今すぐに出た方が良い」
デルフたちの会話に口を挟んだのは言うまでもないグランフォルだ。
グランフォルは俯いていたが雰囲気は先程とはかなり違う。
「どういうことですか?」
「それは……」
言い淀んでいるグランフォルにデルフは口を開く。
「やはりこの国は何か問題があるようだな。第一王子であるグランフォル殿」
「なぜそれを……って言いたいところだが本名を名乗ってしまったら気付くわな」
デルフは王子であるグランフォルに敬意を表して目を伏せる。
(なぜ買い出しにデルフとウラノ、二人も行くのか気になっていましたがどうやら情報収集を兼ねていたようですね……)
フレイシアは驚きながらも内心で納得する。
アリルはデルフとグランフォルを二度見して酷く驚いていた。
「えっ!? えっ!? こんな人が王子!?」
「こんな人とは失礼だな……。まぁこの容姿だとそう思われても仕方がないか」
ボサボサの髪に着崩している自分の服装にグランフォルは苦笑する。
「差し詰め、王が不在と何か関係あるのだろう?」
グランフォルは少し驚いた表情をしたが黙ったままだ。
(どうやら国の問題はデストリーネだけではないようですね)
しばらく沈黙が続きついに黙っていたグランフォルは意を決したように口を開いた。
「……詳しくは言えないがもうすぐでこの国は一波乱を迎える。決して争いにはさせないつもりだがどうなるか分からない」
グランフォルは少しフレイシアに目だけを動かして見詰めた後、すぐにデルフに視線を戻した。
「すぐにこの国から出立しろ。今ならまだ間に合う」
デルフは一回頷く。
「そうしよう」
「悪いな……。言うのが遅くなって。最後ぐらい楽しく喋りたかったんだ。……俺の我が儘だな」
そうフレイシアに向かって頭を下げ謝罪するグランフォルに笑顔を向ける。
「謝る必要なんかありません。私も楽しかったですよ」
「そ、そうか」
戸惑いながらも嬉しそうにするグランフォルを見てフレイシアも微笑みを返す。
「それで争いを止める手段はあるのか?」
デルフの質問にグランフォルは少し悩んでいたが言葉を絞り出した。
「まぁ……な。確実に争いを止めるための手段なら一つある」
少しだけ含みのある言いにデルフは目を細めたがすぐに元に戻した。
「そうか」
そのとき喫茶店の扉が思い切り開かれた。
その音でこの場にいた全員は扉の方に視線を向ける。
そこには息を大きく切らしているソフラノの兵士が立っていた。
容姿はまだ若くフレイシアでも見ただけで新兵であるとわかるほどだ。
兵士は喫茶店の中を一瞥しグランフォルの姿を見つけると安堵の表情を浮かべた。
「グランフォル様……ようやく見つけた」
そう独り言を漏らした後、兵士は顔を引き締めて敬礼を行った。
自分の所属と名前を名乗った後、至急の報告があるとグランフォルに伝える。
「で、報告は何だ?」
そう兵士にグランフォルが尋ねるが兵士はデルフたちに視線を向けて口籠もる。
それでグランフォルは察し腰を上げて兵士に近寄っていく。
兵士が報告をしているのも束の間、グランフォルは驚愕の表情を浮かべた。
目は見開いており冷や汗も流れている。
「それは……本当のことか?」
「ハッ!」
グランフォルは歯ぎしりをしながら頭を手で押さえる。
「分かった。すぐに戻る。ジュロングの阿呆に馬鹿な真似はするなと言っておけ!」
「わ、私がですか!?」
「早く行け!」
「ハッ!」
兵士は慌てて走り去っていく。
「まさかこんなに早いなんて……」
自分の世界に入っていたグランフォルはハッと気が付きゆっくりとデルフたちに振り返った。
「すまない……がここでお別れだ。本当に短い間だったが楽しかった」
「ここで会ったのも何かの縁だ。手伝ってやろうか?」
フレイシアは間髪を入れずにそう言ったデルフを不思議そうに眺める。
デルフの表情から嘘は一つもないことはすぐに分かったがそう言った理由が思いつかない。
しかし、グランフォルは首を振って断った。
「これは俺の国の問題だ。他所の者たちに手を借りるわけにはいかねぇさ。この国の威厳に関わるからな。だが、気持ちだけは有り難く受け取らせて貰う」
そう言った後、グランフォルはフレイシアに一度目を向けた後名残惜しそうに逸らして去って行った。
その去って行くグランフォルの背中はすぐに消え入りそうなほどゆっくりと距離を遠ざかっていき扉が閉まったことにより完全に見えなくなった。
(……まさか?)
フレイシアは去って行く儚そうなグランフォルの顔を見て一つの予感が脳裏に過ぎった。
そして、すぐにフレイシアは決心し立ち上がりデルフに目だけを向ける。
「デルフ」
そう言葉を発しただけで全てを理解したようでデルフは軽く頭を下げた。
(本当に私には勿体ないほどの騎士ですね……ふふ)
デルフはフレイシアの近くにより小声で話しかけてきた。
「この際、この国に恩を売り協力を申し出ましょう」
この旅の目的は大国に協力要請を申し入れることにある。
そして、全てを完了した後に一斉にデストリーネに向かって攻め上る。
なぜ小国は対象外というと大国に比べて数多くあり時間が足りないというのもあるが一番の理由は大国を味方に付ければその周辺の小国は自ずと味方に付くためだ。
わざわざ赴く必要はないとデルフが言っていたことをフレイシアは思い出す。
しかし、今回は話が別だ。
この国には既に足を付けているため懐柔できるならした方が良い。
しかし、デルフが含んだ笑みを見せていることからして正直なところ懐柔するという目的はただの理由付けだ。
「向こうは手伝いはいらないと言ったのでこちらの目的を遂行しましょう」
デルフは悪戯な笑みを浮かべながらそう進言する。
「方法は問いません。とにかくあの方を死なせてはなりません」
「分かりました。ただあの者の顔を潰すのは俺も望みません。危なくなったら出て行くことにします。そして、仕上げは任せてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
思いのほか乗り気なデルフにフレイシアは微笑む。
「楽しそうですね。厄介ごとに巻き込まれるのは嫌だったのではないですか?」
正直なところフレイシアはデルフならばすぐにこの国を出ようと進言すると思っていた。
しかし、二つ返事で了承されたのはフレイシアにとって拍子抜けだった。
「もちろんそれに越したことはないのですが……恐らくもう手遅れでしょう」
そのとき、いつの間にかこの場から消えていたウラノが戻ってきた。
「殿」
「どうだった?」
「殿の仰っていた通り既に道は封鎖されていました」
「やはりか……」
王都内である外も既に騒がしくなっていることから戦準備が進められていることが分かる。
「まぁ、それが理由というわけではないですが」
「余程、あの方が気に入ったようですね」
「ええ、もしかしたら俺が待ち望んでいた者の一人かもしれませんから」
フレイシアは嬉しそうにくすくすと笑う。
デルフはそんなフレイシアを不思議そうに見詰めている。
「ど、どうかしましたか?」
「祠で目覚めたとき大分変わったかと思っていましたがそんなこと杞憂でした。やはりいつまで経ってもデルフはデルフですね♪」
「一人ならば大分変わっていたでしょうが幸い俺は仲間に恵まれています。それに自分の頭の中でうるさい奴が間違いを正してくれるので自分を見失うことはないと思いますよ」
デルフは苦笑しながらも嬉しそうにそう答える。
「では、デルフ。頼みましたよ」
そして、デルフはウラノを連れて行動を開始した。
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