第144話 暴走する配下
王都マシックに軍勢を進める数週間前。
都市イリュンでは第二王子フィルインは自身の居城の執務室で暗い表情をしていた。
それもこれも自身の配下たちの制御が上手くいかないためだ。
「デンバロクは一体どうしたというのだ……。父上が亡くなってから一年が経ったというのにこの国にはまだ王がいない。早く兄上に王座についてもらわなければならないというのに」
このことをデンバロクに説明してもその場ではよくよく吟味すると言っていたが結局対応は変わらなかった。
フィルインにはデンバロクが何を考えているのかさっぱり分からない。
(このままでは兄上に申し訳が立たない)
兄であるグランフォルは自分が支えていかなければならないと意気込んでいたがその結果、むしろ足を引っ張っている。
「私はまだまだ未熟だったのか……」
自分への怒りから拳を握りしめ机を思い切りどんっと叩く。
「私がしっかりしなければ!」
フィルインは自分に叱咤しデンバロクに言いくるめられないように、逆に言いくるめるように決心する。
そのとき、ノックが聞こえてきた。
「誰だ?」
「デンバロクでございます」
フィルインは入れと言葉を投げかけるとデンバロクは部屋の中に入ってきた。
デンバロクは茶の短髪に青みがかかった鎧を纏っており雰囲気からだけでも相当な実力者であることが分かる青年だ。
伊達に若くして軍団長に登り詰めていない。
兄であるグランフォルとそう年齢は変わらない容姿をしているが清潔さを保っている分、デンバロクの方が印象は良いと言わざるを得ない。
「丁度良かった。私もお前に話があるんだ」
「フィルイン様。お待ちを。至急の要件ですので」
そう口を挟まれたがいつもと違う様子のデンバロクを不思議に感じフィルインは文句を言わずに続きを言うように促す。
「フィルイン様はご存じですか? 今、この都市で広がっている噂を」
「噂?」
「はい。王都のグランフォル様に不穏な動きが見受けられました」
フィルインはそのデンバロクの言葉を一笑に付す。
「ただの噂だ。別段、気にする必要はない」
「しかし、無視はできません。王になることができない腹いせにフィルイン様の命を狙っているとも十分に考えられます」
その言葉は流石に笑うことができなかった。
「デンバロク。言葉を選べ。兄上がそんな愚行を犯すわけがない」
「人は変わります。目の前にある玉座を手に入れることができずにいるのです。既にフィルイン様の知るグランフォル様ではないのかもしれません」
「お前が兄上のご即位を邪魔しているからだろ!! そう思うなら早く兄上のご即位に賛同しろ!」
兄を馬鹿にされ怒りの頂点に達したフィルインは怒鳴りつける。
しかし、デンバロクの反応は冷ややかだった。
「フィルイン様……本当にグランフォル様が王に相応しいとお思いですか?」
「な、なんだと!?」
まさかの反論にフィルインは戸惑ってしまう。
「王族とは思えぬ姿と振る舞い。剣技に置いても平凡並びに学問も真面目には取り組もうとしない。そんな御方が王に相応しいと本当にお思いなのですか?」
フィルインは言葉が出ない。
言い返せない自分に腹が立つ。
そして、ようやくフィルインは言葉を捻り出す。
「兄上はああ見えて立派な御方だ。私たちが誠心誠意支え続ければ比類のない王となられると確信している」
「それならば……。それを理解しているフィルイン様こそ私は王に相応しいと考えます」
そう迷いなく堂々と言ってのけるデンバロク。
言葉の意味が分かっているのかと問いかけようとするがそのデンバロクの眼差しから確実に理解していると実感でき寸前で言葉を止める。
「デンバロク……下がれ」
頭を悩ませるフィルインはようやく言葉を絞り出した。
「フィルイン様、私に何か用があったのでは?」
「いいから下がれ!」
「ハッ!」
そして、デンバロクは一礼した後に執務室から退室した。
「デンバロク、お前は分かっていない。兄上のことを。兄上に比べれば私など取るに足らない」
その言葉を堂々と言えないことにも自分の弱さを感じ悔しくなる。
その怒りを再び机にぶつけた。
執務室に鈍いそして空しい音が響く。
執務室を退室し廊下を歩いているデンバロクは苛ついていた。
(いつも考える。なぜ、フィルイン様が次男であるのかと。そして、なぜ嫡男があの男なのか)
デンバロクは意識せずに歯ぎしりをする。
(今はグランフォルが王に即位することを遅らせているがそれもいつまで持つか。私の配下の幹部もそろそろ反逆罪を恐れる頃合いだ。それももしジュロングの
だが、グランフォルやジュロングはデンバロクの配下の幹部たちがデンバロクの下で一枚岩となっていると思っている。
なのでグランフォルたちは火に油を注ぐまいとデンバロクの配下に口を出す気は無かった。
しかし、それを知らないデンバロクは内心では焦っていた。
(あの老害が! 嫡男が王に就くのが当然という風潮に縛られやがって。能力が高く、気品があるフィルイン様こそどう考えても王位に相応しいだろ)
デンバロクはそれほどグランフォルが王座に就くことを快く思っていなかった。
今まで遊び呆けていたやつが王の死と同時にやる気を出しさも当然というように玉座に座ろうとすることが許せなかったのだ。
そして、誰よりもフィルインが王になることを望んでいた。
(普段は遊び呆けていた者が真面目になると好印象になりいつも真面目に取り組んでいる者の評価を上回るなんてあってはならないことだ! そんなこと断じて許せるものか!)
勢い余って壁を思い切り叩きそうになるが寸前のところで思い留まった。
そして、怒りの形相と打って変わり思い出したように口元を釣り上げた。
(しかし、それもあと少しで終わる。布石は打った。これで少なからずもフィルイン様はグランフォルに疑念を抱かれたはず)
「デンバロク殿!」
そのとき配下の幹部がデンバロクを呼びながら前から走ってきた。
その者はデンバロクの考えに賛同してくれる幹部の一人で一番にデンバロクが信頼を置いている人物だ。
「どうした?」
「準備全て整いました」
「そうか。ご苦労だったな」
「それにしても外には漏れても良いから内には極秘にしろとは中々骨が折れましたよ。それで……どこかと戦争でもするつもりですか?」
「……お前は知らない方が良い。何か聞かれたら私の指示で何も知らないと説明しろ」
少し戸惑っていた様子だったがすぐに同意し去って行った。
「準備は整った。こんな小さな国は周りの変化に順応しなければ生き残ることはできない。この国も変わるときが来たのだ。」
デンバロクは目の色を変える。
「ジュロングのやつならば私が見せびらかした不穏な動きをすぐに察知する。そして、対抗するため戦支度を必ず整えるはず。それが私が流した偽りの噂を真実にする」
そして、ジュロングは時期を見計らい行動に移した。
その手際は洗練されており瞬く間にデンバロクの思うようにことが進んだ。
フィルインのすぐ目の先に見える光景。
それは王都マシックだった。
(どうしてこうなったんだ……)
フィルインは周りの兵たちの顔を眺める。
その誰もが闘志を身に宿らせており気迫が凄まじい。
もし、何かきっかけがあれば怒濤に攻撃を始めるだろう。
(デンバロクの話と違うじゃないか)
フィルインは都市イリュンから行軍する前のことを思い出す。
執務室でデンバロクと一悶着があってそう時間が経たないうちに伝令から至急の知らせが届いたのだ。
その内容は王都にて不穏な動きがあるというものだった。
伝令から詳しい話を聞いている最中に並々ならぬ気迫を持ったデンバロクが執務室に尋ねてきたのだ。
デンバロクの口からは伝令以上の内容が知らされた。
兄であるグランフォルがフィルインの討伐を行うために挙兵したと言ったのだ。
名目としては空席になっている王座にグランフォルが就くことの邪魔をするフィルイン一党は王国の反逆者でありソフラノ王国の安泰のために討伐するというものだ。
フィルインとしては何かの間違いだともちろん言った。
そして、調べ直せとも。
しかし、それをデンバロクは否と答えた。
それでは遅すぎると言ったのだ。
さらにこちらも直ちに準備を整え向こうを迎え撃つ準備を整えなければならないと進言してきた。
フィルインは兄と争う気は毛頭ないがデンバロクたちを納得させられるだけの改正案が考えつかなかった。
そんな意気消沈しているフィルインに見かねたであろうデンバロクは安心するようにこう言ったのだ。
「フィルイン様、何も争うためだけで進軍するのではありません。自身を守るため、話し合うための進軍とお考えください」
フィルインはそのデンバロクの言葉に従った。
グランフォルに直接話を聞くために王都に向かうことを決意したのだ。
少人数で向かった方が良いのではと考えたがそれはデンバロクが猛烈に反対をした。
フィルインは信じていないがグランフォルが自分の命を狙っているというのに殆ど丸腰で向かえば相手の思うつぼだと言ったのだ。
そして、王都マシックのすぐ近くで陣を張っている現在に至る。
とてもじゃないが周りの空気は話し合いに来たものではない。
それに戸惑いながらもフィルインは先程遅らせた伝令の返答を待つ。
「デンバロク、伝令はまだ戻らないのか?」
フィルインは隣にいるデンバロクに目を向ける。
「はい」
「そうか……」
そう重々しく答えるも内心では嫌な予感しかしなく焦っていた。
伝令を送ってから大分時間が経ったのにも関わらずまだ返答が来ない。
そのとき、前が騒がしくなった。
フィルインは即座に前に向かうとグランフォル側の一人の兵士が馬でこちらに向かってきていたのだ。
(どういうことだ? 一人で攻めに来たというのはまずないだろう。すると伝令? しかし、こちらも伝令を送っているはずだ。なぜ、その伝令は戻ってこない?)
最悪の想像が頭の中を駆け巡る。
しかし、それも目の前の伝令から全て聞けばいい話だと考え丁寧に迎えるようにと皆知らせようとした瞬間。
「放て!!」
一瞬、何の声か分からなかった。
フィルインは戻ろうと反転していた身体を元に戻して前に目を向ける。
すると伝令の身体には矢が刺さっており力なく落馬した瞬間が目に入った。
「なっ……」
フィルインはゆっくりと隣にいるデンバロクに目を向ける。
その男こそが先の一声を発した者だ。
「何をしたか分かっているのか!! デンバロク!」
鬼の形相になり怒鳴るフィルインに対してデンバロクは至って冷静だった。
フィルインはそのデンバロクの不気味な雰囲気から強烈な覚悟を感じて怯んでしまう。
「フィルイン様。伝令が戻らずに向こうの伝令がこちらに向かってくること。つまりそういうことなのです。覚悟なされませ。今のが開戦の合図なのです」
そして、デンバロクは大きく息を吸い込み声を張り上げた。
「皆の者!! これより総攻めを開始する!! 目指すは王城!! 突貫せよ!!」
そのデンバロクの掛け声によりいつでも動けるように待機していた軍勢が急激に移動を開始した。
一人取り残されたフィルインは全ての望みが絶たれたことを悟った。
「私は、なんと言うことを……」
そして、デンバロクの企みにようやく気が付いたのだ。
「まさか……デンバロク。私を王座に就けるために……この機に乗じて?」
フィルインは怒りで目の前が真っ白になった。
「私はそんなこと望んでいない!!」
もぬけの殻となった陣でフィルインの空しい声が響く。
「どうすればこの戦いは止まる? 兄上、本当に私の命をお狙いになったのか……。どちらにせよここで立ち止まっている暇はない! こうなれば直接話を伺うだけだ!」
そして、フィルインは馬に乗り先に行った軍勢を追いかける。
それと同時にフィルインの軍勢は王都にへと進出した。
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