第133話 因縁の対決
黄金に輝く鎧を着用している騎士が不敵な笑みを浮かべながら歩いてくる。
その最中に地面から伸びた土の棘は崩れて砂となっていく。
強化兵とは違い兜を被っていなく顔が見える。
だが、ウラノはその顔には見覚えがなかった。
その騎士の視線はウラノではなくアリルに向いているがアリルもウラノと同じく記憶にないようでゴミを見るような侮蔑の視線をその騎士に送っている。
その騎士はそんなアリルを見て頭にきたようで表情を憤怒の色に変えた。
「あなたに忘れられるのは少々苛つきますね……。私は覚えてますよ。あなたに与えられた屈辱を!」
そう言うがアリルの答えは辛辣だった。
「はぁ? 僕はあなたみたいな何一つ魅力もない人なんて見覚えはありませんが……。ゴミはさっさと消えてください」
その騎士は今にも斬り掛かりそうなほど激昂し歯ぎしりをしたが必死に抑えた。
「そうですね。あなたが話の成り立つ相手だとははなから考えていませんよ。改めて自己紹介します。私はラングート。デストリーネ王国天騎十聖の一人です」
「ラングート……?」
アリルがどこかで聞き及んだ名前だと少し考え込む。
「知っているのですか?」
ウラノがラングートから目を離さずにアリルに尋ねる。
「聞いたことがある気はするんだけど……思い出せないということはそこまで大事ではないと思います」
「そうですか。しかし、どうであれ天騎十聖……小生たちが倒すべき敵に変わりはありません」
「とんだ大物が来てくれました。ふふふ、またデルフ様のお役に立てます!」
そう興奮して言っているアリルだったがウラノは彼女が肩で息をしていることを見逃さなかった。
「どれくらい余力はありますか?」
そう言うウラノも強化兵の戦いでもう限界に近かった。
「一人や二人、増えたところであまり変わりはありません。弱音を吐いている場合であはありませんよ。チビ」
「弱音ではありません。あなたが小生に付いてこられるかを案じただけです。それだけ喋ることができれば大丈夫でしょうね」
なんやかんやで仲の良い二人は小声で言い合いをする。
ラングートは余裕の表情で二人を見ていた。
アリルは懐からゴムを取り出して髪を後ろに束ねる。
「始めから飛ばします。付いてきてください!」
ウラノは頷いて答える。
「あなたは自由にやりたいように動いてください。小生が支えます」
そして、二人はラングートを睨み付ける。
「準備は終わりましたか?」
笑みを含んだ物言いにウラノは平静に答える。
「おかげさまで、それよりも二人がかりで卑怯などと言わないでくださいよ」
「ハッハッハッハ!! 私がそのようなことを? 面白い冗談ですね! あなたたち二人程度では崇高なる力を手に入れた私の前では虫けら同然だと知らしめてやりますよ」
そう言ってラングートは剣を抜いた。
その刀身はギザギザに折れ曲がっている雷のような奇妙な形状の剣だった。
(突きは警戒した方が良いですね。言わずともアリルも分かっているでしょうが)
相手の剣を見ても一切の動揺を見せずにアリルは勢いよく飛び出して様子見程度に“
とはいえ手加減はなく全力で行った。
“鎌鼬”で対処できるならばまだ余裕があるがそうでないならば厳しい戦いになるという線引きをするためだ。
そして、その答えは前者になった。
一直線に向かってくる空気の刃をラングートはその剣で打ち払ったのだ。
「なるほど……魔法剣ですか」
アリルの“鎌鼬”は並の剣であればそれごと切り裂くほどの威力を持っている。
それを打ち払えるほどの強度を持つのは魔法剣だろうとアリルは考えた。
「ご名答。魔剣サター、ウェルム様より与えられた至高の剣です」
アリルはラングートの言葉など聞く耳を持たず走り続けて飛び上がった。
そして、短刀二本の切っ先を向けてラングートに振り下ろす。
ラングートは剣で防ぎ力を入れてアリルを薙ぎ払う。
(隙ありです!)
素早くラングートの背後に回ったウラノは小刀を握りしめて振り下ろす。
だが、急に目の前が真っ暗になり顔に衝撃が走った。
ラングートはアリルを吹っ飛ばした後すぐにウラノに向けて蹴りを放っていたのだ。
初期動作のない蹴りにウラノは反応できずに後ろに吹っ飛ばされる。
(まさか……今のを防がれるとは)
地面に転がる前に体勢を立て直して地面を蹴りアリルの近くに降り立った。
「チビ、動きが鈍いですよ」
「そちらこそ……」
二人とは裏腹につまらなそうに剣を肩に置くラングート。
「はぁ〜。まさかこの程度だとはこんな相手に私は一度殺されたというのか。あなたが弱くなったのか私が強くなりすぎたのか」
その言葉でアリルはようやくラングートについて思い出した。
「ああ、あのウザかったお坊ちゃまでしたか」
嘲笑を含めたアリルの言い方に一瞬、激怒の表情を浮かべたラングートだったが必死に平静を装う。
だが、傍から見ていてもそれは丸わかりだ。
話しているアリルからにすれば尚更だろう。
「なるほど、自分の仇討ちということですか。悲しい人ですね」
「前とは大違いのその性格。それが本性でしたか」
「違いますよ? あれも僕に変わりありません。ですがデルフ様との出会いで僕は変わったのです! あなたには分からないでしょうけどね」
そう言った後、話は終わりだと言わんばかりにアリルは再び走り始める。
「また同じようなことを芸がないですね。あなた方との戦闘はもう飽きました。そろそろ、見せてあげましょう」
ラングートは握っている剣を地面に突き刺した。
「“
同時にアリルの進行方向の地面から無数の土の棘が飛び出した。
アリルは即座に避けているが着地すると同時に飛び立たなければ地面から生えてくる針に突き刺されてしまう。
何回も避けている内にもはや針の山と言っても差し支えがないほどの何本もの棘が聳え立っていた。
「めんどくさい、技、ですね!!」
着地して再び飛び上がろうとするアリル。
だが、そのとき拳を模した岩が勢いよくアリルに向かってきていた。
「えっ?」
虚を突かれたアリルは為す術なく直撃し地面を何回も跳ねて弾き飛ばされる。
「アリル!!」
そう叫ぶウラノも背後から迫ってきている岩の棒に気付かなかった。
そして、すぐに背中に衝撃が走る。
「がはっ!」
ウラノは吹っ飛ばされる最中にその棒が地面か伸びていることを目にした。
(まさか……?)
痛みに支配されている意識の中でウラノは一つの可能性が浮かび上がった。
「フハハ!! なんと無様な光景だ!! 素晴らしい! 何と素晴らしい力だ!!」
倒れているアリルとウラノを見て笑みを浮かべるラングート。
「とどめだ!!」
ラングートは二人の身体を埋め尽くすほどの大きな岩の棒を地面から生やして押し潰そうと勢いよく動かした。
「死ねぇ!!」
だが、そうはならなかった。
「“
アリルは身体を跳ねさせて飛び上がりすぐさま技を発動させる。
無数の真空の刃がアリルの周囲を飛び交い岩の棒を細切れにしていく。
地面から伸びている岩の棒は永遠に伸び続けるがアリルの攻撃の速度に追いついていない。
ラングートの攻撃は確かに強力だがアリルの速度には追いつけていない。
「何だと!?」
アリルはラングートに振り向く余裕を見せる。
「僕ばかり見ていて大丈夫ですか?」
「はぁ?」
そのときラングートの顔が痛みに歪んだ。
「な、んだ」
ラングートが痛みのする箇所に目を向けると輝きを放つ短刀が鎧ごと脇腹を貫いていた。
それを握っているのはウラノだ。
「なぜだ! なぜここにいる!」
ラングートはウラノが先程までいた場所に目を向けると岩の棒は確かにウラノを押し潰している。
だがそのとき岩の棒で押し潰され僅かに見えていたウラノの足が消え失せた。
「“
ウラノが使った“空蝉”は自身を形取った分身をその場に残す技だがウェルムの“分身と比べるのが烏滸がましいほどに精度が低い。
効果時間は短くウラノを模した出来の悪い人形のような見た目と完成度が低く実戦に使うには危険すぎることから今まで使っては来なかった。
しかし、ラングートのアリルばかりに気を向けているという慢心と油断から通用すると考えたのだ。
(気は乗りませんでしたが……)
中途半端なこの技を快く思っていないウラノは心の中でそう愚痴を言う。
ラングートは歯を食いしばりながらウラノに目を向ける。
それに合わせてウラノはさらに短刀を脇腹に押し込んだ。
短刀という蓋から赤い血が漏れ出ている。
「ぐぁ……。はぁはぁ……貴様!!」
「あなたは油断しすぎです」
ラングートは地面に突き刺している剣を引き抜きウラノ目掛けて横に薙いだ。
ウラノは後ろに飛び退き容易く躱す。
ラングートが攻撃を仕掛けた瞬間に周囲に出現していた岩の棘や拳は崩れて跡形もなくなっていた。
「やはり、剣を地面に突き刺している間だけの力だったようですね」
ラングートは地面を動かしている間、剣を地面に突き刺したまま動かなかった。
恐らく“土粒操”という技は剣を地面に刺し続ける行為と柄を握って魔力を流す行為。
この二つが合わさって成り立つ技だとウラノは即座に看破した。
ウラノは自分の予想通りの結果にほくそ笑む。
「だからどうした!! もう一度すれば良いことだろう!!」
ラングートは再び剣を地面に突き刺して地面から岩の拳を繰り出した。
(とはいえ……小生も今のでもう限界です)
身体が上手く動かないウラノは寸前で両手で防ぎ致命傷だけは避ける。
しかし、岩の拳がウラノを殴り飛ばしたとき両手に大きな鈍い音が広がっていく。
(ぐっ、やはり無理がありましたか……)
感覚が全く感じないことから両手の骨が完全に砕かれたことを悟る。
「私を馬鹿にするとは身の程を知れ!! 見せてやるぞ! 私の最強の技を!」
ラングートは気が付いていなかった。
両手を砕かれたはずのウラノに笑みが消えていないことに。
痛みに耐えながらウラノは言葉を紡ぐ。
「だからあなたは油断しすぎなのですよ」
その一言で技を放とうとしていたラングートは気が付いた。
だが、もう遅い。
(後は任せますよ)
ラングートが振り向くとすぐ前にアリルが迫ってきていた。
アリルの右手で握っている短剣を横に高速で回転させる。
すると、その手の周りに風の渦を発生した。
その勢いからアリルは僅かに体勢を崩すが必死に堪える。
「な……」
ラングートは動揺して動けていない。
「はああぁぁ!!」
アリルは相手の硬直を見逃さずそれをそのまま前に思い切り押し出した。
「“
風の渦はアリルの右腕から伸びていきラングートの身体を飲み込んだ。
その後も尚、風の渦はラングートを飲み込んだまま突き進んでいく。
ラングートは風の渦に身体を縛られ身動きができずにいる。
そして、その間も風の刃によって徐々に身体を切り裂かれ続けていた。
「さらに“旋風”!!」
追い打ちとばかりにアリルはもう片方の手でも風の渦を真上に飛ばしラングートを追いかけていく。
その風は飛ばされているラングートの真上まで急速に迫ると直角に折れ曲がった。
その風はラングートに纏わり付いていた風を取り込んで地面を抉りラングートを押し潰していく。
それだけではなく風の渦そのものも敵を切り裂くことを忘れてはいけない。
やがて風の渦は力を失い霧散する。
自由の身となったラングートは大きく抉られた地面の下に倒れたままだった。
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