第132話 コンビネーション
「チビ! 合わせなさい!」
ふわふわしているドレスを身に付けて走っているアリルは目の前の強化兵と自分との力量を計り一人では難しいと判断しウラノに言い放つ。
いつの間にかウラノに対してだけはたまに命令口調となっているもののウラノとしては言いつけを守ってさえくれればそれで良かったので別に気にしてはいなかった。
「分かっています。そちらこそしっかりしてくださいよ」
そう短い言葉を交わした後、アリルがさらに速度を上げてウラノを通り過ぎる。
同時にウラノは敵の背後を取るように動く。
だが、アリルは少し怪訝に思う。
目に分かるほどの挟み撃ちというのに敵は対処する素振りを一切見せなかったからだ。
(だとしても手加減はしません。早く倒してデルフ様に褒めてもらうのです!!)
アリルは走りながら両手で持った二本の短剣を構え技を繰り出す。
「“
短剣二本から交差した真空波が放たれる。
それは透明の空気の刃であり目視することは不可能に近い。
そもそも強化兵は避ける気は全くないようで簡単に直撃してしまった。
(えっ? ……呆気ないですね)
アリルの攻撃は敵の全身鎧を容易に切り裂いてしまい胴部分にバツ印を大きく描いていた。
強化兵の身体も切り裂いたようでバツの切口からは濁流のように紫の血が流れ始めた。
アリルとウラノの二人には血の色に驚きはない。
もはや何が起こっても不思議ではないと考えているからだ。
大怪我を負ったはずの強化兵は倒れずに立ち尽くしている。
だが力なく頭は項垂れていた。
案外簡単に攻撃が通ったアリルは拍子抜けしてしまい追撃が止まっていた。
「アリル、油断しないでください!」
項垂れていた強化兵は突如無造作に腕を思い切り振ったのだ。
アリルは上半身を仰け反らせること寸前で躱すことができた。
ウラノの注意の声で反応できたと言っていいだろう。
それでも少しばかり遅れてしまい前髪が僅かに切られてしまい宙に舞っている。
「そうですか。呆気ないと思ってましたがそれがあなたの力ですか」
強化兵の手は変形しており刃物の形をしていた。
指や掌など手だった名残は見当たらない。
さらにその手刀には魔力を纏わせている。
その魔力は鋭く放出されており少しでも触れれば人の身体など簡単に両断してしまうだろう。
(この国の武士が使っていた技に似ていますね)
しかし、見た感じではフテイルの侍大将であるサロクよりは劣っているように見える。
それでも驚異なのは間違いないが。
そのとき背後に回っていたウラノが強化兵を思いきり蹴飛ばした。
「ッ……」
ウラノは強化兵から距離を取った後、片膝を落とした。
ダメージを負ったのは完全に背後を取ったはずのウラノの方で強化兵は倒れているものの大して効いていないだろう。
確かに生身で金属の鎧を蹴飛ばすのは負担が掛かる行為だ。
しかしとアリルはそんな当たり前のことを重々承知でウラノは蹴飛ばしたはずだと考える。
それでも実際にウラノは顔をしかめている。
(解せないです。一体何が……?)
そう思ったのも束の間、アリルは気が付いた。
ウラノの足から血が垂れていることを。
アリルはウラノの前に移動して尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「はい。この程度なんともありません」
お互いが敵から目を離さずに情報交換していく。
「チビ、それで何か分かった?」
ウラノは立ち上がりながら答える。
「この傷は反撃を受けたというわけではなく恐らくあの魔力を身体全体に纏わせているためでしょう」
「……魔力に切れ味を持たせていると考えるのが妥当ですね。……いざ相手になると厄介ですね」
切れ味的にはフテイルの武士が勝つだろうが刀だけにしか纏わせていない。
この強化兵は身体全体が刃物と同然であると考えた方が良いだろう。
そうなると攻め手がかなり絞られてしまう。
「取り敢えず、体術は危険と言うことですね」
アリルは再び短剣を構える。
考えている間、強化兵は虚ろな状態で立ったままだ。
ウラノと喋っている間にも攻めてくると思っていたアリルは僅かだが苛つく。
「“鎌鼬”!」
同じ技を再度放つが敵の魔力に防がれてしまった。
しかし、アリルの攻撃の威力が若干敵の魔力を上回り浅いが手傷を負わせることには成功している。
それでも傷は緩やかな速度で塞がっていく。
とはいえフレイシアの“再生”よりは遙かに遅く自然治癒がほんの僅かに早まっている程度の回復量だ。
しかし、回復手段があることは脅威であることに変わりはない。
時間をかければ今までの攻撃は全て無駄になってしまうだろう。
ウラノはすぐさま敵の背後から兜に目掛けて小刀を振り下ろす。
しかし、威力が足りず簡単に弾かれてしまう。
「小生の力では無理ですか……。アリル! 兜を狙ってください!」
自分の力では敵の防具ごと斬ることはできないと確信したウラノは恥を忍んでアリルに叫ぶ。
アリルはすぐに“鎌鼬”を兜に放つが何度も同じ技を受けて流石に慣れてしまった強化兵についに避けられてしまった。
しかし、アリルは避けられたことよりもその方法に苦笑いを浮かべる。
「本当に笑わせてくれますね」
アリルの短剣が直撃する寸前、強化兵の身体に変化が起きた。
鎧を突き抜けて背中から肌色の両翼がバサッと出現したのだ。
その翼をはためかせ軽やかに攻撃を躱してしまった。
「全く敵はビックリ人間を作ることしか頭にないのですか……」
ウラノも呆れたように呟く。
「しかし、飛んだからと言って油断しすぎです!!」
アリルが無造作に再び“鎌鼬”を放つ。
それに込めた魔力は先程と比べてかなり上がっている。
さっきまでの攻撃は様子見程度のもので今度が本命だ。
アリルも敵の手の内が分かるまでは自分の力を隠して誤認させるつもりだった。
そして、敵はアリルの目論見通り奥の手を吐き出させることに成功した。
だが、まさか空を飛ぶとはアリルも思っていなかったが。
アリルが放った“鎌鼬”は容易く兜を切り裂き顔に横一文字の傷を作った。
強化兵は切り裂かれた兜を煩わしく思ったのか魔力の込めた手で掴みまるで服のように引きちぎった。
そして強化兵の顔が明らかになる。
目は完全に紫に染まっているが屈強な面構えをしている男性だ。
その姿にアリルたちはやはり人だったのかと顔をしかめる。
少しは相手にしているのは魔物であり人ではないという希望があったが砕かれてしまった。
「酷いことを……」
ウラノはすぐに覚悟を決める。
幸い、ウラノにとって最大の壁であった鎧はアリルに切り裂かれたところがあり攻撃が通るようになっている。
兜に至っては自分で壊してくれた。
ウラノは左手を懐の中に忍ばせる。
アリルはさらに攻撃の姿勢に入っておりその場で短剣を何度も振り“鎌鼬”を連発していく。
狙う場所は胴体ではなく二枚の翼。
胴体は鎧に守られており兜はなくなったが翼よりは小さい頭を狙うよりこちらの方が格好の的だからだ。
アリルが放った“鎌鼬”は次々と翼を切り裂いていく。
強化兵もついに躱そうとするが飛ぶのになれていないらしく不安定で動くことすらままなっていない。
そして、宙に浮くのを保つことができなくなってきた強化兵は徐々に下降していく。
それを好機と見たアリルは追撃を仕掛けようと上に飛ぼうとしたとき強化兵は苦し紛れの攻撃の準備に入っていた。
始めに自身を鋭利な光で包み込んだ。
そして、落下の速度を切り刻まれ見る影もなくなった翼で操ってアリルに突進を仕掛けてきたのだ。
直撃すれば身体は細切れのミンチにされるのは目に見えている。
普通ならば避けるが吉だろう。
だが、今のアリルは追撃の態勢に入っていたため僅かばかり反応が遅れてしまった。
アリルは避けることは不可能だと瞬時に理解し短剣で受け止めることに決めた。
「チビ! 僕が引きつけるからなんとかしてください!」
そして、アリルと強化兵はぶつかった。
力を交差し合っているだけなのに剣戟の音が鳴り止まない。
火花を散らしながらアリルは強化兵の力に押し負け引きずられていく。
ウラノは即座に動いた。
自分の力では敵の魔力で威力を殺されてしまうことは十分に承知している。
悔しいが攻撃力においてアリルに負けている。
どちらかというとウラノは戦闘には向いていない諜報向けの技が多いのだ。
しかし、デルフの一番の臣下を名乗る以上はそんな甘えたことも言っていられない。
ウラノはアリルと衝突している強化兵を追う。
アリルも必死に踏ん張っているが吹っ飛ばされるもしくは切り刻まれるまで時間の問題だ。
ウラノは距離を詰めると懐に忍ばしていた左手を思い切り振った。
太陽に反射された二本の輝きが一直線に強化兵の後頭部目掛けて進んでいく。
その輝きは強化兵が纏っている魔力に触れると一本は力なく弾かれてしまったがもう一本は突き抜けて後頭部に刺さった。
しかし、威力をかなり落とされたため浅く刺さり時間も経たずしてあえなく地面に落ちてしまう。
だがウラノは安堵した表情になる。
狙い通りだからだ。
少しで掠ればその威力は発揮するものそれは毒針だ。
そのとき強化兵に変化が起きた。
纏っていた魔力が消え失せ勢いが完全に消失したのだ。
そして、もがき苦しみ始めた。
ウラノが用いた毒は自分で調合し作った物だ。
まず、相手の思考を鈍らせていく。
思考が鈍れば魔法を保つことは不可能になる。
次の段階で思考だけではなく臓器の働きまでを鈍らせる。
そうして、やがて死に至るという恐ろしい劇毒だ。
魔物や目の前の強化兵にこの毒が効くのかという多少の賭けだったが効果覿面(こうかてきめん)でこの勝負はウラノの勝ちになった。
強化兵は苦し紛れに手刀から元の腕に戻して疲弊し肩で息をするアリルを鷲掴みにする。
そしてそのまま投げ飛ばした。
「くっ!!」
アリルはかなりの距離を飛ばされていく。
そんなアリルを見てウラノは自分が動こうとするが強化兵を完全に倒す技をウラノは持ち合わせていない。
しかし、それでもやるしかない。
ウラノは走り出し小刀を思い切り振りかぶった。
そして、無防備の強化兵の首に振り下ろす。
最初はやすやすと小刀が首に入ったがその途中で止まってしまった。
自分の力のなさを悔やむ。
「やはり無理ですか……。しかし、命ある限り諦めるわけにはいきません!!」
ウラノは一か八かの可能性にかける。
そのときウラノの小刀に輝きが灯った。
それは鋭利な光の放出によるものだった。
「できましたか……これなら!!」
ウラノは小刀にありったけの力を注ぎ込む。
すると、全く進まなかった小刀は勢いを取り戻して強化兵の首を進んでいく。
そして、強化兵の首を大きく跳ねることに成功した。
首が地面に落ちたことを確認したウラノはホッと息を吐き出す。
「自分の力になれていないようでした。もう少し上手く立ち回られていればやられたのは小生たちの方でした」
「チビ!!」
そのときアリルの声が響いてきたのと同時だった。
胴体だけとなったはずの強化兵が急に動き出し魔力の籠もった手刀をウラノに繰り出したのだ。
ウラノは反応に遅れた。
だが、アリルが前に現われてウラノを蹴飛ばす。
「“
アリルは両手に持っている短剣を器用に手だけで振り回し始めた。
すると、アリルの周囲に無色の斬撃の嵐が発生する。
嵐の中に拳を突っ込んだ強化兵は細切れにされそれは身体にも及ぶ。
アリルの“笹時雨”は一体に無数の斬撃を放つ技だ。
その軌道はアリル自身にも読めなく完全な無差別であるため正直避けようがない。
しかし、欠点としては周り全体にも影響を及ぼすため近くにいる味方にも被害がいってしまう。
そのためアリルは発動する前にウラノを範囲外まで蹴飛ばしたのだ。
“笹時雨”を止めると残ったのは紫の水溜まり上に肉片となった強化兵の姿のみだった。
「……何とかなりましたか」
もし強化兵が魔力の鎧で身を包んでいたままだったら“笹時雨”では捌ききれなかっただろう。
個の威力では“鎌鼬”の方が上なのだ。
ウラノも起き上がってアリルに近づいてきた。
「助かりました…」
「礼はいいですよ。あなたがいなくなればデルフ様が悲しむと思っただけです」
素っ気なくアリルはそう言う。
「それではデルフ様のところに行きましょうか」
「そうですね。殿ならば大丈夫でしょうが、いざという時に盾にならなくては」
アリルとしてもその答えには同感だったようでデルフのことを思ってか顔を赤くして頷いた。
しかし、それも一瞬でアリルの顔が険しくなる。
「どうかしましたか?」
尋ねる束の間、ウラノも気付いた。
二人はその場から飛び跳ねると立っていた地面が動き始め土の棘となって急速に浮き出てきたのだ。
「おや、避けましたか? 強化兵と戦ってまだそんな余裕があるとはなかなかやりますね。いえ、そうでなくては歯ごたえがない」
そう言って強化兵とはまた別の騎士が歩いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます