第134話 制限時間

 

 ついに立つことすら叶わないほど限界がきたアリルは腰を地面に落とした。


「もう無理ですよ……」


 息切れが激しくそう呟くのもやっとだ。

 短刀も地面に落としてしまっている。


(アリルも限界のようですね。いや、小生の方が負傷は大きいですか……)


 ウラノは両腕をぶら下げながらゆっくりとアリルの側まで近づいていく。


「流石でした」

「あれだけお膳立てしてくれれば誰だってできますよ」


 そうアリルは素っ気なく呟く。


「褒め言葉なのですから素直に受け止めてください。まぁ言っても無駄だと思いますが」


 ウラノも息をつこうとその場に座ろうとしたそのとき前方の穴からが小石が落ちる音が聞こえてきた。


 アリルは嫌そうな顔をしてウラノは驚いた表情をしている。


「ま、まさか……」

「冗談じゃない。これで立ち上がりますか」


 そして、ウラノたちの予想通り穴から出てきたのはラングートだった。


 ただラングートも相当な手傷を負っている。


 左腕はぶら下がり足を引きずらせ剣を杖代わりにしてようやく立つことができている状態だ。

 目も負傷しているのか右目は閉じており左眼も半開きになっている。


 あの飾り物のように煌びやかな鎧も血や砂埃が付着しており輝きを失っていた。 


「よ、よくもやってくれたな……」


 ラングートは先程までのお遊びの雰囲気はまるでなく身を刺すような殺気を放っていた。


 左目が血走っており正気をもはや失っている。


「まさか、今までのは本気ではないと……」

「あの怪我で何ができるのでしょうか。今更、何もさせませんよ! デルフ様の褒め言葉を貰う邪魔はさせません!!」


 アリルが最後の力を振りしぼりラングート目掛けて突撃する。


 鬼の形相となっているラングートは右腕で持った剣で迎え撃つ構えを見せる。


(相手は怒りで我を失っている。今ならば不意を打てる!)


 ウラノは即座に懐に忍ばせてある毒針を取ろうと手を動かす。

 しかし、ウラノのぶら下がっている手は思うように動かずそれでも無理やりに動かそうとしたとき激痛が全身を駆け巡る。


「ぐっ……」


 その激痛に耐えることができなかったウラノは膝を崩し倒れてしまう。


「今、動かなければ……いつ動くのですか!」


 口はいくらでも動くが腕が全く動かない。

 自分の不甲斐なさが悔しく感じるがウラノは視線を前に向けるのがやっとだった。


 ウラノが目を向けたとき両者がぶつかり合おうとする寸前だった。


 そのとき二人の間から凄まじい衝撃が生じた。


 ウラノにまでその衝撃による突風が届いてくる。


 初めウラノはそれが二人の剣がぶつかったときのものだと考えた。

 しかし、それは間違いだった。


 突風が届くと同時にアリルがウラノの横を飛んでいったのだ。


 その勢いは凄まじく後ろにあった大岩を貫いても衰えずにアリルを連れて行く。


「は?」


 これがラングートの隠していた力量の差なのかとウラノは過ぎった。


(まさか、あの怪我でアリルを一方的に……)


 だが、それも間違いだった。


 ラングートもまたウラノとの同じ唖然とした顔になっていた。


(彼ではない?)


 そう思ったのも束の間、突然ラングートの前に女性が現われた。


 その顔にウラノは薄らだが見覚えがあった。


(あれは確か……)


 その女性は黒のドレスを着用し首には毛皮のマフラーを巻いている。

 そして、片腕には分厚い本を開いて持っていた。


 目の前に突然現われた女性の姿を見たラングートは慌てて言葉を発した。


「カハミラ様! なぜ、ここに……?」


 ラングートの第一声を聞いてウラノはようやくその女性の正体に気が付く。


(カハミラ……。倒すべき天騎十聖の一人。同じ肩書きですが確実にラング−トよりも強い)


 ウラノは危機感で一杯になる。

 ただでさえ、ラングートにも手を焼いているというのにさらなる強敵の出現。


 ウラノがどう対処するべきか頭を悩ませる。


 カハミラはラングートの傷だらけの姿を一瞥する。

 ラングートの質問の答えを返さずにカハミラは口を開く。


「随分と痛めつけられたようね。私はあなたに言ったはずよ。フレイシアを捕縛しなさいと。命令を無視したばかりかこのような無様な姿をさらすなんて」


 ラングートは返す言葉がなく黙ったままだ。

 どこかその表情には恐怖の色が浮かんでいる。


 そして、ようやくラングートは口を開く。


 その様子にはウラノたちに見せていた傲岸不遜の態度は一切ない。


「申し訳ありません!! 命令を無視したばかりかこの者たちがこれほどの力を持っているとは私の浅慮によりこのような無様をお目に入れてしまって!!」


 ラングートの言葉を聞いてカハミラは溜め息をつく。


「違うでしょ。あなたの敗因は己の力を過信しすぎたことよ。油断をしていなければ十分に勝てた戦いです。私のモルモットたちと戦って随分と疲弊していた相手だというのに……あなたを過大評価していたようね。やっぱり力を持つと人は傲り高ぶるのね」

「申し訳ございません!! 今すぐに命令の遂行を致します! もう少しお時間を頂けないでしょうか!!」


 だが、カハミラから返ってきたのはラングートに取って残酷な言葉だった。


「無理ね」


 ラングートは目で見て分かるほど顔が青くなっている。


 それに気が付いたカハミラはラングートを安心させるように言葉をかけた。


「ああ、勘違いしたのね。大丈夫よ。一回のミスぐらいは許してあげるわ。だけど次はないわよ?」

「は、はい!」

「それで無理というのは制限時間タイムリミットが来たということよ」


 カハミラが言い終わると同時にウラノの前にデルフが現われた。

 その両手には気絶して眠っているアリルを抱えている。


「殿!!」


 デルフはウラノの姿を見るとその隣にアリルを寝かせる。


 ウラノ両手を見て鋭い目をさらに細くしたがすぐに前を向く。


「アリルを頼む」


 そう言ってデルフは立ち上がり歩いて行く。


 デルフも壮絶な戦いを強いられていたはずなのに黒コートなどの衣服は所々破けているだけで一切の傷を負っていない。


 それどころか歩いている最中に黒コートの破けている箇所が埋めていくように徐々に修復している。


 デルフの姿を見たラングートは目を見開いて驚いていた。


「まさか、あれだけの魔物をこの短時間で……。強化兵もいたというのに……」

「あなたも分かったようね。これがジョーカーよ。私たちの、ウェルムの最後の障壁。そう簡単に倒せる相手じゃないわ」


 デルフはそんな二人の会話に興味もなくただ言い放つ。


「天騎十聖が二人か。思わぬ収穫だな」


 その瞬間、デルフの右腕に黒の瘴気が漂う。


 天騎十聖とはいえ二人、しかも一人は重傷。

 デルフは十分に勝ち目があると考えたのだろう。


(いや、これは殿の言う通り絶好の好機です。敵の主力を削れる機会。殿ならば後れを取ることもないでしょう)


 しかし、ウラノはデルフの手に纏っている瘴気が心なしかいつもより弱々しく見えた。


(殿も疲労困憊の様子……。だというのに動けない自分が憎い! なんのための臣下か!)


 敵もデルフの疲労に気が付いたのか口を開いた。


「流石のあなたも物量で攻められれば苦労しているようですわね」

「カハミラ様! 今のやつならば二人がかりでかかれば必ずや倒せましょう!」

「……果たしてそうかしら? まだ反省が足りていないようね。彼我の実力差を見極めることを覚えなさい」


 そのときラングートの顔が一気に青ざめた。


「なるほど、お前には効くようだな」


 そう言ってデルフはカハミラを見るが何の痛痒も感じていなく平然としている。


 デルフの手に握られていた物、それは短刀となっているルーだった。

 ルーを握っているデルフの威圧感は跳ね上がっている。


 後ろから見ているウラノでも血の気が引くほどだ。


「ふふふ、流石ですわ。ではこの辺りで私たちはお暇しましょうかしら」

「逃げるのか?」


 デルフは挑発するがカハミラには通用しない。


「ええ、勝てない戦いと意味のない戦いはしない主義ですの。ここでの勝負はあなた方に勝ちをお譲りしますわ。では、また会える日を楽しみにしております」


 カハミラは優雅に一礼した後、ラングートの肩に手を置く。


 書物のページを持っている手で器用に捲っていき途中で指を挟み止めた。


 すると二人の姿は掻き消えてしまった。


 デルフはしばらく戦闘態勢でいたがやがて緊張の糸を解きルーを手放す。


 短刀となっているルーは地面に落ちる寸前で黒い煙を発生し消え失せたときにはリスの姿に戻っていた。


「ウラノ、急いで戻るぞ。お前たちは早く治療した方が良い。走れるか?」


 無理だとは言えるはずがない。


「もちろんです!!」


 ウラノは手を着かずに立ち上がる。


 それを見たデルフは頷いた後、本陣に向かって走り始める。

 ウラノもその後を追う。


 そして、カハミラたちが退いたこともありデストリーネ軍は撤退を始めた。


 フテイル軍は追撃を行わずに隊列を組み直している。


 間もなくしてフテイル軍から勝ちどきの声が上がった。

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