第131話 王女たちの攻防

 

 ナーシャとフレイシアが素早く移動すると強化兵の一人が操り人形のような気味悪い走り方で追いかけてきた。


 ナーシャは既に刀を抜いており臨戦態勢をとっている。


 フレイシアはナーシャのすぐ後ろでこれもまた既に無数の“治癒の光”を周囲に漂わせている。


 ただしこの光はフレイシアが自在に操ることができるため間違っても敵を回復させるようなことはない。


「フレイシア、そこで支援お願いね」


 ナーシャは強化兵に視線を向けたままそう言葉に出す。


「お姉様もお気を付けて」

「大丈夫よ。私とあなたが組めば無敵よ! それに安心してあなたは必ず私が守るから」


 ナーシャは少しだけ首を回しにかっと笑ってみせる。


「さーて、行くわよ!」


 数えるのが億劫になるほどの淡い緑の光を引き連れてナーシャは走り出す。


 強化兵は先程から突っ立ったままだ。

 それはナーシャが走り始めてからも続いている。


「私を嘗めているのかしら? そもそもこの人の動きに知能を感じられない……」


 しかし、今はそんな事を考えている余裕はない。


 ナーシャは刀を両手で強く握り頭に向けて躊躇なく振り下ろした。


 キーンと金属の硬質音が鳴り響く。


 強化兵の顔を隠している兜に多少のへこみを作っただけだ。


「やっぱり……これじゃダメね」


 相手は全身鎧で身体全体を覆い尽くされており隙が全くない。


 策も立てずにごり押しだけではさっきのように弾かれてしまうだけだ。


 ナーシャにはフテイルの武将たちが使える気光刀のような便利な技はない。

 つまり全身鎧を切り裂く手段はなかった。


 今のままでは相手に傷を負わせることはほぼ不可能だろう。


 だが、それで諦めるナーシャではない。


 再びナーシャは刀を強く握って距離を詰める。


 今度は強化兵も剣を無造作に振り回すが単調な攻撃であるため容易く躱すことができる。

 むしろナーシャにとってはありがたい抵抗だった。


 そして、躱しながら間合いまで詰めたナーシャは刀を思い切り横腹に目掛けて振った。


 直撃し甲高い音が鳴って刀が弾かれる。


 弾かれた衝撃を殺すことなく無理やり次なる攻撃の勢いに変えて逆の横腹に刀を振る。


 弾かれたときの衝撃を殺さず強引に刀を振るという行為は身体に多大な負担が生じる。


 肩が脱臼してしまうなんてことが簡単に起きてしまう。

 むしろそれで済めば御の字。


 だが、ナーシャが負傷した瞬間に周りを漂っている光の一つがナーシャの身体に溶けるように入り込んでいきすぐに負傷を治してしまう。


 それもナーシャが痛みを感じる前にだ。

 痛みがあるかないかの違和感には襲われてしまうがそれを文句言うのは我が儘だろう。


「これでどう!?」


 刀による攻撃を二撃浴びせたナーシャは後ろに下がる。


 それでもただ鎧にへこみを付けただけであった。


 しかし、先程とは違う変化が生じた。


 刀が振れたところから少し遅れて衝撃が生まれた。


 それも一回だけではない。

 その数、およそ十回。


 “神速しんそく


 母であるエレメアが生み出した技で父であるリュースの得意技でもある。


 この技はリュースの死によって失われたはずだった。


 しかしエレメアからリュースへ、リュースからナーシャへとこの技は完全に受け継がれていた。


 ナーシャは教えてもらうことこそなかったがリュースが行っていたのを見たことがありこの一年に及ぶ山籠もりの最中に自力で身につけたのだ。


 それもリュースが最大で発動できた十回の繰り返しをだ。


 ナーシャの才能は本物と言える。


 両方の脇腹か発生した十回に及ぶ衝撃は強化兵の身体を挟み込むように少しずつ鎧を奥深くまでへこませていく。


 それでも鎧を破壊するまでには至らないが変形した鎧によって身体は締め付けられその痛みは想像するだけで顔をしかめてしまう。


 痛みで身動きが取れないだろうと考えたナーシャは追撃の一手を打つ。


 ナーシャは刀を下に持ち強化兵の兜目掛けて大きく斬り上げた。


 その攻撃にも“神速”を発動させている。


 ナーシャの推測通りに強化兵は反応できなかった。


 そして、刀が兜にぶつかる。


 刀は弾かれたが問題なく“神速”が発動した。


 一回、二回、三回へと次々と衝撃が兜を襲う。


 徐々に兜が強制的に上にずらされていき十回目にもなると上に打ち上げられた。


 兜を取られた強化兵の素顔が明らかになる。


 茶髪の髪をした女性だった。

 目をこれでもかと言うほど見開いておりその瞳は完全に紫に染まっていた。


 瞳は見当たらずどこを見ているのかさっぱりと分からない。


「何よ……これ」


 兜が取れたことにより今まで聞こえなかった強化兵の呻き声にナーシャは気付く。


 とてもじゃないが普通ではない。


 ナーシャは思わず後退りするほどの恐怖を感じてしまった。


 大魔術師のケイドフィーアの話を聞いているナーシャにはウェルムが人体実験をしていることは知っているが想像はできていなかった。


 心のどこかではリラルスのように自分を見失っていないだろうと決めつけていたが大きな間違いだと思い知らされる。


 現に理性を奪われ姿も豹変させている化け物とも呼べる存在が今戦っている相手だからだ。


 取り乱して前が見えなくなってしまうのも無理はないだろう。


 だが、その戸惑いが敵の反撃を許してしまった。


「お姉様!! 避けてください!!」


 フレイシアの叫び声が後ろからナーシャまで大きく響いてくる。


 しかし、それと同時にナーシャの左腕に激痛が走った。


「…ッ!」


 反射的にナーシャは右腕を激痛のする左腕に触れるとぬめっとした感触がする。


 触れた右手を目の前に持ってくると赤く濡れていた。


 そして、恐る恐る左腕に目を向けてみると何かで打ち抜かれたような跡ができており出血が絶えていない。


「お姉様! 前を見てください!!」


 ナーシャは激痛に耐えながらも前に視線を戻す。


 すると強化兵の背中から触手のような物が一本飛び出ており植物の蕾のようなものが先端にある。


 そして、強化兵の次の攻撃によりナーシャは自身を負傷させた攻撃を知った。


 強化兵の触手が突然動き蕾の先端が開花するように開く。


 さらにその中央に光がじわじわと収束していく。


「やばっ!!」


 ナーシャはそう勘づくと横に向けて地面を転がった。


 そのとき何かが横を通り抜けていく。


「嘘……」


 避けるまで立っていた場所は地面で深く抉れていた。


 ナーシャはゆっくりと立ちあがりその間にフレイシアの“治癒の光”が左腕を完治してくれる。


「何よあれ……反則じゃない!?」


 敵の攻撃は強力だった。


 ナーシャの目では捉えきれなく、また撃たれでもしたら一か八か自身の勘に従って避けるしかない。

 無傷で済む可能性は限りなくゼロに近いだろう。


 だが、敵も兜が取れたことにより首が丸見えになっていた。


「突破口はあるわね。けど避けきれるかどうか」


 ナーシャは後ろをチラッと見る。

 フレイシアはこくりと頷きナーシャは笑みを見せた。


「そうよね。いつまでもデルフに頼っていられないものね。ここで仮にも私が師匠だったと見せつけてやるわ!」


 ナーシャは持っている刀を両手で握り直して構えた。


 強化兵からは目を離さずに一回息を吐き気持ちを引き締める。


 感覚を研ぎ澄ましナーシャは走り出す。


 強化兵は触手から収束砲を照射するが事前に察知したナーシャは既に横に逸れていた。


 この収束砲は溜めるまでに少しの時間がかかると理解しナーシャはさらに速度を上げる。


 不発に終わったことにより強化兵は甲高い奇声を上げてナーシャを睨み付ける。


 ここでやっと強化兵からの敵意がナーシャに伝わった。


 ナーシャは怯まずに尚も走り続けるが強化兵に更なる変化が起きた。


 背中から見せている触手の数が跳ね上がったのだ。


 その数はおよそ十本ありそれぞれが同じく蕾のような先端をしている。


 ナーシャも流石に顔をしかめた。


 それも束の間、それら全ての触手が光を収束し始めた。


「不味いわね……。少し距離を……きゃっ!」


 ナーシャもそれを見て退こうとするが腹部に衝撃が走り地面に転がっていく。


 全てと思っていたが一本の触手は直接ナーシャを狙っていたのだ。


 鞭となった触手の速度はフレイシアの目では追いつかずナーシャへの警告が遅れてしまった。


 ナーシャは腹部に集中する鈍痛に苦しんでいたがその痛みは緑の光が身体に溶けたことですぐに消失し立ち上がろうとする。


 そのとき頭上が急に明るくなったのを感じた。


 真上に顔を向けると触手がそこまで移動して光を集中させていたのだ。


「ッ……」


 ナーシャは驚きで言葉を発することもできずに身体が固まってしまい思考も停止している。


 殆ど全ての触手による収束砲が照射されたときの光量はナーシャの身体を埋め尽くしてしまうだろう。


 そうなってしまえばフレイシアの治癒魔法といえども間に合わない。


 最悪の場合、そのままナーシャの存在は消失してしまうだろう。


 ナーシャは必死に避けようとするが身体が竦んでしまって上手く動かせない。


 しかし、それまで強化兵が待ってくれるわけでもない。


 光の量が限界まで溜まってすぐ予兆もなく照射された。


 ナーシャは迫り来る光を眺めることしかできなかった。


「ドジ踏んじゃったわね……」


 ナーシャは死を覚悟した。


 ナーシャの力量はこの強化兵には及ばなかった。


 だが、ナーシャは一人で戦っているわけではない。


「お姉様!!」


 ギリギリ間に合ったフレイシアはナーシャの前に立ち上を向いた。


「“能力解除ケヒト”!」


 フレイシアは片手を真上に上げ魔法を発動する。


 すると、その掌から迫ってくる光線と同じ大きさの魔力の壁を作りだした。

 透明で見えづらいが空間の歪みのような波紋が広がっている。


 そして、光線と障壁が衝突した。


 障壁は光線を受け止めて徐々にその威力を弱めていく。


 フレイシアが発動した“能力解除”はその名の通り触れたもののあらゆる付加された能力を解除する。


 その本質は影響を受けた物質を元に戻すことにある。


 フレイシアはその力を魔力によって作った壁に付与しているのだ。


 それによって強化兵が照射した魔力の光線を本来の魔素にへと戻しているのだ。


 だが、それでも魔素に戻す速度は光線の量を全て対処できておらずいずれ押し負けてしまう。


「フレイシア……」

「ごめんなさい。お姉様……。我慢できずに出てきちゃいました」


 必死に堪えているフレイシアを見てナーシャは狼狽える。


 しかし、全てを落とし込みナーシャの目に力が戻る。


「しょうがないわね。二人で倒すわよ!」

「はい!」


 気が付くとナーシャの周りに飛び交っていた“治癒の光”は消え失せていた。


 どうやら今フレイシアが使っている魔法は魔力の消費や扱いが難しくそれにしか集中していないと出せないのだろう。


 フレイシアの表情がさらに苦しさを増した。


 ナーシャは刀を握りしめて立ち上がる。


 そのときフレイシアが作りだした壁に罅が入った。


「お姉様、もう長くは持ちません!」


 ナーシャは素早く動き光線の範囲から抜け出した。


「私だって速度を売りにしているのよ!」


 一瞬で強化兵の背後に回り首に向けてナーシャは刀を全力で振る。


 光線を照射している強化兵にはナーシャの攻撃に気が付いていない。


 そして、刀が強化兵の首に入り込む。

 しかし、両断するまでには及ばず途中で止まってしまった。


 ナーシャの力では一押しが足りない。


「私の力じゃ足りないってことは分かっているわ!!」


 ナーシャは力押しをすることなく刀を引き戻して今度は逆側に刀を振り抜いた。


 その攻撃も途中で止まってしまったが同時に“神速”を発動させた。


 ナーシャの全魔力を注いだ渾身の攻撃。


 挟み込むように二つの斬撃が繰り返し強化兵の首を少しずつ突き進んでいく。


「お願い! これで倒れて!!」


 ナーシャの叫びが届いたのか十回に及ぶ斬撃の末、強化兵の首が大きく跳ねた。


 首がなくなった強化兵の身体は蹌踉めいて地面に倒れる。


「はぁはぁ……終わった……?」


 ナーシャは安堵して力を抜こうとするが倒れたはずの強化兵から伸びている触手の光線が止まっていないことに気が付いた。


「嘘! なんで!? フレイシア!!」


 いまだに光線を耐えているフレイシアにナーシャは叫ぶ。


 光線の勢いが強くフレイシアに抜け出す余裕なかった。


 フレイシアの“能力解除”の壁はもはや見るに堪えないほど罅だらけになっておりいつ粉々に砕け散ってもおかしくはない。


 強化兵ももう事は切れておりいずれ光線も止むだろうがそれよりも先にフレイシアが音を上げてしまうだろう。


 ナーシャは助けに走ろうと足を動かそうとするがうまく動かない。


「なんで……なんでよ!! なんで動かないのよ!!」


 殆どの力を先の一撃に込めてしまったため残存している力はもう無に等しかった。


「お姉様……大丈夫です。私は死にませんから」

「そんな問題じゃないのよ!!」


 無理やり作った笑みを見せるフレイシア。


 たとえ治るとはいえ怪我を負うのはいい思いはしない。


 それに身体が消滅するほどの光線を浴びて本当に“再生”が発動するか定かではない。


(なんで……必ず守ると言っておいて、なんで私が守られているの!?)


 そのとき、フレイシアの魔力の壁がパリーンと音を立てて粉々に割れてしまった。


「フレイシア!!」


 ナーシャの悲痛の叫びが周囲に広がる。


 だが、強化兵の光線はフレイシアに降り注ぐことはなかった。


 魔力の壁が砕けたとき、突如として黒の短刀がフレイシアの頭上に飛来した。


 短刀が避雷針のように光線をその身に受け止める。

 光線に触れた瞬間、短刀から黒の煙が出現し自身を包み込んだ。


 そして、次に姿を見せたときには真っ黒の円盾に変化していた。


 光線の全てを受け止めフレイシアを完全に守っている。


「まさか……ルーちゃん!?」


 その声に反応するように円盾は紫に光った。


 ルーにはフレイシアの“能力解除”のような便利な力はなく自身で受け止めているだけだ。


 そもそも待っていれば光線は止むのだが円盾となっているルーは自身を動かして光線の軌道を逸らした。


 飛んでいった光線はルーがやってきた方向に飛ばされる。


 ナーシャはその方向に目を向けると大量の魔物軍勢を相手に一人で戦っているデルフの姿があった。


 とてもではないがルーを救援に出す余裕はない。


 だが、それでもデルフはこちらにルーを差し向けたのだ。


「また、助けられちゃったわね」

「全く……です」


 フレイシアも魔力が尽きその場にへたり込むように座った。


 ルーが逸らした光線はデルフが相手している魔物の軍勢の一部を焼き払う。


 そのときサロクがナーシャたちの下に到着した。


「姫さんたち大丈夫ですかい?」


 サロクも随分と疲弊した様子であっちも強敵だったのねとナーシャは考える。


「ええ、なんとか。それよりもデルフを助けないと」

「そんな身体で、ですかい?」


 ナーシャは身体を動かそうとするが一度休みを取り始めた身体は言うことを聞かない。


「退くのも肝心ですぜ。それにあなたさん方が戻った方があちらもやりやすいんじゃねぇですかい?」


 そう言われてナーシャは気付いた。

 デルフはこちらの様子を窺いながら魔物たちを相手していることに。


 デルフの鋭い瞳は定期的にこちらを向いていた。


「お姉様……ここはデルフに任せましょう」


 悔しそうにフレイシアが言葉を絞り出す。

 ナーシャは渋々頷く。


「分かったわ……」


 サロクに肩を貸してもらい立ち上がるナーシャとフレイシア。


 いつの間にか円盾からリスの姿に戻ったルーはその様子をじっと眺めていた。


 ナーシャはルーに囁きかける。


「私たちは先に戻っているからデルフにこちらは気にしないでって伝えてくれるかしら?」


 ルーは無言でじーっとナーシャを見詰めた後、踵を返してデルフの下へ駆けていった。


「それじゃ悔しいけど行きましょう」


 ナーシャたちはサロクを護衛に本陣に戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る