第130話 侍大将

 

 サロクはデルフたちよりも先に動き強化兵の一人を蹴飛ばして場所を変えた。


「やっぱりかてーな」


 強化の魔法をかけているとはいえ流石に金属の鎧を蹴飛ばすのはむしろサロクの方にダメージがあると言える。


 サロクは出し惜しみなく気光刀を発動させた。


 鋭利な光を放出し続けている刀を静かに構える。


「さぁて、敵さんはどう来るか」


 しかし、敵の動きが見える前に先手必勝とばかりにサロクが先に動く。

 一直線に向かっていき横腹目掛けて全力で振り下ろした。


 下手をすればそのまま両断できるほどの力を込めた一撃だ。


 だが、強化兵は対応する素振りもなく呆気なくサロクの刀は直撃した。


「!?」


 しかし、その途中で刀は止まってしまった。


 だがサロクはそれで驚いたわけではない。


 刀は容易く鎧は切り裂くことができている。


 だが、強化兵の皮膚で完全に止まっており刀の勢いを全て殺されたことを悟る。


「気光刀が止められるってやべーな……こりゃ」


 堪らずサロクは後ろに飛んで距離を取る。


 しかし、強化兵も無傷と言うわけではなく微かだが血を流していた。


 サロクはその血を見て攻撃が一応通るという安堵よりも色を見て目を細める。


「紫……全くどうなってんだ? 人間じゃねぇのか?」


 そのとき強化兵に変化が起きた。


「があああああーーーー!!」


 強化兵はふるふると震えていたがやがて雄叫びを上げた。


 それも束の間、上半身の鎧が弾け飛んだ。


 瞳が真っ赤な男の上半身は肥大化していく。


 上半身と下半身の釣り合いが取れておらずいつ倒れてしまっても可笑しくはない。


 サロクも高い身長だがそれでもこの強化兵は見上げないと視線を合わせられないほど巨大化した。


 その巨大化に比例してサロクに伝わる危機感は増大する一方だ。


 時間をかければかけるほど厄介になっていくだろう。


 サロクは再び斬り掛かる。


 だが、振り下ろした刀の太刀筋は甘く容易く掴まれてしまった。


「ちっ、焦ったか」


 しかし、気光刀の切れ味は凄まじくそれを掴む手を斬り裂き続けている。

 だが強化兵の手は肥大化する一方で切断するまでには至らずむしろかすり傷ぐらいかと思うほどに与える傷は小さかった。


 それでも放すことなく掴み続ける強化兵の胆力は計り知れない。


 痛痒を一切感じていないのか強化兵はサロクの顔を覗き不気味な笑みを向ける。


 顔は所々肥大化しているがそのままの部分もある。

 それがさらに醜悪さを際立たせていた。


 自身の変化に身体が追いついていないのか鼻から口から目からも紫の血を零し続けている。


「増幅し続ける力に耐え切れていない。一体どうしたら人がここまで変わってしまうんだ……」


 サロクは光の出力を一瞬で大幅に増幅させる。


 強化兵もそれには痛痒を感じたのか顔をしかめ思い切り刀を投げた。


 刀を持っていたサロクはそれに連れられて吹っ飛ばされる。


 いきなりのことだったので反応できずに吹っ飛ばされた先にあった大岩に身体をぶつけた。


「ぐっ。いって〜な〜」


 サロクはすぐに身体を起こして刀を構える。


「これは最大出力じゃねーと無理じゃねーか?」


 すると強化兵はサロクとの距離が開いているのにも関わらずその場で拳を振った。


 サロクは目を見開いて驚く。


 強化兵の腕が伸びてサロクに向かってきたからだ。


「本当に出鱈目だぜ!」


 サロクは刀を鞘に戻して居合いの構えを取る。


「気光刀・飛月ひがつ


 サロクはまだ敵の拳が間合いに入っていないにも関わらず居合い斬りを放った。


 すると刀に放出している刺々しい光が刀から離れて振った方向に飛び出したのだ。

 刀には光は残ってはいなく金属の光沢を放っている。


 横に飛んだ斬撃が強化兵の拳を切り裂いていきやがて本体にへと届く。


 両断するまでには至らないが身体の半分までを切り裂いた。


 叫び声をあげる強化兵。


 筋肉を肥大化させてその傷を癒やそうと試みている。


 サロクはそんな隙を与えるはずがなくすぐさま止めを刺すために走る。


 瞬く間に距離を詰め一刀両断するために強化兵の真上に飛び上がった。


 振り上げている刀に再び光が凝縮する。


 そして技を行おうとした瞬間、サロクの真上に影がかかりすぐに衝撃が走った。


「がっ!」


 いきなり真下の地面に叩きつけられ危うく意識が飛びそうになる。


「やべぇ!」


 強化兵が追撃をしようと拳を振り上げたとき、サロクはすぐに身を起こして一旦退いた。


 サロクは油断などしていなかった。

 敵が反撃してくることは念頭に置いていた。

 もちろん両腕も意識に入れていた。


 しかし、それでも敵の反撃を許してしまったのだ。


 サロクは原因を探るべく強化兵に目を向けると簡単に見つかった。


「なんだあれは?」


 サロクの目に入った物。

 それは二本の腕。


 しかし、それらは本来あるべきでない場所にあった。


 強化兵の両方の肩甲骨のところから生えていたのだ。


 元からある腕を足せば合計で四本の腕。


 肥大化し筋力が途轍もなく増強した姿に四本の腕まで持った。


 もはや到底人間とは呼べなくなってしまった。


「時間をかければかけるほど奇抜な変化をしやがるな。あまり奥の手は見せたくなかったがやるしかねぇか」


 しかし、それを行うためには少し溜める時間が必要になる。


 サロクは隙を作るために行動を開始した。


 幸い相手には理性がない。

 つまり反射的に行動するだけで相手がフェイントをかけることはないと考えていい。


 案の定、サロクが真っ正面から向かっていくと相手は無造作に拳を振るった。


 虚を突かれない限りサロクに対してそのような攻撃は通用しない。


 前に進みながらも横に避けて容易くその拳を躱す。


 さらに、躱す寸前に飛んできた腕を切り飛ばしていた。


「種が分かれば造作もねぇ!」


 強化兵は狼狽えた様子もなく残りの三本の腕も同時に振るった。


 しかし、同じ方向ではなくそれぞれが別の方向からサロクに向かってくる。


 これを見てサロクは強化兵にも多少の知恵はあると考え評価を上方修正する。


 サロクは軽く飛び上がり刀を横に向けて目にも止まらぬ速さで回転し向かってきた拳を細切れにしていく。


 腕のなくなったもはや怪物と呼べる騎士はバランスを崩して蹌踉めいた。


 その隙をサロクは見逃さない。


 宙に舞ったまま刀に魔力を集中させていく。


 先程の河馬を斬ったときと同じような大きさになってもまだ魔力を研ぎ澄ます。

 すると、さらに一回り光量が大きくなった。


 そして、サロクは刀を両手で持って腰を回し力を溜める。


「気光刀・罪月ざいがつ


 力を溜めた刀を思い切り横に薙いだ。


 飛月のように斬撃が飛んだ束の間、色褪せた刀に再び同じ大きさの光が灯る。


 刀を真上に振りかぶり全力で振る。


 そして、縦の斬撃を生んだ。


 二つの斬撃は途中で重なり十字を描いて蹌踉めいている強化兵に飛んでいく。


 理性のない強化兵は呻き声を上げているだけで迫ってくる危険には全く気が付いてもいない。


 そして、サロクが放った斬撃は強化兵を通り過ぎた。


 斬撃はさらに飛んでいき大岩に当たって消え失せてしまった。

 大岩には途中まで十字が刻まれている。


 強化兵は自身の異変に気付いていないようだったがすぐに変化が現われる。


 最初は身体が血飛沫を上げて上下に分かれた。


 それでも必死に足を前に動かそうとするがそれすら叶わない。


 さらに身体が縦に分かれたからだ。


 切れ口から紫の血が濁流のように流れ水たまりを作っていく。


 それでも必死に動こうと身体を動かしていたがやがてその動きが完全に止まった。


「哀れだな。このような末路を迎えて」


 サロクは強化兵の冥福を祈り刀を静かに鞘に収める。


「しかし、こんなやつが大量にいるとなるとかなり不味いんじゃねぇかね」


 初見の相手とはいえここまで追い詰められたのは久しぶりだった。

 他の武将たちが相手にしていたら負けることはないだろうがよくて相打ち。


 そうサロクは判断する。


 サロクは肩で息をしている自分の身体を見て少し嫌気が差す。


「身体が鈍っているな。あいつらも交えて鍛え直すか。このままじゃ大将に呆れられちまうぜ」


 フテイルの矛であると自負しているサロクは改めてそう決心する。

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