第103話 語られる過去(1)
今より遙か大昔の話です。
私と……今はウェルムという名でしたね……。
改めて私とウェルムは昔は木造の小さな家でしたが今では祠となっているこの場所でのどかに暮らしていました。
そのとき私は巷では魔力の母と呼ばれ崇められていたのです。
昔は今ほど魔法は普及どころか目も向けられていませんでした。
なぜなら、使うことが出来る人が少なかったから。
具体的な使い方が解明されていなかったからです。
つまり、当時は生まれつき魔法が使える人と使えない人に分かれていたのです。
ええ、もちろん私は前者ですよ。
魔法が使える人は無意識の中で魔素から魔力の変換、そして魔法の構築を行い発動していました。
当時は魔法が使えるだけで人生の成功が確約されていたのですよ。
しかし、私は自分が特別だとは思わずに魔法の研究を日々繰り返していました。
そして、魔法を逆から辿ってみると魔法の元である魔素を見つけることが出来たのです。
本当に失敗続きで投げ出そうとしたことは数え上げてもきりがありません。
ふふ、空気中に漂っている魔素を発見したのは本当に偶然でした。
魔力が誰もが保有していることが分かった私は胸が躍りましたよ。
そこからの研究はさくさく進み、魔法の簡単化にも成功しました。
それから私は人々の暮らしをより良くすることを念頭に魔法を一般の生活の中に取り入れる試みとしてできるだけ魔法の使い方を多くの民たちに広めていきました。
懇意にしていた王国の幹部の方に輿入れするまでは王宮でそれなりの地位で働いていたのでそのときの伝を頼って国中に魔法を広めることは簡単でした。
私自身も魔素を魔力に変換し行使する仕方とともに生活を楽にする魔法などを教えていました。
えっ?
どうして広めたのかですか?
……そうですね。
今思えば広めるべきではなかったかもしれません。
ですが、私は王国の民たちの暮らしを知っていました。
そのときも戦争が続いておりました。
当時は今よりも戦争は過激でその消耗は殆ど民たちが背負わされとても貧しい生活だったのです。
私はどうしても助けになりたかった。
私ができることは魔法しかありませんでした。
私にはそれしか取り柄がなかったのです。
結果は民たちは喜び生活にも余裕が生まれてきました。
ですが、それは最初だけ。
日が経つに連れて徐々に悪い方向に向かっていきました。
それはあるとき私は王様から呼び出しを受けたときから始まります。
王様がそのとき私が知っている魔法の知識を全て教えて欲しいと言いました。
確かに民たちには生活に役に立つ魔法しか教えていませんでした。
ですがそれ以上の魔法となると危険が大きくなるものが多くそもそも使うことすらままならないものもありました。
そのことを説明すると王様は知っている魔法を記録に残したいだけだと仰いました。
念には念をと決して悪用はしないことを約束して頂きそのときに了承をもらったのです。
それが私の間違いでした。
その言葉を私は何の疑いもなく信じ込んでしまったのです。
何年も仕えていたので王様の人となりを知っているつもりでいました。
ですが、そのときには私が知っている王様とはもはや別人となっていたのかもしれません。
人は変わってしまうのです。
一体、私が王宮を離れてから何があったのか……今では知りようはありませんが。
私は王様の命令通りに私の魔法の知識を……五冊……何冊でしたっけ……?
確か五冊だったような……。
コホン、何冊かの書にまとめました。
それを献上したときの王様の目の色は今でも鮮明に覚えています。
欲に溺れたような笑みがその目から感じ取りました。
身震いした後、少し不審に思いましたが杞憂だろうと王様の満足した顔を見てそう納得してしまったのです。
そのときからです。
王国で不審な動きが始まったのは。
大きな変化は王国が魔法を新たな武器として用い始めたことです。
私が記した魔法を改良し、より人の命を簡単に奪う魔法に変えて。
その威力は絶大なもので王国は圧勝を重ねていきました。
それを私が知ったのはずっと後のことでした。
知ったときには手遅れ。
もはや、私には止めることが出来なかった。
最初は快進撃を続けていた王国ですがその魔法を見た各国も魔法を研究する動きを見せ始めました。
そして、各国の力の差はまた均衡に戻ってしまいました。
新たな力、魔法を戦争に追加して。
……はい。
分かっています。
私の浅慮が原因です。
そう言っていただけるのは有り難いですが、民たちの暮らしをよくするつもりの魔法が逆に民たちを苦しめるものとなってしまったのは事実です。
魔法を追加した新たな戦争はさらに過激さを増してしまいました。
不幸中の幸いで私が記した魔法の中で特に危険なものはどの者にも扱えなかったと言うことです。
もしも使えていたとしたらと思うと今でもぞっとします。
しかし、それでも多くの死人がでました。
……その中には私の夫も含まれていました。
私とウェルムは嘆き悲しみました。
後悔しました。
魔法という物を作りだしそれを広めた自分自身に嫌悪を感じずにいられませんでした。
しかし、何も行動せずに嘆き悲しむことは広めた者として無責任。
私は今の状況を変えるために旅を始めました。
各国を巡り戦争の原因を突き止め戦争を止めるために。
結果は……うまくいきませんでした。
各国が戦争をする理由は欲に駆られた国、仇討ちをするためにと千差万別。
それでも私は呼びかけを続けました。
いつかきっと私の声が届いてくれると信じて。
あるとき、久しぶりに家に帰ってきたときのことです。
そこで私はようやく気付いたのです。
しかし、それは遅すぎました。
「何をしているのですか!?」
そう言って私はウェルムの下まで駆け寄りました。
ウェルムの手を持ちその手にあった物をふるい落とします。
それは黒い液体の入った注射器でした。
私は目を見開きすぐにウェルムに振り向いたのです。
そのウェルムの姿は狂気を逸していました。
黒い血管が身体の至る所から浮き出し血管を破り服などは黒の血が噴出している箇所も見られました。
その血の勢いの強さから服は裂けるほどです。
はい。
恐らくリラルスさんがご存じ通りあの実験でしょう。
元々ウェルムはその実験を自分自身で試していたのです。
よく見ると部屋中は黒く染まっておりその実験の苛烈さが容易に想像できました。
いつ死んでもおかしくはない傷の量と出血量。
しかし、そんな傷をウェルムは瞬く間に治していきました。
ウェルムの周囲には緑の淡い光が複数灯っていました。
「そうだ! この力だ! この力を求めていた!!」
そこでウェルムは我に戻りようやく私に気が付きました。
「母上戻られましたか! ……ついについに私はやりました! ようやくこの身は神に等しい存在となったのです!」
私は困惑しました。
今、目の前にいるこの子はもう私が知る息子ではない。
その狂気染みた目と見た目のおぞましさがそう教えてくれました。
ウェルムが使った黒血の正体は魔素を限りなく凝縮し液体に変えた代物。
魔素自体は人体にとって猛毒と変わりありません。
人の身体には魔素を魔力に変える組織を持っておりそれによって有毒となる物質を中和し魔法を行使する力に変換していました。
しかし、もしその魔素を直接身体に流し込んだら?
そう命があることはあり得ないはずなんです。
完全な拒絶反応を起こしそのまま命を奪い去います。
そもそもそんなことをしようとする人なんているはずがありません。
いえ、それ以前に高濃度の魔素を液体化にする技術などありませんでした。
しかし、ウェルムは魔素の液体化に成功しそれに新たな道を見出したのです。
自分の身体に取り込むことによって。
成功する見込みなどあるはずがありません。
しかし、それは成功しました。
ウェルムの身体能力と魔力量は前とは比べものにならないほど増加しました。
さらにもう一つ、普通の魔法では行使することが出来ないような魔法……いや、能力と言うべきでしょうか。
それを手に入れてしまったのです。
それはリラルスさんもご存じのはず。
しかし、恐ろしい力を持つ能力ですがその強力さゆえに身体への負担は相当な物でした。
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