第102話 魔女と呼ばれた女性
『私が全て説明しましょう』
突然の声にリラルスは冷静に目を動かして周囲を見回す。
しかし、ナーシャたち以外の姿はどこにもない。
一瞬、空耳かと思えたがリラルスはこの声に聞き覚えがあった。
(この声は……あのときの……どこじゃ?)
『こちらです』
その声と共にリラルスの目の前が輝き始めた。
(なんじゃ……?)
その光は徐々に形を整い色も浮かび上がっていきやがて女性の姿に変化した。
豪華な衣服を身に纏い、年齢はナーシャに近くまだまだ若く見え具体的には二十代後半ぐらいだろう。
(この感じ……やはりあのときルーから飛び出した声の主か。しかし、輝きが少し薄くなったか?)
『お恥ずかしい限りです。……できれば終わらせたかったのですが言葉通り足止めしかできませんでした』
突然、何もないところから女性が姿を現したのを目にしたナーシャは呆然と見詰めている。
ウラノは殺意を込めた視線で小刀に手を添えて構えている。
「待て、ウラノ。敵ではない」
リラルスはウラノを制止させる。
「……はい」
リラルスの言葉に従いウラノは小刀から手を離す。
しかし、警戒心は抑えずに光の女性を睨み続けている。
「さて、まずはその頭に直接語りかけてくるのは止めてもらえるかの? 皆も不安がっていることじゃし。それと心を読むのも止めて欲しいのじゃが……」
「それもそうですね。失礼しました」
そこで女性が初めて口を開いた。
「まずは名を名乗りましょう。私はケイドフィーアと申します」
その名前を聞いてリラルスたちは驚いた。
「ケイドフィーアって……あの最悪の魔女と呼ばれる……えっ? 本物?」
ナーシャの呟きを聞いてケイドフィーアは苦笑する。
「ええ、本物ですよ。……いえ、この身体は魔力でできていますので本当の私ではないのかしら? いえいえ、私が私を理解していることは私であることになるのかしら? そうですね……私です。はい、私です! 本物です!」
「……は、はぁ〜」
半目になって呆れ気味にナーシャが相打ちするが我知らずにケイドフィーアは周囲を見回し始めた。
「懐かしいですねー。大分変わっていますがここ私の家だったのですよ。楽しかったですねー。悪戯心でここに封印魔法など様々な魔法を仕掛けたことを少し前のように思い出します。しかし、もうその名残もないようですね」
「多分じゃが……私はその封印魔法とやらに苦しめられたのじゃが」
ケイドフィーアは軋むような音を立てそうなほどぎこちなく首を回しリラルスに視線を合わせた後、ぱっとそっぽを向いた。
「そ、そうでしたねー。あは、あはははは」
目が泳ぎ冷や汗を掻きながら震えた声でケイドフィーアは呟いた。
「なんかイメージと違う……」
ナーシャがそう呟きウラノもそれに無言でうんうんと頷いている。
すると、ケイドフィーアはぱっと素早くナーシャに振り向いた。
「それはそうですよ! いつもあんな堅苦しくできるわけないじゃないですか。 メリハリ、そうメリハリが大事なのです」
「そ、そうですか……本当に本物なの?」
ナーシャの最後の言葉はリラルスでも辛うじて聞こえたほどの小声だったがケイドフィーアも聞こえていたらしい。
「聞こえてますよ? 分かりました。そこまで言うのなら証拠を見せてあげます。ええ、見せて差し上げますとも!」
ケイドフィーアは光り輝いている手を眠っているフレイシアに向ける。
すると、フレイシアの身体が輝きすぐに元に戻った。
「な、何が起こったの……?」
ナーシャは何が起こったか理解できず戸惑っている。
「んん……」
そのとき、フレイシアが身体を動かし目を覚ました。
身体を起こしたフレイシアは周囲を見渡し何回も目を擦っている。
「ここは?」
「フレイシア!!」
「どうです? 残り僅かな魔力でもこの通りですよ。これで私が本物だと分かって頂けたでしょう。………あれれ〜? 誰も聞いてないなー?」
胸を張るケイドフィーアを他所にナーシャは起き上がったフレイシアに抱きつきウラノもほっと胸をなで下ろしている。
「大丈夫じゃ。私が聞いておる」
リラルスがそう言うとケイドフィーアは涙混じりに振り向く。
「リラルスさーん! やっぱりあなたは私の味方です! もう大好きです!」
光の女性がリラルスに抱きつきそれを見たフレイシアはこの世の終わりを見たような顔をして震えている。
それもそのはず、今のリラルスの姿はデルフであり何も知らないフレイシアから見れば誰か知らない女性がデルフに告白をしている図に見えてしまうからだ。
「分かったのじゃ。分かったから早く先を進めてくれ。時間がないのじゃろ?」
リラルスはケイドフィーアの姿が徐々に薄まっていくのを見逃さなかった。
「そ、そうでした。少しはしゃぎすぎたようですね」
リラルスは視線だけ移動させる。
フレイシアは今のデルフの姿やその他諸々について戸惑っていたようだ。
記憶も混濁しているらしく整理に時間がかかるだろう。
だが、ナーシャが一から説明してくれているようなのでその心配はしないで済みそうだ。
(フレイシアはナーシャに任せるとしよう)
視線を戻したリラルスは真っ先に聞きたいことをケイドフィーアに尋ねる。
「それで足止めの結果はどうなったのじゃ?」
「一年」
ケイドフィーアは手短に一言そう言った。
「最低でも一年は……あの子、ウェルムは動けないでしょう」
話を聞くとどうやらウェルムに二つの魔法を放ったらしい。
一つは防がれたらしいがもう片方の魔力を
それによりウェルムは一年程度まともに魔法を扱えない状況にあるらしい。
「一年……考えていたよりも多いのう。少しは余裕が生まれたか……」
リラルスはデルフ復活までの時間が得ることが出来たことに少し安堵する。
(それよりも……今、奴は無力同然か……)
今すぐ攻め込みウェルムを狙えば確実に倒せるとリラルスは考えた。
しかし、よくよく考えると敵はウェルムだけではない。
あのウェルムの周りにいた人物たちの気配から相当な実力者であることは自明の理。
迂闊に攻めればやられるのはこちらの方だという考えに至る。
(デルフの身体では無理はできぬな)
昔のリラルスであれば道連れ覚悟で攻め込んでいる。
だが、今のリラルスは違う。
デルフの身体であるということも大きな理由だが一番はデルフとの出会いがリラルスの心境を大きく変えたことにある。
もちろん、あのときのことをリラルスが忘れたわけではない。
今でも消え去ることのない怒りとしてリラルスの中を燻っている。
しかし、デルフを介して外の世界を眺めていく内にデルフの力になりたいという気もまた強くなっていったのだ。
言葉を交わすことはできなかったがリラルスにとって心休まる場でありよく考えさせてくれる場であった。
それらが幾つも重なることでかつて破滅の悪魔と呼ばれた復讐心の塊であった女性を変えたのだ。
(私も丸くなったものじゃのう。……そういえばデルフには恩義があったのう。ルースフォールドの名において恩義は必ず返さなければならない。お父様の教えだったか、懐かしいわ)
取り敢えず、リラルスは目の前の輝く女性から詳しく話を聞くことにした。
「それで全てを話してくれると言っていたがまずウェルムとその配下たち何者じゃ?」
「ええ、順番にお話ししましょう。まず、ウェルムは私の実の息子です」
その言葉にリラルスはぴくりと眉を動かす。
しかし、そこで話の腰を折ることはせず静かに話を聞く。
「もはや知っての通り私とウェルムは現在より遙か昔まで遡る、それこそ語り継がれている昔話の時代の暮らしていた者です。ウェルムの配下の者たちも同じです。勿体ぶって悪いですがその者たちと私は大して面識がなくよく知りません。ですが、それぞれが当時に一騎当千の力で名を馳せていた英雄たちです」
リラルスの予感が的中し迂闊に攻めることができないことは確定した。
「……それで奴らの目的は何じゃ?」
「世界の平和。それは偽りのない真実です。ウェルムの考えに共感したものたちがあそこに集まっています」
「平和じゃと? 笑わせてくれる」
リラルスはウェルムの犠牲になってきた者たちの顔を思い浮かべ憎しみを込めた目付きに変わる。
「私と同じくウェルムもまた生まれ持っての魔法の天才でした。しかし、ウェルムは出来すぎたのです。そして、その考え方は歪んでいました」
ケイドフィーアの雰囲気が先程と明らかに変化したためリラルスは思わず緊張する。
「そうですね。少し昔話をしましょう。それであなたの疑問も少しは解けるかと思います」
リラルスは目線で同意を伝える。
そして、ケイドフィーアは過去の出来事を語り始めた。
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