第104話 語られる過去(2)

 

 その実験で得た能力は常人の身体では耐えることすら困難、実力のある強者がようやくその身に収めることができる代物です。


 耐えることができなければ……は言う必要はないかと。


 魔素を流し込みそれを耐えただけでここまで人は変わるのでしょうか。

 もはや黒血に含まれているのは魔素だけだとは考えられません。

 身体と混ざり合いもっと別の何かになったのだと思います。


 そこまでの危険を冒してまでウェルムは自身の強化を成功させたのです。

 いえ、もう人間ではないかもしれません。


「それじゃと私もそうじゃな」

「い、いえそういうつもりでは……」

「かまわんかまわん。私自身がそう感じている。話の腰を折って悪かったのう。続けてくれ」


 リラルスさんは少し意地悪です。


 それでウェルムは能力を一つ手に入れました。

 しかしそれだけに満足せずもう一つ目に手を伸ばしたのでした。


 そして、ウェルムの望むとおりに二つ目の能力を手に入れたときに異変が起こったのです。

 徐々にウェルムの身体は崩壊に近づき始めたのです。


 一つでも大きすぎる負担があった能力をもう一つ。

 たとえ、能力の有り余るウェルムの身であったとしても二つ目になると身体が限界を超えたのでした。


 能力は二つ以上持てない。

 そのときウェルムが気付いたことでした。


 それを防ぐためにウェルムが取った行動はさらなる自身の強化でした。


 様々な実験を繰り返し死のほんの一歩手前でようやくウェルムは生き延びたのです。


 この時点でウェルムは八回の実験を繰り返していました。


 つまりウェルムには八つの能力を保有していたのです。


 そして、最後に得た力が“再生”。


 能力が身を崩壊に導くなら能力によってその崩壊をなかったことにする。

 それにより実際は崩壊は続いているのですが実質止めることに成功したのです。


 再生の能力を手にいれたことはウェルムも狙ったわけではなく奇跡でした。


 ウェルムにとって実験を続けるという狂気の選択をしたのは賭けでした。

 一歩間違えば寿命を遙かに縮める行い。


 しかし、ウェルムはその賭けに勝ちました。


 そうです。私が見た緑の光がその再生の派生の力である治癒の効力を持った光です。


 恐らくフレイシアさんは見慣れた物ですよ。


 コホン、そんなウェルムを見て私は嫌な予感に駆られました。


 そして、それは的中したのです。


 ウェルムは戦争を終わらせる。戦乱の世を終わらせる。

 私の目指す世界に共感してくれていました。


 だけど、ウェルムは戦争を無くすことしか考えていませんでした。


「母上、あなたのやり方では甘すぎます。この腐りきった世の中を正すためには手段を選んではいられないのです!」

「どうするつもりですか……」


 私は恐る恐るウェルムに尋ねました。


「私がこの世界を管理します。腐った部分を切り捨て二度と戦争が起こらないように全てを統率するのです。この世界を我が物にすることで! 私にはそれを可能にする力がある!」

「そこに……人々の笑顔はあるのですか……」

「……だから母上は甘いのです! 笑顔など無用の長物。今この世界にはそのような物はないのです。ないものを増やす必要などありません。しかし、人々の不幸はなくなることを約束します」

「それは平和ではありません! 力での支配では人々の恐怖の対象が戦争からあなたに変わるだけです!」

「それでも人々から死の危険性が完全に消え去ります! これを平和と言わず何というのです!」


 私はウェルムをこのままにしていてはいけないとすぐに行動を起こしました。


 即座に魔法を構築しウェルムに解き放ちました。


「”四方縛散しほうばくさん”!!」


 さすがのウェルムも不意打ちの私の魔法を避けることはできませんでした。


「母上何を!?」

「あなたは禁忌を冒しこの世界に危険な存在となりました。母として私はあなたを止めなければなりません」

「クッ! なんだこの魔法は!? 身体が引き裂かれる……」

「身体ではありません。あなたの精神を引き裂いているのです。いえ、違いますね。分離させているとでも言うべきでしょうか」


 そう言った私は自身でも知らぬうちに涙を零していました。

 当然です。誰が好き好んで実の息子を攻撃しようと思うでしょうか。


「あなたは数秒もしないうちに意識を失い封印されます」


 私には……ウェルムを手にかけることはできなかった。


 やはり私はウェルムの言う通り甘いのかもしれません。


 私が放った封印魔法はウェルムの精神を四散させその存在を現世に保てなくする魔法です。


「……さすが母上です。今の私の力でもあなたには敵いませんか」


 そんな事は決してありません。

 私も全力を越えての魔法を行使しました。

 よく言えば相打ち。

 まともに戦っていれば敗北は必至でした。


「母上がそこまで言うのなら私のやり方は間違っていたのでしょう。私はずっと見ています。母上が成すことを。もし叶わなければそのときは私が母上の代わりに……」

「人の野望や願望、成し遂げたいことの前には必ず壁が立ち塞がります。私はそれをジョーカーと呼んでいます。きっとあなたの前にも強力な壁が立ち塞がるでしょう」


 そして、ウェルムは不敵な笑みを浮かべて霧散していきました。


 ウェルムをどこに封印したか。


 各地に人や動物に宿る何かがあります。

 皆さんは知っていると思います。


 そうそれは紋章と呼ばれています。


 ウェルムの能力はあまりにも存在が大きいもの。


 それぞれの能力にウェルムの力を均等に押し込めこの世に生きる生物をその依り代としたのです。


 無機物に封印するよりも生物に封印を施す方が解ける心配がありませんでした。


 依り代が亡くなれば新しく選ばれた依り代に宿る。


 これでウェルムの封印が永劫解かれることはありません。


 勝手に依り代にしてしまうという負い目はあります。

 しかし、これしか方法がなかったのです。


 もちろん、依り代に対する能力の負担は心配ありません。


 能力を紋章という箱の中に込めて制限することで性能は落ちますが比較的に安全となりました。


 能力と紋章術との差は大きすぎます。

 ウェルムが持っていた自分の実力と全く同じ分身を作る能力。

 紋章術だと自身の半分も満たない実力の分身を生み出すものでした。


 しかし、性能が落ちたと言ってもその効果が絶大であることに変わりはありませんが。


 魔力を流せば簡単に扱える紋章術。


 それを知らぬ人の手に渡すのは少し気が引けました。

 戦争を助長するか抑止力として働いてくれるか。


 結果は半々と言ったところでしょうか。


 しかし、これしか方法がなかったのです。


 いえ、封印という手を選んだ私の我が儘ですね。


 しかし、“再生”がある以上私がウェルムの命を奪う方法はありませんでした。


 私の取る行動は全て裏目に出てしまいます……


 ウェルムを封印し終えた私は殆どの魔力を失いました。


 しかし、最後の力を振り絞りそこにいる皆さんがルーと呼んでいるあの子に私の残る魔力を全て込めました。

 万が一、ウェルムが何かしらの方法で封印を解いたとき私がもう一度止めるために。


 そうですね。説明しましょう。


 ルーは元々変幻武器と呼ばれる希少価値の高い魔剣でした。


 その名の通り、ルーは魔力を流せばどんな形にも化けることができます。

 デルフさんのときは黒刀、リラルスさんのときは大太刀へと。


 そして、私はその武器に意志を持たせルー自体に魔力を持たせることに成功したのです。


 私はルーにウェルムに対抗するジョーカーたり得る者を探し手助けをするようにと言い残しこの場を去りました。


 これが私が知るウェルムの過去です。


 ……私のその後ですか。

 分かりま、した。

 お話しします。


 いえ、少々恥ずかしいことのでお気になさらず。


 私は咳払いをして話し始めます。


 そして、王国に着いた私は必死に戦争を止めるべく王族並びに民たちにも声を掛け続けました。


 現時点ではそのとき王国が一番の大国でその王国が矛を収めれば戦争は終わると考えて。


 何年もめげることなく続けようやく民たちの支持も上がり戦争を止める声が出始めたとき王様から呼び出しの声が掛かったのです。


 内容は詳しく話を聞きたいから我が下まで来て欲しいとのことでした。


 嬉々として向かった私は絶望します。


 王様は話し合いをする気など毛頭なく差し出した紅茶に毒を盛っていたのです。


 王様にとって私は民を先導する邪魔な存在だったのでしょう。


 やはりウェルムの言う通り私は甘かったのです。

 一度裏切られた相手を疑うことなく信じてしまうなんて。


 そのとき、私はウェルムの封印魔法並びにルーに魔力を与えたことにより体調が優れていませんでした。 


 つまり毒に抵抗する力などもはやなかったのです。


 しかし、幸い……いえ、正反対でしょう。


 その毒は命を奪うものではなく虚ろな状態を維持する薬だったのです。


 私は生ける屍になってしまったのです。


 そして、王様の正当性を証明するために私を国家の反逆者として擁立され、断頭台に立たされました。


 無念でした。


 戦争を終わらせるという私の目標は夢半ばで潰えてしまったのです。


 私は最後の力を振り絞り意識を戻し民たちに語りかけ意識が途切れたのです。


 今では私は己の力に溺れた最悪の魔女と呼ばれていますが私がしてきたことに何一つ後悔はありません。


 その後のことは全てルーの目を介して確認しておりました。


 そして、やはりというべきかウェルムが復活を果たしたのです。


 ウェルムは能力を得る前から得意であった魂魄魔法(こんぱくまほう)を用いて身体を失っても意識を保つことが出来ていたのです。


 そして、ウェルムは魂魄魔法を用いて転生を行いました。


 サムグロ王、そして現在ではウェルム・フーズムへと。


 サムグロ王のときに私はそのウェルムの復活に気付きました。


 私の封印も効いており全盛期の一割にも満たない力でした。


 一割しかないと言っても魔法の知識は私と同等、それ以上に熟知しています。

 決して侮ってはいけません。


 それは相見えたリラルスはよく知っているはず。


 ルーは一人でサムグロ王となったウェルムに立ち向かいましたが敗北しました。


 一割の力ならルーに勝算はありました。

 しかし、ウェルムは昔の盟友たちを蘇生させることでその身を守っていたのです。


 命からがらルーは逃げ延びその時に出会ったのがリラルスさん、あなたです。

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