第85話 蠢く陰謀
今回の試験は一日前に整理番号を騎士団本部にて配り隊長と副隊長に割り振られる。
受験人数は前と比較にならなかったので隊長の代理として考えていた副隊長にもついてもらった。
騎士志望だけならば自分の実力に自信がある者しか訪れないが兵士も兼ねているのであればこの数は当然のことだ。
報告に寄れば隊長たちは急遽五隊会議を開き簡易的な一次試験を設けてふるいにかけるとのことだった。
それでも約千名程度は騎士候補として残った。
もちろん、クロークは難なく突破したらしい。
そして、二次試験、もとい最終試験である隊長たちによる個別試験が行われた。
個別試験は量が量だけに三日間に渡って行われる。
「クローク、何番だ?」
「五四五番です」
「そうか、多分、アクルガのやつだな」
「アクルガ?」
「ああ、お前の試験官だ。まぁ公平を期すために俺からはあまり言えないが一つだけ言っておく。アクルガには誠心誠意自分の意志を見せつけろ」
「意志を?」
「あいつは真っ直ぐだからな。自分が気に入れば多分合格にするだろう。試験官としてどうかと思うが……任せると言った手前、よっぽどの事でなければ文句は言わないつもりだからな」
「任せる? 文句?」
クロークは不思議そうに首を傾げているがデルフはそれに気付かない。
ちなみにアクルガの舎弟であるスルワリやその一派も今回の試験に参加している。
意気揚々にアクルガが教えてくれた。
(アクルガがスルワリの試験官になったとしても贔屓しないようにとは忠告をしたが……大丈夫だろうか)
デルフは少し不安になる。
(まぁ、正義を
そして、クロークの試験に向かっていきデルフは後ろから見送った。
クロークの後ろ姿は自信に漲っており歴戦の猛者の風格がある。
「出会ったときとすっかりと変わったな。師匠もこんな気持ちになってくれたのだろうか……」
最初は厳しくしすぎているかと思ったがクロークは十分すぎるほどデルフの稽古に付いてきたのだ。
デルフとの実戦稽古の他にも寝る間も惜しんでの自主鍛錬の成果もあり実力も雰囲気も見違えるほどに成長していた。
デルフはクロークが合格すると確信する。
それどころかいつか隊長以上に昇っていくだろうと考えた。
「なにせ俺が入団試験を受けたときの実力より確実に上だからな。後が楽しみだ。ん? 俺ってまだ若いよな?」
なぜか年寄りの気分になるデルフだった。
「さて、あとでこっそりと試験の様子を覗いてみるか」
「殿〜? どこに行こうとしているのですか?」
デルフの後ろから窶れたような低い声が耳に入ってきた。
後ろを振り向くと少女のような少年が半目でデルフを見詰めていたのだ。
「ウラノ!?」
デルフはあることを思いだし汗をたらたらと流す。
ウラノはむすっと顔を膨らませてどしどしと近づいてくる。
身体は小さいにもかかわらず纏っている威圧感は尋常じゃない。
デルフは思わず後退りをしてしまうほどだ。
「小生だけで仕事を終わらせるのははっきり言って無理です! 大抵の書類は殿の署名がなければ受理されないのですよ!! 殿も分かっているでしょう!! 言い訳は良いですからとにかく早く来てください!!」
そう言ってデルフはウラノに腕を掴まれて連れて行かれる。
傍から見れば少女に言い寄られているように見える微笑ましい光景だ。
しかし、腕を掴んでいる力は凄まじくウラノは大変ご立腹のようだった。
結局試験の観覧はできずに試験の間、本部にある執務室にウラノによって監禁させられた。
副団長の執務室は一応本部にあるが外を出向くことが多いためあまり使われることはないが事務の仕事が集まったときに主に使われる。
デルフは山ほど溜まった書類を見てうんざりとするが二週間も執務をサボった自業自得なので文句も言えない。
「……アクルガのやつを責めることはできないな」
署名するだけなのにもかかわらず丸一日かかってしまった。
そして、試験が終わりウラノに執務室に連れてこられたクロークは恐る恐る扉を開ける。
そこにいたデルフを見てクロークは口をぱくついて言葉が全く出ていない。
「し、師匠……って、え? ふ、副団長!?」
驚き方が尋常でなかったためデルフはクロークがそのことに気が付いていないと今知った。
「あれ? 言ってなかったか?」
「言ってないですよ!!」
「御前試合も行ったし名前ぐらい知っているものかと……」
「僕の村までは御前試合があるなんて届いていません!!」
「ああ、そうか御前試合は一般は立ち入り禁止だったな」
デルフは自分だけで納得して笑う。
「道理で、騎士の内情に詳しいと……」
デルフは咳払いしてクロークに尋ねる。
「それでどうだった?」
すると、クロークは嬉しそうな笑顔を見せた。
それだけでもう答えは分かったがクロークの言葉をデルフは待った。
「合格しました!! えーっと三番隊らしいです」
「そうか」
そう言うデルフの顔には隠せないほどの笑みが混じっていた。
「ちなみに俺も三番隊だったぞ」
「師匠と同じ、ですか。嬉しいです!!」
「まだ始まったばかりだぞ。しっかりと役目を果たすんだ」
「はい!!」
デルフは一息を置いて言葉を続ける。
「さぁ、俺よりも伝える人がいるだろう。騎士の任に付けば休みはあまり取りづらくなるからな。友達に自慢してやれ」
デルフは悪戯な笑みを浮かべる。
そしてクロークは何回も頭を下げた後、立ち去っていった。
「殿、お疲れ様です。流石、殿です。彼も殿に出会わなければ自分の実力に気付くこともなかったでしょう」
「まぁな」
「殿の特訓が格別だったおかげですね! ああ〜全く素晴らしい特訓でした」
ウラノが自分の世界に入り込みデルフの稽古の素晴らしさを呟いている。
まるで目の前で見ていたかのような言い草だ。
「見ていたかのような? ん? ……まさか、ウラノ。お前見ていたな?」
「もちろんです!」
悪びれもせず、後ろめたさも全くなく自信満々に肯定した。
ウラノにとっては当然のことらしい。
「小生が何も対応策も練らずに殿の前からお離れになるとでも? 念のために片目の視覚と片耳の聴覚を殿に設置しているのです」
仕事をしながらデルフの行動を全て監視するとは相当な負荷が掛かるはず。
しかし、ウラノにとっては休憩しながら仕事をしているに等しいらしい。
ウラノにとってデルフに仕えることが一番の幸福なのだ。
デルフは分かるはずもないのだが自分の顔を触って設置した感覚を確かめる。
「ああ、今は解除していますので」
デルフは半目でウラノを睨み大袈裟に咳払いする。
「コホン、まぁいい。そうだったな。お前の性格はそうだったな」
これからは自分の行動は全てウラノに筒抜けだとデルフは思うことにした。
止めはしない。
止めても無駄だからだ。
ウラノはデルフのためであれば罰を受ける覚悟で命令に背く。
しかし、デルフにとってそれは嬉しく思った。
デルフの命令に忠実であることはとても扱いやすいが間違いを諫めずに全て従うというのは危ない。
ウラノはデルフにとって誇るべき忠臣なのだ。
「殿? 手が止まっていますよ」
「は、はい」
指摘されすぐさま手を動かすデルフ。
(どちらが上か分からなくなってきた……)
これにて入団試験を兼ねた兵士審査が滞りなく終わり一新した騎士団が発足した。
まだまだ不安要素もあるが一先ずこれで他国からの侵攻があったとしても対処が可能となった。
しかし、デストリーネ国内に渦巻く根本の元凶がついに動き出そうとしていた。
それに誰もまだ気が付いてはいない。
そして、デルフはその元凶によって最悪の転機を迎えることになる。
コツコツと歩いてくる足跡が響く。
「来たかい? クライシス」
「ええ」
怪しげなローブを着た男はクライシスの顔を見ずに机に向かっている。
「クライシス、もうすぐ始まるよ」
その一言でクライシスは全てを察し頷く。
「ついにですか」
「ついにだよ。本当に長かった。まぁいつ始まるかはあの人次第だけどね。だけど、もう遠くない」
怪しげな男は後ろに立っている猫の仮面を付けた人物に目を向ける。
「一号……いや、これは何か美しくないね。せっかくの成功作だからもう少しまともな呼称を付けた方が……ファーストってどうかな? 安直すぎかな?」
「いいんじゃないすか?」
クライシスは興味なさそうにさらっと返す。
「うん。それじゃ君はファーストだ」
ファーストに返事や動作さえもなく無反応で立ち尽くすだけだ。
「ファースト。君はここに残って置いてくれ。クライシスはあれの準備を。そして皆にも準備をするように伝えておいてくれ」
「了解。陛下」
そう言ってクライシスは立ち去っていく。
「ようやく僕の念願が叶う。違うな。まだ一歩前進だね。紋章を集めて僕はもう一度、
怪しげな男は自分の右手を易しく撫でる。
「デストリーネ王国は衰弱した。経験豊富な隊長二人はジョーカーによって葬られ、厄介だったソルヴェルは始末し、運のいいことに副団長だったリュースは病死、そしてドリューガは行方不明。今、王都で厄介なのはハルザードとデルフだけ。今が好機。あの人の決断を急がせなければ、ね」
怪しげな男は右手を高らかに挙げて微笑む。
「全てはこの世界の平和のために。……母上、見ていてください」
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