第84話 隠れていた実力

 

 昼食を終えデルフは家に戻り庭にてクロークと稽古を行うこととなった。


(なるほど)


 一回、剣を交えただけでデルフはクロークの実力の大体を理解した。


 見た目では平均的な体型に見えたが身体作りはそれなりに済ませており騎士に憧れるだけ力はある。

 決して馬鹿にはできないほどの強さだとデルフは疑問に思うほどだ。


 だが、それは力の面だけであって問題は剣技だ。


 その力に伴う技術もあるように見えたが所々存分に発揮できていない節があった。


 デルフの視力でなければ気付きもしない僅かな躊躇いがクロークの動きに含まれている。


(原因は、恐らくクロークの負け癖ってところか)


 負けるのが当たり前と思い勝つ気があまり感じられない。

 勝つ気がなければもはや戦う前から勝負は決まっている。


 度重なる敗北がクロークの枷になっているのだろう。


(騎士にとってそれは致命的。だが、逆にそれさえ克服すれば騎士に十分な技量を持っている)


 原因が分かれば対策は練りやすい。


「クローク、本気を出せ。お前はまだ半分も実力が出ていない」


 しかし、クロークは木刀を構えたまま動くことができていない。

 デルフの言葉を聞いて目が泳いでしまっている。


 幼い頃から喧嘩で負け続けていつの間にか自分から立ち向かうことを忘れてしまっているようだ。


(仕方ない)


 デルフは木刀を握りしめると全力の半分の速度で一直線にクロークに向かう。


 半分とはいえ常人の全力のスピードよりも速いがクロークならば十分に反応できるはずだとデルフは考えていた。


 そして、わざとデルフは隙を作ってカウンターを仕掛けることができるようにしておく。


 迫り来るデルフを読み通りクロークはしっかりと捉えており木刀を構える。


 しかし、デルフが木刀を振り下ろそうとするときクロークの動きが少し怯んだ。


(一朝一夕にはいかないか……)


 デルフは木刀を払いこてっと自分の木刀をクロークの頭に落とす。


 大して勢いも付けていないが木刀は優しく頭に当たるだけでも思いのほか痛い。

 クロークは涙目になって頭を抑えている。


「やはり、お前は自分が勝つ未来が全く見えていないようだな。いや、見ようとしていないと言うほうが正しいか」

「えっ?」


 本人にはそんな自覚はないのか戸惑った表情でデルフを見詰めている。

 その視線もすぐに外し項垂れてしまった。


「やっぱり……僕には無理なんです。僕が騎士だなんてやっぱり烏滸おこがましいことだったんです!」


 デルフはそのクロークの言葉を一笑に付す。


「いや、お前はなれるさ。だが、戦闘の経験が足りていない。まずは恐れに打ち勝つ必要がある」


 デルフは手に持っていた木刀を投げ捨てる。


「ルー。手伝ってくれ」


 デルフはルーが家に戻ってきておりこの稽古を観覧していることに気が付いていた。


 ルーはデルフの呼び声とともに走り出し勢いよく跳ねる。


 その際に煙とともにルーの身体は変化し黒刀となってデルフの手に吸い込まれていく。


 デルフの真剣さを伝わったようでルーはそれに応えるように快く元の姿に戻ってくれた。


「クローク、お前も剣を抜け」

「え、えっ!?」


 デルフは後ろに飛び退きクロークとの距離を取る。


「行くぞ!」


 その瞬間、デルフの姿は掻き消えた。


 クロークは全く反応できておらず呆気にとられていたが慌てて剣を抜き取った。


「えっ!? 消えた!?」


 全力と大差ないデルフの速度にはクロークも慌てふためき視線が追いつけていない。


 首をキョロキョロさせデルフの姿を探すクローク。


 そこに黒刀となったルーから発せられた波動がクロークの身体を通り抜ける。


「!?」


 今、クロークの頭の中に自分の死の姿が鮮明に事細かく映し出されている。

 始めは何が何だか分からないといった表情だったが次第に理解していき顔が歪み始めた。


 自分が死ぬ光景を絶え間なく見続けている負荷はどれ程の精神的ダメージとなるか。


 そして、限界を超えた。


「うわあぁぁ!!」


 あまりにも悲惨な自分の死の姿に恐怖してクロークは堪らずに泣き叫ぶ。


 クロークが見た自分の死の姿は自分の生首が板の上に置かれて白目を剥いているという光景だった。


 顔が真っ青になったクロークは恐怖に染まりきり適当に剣を振り回す。


「や、止めて!! 止めろ!!」


 クロークの背後でデルフは様子を見ていた。


「気を失わない……か。諦めない心はあると見える。……しかし、やり過ぎたか?」


 しかし、審査まで時間は僅かしかない。


(この方法しか思いつかないとは……俺は教える立場には立てないな)


 デルフは自分が今行った荒療治に苦笑する。


「……さて、仕上げだ」


 デルフは地面を蹴りクロークに迫っていく。


「クローク、気をしっかりと持て。乗り越えろ!」


 デルフはクロークの剣に向けて突きを放つ。


 クロークは適当に剣を振り回しているだけでデルフの突きに対しての反応は何もできなかった。

 そして、剣と剣が衝突しデルフの突きによる衝撃がクロークを真っ直ぐ吹き飛ばす。


 地面を転がり動かなくなったクロークを見てデルフは少し表情を暗くさせる。


「駄目か……? ……!? いや、まだだ」


 クロークが立ち上がる姿を見てデルフは口元を釣り上げる。


 既にルーによる“予感よかん”の効果は切れているため視線はデルフを捉えている。


 しかし、クロークの身体的体力と精神的体力は深刻なほど削れていた。


 息切れが激しくなり表情も疲労でぐったりとしている。

 しかし、瞳の色だけは生気だけは漲っていた。


「耐えきったか。……もしかすると、なるほどそうか」


 デルフは一つの考えが頭に思い浮かんだ。


「行くぞ! クローク!!」

「は、はい!!」


 デルフは再び全力で地面を蹴った。


 クロークももうデルフの姿が見えなくなることにいちいち動揺しなくなっている。

 感覚を研ぎ澄ませてデルフの位置を察知しようとしていた。


「ルー、頼む」


 デルフは黒刀を強く握りしめると再び“死の予感”が発動した。


 目視することができない魔力の波動を回避することは不可能だ。


 クロークは再び“死の予感”に晒される。

 しかし、今回はひと味違う。


 クロークは晒されたあと呆然と口を開き目が震えている。


 そして、無言のまま静かに涙を零す。


 後退りするクロークを見てデルフは叫ぶ。


「クローク! 騎士とは人を守るために存在する! 逃げるな! 動け!!」

「ぼ、僕は! 僕は! 守るんだ!! 皆を!!」


 すると、突然クロークの剣は輝き始めた。


 その光は身体を包み込むような優しい温もりを持っておりまるで日光のようだ。

 目で直視しても全く眩しくない。


 クロークの頬に涙を流している跡が光沢を放つ。

 瞳は完全に恐怖など吹っ切れており力を感じさせる強さがある。


 そして、クロークは光を放つ剣を構えるとデルフを迎え撃つ。


「やはりそうだったか。お前は人のためにしか本気を出せなかったようだな!」


 ルーが放った今回の“死の予感”は対象者自身の死を見せるのではなく対象者に最も近しい人物の死の直前、襲われている姿を見せたのだ。


 それが自分の死を間近で見ても動かなかったクロークの身体をついに動かした。


「クローク、お前は騎士になるべきだ!」


 そして、デルフとクロークの剣はついに交差する。


 だが、デルフにとって想像にしていないことが起こった。


 クロークの剣がまるで黒刀となったルーを無視するかのようにすり抜けたのだ。


 デルフは咄嗟に身を翻し回避の姿勢を取る。


 多少掠ってしまったが回避することに成功した。


 しかし、その瞬間にクロークの渾身の蹴りがデルフの胴に命中した。


「ぐあっ!!」


 デルフは突き飛ばされ背後にあった木にぶつかっていく。

 しかし一本、ぶつかっただけではその勢いは衰えることなくさらに一本、二本と木を薙ぎ倒していく。


 ようやく勢いが収まったデルフは力を入れて立ち上がる。


(……? 骨は折れているようだが……)


 骨が二、三本折れているような感覚があったが感覚だけで痛みをそれほど感じなかった。

 少しピリピリするぐらいだ。


「痛みになれるのもなんか恐ろしいな……」


 デルフはゆっくりと歩いてクロークの下へ歩いて行く。


「あのとき、確かにクロークの剣はルーをすり抜けた。……使い方次第じゃ化ける魔法だな」


 しかしとデルフは自分の身体が僅かだが切り裂かれた事を思い出す。


 その部分に目を向けると確かに切り裂かれ血が少々流れている。


 黒刀となったルーをすり抜けデルフを傷つけた事実からデルフは何となく理解した。


「なるほど、敵と見定めた者しか刃を通さない魔法か」


 クロークの人柄を体現したような魔法だ。

 仲間を傷つけずに敵を討つ。


 これほど国の守護者たる騎士に相応しい魔法などない。


 デルフが戻るとクロークは息を切らして膝に手を着いていた。


「クローク、やっぱりお前強いじゃないか」

「あ、あの……一体今何がデル、フさんはなんで向こうに?」

「覚えてないのか? お前に吹き飛ばされたんだぞ?」


 クロークは目をぱちくりと瞬きさせ苦笑いする。


「ほ、本当に?」


 デルフは安心させるように力強く頷く。


「ああ。お前は力を発揮できていなかっただけで実際は騎士に十分になれるほどの強さを持っている」


 クロークは地面に膝を落として涙を溢れさせる。


 デルフはクロークの頭に手をやりボンボンと優しく叩く。


「あとは実戦経験と……その泣き癖をなくすことだな」


 クロークは涙を手で拭いながら自分に言い聞かせるように何回も頷く。


「それよりもあの魔法は驚いたぞ? あんなことができて友達に負けていたのか?」


 しかし、クロークは何を言っているかわからないと言う表情でデルフを見詰めていた。


「な、なんの事でしょう?」 

「まさか、無意識だったのか?」


 どうやらあの魔法は偶然の産物だったらしい。


 逆にそれで合点がいく。


(それもそうか。あれほどの魔法が使えれば馬鹿にされるわけがないからな。俺に放った蹴りの威力を考えると今ここで本領の一部が見えたということか)


 デルフはクロークのこれからの成長が楽しみになった。


「そうか。あの魔法をいつか自分の意志で操れるようになることがお前の今後の課題だな」


 そうは言ってもその魔法が何なのか想像できないクロークは戸惑う。


「まぁ、それは試験までには間に合わないだろう。当面は技術を磨ききる」

「は、はい」


 それから約二週間の間、デルフによるクロークの特訓が始まった。


 直すのに苦戦するかと考えていた負け癖は思いのほか早く克服してきていた。

 騎士であるデルフに傷を付けたという結果がクロークの自信に繋がったのだろう。


 デルフがクロークに行った稽古はナーシャに直伝の実戦方式だ。

 というかナーシャにこれしか教わっていないのでデルフは他の方法を知らない。


 そして、試験の日を迎えるまで何回も何回も剣を交えた。


 先程クロークの攻撃を受け負傷したとはいえあれでもデルフは手加減をしていた。


 本気を出せば副団長であるデルフが圧倒するのは当たり前だ。


 力ではクロークの方が僅かに上回っているがそれでもやはり死線を潜り抜けたデルフと比べるとかなりの差がある。


 しかし、それはクロークが十分に経験を積めばデルフを抜くことだって可能というわけだ。


 そして、いつの日かクロークはデルフの事を師匠と呼ぶようになった。

 デルフはこそばゆいので止めてくれと言ったが今でもクロークはそう呼び続けている。


 僅か二週間足らずの特訓に付き合っただけだがクロークにとっては何十年にも匹敵するほどの出来事だったのだろう。


 そして、試験の日がやってきた。

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