第83話 少年とデルフ
騎士団入団試験を兼ねた兵士の審査が始まる約二週間前。
今回の募集はどのような者でも対象とされ少なくとも兵士には高確率で雇い入れるというものだ。
そのため集まった人の数は想定を超えるほど多くなった。
それもデストリーネの兵役は破格の待遇をされており就くことができれば生活は安泰と言われているからだ。
加えて身分関係なしの点も大きいだろう。
二週間前だというのに王都を歩く者の殆どは審査のために集まった者たちだ。
しかし、これほどの人数となるとデストリーネ国内だけから集まったとは考えにくい。
他国から話を聞きつけ出向いてきた者もいるのだろう。
(そうなると間者が紛れていないかが怖いな。しっかりと見定めてくれと隊長たちに言っておくか)
そう考えながらデルフは王都の大通りを歩いて行く。
今回は隊長もしくは副隊長に粗方の準備を任せてある。
副団長として怠慢かもしれないが隊長たちの采配する能力を把握しさらに向上させる目的がある。
今まで隊長だったものならば問題ないがガンテツと新四番隊隊長が隊長として初めての大仕事だ。
副団長としてサポートをしていくつもりだが、正直なところデルフは試験官を務めたことはない。
(自分が言うと自慢になってしまうかもしれないが、スピード出世は良いことだけではないな)
一番隊隊長のドリューガはあの御前試合以降、姿を消し行方を眩ませてしまった。
しかしながら国王であるハイルには文を送っておりその内容は自分の未熟さを思い知りしばらく武者修行の旅に出るとあったらしい。
もちろん居場所については記されていない。
傍から見れば隊長として無責任な行為と見えるが武人として見ると理解はできる。
同じ隊長ではあるが騎士になって経験がまだまだ浅いデルフに敗北を喫してしまったのだ。
ハイルから励まされたとはいえ逆にそれが己のプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
もしくはこのままでは駄目だと自分を見つめ直そうと考えたか。
どちらにせよドリューガ不在の穴は途轍もなく大きい。
現在、一番隊は副隊長であるグーエイムという名の女性が指揮している。
一番隊の拠点に赴いたときデルフは初めて出会ったが生真面目な女性でドリューガのことを心から尊敬していた。
そのせいかドリューガを打ち負かしたデルフのことを快く思っていないようで不機嫌な表情で接してきたのだ。
少し絡みづらいと思いながらもデルフは任務の話を持ち出したときには真面目に聞いてくれたので一安心した。
よく言えばメリハリがきちんとできる人だ。
(彼女がいるのならば一番隊が瓦解する恐れはないだろう)
しかし、ドリューガの不在を知ったデストリーネに次ぐ大国であるノムゲイルがどう動くかが怖いところだ。
(対策を考慮していた方がいいな)
そして、次に四番隊だ。
四番隊はソルヴェルが抜けた穴が大きかったが新たにクロサイアという女性の騎士がその任についた。
本来ならば副隊長であったクルスィーに任せるところだったが残念ながらそうはならなかった。
いや、できなかったと言うのが正しい。
隊長に相応しい実力がないという理由もあるが何より姉であるイリーフィアの反対がもの凄く強かったからだ。
クルスィーは半ば強引に五番隊に入りそして四番隊にはソルヴェルに次ぐ実力を持つクロサイアが隊長となったというのが事の経緯になる。
デルフはこれまでの出来事を歩きながら整理していく。
集中しすぎて周りを見ていなかったデルフは向かって歩いてくる少年にぶつかってしまった。
しかし、デルフよりもその少年の方が衝撃で倒れてしまっている。
「すまない。大丈夫か?」
倒れた少年にデルフは手を差し伸べる。
「は、はい」
瞬きをして呆然としている少年はデルフの手を取り立ち上がる。
「すまないな。少し考え事して余所見していた」
少年の身長はフレイシアと同じか下ぐらいの年齢で服装は布地の服。
昔、デルフが村にいたときに着ていた服と同じような素材でできている。
「い、いえ。僕も……前を見ていなかったので……」
デルフはぎこちない動きの少年の身体を眺めると僅かに震えていた。
(ん? ……緊張?)
最初は自分がそこまで怖いのかと不安になったが腰に携えている剣が目に入ったことにより考えがガラッと変わった。
「……兵士募集の張り紙を見てきたのか?」
そう尋ねると少年はびくっと身体を跳ねさせた後、恐る恐る頷いた。
「はい。仰りたいことは分かります。僕なんかじゃ、無理ですよね」
少年の身体付きは平均的でデルフに近いのだが覇気が全くない。
どうやら自分に自信を持てていないようだ。
デルフはそんな少年に少し親近感が湧いた。
(まるで、昔の自分を見ているみたいだ)
普通なら弱かった自分の過去を見れば自己嫌悪してしまいそうだがデルフはそうは思わなかった。
今でも戻れるなら昔に戻りたいと考えているのだ。
もしそうなると、ナーシャやフレイシア、師匠、あれから出会った人との思い出がなかったことになってしまうが生きていればいつかは出会うことができる。
しかし、死んでしまえばもう二度と会う事はできない。
(あのときより見違えるほど強くなったが、過去を変えることはできない。……いくら考えても答えは出ないな。しかし、この少年に言えることはある)
何もできなかったデルフが副団長にまで登り詰めたのだ。
「無理かどうかはやってみないと分からないぞ」
合間を置いてからデルフは楽しそうに笑う。
「立ち話も何だ、昼前だし場所を移そうか。話を聞かせてくれ。心配するな。俺の奢りだ」
それを聞いた少年は慌てて両手を振る。
「そ、そんな! 悪いです」
「気にするな、さっきの詫びとでも思ってくれ。それに王都は初めてのようだし行く当てはもう決めているのか?」
「ま、まだです」
少年の瞳は警戒の一文字が浮かび上がっている。
それも当然だ。
初対面の人が理由はあれども急にご馳走するとなれば警戒するのも頷ける。
むしろ、ほいほいと付いていく方が危ういだろう。
「まぁまぁ、そう言わずに」
デルフは半ば強引に少年を行きつけの居酒屋に連れて行く。
その最中、デルフは少年に尋ねる。
「そうだ、名前をまだ聞いていなかったな。俺はデルフ・カルストだ」
「ぼ、僕はクロークと言います」
行きつけの居酒屋に着いたデルフは引き戸を強く叩く。
すると面倒くさそうにした店主が引き戸を少し開けて顔を見せた。
「誰だ〜? ん? 兄ちゃんじゃないか? どうしたんだ?」
「昼前だからな。すこし腹ごしらえしようと思って」
「おいおい、兄ちゃん。ここ居酒屋だぞ? 昼前じゃまだ開けてないって」
「そこをなんとか頼むよ」
店主は複雑な表情をしたがすぐに収めて引き戸を完全に開ける。
「まぁ仕方ねぇ。兄ちゃんにはいつも贔屓にしてもらっているしな」
渋っていた店主もついに折れ快く中に入れてくれた。
注文をし終えたデルフは席に座ってクロークの話を聞く。
「それでそんなに自信なさそうにしているのになんで兵士になろうとしているんだ?」
すると、クロークは下を俯いて黙ってしまった。
無理に言わなくてもいいとデルフが言おうとする寸前でクロークは顔をあげて話し始めてくれた。
「僕の父はこの国の兵士でそれなりに強くて村では凄く評判なんです。ですが僕は村の中で一番弱く父の期待を裏切ってしまいました」
デルフはお茶の入った湯飲みを持ったまま唖然とクロークを見詰める。
「ど、どうしましたか?」
「い、いや続けてくれ」
あまりにも自分の境遇に似ているためデルフは言葉を失っていた。
そんなデルフを見ながらも気を取り直してクロークは言葉を続ける。
「そして、数日前に同い年の友達が僕をからかって兵士の募集のビラを見せてきました。売り言葉に買い言葉……僕はまだまだ子どもです。思わず騎士になってやると言ってしまったのです」
落ち込んだ表情で言うクローク。
はたまた自分と類似しているところで驚きを隠せておらずデルフは目を見開いている。
(分かる……な。昔の俺だったらその喧嘩を買っている)
デルフは勝手に納得してから尋ねる。
「クロークは騎士になりたいのか?」
クロークは恥ずかしそうに顔を赤らめながらこくりと頷いた。
「は、はい。僕の幼い頃からの夢なんです。騎士になって国とこの国の人々を守ることが」
クロークは立ち上がり自分の理想の姿を思い浮かべてはきはきと喋る。
その目はやる気に満ち溢れていた。
このときだけだが少しだけ雰囲気が変わり少なくともいじめられっ子には見えない。
常時、その状態でいれば周りからまた違った対応になるだろうにとデルフは少し勿体ない気持ちになる。
「そうか、やる気はあるようだな。それでクローク、剣術はどうなんだ? 騎士になりたいと言うぐらいだから齧ってはいるのか?」
しかし、クロークの反応は良くなかった。
「昔、父に教えてもらいましたが恥ずかしながらそんなに……」
「なるほど」
デルフはまだ村人であった頃を思い出した。
村が全焼しデルフ以外の生き残りもなかったあのときを。
路頭に迷うところであったデルフを師匠であるリュースが拾ってくれて育ててくれた。
だからというわけではないが、デルフはこのままクロークを放っておくことはできなかった。
(もしかすると、今のこのクロークはあの悲劇がなかったときの俺の姿かもしれないな)
デルフはふっと笑う。
「これも何かの縁だ。試験までの二週間、俺が稽古をつけてやる」
「えっ!?」
戸惑うクローク。
これもまた当然の反応だ。
「ああ、言っていなかったな。俺は騎士をしているんだ。実力なら自負をしている」
デルフは自分の実力を怪しんでいるかと思い説明するがそうではなかった。
「い、いえ、それよりもどうして?」
そっちの理由かとデルフは納得して正直に答える。
「俺の過去と似ていた、からだな。まぁ、自分の都合だ。クローク、本当に騎士になってその友達を見返してやれ。俺にはできなかったからな」
最後にデルフは表情を曇らせてポツリと呟く。
「騎士になれたのにできなかったのですか?」
クロークは首を傾げる。
「ま、まぁな。色々あったんだ」
デルフは咳払いで誤魔化して話を進める。
副団長としての仕事は一通り終わらしており時間には余裕ができていた。
だがその実際はウラノがデルフに仕事が回ってくる前に終わらしておいてくれるおかげだ。
最後にデルフが署名するだけで終わってしまう。
しばらく放って置いても大丈夫だろう。
しかし、ウラノの労働量が尋常にならなくなってきているため倒れる前に少し休みを取らせようとデルフは考える。
当人は絶対断るだろうが大事なところで倒れられても困る。
「それでどうする? 俺の見立てではお前は十分に強くなれる」
「僕にそんな才能があるのでしょうか?」
「クローク、魔力はあるのか?」
突然のデルフの質問にクロークは目が点になる。
「そ、それはどういう?」
「魔力があるかないかだ」
「あ、ありますけど……」
「なら、大丈夫だ。もしかすると俺よりも強くなるかもしれないぞ」
デルフは楽しそうに笑顔になって答えた。
クロークは意味が分からないという表情で戸惑っている。
そんなクロークに再び問いかける。
「どうだ? クローク、俺の稽古を受ける気はあるか? まぁ、無理強いはしないが」
クロークは目が泳いでいたがやる気を見る気を満ちた表情でこくりと頷いた。
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