第82話 兵士募集

 

 御前試合から数日が経ち、隊長の時と比較にならないほどの激務がデルフにのし掛かっていた。


 その中でもまず最優先することは各隊の被害状況を確認し復興することだ。

 とはいえまだ復興を始めてはおらずその準備を始めたばかり。


 副団長が不在であったため進行が遅れてしまっているのだ。


 しかし、その準備が思いのほか忙しい。


 準備さえ終われば後は隊長の仕事であるためデルフに少しの余裕ができるだろうがそれでも少しだ。


 だがそれは先の話で現在は各隊の視察のため王都から離れてそれぞれの拠点へと転々としていた。


 正直なところ移動時間の方が長い。


 そんなとき伝令から急遽ハルザードから呼び出しが掛かっていると通達を受けた。


 デルフは自分の名代としてウラノに五番隊の拠点に向かわせ自分は急ぎ王都に馬を走らせる。


 別れ際にウラノはデルフの身体に触れて“感覚設置センストラップ”を発動させた。


 片耳の聴力をデルフに配置しデルフがその場で命を下せばウラノに伝わり即座に行動に移すためらしい。


 言葉を交わすことはできなくデルフからの一方的な投げかけになってしまうがそれでも便利な魔法だ。


「何なりとお申し付けください」


 笑顔でウラノはそう言っていた。


 王都に戻ったデルフは一直線にハルザードの下へと向かう。


 王城にある騎士団団長の執務室に到着すると扉をゆっくりと叩く。


「デルフです」


 部屋の中から「入れ」という声が聞こえデルフは扉を開き中に入る。


 中に入ると目の先で机に向かって書類を睨み付けているハルザードが目に入った。


「思ったよりも早かったな」


 ハルザードは書類から目を離しデルフに焦点を合わせる。


「急いで帰ってきてくれとのことでしたが何か問題が?」

「いや、そういうわけではないが、とりあえずこれを見てくれ」


 ハルザードが手に持っていた書類をデルフは受け取り目を向ける。


 すると、そこには字でびっしりと埋まっており全部読んでいては時間が掛かると考えたデルフはさらっと軽く要点だけを目に通していく。


 文字数が多かったが言いたいことは明白だった。


「なるほど、兵士の募集ですか」

「ああ、お前からの報告で騎士に限らず兵士まで被害が広がっていたからな。今の内に戦力の補給をしておかなければ」


 デルフは頭の中で反芻させ静かに頷く。


「確かにこれは良案です」

「そうか。ならば早急に執り行うとするか」


 そう言うハルザードにデルフは制止の声を掛ける。


「いえ、待ってください。そうですね……ただの募集ではなく審査形式にしましょう」


 ハルザードが怪訝な表情をしてデルフに尋ねる。


「なぜだ? 今は兵士の数が足りない状況だ。選り好みをしている場合ではないんだぞ?」

「その通りですがこの際、騎士の増強も行いましょう。審査をして見込みのある者は騎士に取り立て、そうでない者も兵士として雇い入れる。各隊長には試験官を務めてもらうことになるため負担が大きいですがそうも言っていられないほど消耗してしまいましたので。特に四番隊の被害は途轍もなく大きい」


 ハルザードはデルフの説明を聞いて頷きを繰り返す。


「確かに、言う通り騎士の数も随分と減ってしまった。両方の戦力の増強を図るわけか。まさに一石二鳥と言ったところだな。面白い。その案を採用しよう。隊長の負担を少しでも和らげるため筆記試験の免除も考慮するか?」

「そうですね、筆記試験をする時間を確保するのは難しいでしょう。それと、審査を行うのは一月後にしましょう。理由は今浮上している問題を終わらせることと、試験者の数をできるだけ多くの募らせるように兵士募集をしていることを広めるためです」

「了解した」

「では、自分はこれで。各隊長たちには俺から報告しておきます」


 デルフはそう言って足早にハルザードの下から立ち去った。




 一人部屋に残っているハルザードは口元に笑みを浮かべていた。


「デルフ、また一段と成長をしたな。前よりも頭が切れている。リュースと姿が被って見えたぞ。そうさせているのは副団長としての責任感からかはたまたリュースに追いつこうと躍起になっているのか……」


 ハルザードは顔を上に向ける。


「どちらにせよ、リュース、安心しろ。デルフは十分に立派になっている」




 ハルザードの下から去った後、デルフは早歩きで廊下を歩いて行く。


「ウラノ、聞こえたな? イリーフィアに事の次第を伝え、他の隊長にも伝令を出しといてくれ。三番隊は俺が行くから大丈夫だ」


 デルフは歩きながら口早にそう言う。


 傍から見れば独り言しか見えないがデルフの声はしっかりとウラノに伝わっているだろう。


 ウラノへの指令を終えデルフは騎士団本部を拠点とする三番隊に足を進める。


 もう何回通ったか分からない入り口をくぐり隊長室へと向かう。


 すれ違う騎士たちはデルフの姿を見ると道をあけて頭を下げる。


「「副団長、お疲れ様です!!」」


 声を揃えて騎士たちが挨拶してくる。


「あ、ああ」


 副団長と呼ばれ慣れていないデルフは遅れて返事をする。


(まだ慣れないな……というかあれって同期だよな? なんか気まずい)


 スピード出世したデルフは同期の騎士から見ても憧れの的だった。

 最初こそ妬む者もいたが今では尊敬の色一色で染まっている。


 頭を掻きしっかりとしなければと自分に叱咤し隊長室の前に到着する。


 ドアを叩き扉を開けると隊長であるガンテツはもちろん、副隊長のアクルガ、それにノクサリオとヴィールがいた。


 ガンテツは机に並べた書類と睨み合いをしている。

 だが、肝心のアクルガはソファに座りその前にある長机に並べた菓子折を口に運びながら対面でソファに座っているヴィールとノクサリオと談笑していた。


 その声の大きさからしてガンテツの邪魔になっているのは目に見えている。


 デルフからはヴィールとノクサリオの後ろ姿しか見えていないがアクルガとはきっちりと目が合った。


 デルフは長机に目を向けると菓子折のすぐ横に書類がある。

 アクルガもデルフに釣られて視線を書類に移動させる。


 アクルガの額に冷ややかな汗が伝う。


 そのことからアクルガは集中が途切れてしまい仕事を投げ出したということは簡単に分かった。


 恐らくアクルガの言い訳はこうだろう。


「休憩だ」

「休憩だ」


 デルフとアクルガの声が重なりアクルガは目を丸くした後、さらに気まずそうな表情をして目をデルフから逸らす。


「ガンテツ、大丈夫か?」


 ガンテツはよほど集中していたらしくそのデルフの声でようやくデルフの存在に気が付いた。

 背中を見せていたヴィールとノクサリオも同時にデルフの存在に気が付く。


 ガンテツが見ていた書類はどうやら物資の供給量についてのようだ。


 農家の農作物の収穫量が著しく低下している。

 戦争にて若い農民も駆り出されたので当然と言えば当然の結果だ。


 ガンテツは書類を机の上に置き席から立ち上がる。


「カルスト殿、しばらくぶりでござる。先日の試合は見事としか言えないでござるよ」


 御前試合が終わった後、デルフは重傷を負っていたがフレイシアに治癒を施してもらい事なきを得た。

 その後、いきなりハルザードから溜まっていた仕事を押し付けられそのせいでガンテツたちとは試合前に会ったきりだったのだ。


「ガンテツはもう隊長として様になっているじゃないか。はっきり言って俺のときなんかよりもずっと仕事をしているぞ」

「ハッハッハ、探り探りでやっているだけでござるよ。勉強の日々でござる」


 そこへアクルガが口を挟んできた。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。


「デルフ! お前! さっきのあの目! 私がサボっているとでも考えていたのだろう!!」

「何か間違いがあるか?」

「ぐっ、ぐぅぅ~~」


 どうやら”言葉が出ない”は回避しぐうの音を絞り出したようだ。


 長い付き合いでアクルガの性格は手に取るように分かる。

 どこか少し懐かしい感じがアクルガからしていたのだが最近ようやく分かった。


 アクルガは少しだがカリーナの性格と似ているのだ。


 ならばデルフにとってアクルガは扱いやすい。

 カリーナの要領で接していれば容易くいなすことができる。


「おいおい、アクルガ! 真っ赤だぞ!! ぶわっはっはっは!!」


 そんなアクルガを見てノクサリオは大爆笑をしている。


 ヴィールは口に手を当てて笑いを堪えているが身体の震えで隠せていない。


 それならばアクルガも言い返せないがノクサリオに至っては指を指しながらの大爆笑だ。


 流石に腹が立ったアクルガはむすっとノクサリオを睨み付けて関節技をかける。


 ノクサリオの悲鳴が部屋中に轟く中、無視をしてガンテツがデルフに尋ねる。


「それでカルスト殿は何しに?」


 しかし、ノクサリオの絶叫によって全く聞こえない。


「ノクサリオ! うるさい!! アクルガ、全力でしてくれ」


 アクルガはデルフの言葉を聞いて悪戯な笑みを浮かべる。


 その後、断末魔が聞こえたきりノクサリオの声は聞こえなくなってしまった。


「すまん、ガンテツ。もう一回言ってくれ」


 ガンテツは空笑いしながら言い直す。


「デルフ殿は何用で?」

「ああ、そうだった。約一ヶ月後に兵士の募集をかける予定だがその際に同時に騎士の入団試験も兼ねようと考えていてな。各隊長か副隊長もしくはその両方に試験官を務めてもらおうと思う。苦労するだろうがよろしく頼む。負担を減らすため筆記試験は特例で免除にする」

「なるほど、承知したでござる」

「ガンテツ待て!」


 アクルガが制止の声を変えて近づいてくる。


 ちなみにノクサリオは地面に転がってすっかりと伸びてしまっている。


「試験官、あたしにやらせてくれないか? 事務の仕事はやはり性に合わん。こう身体を動かさないとな」


 大剣は持っていないがアクルガは構えをとって素振りの振りをする。


 ガンテツは快く頷く。


 ガンテツとしてもアクルガにうろうろされるよりはそっちの方がいいと判断したのだろう。


 それで試験についての詳しい説明は後で伝令を使わすとガンテツに伝えた。


「それはそうとカルスト殿。刀を二本にしたのでござるか?」

「ああ。やはり折れたときの予備は必要だと感じてな」


 刀は御前試合で折れてしまったため特注で作り直しそれなりの業物がつい最近届いたばかりだった。


 しかし、もう一つは鞘だけで刀はない。


 なぜなら、あれからルーはあまり元の姿に戻ろうとしないからだ。


 今日もどこか徘徊しに行ってしまった。


 ルーは気分屋なのだ。


 本当にピンチになったときしかあの姿に戻ることはないと思っといた方がいいだろう。

 というかルーに頼りすぎるのも良くない。


 それからガンテツたちと近況報告も兼ねて久しぶりの談笑をしあった。


 そして、そう日が経たないうちに兵士募集の張り紙が張り出された。

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