第79話 思わぬ贈り物

 

 会議が終わったデルフは一先ずウラノとともに家に戻る。


 その最中、ウラノはとても機嫌が良く鼻歌交じりに歩いていた。


「どうして、そんな機嫌がいいんだ?」

「ふふーん。だって小生が殿に仕えた直後に殿が早くも出世ですよ? これを喜ばずしていられるでしょうか!」


 ウラノの目は輝いておりもの凄く興奮している。


「……まだ、決まっていないぞ?」


 しかし、ウラノの高まりきった気分が落ち着くはずもなく増す一方だ


「殿が負けるはずありません! 少なくとも小生はそう信じていますとも!」

「そう言ってもな……。相手があの一番隊隊長のドリューガだぞ?」

「大丈夫です!」


 ウラノはすっぱりと言い切る。


「しかし、小生も噂でしか知りませんが剣術の方も凄腕とか。言うまでもありませんがくれぐれもご油断はなさりませぬよう」


 デルフはウラノを安心させるように優しく頷く。


「取り敢えず明日は新しい義手を探すとするか。右腕がない違和感はやはり慣れない」

「どうせなら、最も性能の良い物を探しましょう」


 デルフは今のところ金に困っていない。


 給料は殆どナーシャに渡しており生活費にしているがそれでも余りある金額を貰っている。


 デルフはあまり物欲がなく給料の殆ど貯金にしてあった。

 正直、小金持ちと言ってもいいレベルである。


「しかし、いくら性能が良くても魔力がなければただの持ち腐れになってしまうからな。馴染む物を探すとするよ」

「はっ! 仰るとおりです!! もちろん小生もお手伝いいたしますとも!」


 そんなことを言っている間に家の近くまで来ていた。

 家の前でナーシャが箒で散っている落ち葉を掃いている。


 帰ってきたデルフに気が付いたナーシャは箒の手を止めて走ってくる。


「早かったわね。でもちょうど良かった。あなたにお客さんが来ているわよ」

「客?」


 デルフは家の中に入るとお茶を啜っているウェルムがいた。


 ウェルムの姿は相変わらず黒のローブに身を隠しており左手で湯飲みを握っている。


「ウェルム?」

「あっ。デルフ、思ったよりも早かったね。会議はもう終わったんだ」 

「ああ」

「その様子だと上手くいったようだね」


 デルフの表情を読み全てを察したウェルムはそう言った。


(ウェルムには全て見透かされている気がするな……)


 机を挟んで向かい合うように椅子に座ったデルフは本題を尋ねる。


 ウラノはデルフの一歩後ろで直立不動の姿勢を取り話の邪魔をしないように佇む。


「それで今日は一体何の用なんだ?」


 すると、ウェルムは悪戯な笑みを浮かべた。


「ところでデルフ。君はこの前の戦いで義手をなくしたようだね?」


 デルフの今の姿を見れば一目瞭然だが長袖の右側の袖が垂れている。


「ああ、その通りだ。明日、新調しようと丁度今考えていたところだ」


 その言葉を聞いてウェルムの表情は明るくなった。


「本当かい? 良かった〜」

「良かった?」


 ウェルムの言葉に思わず訝しんでしまう。


 そんなデルフを無視してウェルムは言葉を続ける。


「そんな君に朗報さ」


 そう言ってウェルムは地面に置いていた風呂敷を机の上に乗せた。


 風呂敷が包んでいるのは相当な大きさの物で横に長い。


 ウェルムが風呂敷を解くとそこには鉄でできた手、つまり義手が姿を現した。


 前の義手と見た目は限りなく近く装着方法も同じだ。


「ウェルムこれって……」

「うん、君にプレゼントさ」

「本当か!? 感謝するよ。手間が省けた……」


 デルフは義手に手を伸ばしたがその手を途中で止めた。

 なぜか嫌な予感がしたのだ。


 王都に来てからウェルムとは長い付き合いだからこそ分かる。

 ウェルムは自分が興味あることしかしない。


 つまり無駄なことはしないのだ。


「ウェルム、これって普通の義手とは何か違うのか」

「やはり分かるかい?」


 ウェルムはまたも悪戯な笑みを浮かべた。


「察しの通り、これは普通の義手とは少し違うんだ。なんとこの義手には魔法の術式を埋め込んでいるんだ。ふっふっふ、僕の研究の試作品さ」


 ウェルムがはきはきと興奮しながら説明しているところ悪いが一つ言わなければならない。


「ウェルム、俺は魔力ないぞ。というかお前知っているだろ」

「ふっふっふ。もちろん知っているさ。この僕がただ術式を埋め込んだだけだと思うかい?」


 そう言ってウェルムは義手を手に取るとデルフに渡す。


「その義手は拳部分を軽く回すと取れるようになっているんだ」


 デルフはその言葉に少々疑問が残りながらも言われたとおりに足で義手を固定して回してみる。


 確かに回るようだが思ったよりも固い。

 力を入れてようやくすっと回転した。


「ちょ、ちょっとデルフ! まだ話の……」


 ウェルムはもうデルフの手が止まらないと悟ったのか目を閉じて顔を伏せる。


 そして、義手の拳を取り外すとデルフの視界が真っ白に染まった。


 思考まで真っ白になりただ白い世界を駆け巡っていく。


 ようやく目が慣れたデルフは呆然と辺りを見渡す。


 ウラノはまだ視界を取り戻していなくふらついている。


「なんだ……。これは……」


 デルフの呟きにウェルムが答える。


「それが魔法だよ。一応、試しに発光の魔法を埋め込んでみたんだ」


 発光は一瞬だけしか持続しないその一瞬が大事な戦闘では十分に活用できるだろう。


「しかし、俺は魔力がないんだぞ? なんで発動したんだ?」

「それこそが僕の研究の成果さ。これは術者の魔力ではなく空気中に漂っている魔素を直接利用しているんだ。だから、魔力のあるなしは関係ないんだよね。まぁ、直接利用している分、今みたいに一瞬だけで持続性は期待できないけど」


 義手の拳を外して術式を空気に晒すことが発動条件らしい。


 そして、一回使うと再び拳を取り付けて密閉しある程度の時間が経たない限り再使用はできないとのことだ。


 火球などの魔法を使おうとしても発射した直後に消えてしまうなどがあるらしく短時間で効果のある”発光”が最適だったらしい。

 戦闘の最中にその暇を探すのは困難だが発動できれば敵の不意を突くのは決まったも同然。


 ただ、発光は自分にも影響があるため使う場面は見極めた方がいいと肝に銘じておく。


「拳を回して発動だから左手に何も持っていない状態で使うのが好ましいよ」

「それだと、武器を持っていない状態だよな? その状態で虚を突いたところで仕留めきれないぞ」

「デルフ、その義手をよく見てみなよ」


 デルフは再び拳を取り外した義手に目を向けると拳があった部分に刃が伸びていた。


「これは……仕込み刀か?」

「うん」

「ふっ、抜かりないな」


 一通りの説明を受けたデルフはその身に義手を装着する。


「それじゃ、デルフ。久しぶりに一汗掻こうか」

「ん?」


 ウェルムはローブを捲り腰に差している木刀を見せる。


 デルフは笑みを浮かべながらこくりと頷く。


「そうだな。試合もあることだし久しぶりに稽古をするのも悪くないか」


 そして、デルフとウェルムは外に出て稽古を行った。


 正直、稽古というか殆ど実戦形式の戦いであり魔法を巧みに操り剣技もハルザードに勝るとも劣らない程研磨されていた。


「デルフ、前よりも格段に強くなったね。驚いたよ」


 平然とそう言うウェルム。


「よく言うよ。俺は全力だというのに……」


 足下にも及ばないと言うことはなかったがまだまだウェルムの実力の方が上だと実感した。


「いやいや、本当だよ。僕は平静を装っているだけさ」


 そして、再びデルフは立ち上がって木刀を構える。

 それに合わせてウェルムも左手で木刀を持ち構えた。


 先に動いたのはデルフだ。


 一直線にウェルムに向かっていき虚を突くため初っぱなにデルフの一番の技である”死角”を使った。


 一瞬にしてウェルムの背後に回ったデルフは突きを放とうとする。


 だが、背後に回ったはずなのにウェルムの正面の姿が目に入った。


「くっ!」


 デルフは身体に負荷をかけることを覚悟で前に出かけていた足を急遽止め後ろに下がる。


「デルフ、その技は一回見せたらもう通じないと思っていた方がいいよ。新たな技を作るか、その後に続く技を作るか。何にせよ、違うパターンを考えておかないと」

「確かに言う通りだ」

「まぁ、今のデルフには発光があるからね。だけど、これも一回切りだから気をつけるように。ちゃんと有効活用して使った感想を聞かせてね」


 そう言った後、次はウェルムから仕掛けてきた。


 ウェルムは高速でデルフに迫り木刀を薙ぐ。


 デルフはその前に躱す姿勢に入っており難なく躱す。

 だが、躱したはずの木刀が腹部に命中した。


「がっ!」


 直撃を食らってしまったデルフは地面に転がる。

 すぐさま顔を上げるとウェルムの木刀が宙に浮いていた。


「ウェルム、なんだそれ?」

「これは”飛操剣ひそうけん”と言って先生の得意技だよ。僕も何とか扱えるようになれたんだ」


 飛操剣自体は何年も前から使えていたらしいが戦力として扱う剣技がなかったらしい。

 剣技をハルザードから学びようやく扱えるようになったのだという。


 隠れた事実であるが最近はハルザードとも互角以上に渡り合える実力をウェルムは備えている。


「お前、本当に魔法を扱うのは上手いな」

「まぁね、興味があることなら誰でも本気になれるさ」


 その後、しばらく稽古は続きウェルムは魔術団に帰って行った。


「それじゃ、色々仕事を残しているから僕は帰るとするよ。多分、僕は見に行けないけど御前試合の結果を心待ちにしているよ。僕としてもデルフが副団長になってくれた方が嬉しいからね」

 とウェルムは帰り際にそう言い残していった。


「ウェルム様はお強いのですね」


 側でウェルムとの戦いを見物していたウラノが小走りして座り込んでいるデルフに近づいてくる。


「ああ、魔術師だからって舐めていたら痛い目を見るぞ。まだ、あいつに一度も勝ったことがないからな。本当に自信なくしてしまう」

「大丈夫ですよ! 殿ならいつか追い抜けます!」


 落ち込んでいるデルフをウラノは精一杯励ます。


 こんなみっともない姿を見せてもウラノの忠誠心には曇りの一つもない。

 本気でそう言っているのだ。


 デルフは笑みを浮かべるが隠すように下を向き立ち上がる。


「だと、いいんだがな」


 この話はそこで打ち切り次の話をウラノにする。


「義手はウェルムのおかげで手に入ったからな。次は刀だな」

「刀ですか……殿の刀は戦場で失ったのでしたっけ?」

「ああ、ジャンハイブにへし折られたんだ」

「では、その後どのようにしてやり過ごしたのですか?」


 この質問はウラノがずっとデルフに聞きたかったことだったらしい。


 デルフを見つけたあの周囲では武器らしい物がなくボワールの軍勢からどう切り抜けたか全くウラノには理解ができなかった。


「俺も記憶が少し曖昧なんだが……確か、突然目の前に黒刀が落ちてきた。今考えると不自然だな」

「謎が深まるばかりですね」


 そう話している内に辺りは暗くなり晩飯ができたというナーシャの声が聞こえてきた。


「おい、ウラノ行くぞ。姉さんは怒らしたらいけない」

「ハッ!」


 デルフたちはナーシャが怒り出す前に急いで向かった。


 後日、刀を新調してから試合の日までウラノに鍛錬を付き合ってもらい負傷によって忘れかけていた感覚がようやく戻ってきた。


 そして、いよいよ御前試合の日を迎える。

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