第78話 波乱の会議

 

 デルフは昼過ぎからの始まる会議の前にフレイシアの部屋に訪れていた。


 さすがのウラノもこの国の姫であるフレイシアの部屋までは押し入ろうとせずに扉の前で待っている。


 ノックをした後、部屋の中に入るとフレイシアが笑顔で出迎えてくれた。

 しかし、すぐに目から笑みが消えた。


「デルフ、久しぶりですね? 私の所を滅多に来ず、いったい何をしていたのですか〜?」


 笑みは浮かべている分、逆に瞳の色が際立ちデルフは思わず後退りをしてしまう。


「す、すみません。三番隊の現状が危うく立て直しで一杯一杯でした。跡を濁したくはなかったので」

「跡を濁す? まさか騎士を止めるのですか!?」


 その瞳の色には驚きもあるが不安の方が色濃く感じた。


 即座にデルフは否定するが、全てを否定するわけではない。


「い、いえ、そういうわけではありません。まだ、決まったわけでありませんがもし上手くいけばこのお役目を続けることは難しくなるかもしれません」

「……どういうことですか? 騎士を止めること以外に何も思い付かないです」


 フレイシアは訝しげに尋ねる。


 咄嗟に答えたものの言葉が足りないことに気が付いたデルフは分かりやすく簡潔に答える。


「師匠……副団長の後を継ごうと思いますので」


 デルフのその一言だけでフレイシアは得心したように頷いている。

 その様子は自分に言い聞かせているように見えた。


 デルフが副団長の役目に就けばリュースの多忙だった様子からフレイシアの御側付きを続けるのは困難になるのが目に見えている。


 会議前にフレイシアの部屋に向かったのは顔を見せることもあるが特にこのことを伝えるためだった。


「そうですか。副団長様の後を……。それならば止めるわけにはいきませんね……。むしろ応援します!」


 フレイシアはにこやかに笑う。


「ありがとうございます」


 ところが、即座にフレイシアが指をピンと立てて声を張り上げる。


「ですが! ……デルフがこの役目を退くこととは話は別です」

「?」


 フレイシアは微笑みながら答える。


「いつでもいいのでたまには顔を見せに来てください。デルフはずっと私の御側付きの騎士ですよ。いいですね?」


 そんな満面の笑みを見せられたら断れるはずもない。

 そもそもデルフが断るはずがない。


 デルフにとってフレイシアは生涯の主君であると考えているからだ。


「はい。フレイシア様がそれで良ければこちらからお願い申し上げます」

「ふふふ、デルフったらいつの間にか少しだけですけど素直になったのですね」


 フレイシアは口元に手を当てて嬉しそうに笑っている。


「では、フレイシア様。もうすぐ会議がありますので」


 デルフは立ち去ろうとするがフレイシアの声がその足を止める。


「いつからなのですか?」

「……昼過ぎですが?」


 突然の問いにデルフは戸惑いながら答える。

 するとフレイシアは手を合わせて喜んだ。


「なら、まだ時間がありますね! 少しだけ一緒にお茶でも飲みませんか?」


 デルフの返事を聞かずにフレイシアは椅子まで手招きしてデルフを座らせる。


 そして、カップにポットの中に入った紅茶を注ぐ。


「ところでデルフ。少し表情が固いですよ?」

「そ、そうですか」


 デルフは自分の顔を左手で触れる。

 自分では何となくしか分からないが確かに少し強張っている気がする。


 表情に出すつもりはなかったがそれほど今回の五隊会議に緊張を感じているのだろう。


 自分でも気付かないとは少し注意をしなければとデルフは自分に言いつける。


 しかし、今回の会議は確実と言っていいほどに荒れることは間違いない。

 そして、必ずデルフはドリューガと対立する。


(できれば後腐れがない終わり方が望ましいが、それは難しいだろう。いや、後腐れを考えるほど仲良くはなかったか)


 そして、フレイシアは紅茶を注いだカップをデルフに差し出す。


「僅かな時間ですがゆっくりしてください。ここの所、まともな休息も取っていないのでしょう? 目に隈ができていますよ?」

「……面目ありません」


 そして、フレイシアはデルフの右手部分を見詰める。


「義手は付けていないのですね?」


 デルフは肘より下がない右腕を見ながら答える。


「ええ、忙しくて新しい義手を見繕う時間がありませんでしたので。まぁ、あってもなくても正直同じですけどね」

「会議が終わったら少し休んだ方がいいですよ?」


 フレイシアは心配そうに言葉を投げかける。


「そうしたいのは山々なのですが……全てが終われば、そうですね」

「本当に無理し過ぎで身体を壊すのは止めてくださいね」


 しばらくフレイシアの部屋で十分に休息を取った後、デルフはフレイシアに別れを告げ会議室に向かった。




 会議室では既にクライシス、イリーフィア、そしてドリューガが円卓の周りに順番に着席しており後は騎士団長であるハルザードを待つだけとなった。


 しかし、とデルフは隣にある四番隊の席に目を向ける。

 そこにはクルスィーが着席していた。


「クルスィー、なんでいるんだ?」


 デルフがそう尋ねるとクルスィーではなくイリーフィアが口を出した。


「クルがいちゃダメ? デルフ、悪い子?」


 敵意をさらけ出している視線にデルフは悪寒を感じすぐさま誤解を解く。


「いや、そういうわけじゃない。単純に気になっただけだ」

「そうですよ〜イリちゃん。デルフさんが〜そんなこと〜言うわけがないじゃないですか〜」

「うん、分かってるよ、クル。確かめただけ」


 会話した数は少ないがイリーフィアがこんなに感情を露わにするのは珍しい。


 無表情なのは変わらないが視線から発する感情は凄まじい。


 それほど妹のことが大事なのだろう。


 無表情の姉に眠そうでおっとりとした妹。


 身長や身体の発達度からしても似ても似つかぬ二人だがやはり姉妹と思わせる部分はある。


「私は〜団長さんから〜代理で出て欲しいと〜言われたので〜来ました〜。新しい隊長が〜決まるまでの間〜私が隊長代理なのです」

「なるほど、確かに四番隊だけ参加しないのも情報共有に支障がでるからな」


 すると、イリーフィアは表情を変えぬまま不機嫌そうな雰囲気に変わった。


「それ、不満。クルは私のとこ、来るべき。というか来る」

「だから〜イリちゃん。私は〜副隊長〜ですので〜無責任なことは〜できないのです〜。せめて〜次の隊長が〜決まるまでは〜。分かって~ください~」

「……だったら、はやく決める」


 このやり取りは今回に始まったものではなくイリーフィアがことあるごとに口を出すらしい。


 さすがのクルスィーもうんざりとした表情でイリーフィアを宥めている。


「それにしてもソルヴェルさんに続いてリュースさんも失ってしまうなんてな」


 クライシスが肘をつきながらさらっと言う。


「ドリューガの旦那はどう思います? これからのデストリーネは?」


 目を閉じ会議が始まるときを待っていたドリューガは片目を開きクライシスを見据える。

 そして、再び目を閉じてしまった。


「無論、何があろうと陛下のためこの国のためこの身を尽くす所存。ふっ、そこの新参者も運良く生き残ったらしい。お前ごときを取れないとはボワールの英雄とやらもそこまでの腕ではなかったと見える」


 デルフはむっと顔をしかめたが今ここで事を荒げる必要はないと冷静になる。


 そんなデルフの気も知らずにドリューガは先の戦争が不満だったのか眉間にしわを寄せながらさらに嫌味を続けた。


「だが、生き残っただけ貴様はマシだ。ソルヴェル、リュースのやつらに比べれば。奴らは我らがデストリーネの顔に泥を塗りおったのだ」


 流石のデルフもその言葉を聞き捨てならなかった。

 デルフは怒りで我を忘れて立ち上がる。


 自分の悪口ならばいくらでも耐えてみせるが自分を救ってくれた人、自分をここまで押し上げてくれた人を悪く言われるのは許容できなかった。


 そんなデルフを見たドリューガは一笑する。


「ふん、この程度で我を忘れるとは……先が見えるな」


 デルフとドリューガの視線がぶつかる。


 そんな状況に周囲にいるクライシス、イリーフィア、クルスィーの三人は何も言わず見守っていた。


 だが、クライシスが溜め息をついてから止めに入る。


「まぁまぁ、お二人さん。落ち着いて落ち着いて、喧嘩なら他所でやってくれよ」


 デルフは自分を落ち着かせるために一回息を吐いた後、静かに着席する。


「師が師なら弟子も弟子だな」


 クライシスの言葉を聞かずドリューガはそう吐き捨てた。


 それが引き金になってしまった。


 怒りの限界を超えたデルフの姿が掻き消える。


「デルフ止めろ!!」


 その一喝でデルフの動作がピタリと止まる。

 デルフの左手は腰に携えた予備の刀を抜く一歩手前で止まっていた。


「むっ……」


 ドリューガは自分のすぐ背後まで迫ってきていたデルフを察知できていなかったらしく驚きで身体が固まっている。


「デルフ、武器をしまえ。ここは会議の場だ。そのような場所で剣を抜くことの意味をお前が知らないとは言わせないぞ」


 その声の主は会議室の扉の前にいるハルザードだ。


 デルフの刀を抜こうとする手は震えて迷っていたが諦めたように手を離した。


 そしてドリューガを冷たい視線で一瞥した後、再び着席する。


(いくら師匠を悪く言われたからって我を忘れるなんて……。俺もまだ未熟だ)


 そうデルフは自分の浅慮を恥じる。


 ドリューガはわなわなと震えておりいつ爆発してもおかしくはないほど怒りが溜まっていた。


 そんなドリューガを放ってハルザードは先日デルフにしたのと同じ説明を隊長の面々にする。


 ドリューガ以外の全員は頷いて理解を示す。


「というわけだ。早急に次の副団長をこの中から選出しなければならない」


 そのハルザードの言葉を聞いてまずクライシスが発言する。


「俺はパスでお願いします。とてもじゃないが柄じゃないんで」


 クライシスは両手と首をゆっくりと振りながら答える。


「私も、無理」


 イリーフィアもクライシスの後に続いてそう言った。


 予想通りの反応にハルザードは頷く。


(ここからが正念場だな)


 デルフは元から決めていた覚悟をさらに引き締める。


 そして、ハルザードが口を開いた。


「俺は副団長に三番隊隊長であるデルフを推そうと考えている」


 ハルザードはデルフを見詰める。


 デルフは意志を強く込めて頷く。


 そのとき、円卓に大きな衝撃が響き渡る。

 その元凶はやはりドリューガだった。


「なんだと!? ハルザード! 貴様、正気か!?」


 殺気など隠す気などさらさらなく鋭い視線でハルザードを睨み付ける。


「無論だ」


 ドリューガの額から血管が浮き出る程激情しこの会議場に響くほど強く歯ぎしりする。


 クライシスやイリーフィアはデルフだったら安心と言ったようにホッとしていた。


 この二人もドリューガが就く場合のことを考えて不安に思っていたのだろう。


 ドリューガは再び右手を円卓に振り下ろした。

 耳を貫くような轟音が響き渡る。


 その威力は凄まじく円卓は一直線にひび割れていく。


「我は副団長などどうでも良い。我が望むことは陛下のため働くことと貴様を打ち倒すことだけだ。だが、その小僧が副団長に就くことは我慢ならん。たかが一年足らず隊長を務めただけの若僧が副団長を務まるとは思わぬ!」

「ドリューガ、それは浅慮だぞ。お前はデルフの働きをよく見ていない。十分副団長としてやっていける器量を持ち合わせている」

「ハルザード、見損なったぞ。そこまで目が曇ったか!!」


 さらに怒りを募らせるドリューガ。


「ならば、ならば我も副団長に立候補しよう。この小僧の下に就くなどありえん」

「そうか、それでは立候補者はドリューガとデルフの二人で問題ないな?」


 沈黙を同意と受け取ったハルザードは頷く。


「それでは次にどのようにして決めるべきか……。俺としては双方、遺恨が残らないように納得ができる決め方が良いのだが」


 白々しくそう言うハルザード。


 なんとか二人を試合するように持って行きたいのだろう。


 はっきり言ってその演技は上手いとは言えなかった。

 不自然さが目立ちすぎている。


(ハルザードさんは嘘がつけないタイプだな)


 そのとき、思わぬ助けが入った。


「簡単だ。我とこの小僧が戦い、より強い武を示した方が副団長に相応しい。近頃、リュースのやつが団をまとめる能力が秀でていたことによって副団長は武よりもその方面が尊重されている節がある。だが、それは大きな間違いだ。本来は純粋な力を持つ強者が就くべきなのだ」


 デルフはともかくハルザードとしてはその申し出は渡りに舟であった。


「デルフ。問題あるか?」


 ハルザードはデルフに尋ねる。


「小僧、引くならば今のうちだ」


 殺気の籠もった目で睨みつけるドリューガ。


 しかし、デルフは断るつもりなど微塵もない。

 覚悟はとっくに決めているのだ。


「なにも問題ありません。受けて立ちます」


 そうはっきりと言うとドリューガの口元がつり上がる。


「貴様のことを誤解していたらしい。意外と肝が据わっているやつよ」


 そして、ハルザードが声を張り上げる。


「双方の確認は取れた! では、一週間後、騎士団本部の演習場にて試合を行う。このことは陛下に伝える。恐らく陛下も赴かれ御前試合となるだろう」

「なに!? 陛下が……」


 ドリューガはあまり見せぬ笑みを浮かべた。


「死に至らしめる攻撃は禁ずる。ドリューガ、特にジャリム戦で使ったあの魔法は禁止だ」


 あの籠手の破壊力は驚異的であり当たった者は確実に死が待っている技とデルフは聞いている。


 文句を言うかと思ったがドリューガは快く了承した。


 ドリューガとしても陛下の前では綺麗とは言いにくい破砕を使いたくないのだろう。


 戦争では手段など選んではいられないがこれはあくまでも試合なのである。


「では、各自で準備をしておいてくれ」


 そして、会議が終了した。




 会議後、ドリューガはハルザードに話しかける。


「本来ならばあの小僧よりも貴様と試合を行いたかったが、まぁいいだろう」


 そう言って去って行こうとするドリューガにハルザードは忠告する。


「ドリューガ、デルフを小者だと侮るようなことをするなよ? 痛い目を見るぞ」


 ドリューガはその言葉を一笑に付して「抜かせ」と言って立ち去っていく。


 廊下を歩いていくドリューガは不機嫌だった。


 あのときハルザードがデルフを止めなければ確実にやられていた。


 ドリューガは自分の首筋を撫でる。


 それがドリューガにとってどれほど屈辱だったか。

 いっそのことあのまま斬られて死んでいた方が幾分マシだったと考えるほどだ。


 さらに唯一の好敵手であるハルザードに命を救われたという事実がドリューガにのし掛かってくる。


 苛つきが増したドリューガは思わず壁に拳を叩きつけた。

 壁は拳の跡を残しており砕けた壁が音を鳴らして落ちていく。


 油断があったとはいえそのことはドリューガの自尊心を大きく傷つけた。


 ハルザードは油断をするななどと言っていたがドリューガとしてはそんな気はさらさらない。


「二度はない! 全力を持って奴を確実に叩き潰す」


 ここでドリューガはデルフを成り上がりの弱者ではなく自分の相手に相応しい敵だと認めた。

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