第72話 サムグロ王国の陰謀(2)
少ない従者を引き連れてリラフィールは近くにある村に向かった。
そこは総人口が五十人にも満たなく小さな村だ。
ルースフォールド家が治める村の中でその村は一番小さい且つ嵐の被害は一番大きい。
人手も足りないことからリラフィールはまず向かう場所をここに決めた。
だが、それだけが理由ではない。
村が見えてくると門前で忙しなく動いている青年を発見した。
その青年はリラフィールがよく知る人物で思わず笑顔になり大きく手を振りながら叫ぶ。
「おーい。ジャクス〜!」
ジャクスは十八歳とリラフィールと同い年の幼なじみで幼少の時は時折屋敷を抜け出してよく遊んだ仲だ。
数年ぶりに会えたと嬉しくなったリラフィールはテンションが最高潮に達してしまい口調も幼少の時のものに戻ってしまう。
しかし、あくまでジャクスと会うのはついでなのだ。
そう言い聞かせがリラフィールは気を引き締めるが身体は嘘がつけなく微笑んでいるままだ。
ジャクスもリラフィールに気が付いたようで目を丸くしていたが時期に笑顔になって走り始める。
「リラ! 久しぶりだな!」
後ろにいた従者たちはジャクスに対して顔をしかめた。
それをリラフィールは片手で制して笑顔でジャクスに答える。
「ジャクスも相変わらず元気そうね」
「っていうかさ。お前、でかくなりすぎだろ……」
ジャクスは自分とリラフィールの身長を比べる。
僅かにリラフィールのほうが高かった。
しかし、リラフィールが一般的に大きいわけではない。
「あなたが昔から成長していないからよ」
「いや〜そうだとしてもお前より小さいというのはなんだかな〜。男の威厳や尊厳が……」
それを聞いてリラフィールはクスリと笑う。
「ふふ。今更じゃない」
「なっ!」
顔を真っ赤にしたジャクスを軽くあしらった後、自分がこの村に来た目的をジャクスに説明しながら村に入っていく。
すると、村の中で一番年老いた老人がリラフィールに気が付き出迎えてくれた。
その老人がこの村の村長でありジャクスの祖父に当たる人物だ。
「これはこれはリラフィール様。わざわざこのような村に足をお運びくださってありがとうございます。……して、何用でございますかな?」
村長は村の状況が酷いにもかかわらず陽気に笑いながらリラフィールに問う。
リラフィールが前に出て答えようとするが代わりにジャクスが答えた。
「爺ちゃん、リラは村の被害の視察に来たらしいぜ」
「ジャクス!! この馬鹿者! 領主様のご息女を呼び捨てにするなど恥知らずが!」
村長は声を荒げながらジャクスの頭に拳を落とす。
「いって〜! 何すんだよじいちゃん!」
「リラフィール様。孫の無礼、どうかお許しください」
「いえ、私は別に気にして……」
そのとき後ろから責め立てる冷ややかな視線がリラフィールの背筋に伝わってくる。
リラフィールは振り向かずに発信源が三人の従者の中にいる一人の人物からだとわかった。
歳は初老を迎えておりルースフォールド家のメイド長であるコハルクである。
リラフィールが幼い頃からこのメイド長に礼儀作法などを徹底して教え込まれた。
その教育の厳しさは思い出す度に震え上がりそうになるほどだ。
コハルクはリラフィールが決して頭が上がらない数少ない一人である。
(ええ、分かっていますコハルク。今の私はお父様の名代。節度を持った行動をしなければならない)
リラフィールは咳払いをして微笑みながら言い直す。
「次からは気をつけてくれれば構いません」
その様子をみたジャクスは「ほへぇ〜」と息を漏らしながら呆気にとられていた。
「やっぱりリラ。感じが変わったな。なんか大人! って感じだ」
リラフィールはコハルクに悟られないようにジャクスの言葉に片目を閉じて応対した後、村長に向き直る。
「して、視察というのは?」
「はい。先日の嵐による被害の調査です。各地の村を周り調査が終わり次第、後日に被害に応じて修繕の人員の手配を各々に致します」
しかし、村長の顔色は渋かった。
「手配とは申しましても……我が村にはそんな金銭はありませんが……」
リラフィールは村長を安心付けさせるため即座に言い放つ。
「金銭は必要ありません。今回の被害については我がルースフォールド家が全て負担しますので安心してください」
それを聞くと村長は目の色を変えた。
「な、なんと……それは真でございますか?」
笑顔のままリラフィールはこくりと頷く。
いつの間にか周囲に集まっていた村人たちから歓喜のざわめきが広がる。
喜んでくれたようで何よりとうまく事を運べたリラフィールは内心でホッとした。
その後、感謝の言葉を何遍も聞いたリラフィールは疲れた表情をして村長と話を終える。
「やっと終わりました……。しかし、この村は聞いていたとおり被害が大きいですね……」
リラフィールは村の周囲を見渡して苦い顔になる。
畑は荒れに荒れており家も半壊しているものまである。
村の周囲にある柵はものの見事に全て吹き飛ばされてあり立て直すのにここの村人たちだけではどれくらい時間が掛かるか分からない。
たとえ終えたとしても農作の遅れは尋常ではないだろう。
(これは……今年の税の取り立ては見送ったほうが? しかし、単に見送るだけでは飴の与えすぎ? ふーむ……難しいですね。お姉様ならどうするでしょうか)
考えを深めていく内に頭の中がごちゃごちゃと混雑してしまい熱くなる。
「取り敢えず、このことは保留です」
周囲では村人たちがせっせと修繕を行っているが人数が少なく進行度はお世辞にも早いとは言えない。
「さて、お父様の名代の役目はおしまいです。ここからは私、個人として動きましょう。いいですね?」
リラフィールは後ろにいるコハルクに視線を向けずに言う。
コハルクは何も言わずに目を伏せる。
それを了承と受け取ったリラフィールはさらっとコハルクにとってとんでもない発言をした。
「ジャクス〜! 私も手伝うわ〜!!」
洋服を揺らしながら連日に続いた雨によって泥濘んだ地面を走って行く。
その際に跳ねた泥が洋服に付着してコハルクの顔は青ざめる。
「お、お嬢様!! いけません!! お召し物が!!」
「あっ! そうでした」
リラフィールは洋服に付着した泥を見て「やってしまった…」と言うような表情をする。
擦っても染みは取れない。
「私としたことが、変えるのを忘れていました」
リラフィールは無造作に指をパチッと鳴らす。
すると、煌びやかな白い光がリラフィールの洋服の周囲に現われ覆い隠してしまった。
「これで文句ないでしょ?」
光が霧散しリラフィールが着用していた洋服は見る影もなくなりその代わりに作業服を纏っていた。
作業服とは言ってもジャクスが着ている布の服を真似た物だ。
コハルクも黙認することを決めたようで渋々後ろに下がった。
そして、従者の兵士二人にしっかりと見張っているようにと指図している。
「さぁ、何をすれば良いのかしら?」
リラフィールは隣にいたジャクスに尋ねる。
「ああ、早急にしないといけないのは家の修繕。だけど……」
「わかったわ! 行きましょう! ……どうしたの?」
ジャクスは立ち止まったままリラフィールをじっと見詰めていた。
「いや、便利な魔法だなと思ってさ。流石、魔法の天才と言われるだけはあるな」
リラフィールが使った魔法の
しかし、組み替えるだけであって布の服から金属製の鎧を作り出せるなどはできない。
あくまでその素材のまま作り替えると言ったところだろうか。
コハルクはそのことを知らない。
この魔法を使ったところで根本は同じでありどっちにしても衣服は汚れたままだ。
(世の中には知らなくて良いこともあります。ふふ)
さらに魔力を多く消費すれば一から生成することも可能であるとリラフィールは想定している。
だが、なぜ想定で終わってしまっているのかはリラフィールの魔力量では行うことができなかったからだ。
その失敗を思い出したリラフィールはうんざりしたように溜め息を吐く。
「こんなので天才と言われるのは重荷よ。陛下に比べれば私は足下にすら及ばないわ」
「あの御方は桁違いだ。比べるだけ無駄だぞ。それだけ魔力の扱いが長けているんだ。俺とはやっぱり格が違うよ」
「量が少ないのが残念だけどね。はい、この話はおしまい。さぁ早く動きましょう」
少しだけこの村の修繕の手伝いの最中にリラフィールはフリスマンとグラスニーの会話を思い出した。
「ジャクス、この辺りで行方不明者が出ているって知らない?」
「……やっぱりリラは知っているのか。隣の村では三人、他も数人いなくなっている話だ。先日の嵐が原因だろ。あんなの家にいても無事で済むか怪しいぞ。俺たちは運が良かった」
ジャクスは村の状況を見渡しながら言う。
「それもそうね……」
リラフィールは納得をしながらも何か不吉な予感がしていた。
それでもその予感が何を指しているか全く見当も付かず杞憂だとリラフィールは考えを止めた。
そして帰り際にジャクスに別れの挨拶をする時がやってきた。
「それじゃ、ジャクス。そろそろ帰るわ。少し時間が掛かるかもしれないけど人員を手配するから」
「ああ、期待しているぜ。じゃあな!」
リラフィールは踵を返し従者たちとともに帰路につく。
村を出てしばらくすると歩いていると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「リラ!!」
リラフィールが振り向くとジャクスが追いかけて走ってきていた。
「どうかしたの?」
こてっと首を傾けてジャクスに尋ねるとジャクスは顔を赤らめて頬を掻く。
「いや、なんていうーかよ。久々に会えて嬉しかったぜ」
そう言ってジャクスはゆっくりと拳を突き出す。
ジャクスの拳を見たリラフィールは昔よく遊んでいた頃を思い出した。
「懐かしい……」
リラフィールは笑顔になりジャクスの拳に自分の拳を重ねる。
「またな!!」
「ええ、また」
ジャクスはリラフィールが見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
それを実際に見てはいない。
振り向かなくても分かる。
ジャクスはそういう人なのだ。
「くすっ」
堪らずに笑いが漏れてしまった。
ジャクスの村を後にしてから数週間経ち自室にいるリラフィールは椅子に背を預けうーんと伸びをする。
「これで一段落です」
各村の被害状況の調査を数日前に終わらし、そしてたった今その修繕の手配を全て終わらせたところだった。
しかし、一先ず終えただけであってまた問題があれば再度調査を行わなければならない。
束の間の休息と言ったところだ。
「うーん。ですがこれは思ったよりも被害が大きすぎますね。それに伴って修繕費も大きくなりました。幸い貯蓄は十分ありますのでそれほど痛手にはなりませんが頭の隅にでも置いていた方が良いでしょう」
考えをまとめたリラフィールは机の上に散らばった書類を片付けた後、窓の外を眺める。
「そう言えばもうジャクスの村には手配した団体が到着したところでしょうか」
リラフィールはカップに入れた紅茶を口に含み一息を入れる。
だが、予想すらしていなかった報告が飛び込んできた。
「なんですって。……ジャクスの村に送った団体がもう帰ってきたのですか?」
目の前で跪いている兵士にリラフィールは戸惑った表情で尋ねる。
「それは村の修繕が終わったから……ではないのですか?」
「いえ、その者たちは皆揃って人がいなかったとしか……」
「人がいない? その者たちを呼んできてください! 直接伺います!」
兵士は一礼して足早に立ち去っていく。
そして、連れてきた団体のリーダーに直接話を聞くがその答えは先程と全く同じだった。
「……仕方ありません。今すぐ村に赴きます! 支度を!」
「い、今からですか?」
長く仕えているコハルクでもここまで焦った表情をしているリラフィールを見たことがなかった。
準備を省きに省き、その日のうちにジャクスの村に到着したリラフィールは唖然とした。
「いない……。本当に……誰も」
村には人の気配が微塵もしなく空しさしか漂っていない。
それでもリラフィールは村中全てを探し回るが人一人誰もいなかった。
修繕されていた家すらも途中で投げ出されており数日は手を付けていない様子だった。
「ジャクス!! どこにいるの!!」
リラフィールの声は反響するだけで帰ってくる声はなかった。
何も見逃さないという目付きで村を歩き回っていたリラフィールだったがふと地面に残った足跡を発見した。
「これは馬の足跡? ……馬車の跡? いや、それよりもこれは血痕……よね?」
「お嬢様!!」
戸惑っているリラフィールに向かってコハルクが長いスカートの裾をたくし上げながら走ってきた。
「どうかしましたか? コハルク」
「この村に何があったか一部始終見ていた者を発見しました」
「!!」
それを聞き急いでその者の下に向かう。
その者はジャクスの村の隣にある村人であるとのことだった。
数日前に用があってここに訪れたときに影に隠れて全てを見ていたらしい。
「それでこの村にいったい何があったのですか?」
「は、はい。儂がここの村に来たときには王都の騎士らしき人物がここに来ておって村の人たちを馬車に乗せていましただ。そして、あちらの方向に村人たちを連れて向かっていったですだ」
リラフィールは話を聞き終わり小銭を村人に与えて一応口封じをした。
「騎士が……どういうことです。領内に入ったという報告は一つも入っていません。そうですね?」
コハルクが頭を下げる。
何かが頭の中で引っかかる感覚をリラフィールが感じた。
「何か、何か……!? やはりお父様と公爵様の話に何か関係が? 一先ずお父様に報告をした方が良いですね。ジャクス、待っていて」
リラフィールはもぬけの殻となった村から急いで屋敷に戻っていく。
この王国の陰謀を解く手掛かりを得てしまったリラフィール。
しかし、それがリラフィール自身にもその牙が剥くことを現時点では考えにも及ばなかった。
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