第59話 奇襲の目論み

 

「なぜ、押されておるのだ! 数はこちらが圧倒的に上のはずだ!」


 唾を飛ばしながら怒鳴り散らしているのはボワール王国の侯爵であるフロンブドだ。


「安心されよ。フロンブド様。今は凄まじい勢いですがそれも一時。長くは続きますまい。それにスファンキが前衛を指揮している以上、負けはあり得ません」


 フロンブドの親衛三隊長の一人であるカイシキはフロンブドが今すぐにでも最前線に向かおうとするのを見てすぐに安心させるように進言する。


「そ、そうだったな。スファンキならば安心だ。一刻も早くこんな小隊を蹴散らしハルメーン様のお助けに行かなければ。ジャンハイブの若造に全て手柄をとられてしまう! それどころかこんな少数に足止めを食らい手こずっていると知られれば儂の信用が下がってしまうではないか! むぬぬぬ……カイシキ! 全てお前に任せる。早急に突き崩せ!」

「はっ! お任せあれ」


 カイシキの意志の籠もった目を見て満足そうに頷きフロンブドは後ろに下がって行った。


 それを見送ったお後、カイシキは自軍と敵軍がぶつかっている様子を見て冷や汗を流す。


 先程はフロンブドを安心させるため強気の発言をしたが敵の勢いの強さはカイシキにとって予想外だった。


「数は少なくすぐに蹴散らすことができると判断していたがまさかここまでとは……。さすが、デストリーネと言ったところか。未だ、瓦解する光景が全く見えん。しかしスファンキならばこのような事態になる前に対処しているはずだ。らしくないぞスファンキ!」


 それも束の間、後退してきた一人の兵士が息を切らしながらカイシキの前に跪いた。


「報告します!!」


 伝令によるその報告の内容はとても信じられないことだった。


「なに!? それは本当か!?」


 カイシキは思わず驚きで声を荒げてしまう。


 なぜなら、伝令からの報告は前衛の指揮をとっていたスファンキの討ち死したという内容だった。


 カイシキの鬼気迫る問いかけに伝令は怯えて言葉が出ずに頭を深く下げるしかできない。


「我ら親衛隊長の中で一番の実力を持つスファンキが討ち死とは……。その敵はあまりにも危険」


 カイシキの隣に現われて言葉を発したのは最後の親衛隊長であるツンドリである。


「そいつは何者だ?」


 ツンドリは伝令からスファンキと戦った人物の情報を知る限り全てを聞く。


「カイシキ、我らも前へ出るぞ。この流れは不味い。早急に絶たねば」

「それならばスファンキを倒したやつを討つことが手っ取り早い」


 しかし、スファンキの実力以上となると噂のデストリーネの隊長クラスとなる。

 スファンキに及ばないカイシキたちではその人物との戦いは厳しい。


 だが、カイシキとツンドリは確信とまでは行かないが今ならば倒すことは可能だと考えた。


「スファンキと戦ったのだ。そいつも手傷を負っているはずだ。卑怯だと思うがここは二人力を合わせてでも倒すべきだ」

「戦場において綺麗事など不要。勝てば良いのだ」


 カイシキは馬に乗り兵たちに怒鳴りつける。


「お前たち!! 押し返せ! 手柄を立てたものには褒美に糸目は付けないぞ!」


 こうは叫ぶもののカイシキは気休め程度にしかならないと思っていた。


 敵の動きは的確に守りの薄いところを攻め続けている。


 それに対応するためその場所を固めたところでデストリーネは即座に攻撃の向きを別の弱点へと変更してしまう。


 完全にデストリーネに弄ばれている状況だ。


「……ここまでやるとは敵の指揮官はかなり優秀なようだな」


 数の有利を持ってしても思った通りに事が運べないことにカイシキは腹を立てる。


「平和で衰弱したデストリーネごときが! 舐めた真似をしよって!」

「カイシキ、冷静になれ。今なら我らが突き進んでも阻む軍はいない。手傷を負っているならば今は治療中のはずだ。そこを突く」


 確かにその通りだ。


 敵はこの大軍に釘付けになっているためカイシキたちの動きに気づくことはできないだろう。

 たとえ気づかれたとしても無闇に兵を動かせばあっという間にこちらの流れに変わってしまう。


 今ならば、今だけが治療中の敵軍の隊長を討ち取る絶好の機会だ。


「すまない。取り乱した」


 ツンドリはこくりと頷き、カイシキとともに馬を走らせデストリーネ軍を横切っていく。


 推測通り、敵勢はこちらに気が付きつつも動けないでいる。 

 そして、そのときまだ距離はあるが前方に傷を癒やしている騎士の姿を発見した。


「やつか! ツンドリの言ったとおりだ。治療中の今なら……!!」


 カイシキの言葉が途切れてどうしたのかとツンドリがカイシキの視線を辿っていくと近くに倒れている兵士の姿を発見した。


 カイシキたちが見間違えるはずもない。


 そこには魂が抜け傀儡と成り果てた同僚が倒れていた。


「信じたくはなかったが本当に逝ったのだな……」


 表情には出さなかったがそのカイシキの声色は口惜しさが滲んでいた。


 カイシキたちはその騎士の下へと向かおうと馬を急かす。


 だが、その途中で邪魔が入った。




 ガンテツはアスフトルとともに三番隊を指揮していた。


 些細なミスが命取りになる大役、そんな緊張のせいかガンテツ自身でも自分の顔が引き攣り硬くなっていることがわかる。


「なんだ、ガンテツ。表情が硬いぞ。もう少し柔軟にしておけ」

「副隊長殿、無理を言わないで欲しいでござる。自分はこれが初陣、ましてや指揮をするなど重荷が過ぎまする」


 アスフトルは流石年配の騎士であってそれなりの経験を持っておりその指示は流れるように的確に発している。

 とガンテツは思っていたのだが会話の中でアスフトルから思いがけない言葉が飛んできた。


「一つ、教えてやる。自分も初陣だ」

「なっ……」


 ガンテツは自分の目が飛び出るかと思うほど見開き口が固まってしまい言葉が思うように出なかった。


 しかし、三番隊は戦とは殆ど無縁の隊だ。

 そう考えると納得できる。


 だが、アスフトルに初陣に見せるような狼狽えは皆無だった。


「ガンテツ、指揮官は兵たちを統率する者だ。それが自信なさげに指図をして兵たちは士気を上げて戦えると思うか? いくら自分の指図に自信がなくてもそれが必勝だと信じて命を下す。それが指揮官だ。ふふ、初陣の自分が言っても説得力はないな」

「いえ、勉強になります」

「ちなみにこれは殆どウェガさんの受け売りだ」


 それでも実際に行動ができているアスフトルのことをガンテツはただ尊敬する。


「ただ、隊長ならばあの中に混ざりながら指揮をとることができるだろう。あの負傷がなければ今すぐにでも戻ってきてもらいたいが自分たちがここまで勢いづいたのも隊長の特攻あってこそ。文句を言いたくなるが言えないが……はぁ〜任される方の身にもなって欲しい」

「同感でござる……!?」

「どうかしたか?」


 ガンテツの表情の変化にアスフトルは尋ねる。


「副隊長殿、この場は任せても良いでござるか? どうやら負傷した隊長殿を狙う輩がいるようでござる」


 その事の深刻さにアスフトルは気付き重々しく頷く。


「……失念していた。確かに敵が流れを変えるとなれば真っ先に思いつくのは敵将を打ち取った隊長を打ち取ることだ。了解した。僅かだがなんとか兵をそちらに回そう。それまで耐えてくれ」


 その言葉を聞き終わるとガンテツは馬を走らせた。


 ガンテツの目の先には僅かだが兵が何人かとその前方に普通の兵とは明らかに格が違う二人が馬を走らせている。


 ガンテツは馬の速度を上げて立ち塞がる壁のように敵の小隊の前に躍り出た。

 急にガンテツが現われたためその敵兵たちは馬を急停止させる。


「これより先に何用でござるか? しかし、どうであろうと残念ながらここを通すことはできぬでござる」

「ふん。威勢良く出てきたが一人で何ができる! このカイシキ、貴様程度に遅れはとらぬわ!」


 将と思わしき敵兵の一人、カイシキが嘲笑いながら余裕そうに言葉を吐く。


 確かにそのカイシキの言う通りだった。


 後ろの有象無象の兵士たちならばガンテツにとって倒すことは造作もないことだ。


 しかし、この敵将二人は違う。


 二人相手では確実にガンテツに勝ち目はない。

 一人が相手でも勝てるかどうか怪しいと言うぐらいだ。


 それだけの実力差が前にしただけでびしびしとガンテツに伝わってくる。


 それでもガンテツは退くという考えは持っていない。


 ガンテツは馬から素早く降りた後、顔を下に向け抜刀の構えをとる。


 高く集中し研ぎ澄まされた殺気は一種の空間を作り出しているように感じるくらいだ。


 並の兵ならばこの息が詰まりそうな空間に耐えきれずに攻めかかっているだろう。


 だが、敵将二人は自分のペースを崩さず馬からゆっくりと降りガンテツの様子を冷静に窺っている。


 ガンテツの視線は敵将に向けてはおらず目を瞑り気配だけを掴もうとしていた。


 敵将たちはそれぞれ剣を抜きガンテツの動きを警戒しつつ構えをとった。


「手は出すなよ! ツンドリ」


 カイシキの隣にいるツンドリは文句を言おうとしたがそのときにガンテツは動いた。


 ガンテツの姿は一瞬にして掻き消えカイシキではなく不意を突いてその隣のツンドリの目の前に現われる。


 そして、左手で鞘を固定し右手で勢いよく抜いた居合いがツンドリに襲いかかる。


 ガンテツは刀を初めて持った頃からただひたすらに居合いのみを磨き続けていた。

 それによってガンテツの居合いの速度はデルフの突きよりも速い。


 ただ、逆を言えば居合いのみを磨き続けたため他の剣技は並の兵士の実力と一切変わらない。


 そんな目で捉えることができないガンテツの一閃をツンドリは紙一重で防ぎ剣戟の音が響き渡る。


 ガンテツの居合いは一撃必殺の技であって文字通り後の攻撃や後退の考えを捨てた全力の一刀だ。

 つまり、居合いを放った後のガンテツはしばらく硬直してしまう。


 居合いが防がれたガンテツにこれ以上もう何も為す術はなくなってしまった。


 だが、ガンテツの瞳は絶望の色で染まってはいなかった。

 むしろその表情には笑みが含まれている。


 ガンテツは先程気配を感知していた際に気が付いていたのだ。

 自分の下に徐々に近づいてくる足音を。


 ツンドリは威力のなくなった刀を弾き体勢を崩したガンテツに剣を振り下ろそうとする。


 だが、そのときツンドリの横から足裏が飛び出てきた。

 それがツンドリの横腹に見事命中し地面を数回転ばせる。


「ガンテツ! 一人で行ったら駄目じゃない! デルフ君が言っていたでしょ! 最低でも二人で動けって!」


 ツンドリを飛ばした後、ヴィールが華麗に地面に着地した。


 さらに敵兵の後方が騒がしくなってきたことに気が付くとどんどんとその兵たちが投げ飛ばされガンテツの上空を飛んでいく。


「見つけたぞ!!」


 そう言って敵将たちの背後から飛び出し状況を呑み込めていないカイシキに目掛けて大剣が振り下ろされる。


 カイシキは自分の持っていた剣を咄嗟に上げてそれを防ごうとする。

 だが、普通の大きさの剣で大剣を防ごうとするなど自殺行為だ。


 その場にいた者はカイシキが剣ごと両断される図が目に浮かんだ。


 だが、カイシキの剣はみるみると巨大化していき迫り来る大剣と同じ大きさとなった。


 大剣と大剣がぶつかり合い空気に波紋を起こすほどの衝撃が辺りに広がっていく。


 アクルガは大剣を交差させあろうことか笑みを力比べ浮かべながらガンテツに大声で叫ぶ。


「ガンテツ! 悪いがこいつはあたしたちがもらって行くぞ! 我が正義の鉄槌を食らうが良い!!」


 そのとき、カイシキの側にいた敵兵たちが両手の塞がっているアクルガに斬りかかってきた。


 アクルガは両手の力を抜いてするりと大剣を離し身軽に後ろに回転しながら下がった後、すぐさま地面を蹴りその敵兵の目の前に行く。


 そして、敵兵が剣を振り下ろす前にその首を鷲掴みすると思い切り力を入れ握り潰してしまった。


 その際に敵兵の口から血が噴き出すがアクルガは何も気にせず放り捨ててさらにその場にいた別の敵兵たちを同様の方法で次々と息絶えさせていく。


 無視をされているカイシキは頭に血が上り武器を持っていないアクルガを両断しようと大剣を振り下ろす。


 それに気が付いたアクルガは飛び、踵からの回し蹴りをその大剣の腹に入れる。


 アクルガの蹴りの衝撃の凄まじさからカイシキは蹌踉めく。


「覚えておけ。大剣は威力が強いが弱点が多いことを!!」


 アクルガは自分の大剣を持ち上げお返しとばかりに大剣の腹で怯んでいるカイシキを殴り飛ばす。


「今だ! ノクサリオ!!」


 その後、アクルガは吹っ飛ばしたカイシキを追いかけるためその場を立ち去っていった。


「アクちゃん、凄かったね〜」


 ガンテツは唖然として全く言葉が出なかった。


「油断した。その小僧に目が行きすぎて周りが見えていなかった」


 ヴィールによって吹っ飛ばされていたツンドリがガンテツたちの前まで戻ってきた。


「ヴィール、気をつけるでござる。こいつは強い。一瞬でも油断したらやられるでござるよ」

「わ、わかった」


 ツンドリはガンテツたちを目にやってから自分の肩に剣をおく。


「二対一か」

「デルフ君は一人なのにたくさんで奇襲を仕掛けようとしていたじゃない。あなたたちがしようとしたことをこっちがやって悪いわけ?」


 悪戯そうな笑みを浮かべてヴィールはツンドリを挑発する。


「いや、果たして足りるのかと思って心配している」


 そう冷静にツンドリは挑発を返してくるとヴィールはむっと頬を膨らます。


「やってみないと分からないでござるよ。連携の強み、とくと味わってみるでござる!」


 そして、三人はそれぞれ戦闘態勢に入った。 

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