第58話 デルフの特攻(2)
はっとデルフは目の色が戻り意識を取り戻した。
しかし、頭の中は混乱しておりここが夢の中か現実なのか曖昧になっていた。
(!? ……何だったんだ? ……俺は気を失っていたのか?)
それでもデルフが気を失っていたのはほんの一瞬の出来事でありまだ宙でスファンキと向かい合っている。
ぼやけていた痛覚もデルフの身体にじわじわと戻ってくる。
デルフはそのあまりの衝撃とも取れる痛みで顔が歪んでしまう。
だが、それと同時に夢の中で再会したカリーナを思い出した。
(ぐ……身を裂かれて続けているような痛みだ。だけど、俺は逃げないと誓った!!)
そのデルフの気合いが激しい痛みを打ち消し再度突きの構えを取ることを可能にした。
左手に力を集中させ今すぐにでも溢れそうに震えている。
レイピアが刺さったまま肩に力を入れたせいでレイピアと傷口の隙間から血が噴射し出血し続け自分の顔を血で濡らす。
だが、今のデルフにはそんなこと全く気にならない。
それよりも逃げてしまうことのほうがデルフにとって重い。
そして、刀を強く握りしめてさらに自分の奥底にある力を全て左手から刀へと込める。
「
デルフから放たれた渾身の突きは今までで最高の威力を備えていた。
その際、縮めていた肩を思い切り突き出したせいで刺さっていたレイピアはデルフの肩をさらに深く突き進んでいきデルフの背中から顔を出す。
しかし、もはやデルフはそんな痛みでは止まらない。
そして、デルフの刀は正確にスファンキの鎧を貫通しそのまま左胸を穿つ。
スファンキは背中から受け身もなしに地面に強く落下した。
デルフは両足でその衝撃を受け止めて着地する。
さらにデルフの刀はスファンキを貫いたまま繋ぎ止めるように地面に深く突き刺さった。
デルフは刀の柄を握りしめながら顔を下に向ける。
息切れしが激しく動悸もひっきりなし打っている。
スファンキは朧げになった目をデルフに向けて掠れた声でゆっくりと言葉を紡いでいく。
すでにスファンキの手の力は抜けてしまいレイピアから離れ地面に横たわっているためもう反撃の余力は残っていないとデルフは判断する。
そして、スファンキの最後の言葉に耳を傾ける。
「み、見事だ……。そ……の名、その、武勇。冥……土の、土産とし……」
言い終わらないままスファンキの目の光は消え失せた。
それをデルフは見届けると自分の肩に刺さったレイピアを引き抜こうと強く掴む。
「があああ!!」
意を決して一気に引き抜く途中に身を引き裂かれるような痛みが襲いかかり絞った声がデルフから漏れる。
次に刀をスファンキから引き抜き数回横に払って血を落とす。
「ルーとカリーナのおかげで勝てたか……。強くなったと思ったがまだまだ甘かったか」
集中が切れて今まで忘れていた痛覚が戻り全身が張り裂けそうな痛みがデルフに降りかかってきた。
その痛みで思わず握っていた刀を落とし肩の傷口に手を当てる。
掌にはべっとりとした感触が伝わってきて思わずデルフは顔をしかめる。
だが、そのおかげで少しばかり痛みが和みしばらく手を当て続ける。
デルフとスファンキの戦いを見ていた敵兵たちからざわめきが生まれ騒がしくなっていた。
(俺としたことが……敵将を倒したからと言って終わりなはずがない!)
デルフはすぐに警戒を強めてそのざわめきが大きい方向に目を向けるがそれは杞憂だった。
「スファンキ様がやられた!!」
「ひぃぃぃ!!」
殆どの敵兵たちは尻込みしてしまい、また背中を見せて逃げ出してしまう兵もいる。
デルフは警戒はしているが今攻めて来られると正直きつかったのでこの状況は好都合だ。
だが、そう都合良く行くはずもなく今が好機と僅かばかりの敵兵がデルフに襲いかかってくる。
デルフは根気を出して意識を保ち落としていた刀の柄を蹴り上げて正面に上がってきたと同時に左手で柄を掴む。
そして、迎え撃とうと構えをとるが足がふらつきデルフの体勢が崩れた。
それを見た敵兵たちの足は速まり振り上げた剣がデルフに向けて下ろされる。
「くっ!」
なんとか刀で防ごうと前に出すが握りしめている力は皆無に等しくこのままぶつかれば力負けするのは目に見えていた。
しかし、この方法でしか対処できないのも事実だ。
苦しい顔をしながら敵兵たちと相対しようとした瞬間、突如デルフの背後から馬が飛び出してその敵兵は轢かれて吹き飛ばされてしまった。
その衝撃的な光景に他の敵兵たちの動きが止まる。
そして、さらにデルフの後ろから次々と馬に乗った騎士や歩兵たちがデルフを追い抜いて戦闘に入っていく。
デルフは呆気にとられて構えていた刀を下ろす。
敵兵に集中しすぎて後ろから迫ってくる三番隊の壮大な足音を聞き逃していた。
(やっときたか…いや、先行したのは俺か)
デルフは安堵してしまい腰が抜けて地面に座り込む。
「隊長! 無茶しすぎだ」
馬に乗りながらアスフトルが開口一番にそう言い放つ。
「あとは自分たちに任せるでござる」
「そうよぉ! デルフ君、もう顔がへとへとだよ! って! もの凄い怪我してるじゃん! デルフ君はそこで待ってて! 動いたら絶対駄目だよ!」
「全く! 抜け駆けとはデルフは粋な真似をする! だが、その覚悟、確かに受け取った! これよりはこのアクルガが戦場に舞い降りた正義の味方として侵略者どもを退治してくれる!! 行くぞ! ノクサリオ!!」
「戦うよりお前に付いていく方が辛いって!! そういえば班の変更ってしてもいいんだよな」
「つべこべ言うな」
アクルガは馬に乗っているノクサリオを持ち上げ戦場のど真ん中に投げ飛ばす。
宙に浮いている間、ノクサリオの悲痛な叫びが周囲に広がる。
「ふはは。ノクサリオのやつ、やる気があって何よりだ。さて、あたしも行くとするか」
そしてアクルガも大剣を持ちながら見事な跳躍をして追いかけていく。
「はは、戦争だって言うのに相変わらずだな」
アクルガに続いて追いついてきた歩兵たちも次々とデルフの横を通り過ぎて戦闘に入っていく。
そのときの兵たちの眼差しは決意に満ちたものであり恐れは完全に消え去っていた。
三番隊の勢い強さから敵は押し返され瞬く間にデルフが立っている場所には静けさが戻ってきた。
その三番隊の士気の高さを見てアスフトルは呆れたように溜め息をつく。
「隊長は思いきったことをする。いくら兵たちが不安と緊張に押し潰されそうになっているのを励ますため一人で前に出るとは……。その上、敵将を討ち取るとは全く、恐れ入る。しかし、もう少し慎重に動いてもらいたいな。しかし、おかげで自軍の士気は上がり敵軍は遙かに下がっただろう」
デルフはそんな思惑があって前に出たわけではないのだがせっかく良い方向に勘違いしてくれているのだ。
わざわざ口に出すのは野暮であろうからそれに乗っかっておく。
「まぁ、なんとかなりましたよ」
デルフの安心したような顔が癇に障ったのか不機嫌そうな表情をしてアスフトルは捲し立てる。
「反省の色がなしだから言わせてもらうが、一つ間違えば取り返しの付かないことになっていたぞ? これよりは自重し自分の行動を顧みてもらいたい!! ……がまずは怪我の治療が先だな」
アスフトルは後ろで待機させている治療班を呼びデルフの怪我の手当てをさせる。
「何回も言わせてもらうが、これ以上の無茶は止してくれ」
「分かっています。ですが隊長である俺が暢気に見ているだけとは面目が立ちません。治療が終わってからは皆のサポートに向かいます」
「全く、そんな大怪我でまだ戦う余裕があるなんてな。頭が下がるよ、全く」
アスフトルは少し呆れたように首を振りながらデルフから離れデルフの代わりに指揮を取りに向かう。
いくら今はこちらが押しているとはいえ数の違いには抗えない。
そのため、兵の流れの操作を素早く行い敵の脆い部分から突き崩していかなければならない。
(本来ならば俺の役目だったはずだ……)
デルフは治療されている自分の肩を眺めて歯噛みする。
(感情に流されるとは上に立つものとして失格だ……。皆は許すどころか勇気ある行動と見てくれているが……俺自身は納得いかない。これはなんとしても、名誉挽回しなければな)
デルフは目線を移動させて三番隊の戦いに向ける。
それを見て思わずデルフは息が漏れる。
「分かっていたがあいつら、心強いな」
そう言ったデルフの口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
(しかし、スファンキと言ったか? あいつを倒しておいて良かった。恐らくだがあいつはこの敵軍の主軸だったはずだ……)
そこまで考えてデルフはスファンキの言葉を思い出した。
(いや、待てよ? 親衛三隊長と言っていたか?もしもそうなら、あと二人、あのレベルの実力者がいると言うことか……)
アクルガたちが負けるとは考えにくいが急ぎ加勢に向かうべきだと考えデルフは悪いと思ったが治療を急かす。
そして、簡易的な治療を終えたデルフは試しに肩を回してみる。
(痛みは残っていないが多少の違和感がある。しかし、そこまで求めるのは我が儘だ。逆にあの負傷からここまで治してくれたことに感謝すべきだな)
デルフは治療班に礼を言って立ち上がり刀を振り抜く。
しばらく硬直した後、満足そうに頷きデルフは刀を鞘にしまう。
治療班から治癒魔法を掛けたので時間が経つごとに回復していくが動きが激しすぎると回復は遅くなり効果が切れていくと念を押された。
(無理はできないか……)
デルフはスファンキのような強者との正面からの戦いは厳しいと判断した。
そして、周囲を見渡し押され気味になっている勢力の助力に向かい全速で走り始めようとしたが自分の右腕から金属が擦れる不愉快な音が途切れ途切れに鳴っている。
(なんだ?)
デルフは何事かと右腕の義手を軽く触れてみると拳から分解されていくように崩れていく。
そして、義手の半分ほどが地面に落ちてしまった。
デルフは頭を掻き空笑いする。
「どうやら、乱雑に扱いすぎたようだな」
戦いがあるごとに義手を盾代わりにしていたことを思い出す。
デルフは一回溜め息を吐き肩に付けていた義手を固定する金具を外して完全に義手を地面に落とす。
そのとき重心がずれて多少横に身体が傾き蹌踉けてしまう。
「まぁ、しばらくすれば慣れるか」
そして、デルフは三番隊の助力に改めて向かい始めた。
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