第57話 デルフの特攻(1)
敵との位置が僅かになるとデルフは馬から飛び降り刀を引き抜く。
そして、デルフは馬に乗って走りくる敵兵を突きで貫き走り続ける。
貫かれた敵兵は脱力して馬から転げ落ちそれから動くことはない。
デルフは次の標的を探すべく辺りを見渡すがそもそも周囲には敵しかいない。
一人で特攻しすぎたため三番隊は追いついていなかった。
敵兵がその到着を待ってくれるはずはなくすぐ近くにいるデルフに絶え間なく襲いかかってくる。
頭の中が真っ白になっているデルフは既に冷静さの欠片もなくなってしまってしまいただ無我夢中に走り続ける。
一人の敵兵は剣を振りかざすが振り下ろす前にその首筋に突きを入れ、また既に振り下ろされている場合は刀で軽くいなし体勢が崩れたところを突き刺す。
デルフの攻撃の本来は力比べの技ではない。
相手に反撃の隙すら与えず死を誘う最速の即死技だ。
厳しい鍛錬を続けた結果、デルフのスピードは神速と呼ばれるリュースに匹敵するほどになっていた。
敵兵たちは最初のうちは一人で攻めてくるデルフを嘲笑し侮って攻めかかっていたが次々と倒れていく味方の姿を見て強敵だとようやく認識したらしく複数人でデルフを取り囲んだ。
そして、一斉にデルフに攻めかかる。
だが、デルフは躊躇せず一人の敵兵に向かっていきその身体を地面と見立てて軽く蹴り真上に飛び上がる。
そのデルフの素早さに敵兵の誰も目が追いついておらず蹴られた敵兵すらそれに気が付いていない。
一瞬でデルフの姿が消え失せたことに敵兵たちは動揺し狼狽えている。
デルフはその敵兵たちの背後に回り目にも止まらない速度で急所に突きを入れてその場にいた敵兵を次々と地に伏させる。
だが、敵の数はいくら倒しても目に見える数は変わらずデルフはまたも取り囲まれてしまった。
それでも敵兵たちの目は揺れておりデルフに恐怖して腰が引けている。
よく見れば手や足も震えていた。
この様子ではいくら数を集めたところで今のデルフを止めることはできない。
「貴様ら道をあけんかい!!」
敵兵たちの間から怒鳴り声が響きデルフを取り囲んだうちの一人の敵兵の肩を掴み後ろに投げ飛ばす。
「お前らではこいつに勝てん! フロンブド公、親衛三隊長が一人、スファンキが相手するぞよ!! 手出しは無用である!!」
白く神神しい鎧で包んでいる引き締まった猛々しい身体からは重苦しい威圧感を放っている。
スファンキは口元に生えた短い髭を撫でながらもう片方の手で腰に差していた武器を抜き取った。
その武器はレイピアで刀身は丸く細い。
そして、先端が鋭く尖っており人の身体など簡単に貫いてしまうだろう。
デストリーネでは見たことのない武器でもちろんデルフも聞いたことがあるだけで実際に見たのはこれが初めてだ。
刃のないその武器からしてデルフと同じ突きが要だと言うことはまず間違いないだろう。
デルフは自分の刀を持ち直してゆらりと揺れながら緩やかにスファンキに迫る。
「むっ! 名乗り返さぬとは無礼なやつめ!!」
普段のデルフならば名乗り返して勝負を挑んでいた。
しかし、今のデルフは放心状態に陥ってしまっている。
そのためスファンキの言葉はデルフの耳に一つも入ってきていない。
ただ目の前に敵がいる。
それだけで身体が動いているだけだ。
スファンキは一直線に迫り来るデルフに突きを入れる。
だが、それは空を貫く。
スファンキは目を見開き突きを放った体勢のまま固まっている。
デルフの動きを見抜き確実に攻撃が通ったと思っていたのだろう。
すると、スファンキの側面からカチャっと不気味な音が僅かながら耳に入ってきた。
そこには低姿勢で既に刀を構えているデルフがいた。
デルフは限界まで力を込めた突きを放つ。
しかし、正拳突きを放つがごとく放たれた豪速のデルフの突きをスファンキはぎりぎりで躱してみせた。
その筋肉の量では考えられない身のこなしだ。
そして、お返しとばかりにスファンキによる突きの連撃がデルフに向けて放たれた。
スファンキの突き自体の速度は早い。
だが、それは一般的な見解だ。
デルフにとってはそれを躱すことは非常に容易い。
それでもデルフはその攻撃を躱すのに精一杯になって反撃を行う暇がなかった。
なぜならスファンキはデルフが反撃を行わせないように嫌らしい場所に次々と突きを放ち反撃の種を摘み取ってしまっているからだ。
加えて作為的に隙を作り攻撃を誘ってくるほど慎重でありスファンキに一切の油断はない。
スファンキは自分に有利な空間を作り出してデルフを引きずり込んだ。
この状況からしてデルフは圧倒的に不利になっていると言える。
そして、デルフはついに躱し続けることに限界が訪れ躓き体勢が崩れてしまう。
それを絶好の機会と捉えてスファンキは続けていた連撃を止めて力を最大限まで溜めた渾身の突きを放ってきた。
デルフは苦し紛れに刀を掲げて偶然それを弾くが即座に同様の攻撃が襲いかかってくる。
(!!)
デルフは咄嗟に右腕を持ち上げてレイピアの軌道上に持ってくると周囲に金属音が鳴り響きスファンキのレイピアが弾かれる。
「むっ!?」
スファンキはそれに動揺してさらなる追撃はなかった。
その隙にデルフは距離をとり崩れた体勢を整える。
「変わった籠手だと思っておったがそれは義手だったか……だが次はないぞ」
スファンキの言葉にデルフは何も反応せず攻撃の体勢を作る。
それは以前、フテイルの軍師であるタナフォスと模擬戦を行ったときにタナフォスが見せた霞の構えを見様見真似で形作ったものだ。
片手がない分、傍から見たらタナフォスの構えよりもかなり不格好に見えるだろう。
しかし、隙は一切なくスファンキは警戒を強めた。
デルフはじりじりと足のバネを縮め、そして勢いよく地面を蹴って飛んだ。
急速に迫り来るデルフにスファンキは冷静に片手で持ったレイピアを構えて迎え撃つ。
デルフの刀、スファンキのレイピアが交差し両者ともに顔を逸らすことで紙一重で躱す。
だが、完全に躱し切ることはできずに双方の頬に赤い線が浮かび上がる。
お互いの武器は相手の首元のすぐ横にある状態だ。
デルフは刀を回して刃の向きをスファンキの首元に変えスファンキの首を掻っ切ろうとする。
これは刺突しかできないスファンキのレイピアでは不可能な芸当だ。
このまま行くとスファンキの首を跳ねる未来しか見えない。
だが、デルフは無意識ながらもスファンキの浮かべた不自然な笑みに気が付いた。
しかし、デルフの動作が止まったのも一瞬ですぐさま刀を動かす。
その瞬間、デルフの首元に悪寒を感じた。
デルフは目線だけをそこに向けるとスファンキのレイピアの刀身が溶けるように蠢き形姿を変えていく。
そして、レイピアだったものは次第に両刃の剣の姿へとなった。
その剣を強く握りしめてスファンキはデルフに一切の間も与えずその剣を薙ぐ。
スファンキの剣の方が先に自分の首を跳ねることを察したデルフは攻撃を中断して身体を無理矢理仰け反らせる。
間一髪でスファンキの剣を躱したが髪までは間に合わず切れてしまいそれが周囲に舞い落ちた。
デルフは仰け反ったまま足に力を入れ後ろに一回転してスファンキとの距離を取る。
「まさか、あの不意打ちを避けられるとは思わなかったぞよ」
スファンキの両刃の剣はうねるように形を変えレイピアの姿に戻っていく。
しかし、デルフはそんなこと気にもせずに再び地面を蹴りスファンキに迫ろうとするが突然首にチクリと些細な痛みが走る。
デルフはスファンキへの警戒は欠かさずに構えをとき左手でその痛みがあった場所を触れるともぞもぞと動く物体を感じた。
それを鷲掴みにして顔の前まで持ってくるとそれはルーだった。
なんとなく怒りと心配が混ざったような感情がデルフに襲ってくるように直接脳に響いてくる。
それがデルフに冷静さを取り戻させた。
「……すまない。もう大丈夫だ」
デルフの表情が元に戻ったことを確認するとルーは安堵の表情をする。
実際にはルーの表情に何も変化はないがデルフはそんな気がした。
そして、ルーはデルフの手から飛び降り一人で戦場の中を駆けて姿をくらませる。
(我を忘れていたか……。皆に一人での戦闘は避けろとは言っておきながら本当に余裕がなかったのは俺か……。はは、なんて言い訳しようか。それよりもルー、やっぱり付いてきていたか。まぁおかげで助かったから文句は言えないな)
反省は後回しにしてデルフは前にいる強敵に焦点を合わせる。
「さて、すまない。俺の名はデルフ・カルストだ」
「ほう、やっと名乗る気になったか。その名、忘れないでおこう」
「ああ、来世まで忘れないでおいてくれ」
デルフは空気を大きく吸い込み一気に全てを吐き出す。
そして、スファンキを強く睨み付け勢いよく地面を蹴った。
「面白い! 大きく出たな! このスファンキ、改めて受けたつぞよ!!」
スファンキもそれと同時に走り始める。
そして、決着は一瞬の交差でついた。
だが、それは客観的な感想であって実際に戦った二人には悠久のように感じる時間の流れだった。
(あの剣の変化。恐らく、形状変化の魔法と言ったところか。武器がいちいち変わるのは厄介だな。しかし、見たところによると変化するまでそれなりの時間がかかる。ならばその隙を与えなければいいだけだ!)
デルフはさらに速度を上げる。
スファンキは走りながら急激に距離を縮めて詰めてくるデルフに向けてレイピアで突きを放つ。
デルフはその攻撃を予め予測していたため対処は容易なこと。
迫り来るレイピアを刀によって軌道をずらしスファンキの体勢を崩すことに成功する。
そして、デルフは腰を捻りスファンキの頬に目掛けて義手の拳を乱雑に振り抜いた。
スファンキは体勢を崩されながらも左手を持ち上げ自分の頬をデルフの攻撃から守ろうとする。
だが、鉄の義手に勝てるはずもなくその左手ごと頬にぶつけ鈍い音がスファンキの顔中に広がっていく。
そのときスファンキの左手はかつてない方向に折れ曲がってしまった。
ただ左手の犠牲のおかげで頬には衝撃しか伝わらなかった。
それでもそのダメージは侮ることはできない。
(確実に不意を突いたと思ったが……。しかし、確実に効いている!)
もし、敵の強化の魔法が自分の鉄拳の威力を防ぎきれる程であったならばまた違う攻撃法を考えなければならなかった。
だが、義手の拳を防ぎきれないことからあまり深く考えなくていいだろう。
左手を折ったとはいえデルフはこれで終わったなどと安易な考えは持たない。
さらなる追撃を行うため軽く飛び上がり苦痛で顔をしかめているスファンキの顎を蹴り上げた。
デルフは力がないと思われがちだがそれは上半身だけのこと。
速度を重視して鍛え上げた下半身、特に脚力については自信があった。
自身の身体を限界まで虐め抜いた努力の賜だ。
魔力がないという不利を持ちながらも対等に戦えるほどデルフの実力は向上している。
落ちこぼれだったのはもう昔の話だ。
デルフは着地し一息の間もなく地面を蹴り未だ宙に浮いて倒れているスファンキの上を向かい合うように取る。
スファンキはあまりの事態に全く反応ができていなくこの瞬間もデルフが一瞬にして目の前に現われたという認識だろう。
デルフは一切の立て直す猶予を与えず、突きを放つため肩を引き腕を限界まで縮める。
だが、スファンキは反射的に握りしめていたレイピアを真上にいるデルフに向けて突き出した。
「……!!」
この体勢から反撃をしてくるとは思わなかったデルフは咄嗟に避けようとするが間に合わずに直撃した。
何とか致命傷は避けられたものの左肩にレイピアが突き刺さっている。
「ぐっ……」
傷口から頭に電撃が走るように訴えかけてくる痛みを必死に耐えるが利き手の肩を負傷したのは大きい。
初めは突きの構えが崩れすぐに整えようとするが左手の力は失ってしまいだらりとぶら下がってしまった。
力を入れようにも全く力が入らずただ脱力している。
未だ刀を握りしめていることができているのが奇跡と言える程だ。
時間が経つごとにその痛みの激しさは増しついにデルフの意識は飛んでしまった。
(また、俺は逃げてしまうのか……)
そのとき落ちていく感覚の中で亡き友であるカリーナの姿が浮かび上がった。
それとともに煌びやかな光が周囲を取り囲み真っ白で何もない空間に移り変わった。
すぐ目の前にはカリーナが仁王立ちしている。
その表情は不機嫌そうであり今すぐにでも殴って怒鳴られそうなくらいだ。
(幻、か?いや、そんなことどうでもいいか。……カリーナ久しぶりだな)
デルフは笑みを浮かべながら話しかける。
だが、カリーナからは何も返事はない。
その瞬間、デルフの中で長年悔やんでいた気持ちが込み上げてきた。
それを自分の理性を無視して吐いていく。
たとえ、それがカリーナには何も非がないとしても言わずにはいられなかった。
(どうして、どうして! あのとき、俺を逃がしたんだ!! 一人になるくらいなら皆と一緒に死にたかった!! どうして!!)
鼓動が激しくなり頭が真っ白になったデルフは自分でも何を言っているか分からなくなっていた
すると、デルフの鳩尾にカリーナの拳がめり込んだ。
(ゴホッ!!)
(何、馬鹿なことを言っているんだ! 今のお前は本当に一人なのか!? 違うだろ!!)
そのカリーナの喝によりデルフは目を覚まして冷静になり考える。
(……あ、ああ。俺は一人じゃない)
そこでカリーナは初めてにかっと笑顔を見せた。
デルフは辺りを見渡して溜め息を吐く。
(しかし、カリーナが見えると言うことは俺も死んだのか。……ここが天国なのか? 意外と殺風景な場所だな。まぁなんだ……カリーナ、どうせなら一緒に連れてってくれ。あれからたくさんの出来事があったんだぞ。一から話してやるさ)
そう言うとカリーナは顔をぐいっと近づけてきた。
(何寝ぼけたこと言っているんだ!! いや、これはただの夢だから寝ぼけてて当然か……じゃなくて!! お前はまだ死んではないぞ。しかし、このまま諦めれば死んでしまう! お前はあのとき何を誓ったんだ!!)
その言葉がデルフの記憶に染みこみデルフが村を出るときに誓ったことを鮮明に思い出した。
(……逃げないと、誓った)
自然にデルフの拳に力が入る。
(ごめん、カリーナ。土産話に花を咲かせるのはまた次の機会にしてくれ)
そして、デルフは思い出したように言葉を続ける。
(……それにフレイシア様の約束を破った上に最後の挨拶もなしに離れるのは不忠極まりないからな)
(ああ、よく言った!! それでこそ私が知るデルフだ!!)
すると、光に包まれていた世界が徐々に黒く染まり始めてきた。
(ああそうだ。デルフ。私が教えた技、覚えているだろ?)
(印象的だったから忘れるはずがないよ)
(今のデルフなら使えるのではないのか? いや、あれは誰でも使える技だ!)
(あのなぁ、俺は魔力がないんだ。できるわけがない)
(ふっふっふ。デルフよ。勘違いしてもらっては困る。あの技は勢いに任せた攻撃であって魔力がなければ使えないと言う技ではない! つまりやる気だ!! やる気さえあればできるのだ!)
胸を張って機嫌良く胸を張るカリーナにデルフは溜め息を吐く。
(そんな無茶苦茶な……)
(そもそも、あの技はお前にやったんだ。だから、どんな形であれお前が繰り出したらそれは本物だ! 力の奥底を呼び覚ますイメージでやって見ろ。たとえ、魔力がなくてもそれは絶大な効果を発揮する! 大丈夫だ! 私はデルフの強さは昔から知っている!)
(あ、ああ、わかったよ。ん? 悪い、もう時間のようだ)
光を呑み込む闇がついにデルフの足下にまで来ていた。
(ドカンとぶちかましてこい!!)
カリーナは自分の拳を前に突き出して微笑む。
それにデルフは一回息を吐いて言葉を捻り出す。
(……また会えて嬉しかったよ。たとえ俺が生み出した夢幻だとしても。ありがとう。こんなときにしか素直になれない自分が恥ずかしいな。……じゃあ、行ってくるよ)
闇がカリーナをも呑み込もうとしたときカリーナが最後に何か言葉を発しようと口が動いていたが声までは聞こえてこなかった。
ただ、その暗い表情が気掛かりになる。
そうして光で埋め尽くされていた世界は完全に闇に呑み込まれて消え去った。
そのとき、頭の中に直接響くカリーナの声が聞こえてきた。
(いつか、私を助けてくれ……)
(助ける? どういう……)
質問を投げかけることができずにデルフは現実に引き戻される。
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