第60話 空切りの本質
親衛三隊長の一人であるツンドリと相対したガンテツとヴィールはその距離を縮めるためじりじりと距離を詰めていく。
油断を許さない睨み合いがしばらく続き、ついに痺れを切らしたヴィールが剣を構えて勢いよく地面を蹴った。
だが、ヴィールが振り下ろした剣は簡単にツンドリに避けられ剣は空を斬る。
そして、ツンドリは腰に携えた二本の剣のうち一本を引き抜いて強く握りしめる。
空振って無防備となったヴィールにツンドリは反撃を繰り出そうとするがそれを防ぐように前に出てきたガンテツの一閃によりその剣は弾かれた。
しかし、弾くまでは良かったのだがガンテツの居合いは放った直後、身体が硬直してしまう。
それはほんの数秒だが戦いの中での数秒は途轍もなく長い。
その数秒だけで戦いの勝敗がつくと言っても過言ではないほどだ。
そのためガンテツの居合いは必殺を主軸にしなければならない。
だから、ガンテツにとって今の状態は本来ならば敵を倒しているはずなのだ。
つまり、今のガンテツに反撃を逃れる術はない。
だが、ガンテツは一人で戦っているわけではない。
剣を振り抜いたまま硬直しているガンテツを援護するために持ち直したヴィールが前に出て牽制を行う。
そんな攻防が一定時間続く。
「ちっ。蠅が」
自由に攻撃が行えないもどかしさに苛立ったのかツンドリが舌打ちをする。
しかし、そのツンドリの苛立ちは次の瞬間驚きで埋め尽くされてしまう。
それは避けるのが難しいヴィールの攻撃を剣で交差させ防いだときだった。
いや、実際には防ぐことはできていない。
「なっ!」
思わずツンドリは驚きで声を上げてしまう。
その理由は振り下ろされたヴィールの剣がツンドリの剣を何の抵抗なくすっぱりと両断しツンドリが装着していた鎧までも切り裂いたからだ。
鎧を通り越して僅かにツンドリの身体まで到達しており斜めに裂かれた鎧の跡から血が滲んで垂れてきている。
「私の
ヴィールは後ろに飛び退いて自慢げにそう言う。
ヴィールの持つ名剣である空切りはその絶大な切れ味を誇り鉄でさえも軽々と紙みたいに裂いてしまう。
相手が剣士ならばこれほど戦いにくい相手はいないだろう。
「なるほど、魔法剣か」
ツンドリはその剣の正体が分かり顔をしかめながらそう呟く。
魔法剣はその名の通り魔法が籠もっている剣のことだ。
しかし、その数は少なく今では作ることができる鍛冶師はいないと噂されるほど魔法剣の希少価値は高い。
現存する魔法剣は全て古代に作られた物と言われているぐらいだ。
「確かに厄介だ。だが、これではどうだ?」
ツンドリは折れてしまった剣を地面に放り投げ腰に携えていたもう一本の剣を抜く。
「まさかお前たちのような輩にこれを抜くことになるとは……」
不満げな様子を隠そうともしないツンドリ。
しかし、その剣は先程の剣より刀身が短く、さらに言うとヴィールの空切りよりも短い。
だが、上手く説明できないが何か不気味な感じがするのをガンテツとヴィールは感じ取った。
「連携の煩わしさ、その剣の脅威。理解した。ただ、悲しいかな。貴様はその剣に相応の実力を持っていないようだ」
その言葉にヴィールはむっと顔をしかめる。
「そんなのは私に……」
だが、ツンドリはヴィールの言葉が終わる前に走り出し攻撃を仕掛ける。
ヴィールは驚いた。
なぜならツンドリがあまりにも一直線にこちらに向かってきているからだ。
空切りの切れ味を見たにもかかわらずその何も考えていないように見える攻撃はあまりにも不自然だ。
しかし、ヴィールは自分の空切りを信じて迎え撃つ。
そして、二つの剣が交差し剣戟の音が鳴り響いた。
「えっ!?」
その響いた音は鳴るはずのない音のはずだった。
ヴィールは激しく動揺してしまう。
その隙にツンドリは剣に思い切り力を入れ優位を取られてしまった。
「どういうこと!?」
鍔迫り合いになったヴィールはぎりぎり耐えるのが精一杯で地面に片膝をついてしまうほど追い詰められていた。
力勝負はツンドリの方が格段に上でありじりじりとツンドリの剣が顔に迫ってくる。
「ヴィール!」
ガンテツが横から居合いを放つが神速の一閃にもかかわらずツンドリは後ろに下がることでそれを躱す。
しかし、無傷で避けられたわけではなくツンドリの頬は軽く裂かれ血が顔に伝っていく。
ツンドリは平然とその血を人差し指で掬い口に含んで唾ごと地面に吐き捨てる。
「信じられない、という顔をしているな。そこの男は察しているみたいだがな」
ヴィールは恐る恐るガンテツに視線だけを向ける。
ガンテツはその視線の意図を汲み取りゆっくりと説明を始めた。
「恐らく、あちらも魔法剣」
ヴィールはその言葉を受け視線をツンドリの剣にすぐさま移動させる。
「ご明察。貴様の剣は切れ味の強化。だがこちらは剣の能力を全て向上させる。切れ味も含まれるがそれはお前の剣の方がやはり上だ。だが、剣自体の耐久度を上げればこのようにお前の剣は普通の剣と同然。ふっ、一撃のみの男、性能の良い剣に頼り切った女、その程度でこのツンドリに勝てると思うな」
言いながらツンドリは動き始める。
瞬く間にガンテツの目前まで詰め居合いの構えをする余裕を与えず両手で握りしめた剣を斜めに振り下ろした。
堪らずガンテツは刀で対応するがその衝撃に耐えきれなかった。
地面を引きずって後ろに飛ばされてしまい片膝を落としてしまう。
「ぐっ……」
「男、確かにお前は速い。だが、攻撃が一直線過ぎる。見えずとも予測は可能だ。女、実力は中の中、その剣が可哀想に思えてくる。……貴様らに勝機はない」
一息置いてそう告げるツンドリ。
ガンテツは先程の衝撃で手が痺れてしまい刀を地面に落としてしまう。
そのガンテツを守るためにヴィールがガンテツの前に出て剣を構えた。
「不味いね。ガンテツ」
ヴィールはツンドリに聞こえないように小声で話しかける。
「どう対策をとるか。自分には見当も付かない。こんな将と一人で戦い勝利を収めたカルスト殿はやはり流石というべきか」
ガンテツたちとツンドリとの間に不自然な静寂が包まれる。
「ガンテツ。あいつを食い止めること、できる?」
ガンテツは落ちた刀を再び握りしめて立ち上がる。
「もちろんでござる。何か秘策があるのでござるか?」
「任せて。あの人が誤解しているこの空切りの本領を見せてあげる」
ガンテツは頷いた後、刀を鞘に戻して居合いの構えを作る。
「無駄なことを。その動きは見切っている」
そのガンテツの姿を見たツンドリは溜め息交じりに呟く。
だが、そこからは一切の油断が感じられずガンテツの居合いを驚異と考えているのは確かだ。
ガンテツは静かに集中する。
その際、ガンテツはツンドリの言葉を思い出していた。
ツンドリは勝てると安心した油断からか一つ口を滑らしている。
それはガンテツの攻撃はツンドリには見えていないと言うことだ。
そして、ガンテツが目を見開いた瞬間にその姿は掻き消えた。
ガンテツは一瞬にしてツンドリの目の前に現われる。
しかし、それをツンドリは予期しておりガンテツが姿を見せたときに既に剣を振り下ろしていた。
「そう何度も見せて通じると思ったか!」
だが、ガンテツの姿は再び消える。
「貴公は自分の動きを見えていないと言った。予測していると言った。ならば予測できないよう動き続けるまで。できるならいつ攻撃するか予測してみるといいでござるよ」
さらに姿を見せては消え、姿を見せては消え、それを何回も繰り返す。
「小癪な!」
ツンドリはガンテツが姿を見せたときに剣を振り下ろしているが間に合わず空を切る。
「この戦い、自分も多くを学ぶことができた。貴公に感謝する」
全力の一撃が止められるならば多少威力は落ちるが相手の集中力を散乱させればいい。
一撃の強さにこだわっていたガンテツにとってこの戦い方は盲点であった。
敵ながらこの事に気づかせてくれたツンドリにガンテツは深く感謝する。
四方から姿を現すガンテツにツンドリは翻弄させられている。
しかし、ガンテツもこの動きが制限なくできるわけではない。
ガンテツは限界の一歩前でツンドリのすぐ横に現われ強く足を踏み込んだ。
そして、火花が見えるかのように鞘を擦り勢いよく刀を抜く。
ツンドリはガンテツの姿を捕らえることはできておらず全く違う方向を見ていた。
攻撃が入ったとガンテツは確信した。
だが、ツンドリは急に手が反射的に動きガンテツの攻撃を防いで見せた。
「残念だったな。殺気がダダ漏れだ」
ガンテツは刀で押し返そうと力を入れるがビクともしないことを確かめると苦笑いをする。
「ふっ。これが経験の差でござるか……」
「笑うなんて余裕だな」
「忘れているとは貴公も油断が抜けていない」
「なに?」
「自分は一人で戦っているわけではないでござる」
そのときガンテツの背後からヴィールが現われ空切りを振り上げた。
それを見たツンドリは溜め息をつきそうになる。
「何かと思えば……。女、彼我の実力差もわからないのか?」
「あなた、私を舐めすぎよ!!」
ツンドリは嘲笑おうとしたがヴィールの様子に異変が生じたため気を引き締めた。
いや、異変が起こっているのはヴィールではなくヴィールが持つ剣である空切りだ。
「あなたは切れ味がこの剣の能力だと思っているようだけどそれは間違いよ!」
ヴィールが剣を握りしめたと同時に空切りから不愉快な音が鳴り響く。
空切りの周りの空気が激しく揺れている。
それは空切りの刀身自体が目では捉えることができないほどの速さで振動しているためだ。
空切りに込められた魔法は切れ味の強化だがもう一つ隠し球があった。
それは持ち主の魔力を流し込むことによりそれが原動力になって刀身が振動する。
切れ味を備え破壊力を伴った空切りこそ名剣と呼ばれる由縁である。
ヴィールは空切りを持つ手にさらに力を入れる。
それでも空切りの振動の激しさは尋常ではなく制御しきれず手が小刻みに震えてしまう。
このままではいつ暴発して空切りが手から離れてしまうのは時間の問題だ。
「
ヴィールは全身の全ての力を両手に集中させ思い切り握りしめる。
すると、一瞬だけだが両手の震えがピタリと止まった。
今しかないと思ったヴィールは笑みを浮かべ刀身が振動している空切りを一直線に振り下ろす。
「食らえ!
ツンドリと剣を交差させていたガンテツはヴィールが攻撃を放つ瞬間にその場を離れる。
ガンテツとツンドリ、お互いの武器の衝突は力が均衡していたがガンテツが急に離れたことによりツンドリは体勢を大きく崩す。
本来ならばガンテツが離れる前にガンテツを斬り捨てることはツンドリにとって容易なことだった。
しかし、ヴィールの空切りの異変に目を奪われていたためガンテツの動きをすぐに反応できなかった。
「くっ」
耳に障る不愉快な振動音をならした空切りが目前まで迫る。
ツンドリは避けることはできないと悟るとそれを自分の魔法剣を掲げて防ごうとする。
そして、空切りとツンドリの剣がぶつかる。
ヴィールは力強く両手で握りしめて体重をかける。
双方の剣の交差から鉄を削るような金属音が鳴り響く。
周囲にいた者たちは思わず耳を塞ぎたくなるぐらい頭に突き刺さる不快な音だ。
ツンドリはそんな音よりも目の前の事態に驚きを隠せていない。
剣が交差しているはずなのだが相手の剣から力が加算されてこない。
見たまま言えば至極簡単なことだ。
ツンドリの剣を空切りは火花を散らしながら侵入している。
「馬鹿な!? そこまでの威力を持っているだと!?」
異変が起こった空切りを見て自分の強化した魔法剣でさえ防ぐことはできないと心の奥底で予測をしていたがその考えをツンドリは闇の中に葬り去っていた。
それは自分の魔法剣が負けるはずがないと絶対的自信があったからだ。
それもあり実際に目の前で起きていることがツンドリには信じられなかった。
そして、ツンドリの剣は両断された。
そのとき空切りがツンドリに軽く触れただけだったがさらに空切りの振動の回数だけ鎧を裂き身を抉っていく。
空切りが起こしている振動はその剣の周囲のみだが空気を裂き続けているため空切りの領域内に入った侵入者を無事には帰さない。
「がっ!」
ツンドリの腹部が赤く濡れていく。
撒き散らされた血液が宙に漂う。
だが、空切りの振動波の効果範囲は使い手であるヴィールも例外ではない。
ヴィールの両手は軽い切り傷が幾重にも渡ってできており握っている柄が血で染まる。
いくら軽いと言っても塵も積もれば山となる。
ヴィールは武器をなくしたツンドリに追撃で空切りを振ろうとするが手の感覚がなくなるほどの激痛によって空切りを地面に落としてしまった。
「いった〜〜い」
口調自体は軽いが顔は顰めて笑顔など一切見えないことから強がっていることがわかる。
「くそっ! こんなやつらに!!」
ツンドリは鎧に手を当てその出血量を確認すると顔が歪む。
ヴィールが怯んでいるその隙にツンドリは慌てて手を口に当てて口笛を鳴らし馬を呼んだ。
馬に飛び乗り急いでその場からツンドリは立ち去っていく。
体勢を整えたガンテツは追撃を行おうとするが間に合わない。
そのときガンテツとヴィールの背後から風が通り過ぎていった。
「えっ? デルフ君!?」
デルフの速度は馬よりも遙かに速く一瞬にして逃げているツンドリとの距離を詰めていく。
それにツンドリはまだ気が付いていない。
「くそ! なんだあいつらは! 一人の実力は遙かに下のはずだ! なぜ、負ける!! 覚えていろ。次は必ず……」
血を流しすぎたためかツンドリは目が霞んできた。
「次はない」
突如、ツンドリの後ろから聞こえた声はツンドリにとって死神の囁きに聞こえた。
背中に凍てつくような悪寒が襲う。
さらに激しい不安と危機感が執拗に頭へと訴えかけてくる。
しかし、馬に乗っているはずの自分に背後から声が聞こえるなどとありえないと考えることで自分を安心づけるがツンドリは一向に振り向こうとする気力が起きなかった。
そして、自分の胸から突き出ている剣先にも気が付かなかった。
「な、身体に力が……」
ツンドリは急に身体が脱力したことに意味が分からなくなる。
だが、答えを得る前に身体が蹌踉めき支えることはもう叶わずに落馬した。
頭から落ちたツンドリは首があらぬ方向に曲がりプツンと視界が真っ暗になってしまう。
宙に漂っていたデルフは着地して足でツンドリを転がし仰向けうつ伏せにする。
そして、足でツンドリの身体を踏みつけて固定し突き刺した刀を抜き取った。
血を払い鞘に戻すと背後からガンテツたちが走ってきた。
「カルスト隊長!」
「デルフ君!」
二人の重なる声が聞こえてくる。
「お前たち、大丈夫か?」
そう言うとヴィールはむっと顔を膨らます。
「それはこっちのセリフよ! もう大丈夫なの!? ってデルフ君! 片腕! どうしたの!?」
「いや、ただ義手が壊れてしまっただけだ。俺よりもヴィール、お前の方が傷だらけだぞ」
デルフはヴィールの傷だらけの両手に指を差すとヴィールはてへへと照れながら自分の頭を撫でている。
撫でる度に髪に血が付着しているのだが良いのだろうかとデルフは少し心配になる。
そのとき、突然ヴィールは崩れるように腰を地面についた。
「ど、どうした? ヴィール?」
あまりに唐突のことだったのでデルフはヴィールに透かさず聞くとヴィールは引き攣った顔で無理矢理笑顔を作る。
「あはは、空ちゃんって食いしん坊なんだ。一回振っただけで私の魔力全部取られちゃった」
「俺が言うのも何だが無理は止してくれよ? 後は後ろで休んでいてくれ」
デルフは次にガンテツに目を向ける。
「ガンテツ、迷惑をかけたな。それと手柄を奪って悪かった」
「いや、カルスト隊長の追撃がなければ逃げられるところでござった。ご助力感謝するでござる」
「そう言ってくれると助かる。できれば強者は倒せるうちに倒しておきたかった。それであと一人、隊長クラスの実力者がいるはずだが見なかったか?」
「それなら、アクルガ殿とノクサリオ殿が戦っているはずでござる」
「アクルガたちならば問題はないか」
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