第56話 突撃開始
ハルザードたちは荒野に到着し先の戦いで四番隊が使っていた陣よりも少し後ろの位置に陣を構えた。
正式にはこの荒野の名前はダスク荒野と呼ばれている。
この荒野が戦場となるのはこれが最初ではない。
大昔から幾重にも渡ってこの場所で戦いが頻繁に起こっていた。
それから別名で決裂の荒野とも呼ばれている。
この荒野は見晴らしが良く地面には草一本生えておらず砂と岩だけしかない。
そのため森の中の時のような伏兵を隠すところなど一切なく奇襲を考えるだけ無駄というほどだ。
まさに小細工なしの戦いに打って付けの場所と言える。
(しかし、ここに陣を張ると聞いたときは少し距離が遠く攻めにくいとメリットがないと思っていたがこういうことだったのか。クルスィーには何度も驚かされるな。外見からはそんなに凄いと思えないのが残念だが)
陣を張る位置について進言したのは策の立案者であるクルスィーだ。
ここは敵が構えている陣よりも標高が高いため砂煙の中でも薄らとだが敵のある程度の動きが分かる位置にある。
そのため敵の動きに合わせてこちらも対応を素早く取ることができるとのことだ。
だが、それは敵からしても同じ事が言える。
それでも上を取っているデストリーネが優位であることに変わりはない。
先程からボワールの側に不自然な動きが続いているが未だ攻めてくる気配はない。
しかし、いつ戦端が開かれてもおかしくはない。
ボワールの陣の構えは中心に本軍、そしてその左右に本軍とは別の軍がある。
それに合わせてデルフたちデストリーネの構え方も本軍と左右に二番隊、三番隊を配置してある。
これで敵も分かったはずだ。
デストリーネは真っ向勝負を望んでいることに。
先の敗戦はデストリーネにとってはあまり良くない結果となった。
各国に今のデストリーネは平和に溺れてしまい力が弱まったと舐められてしまうことに繋がってしまう。
そうなればいずれボワールのように攻めてくる国が出てきてしまうはずだ。
騎士は戦いにおいて敵を排除することだけが役割と思われがちだが未然に敵が攻めてくる理由を絶やすことも立派な役割の一つでもある。
ハルザードはこの戦いを圧倒的な勝利で収め各国の陳腐な考えを払拭することが狙いだ。
張り詰めた空気がデルフの肌にピリピリと執拗に伝わってくる。
(油断したら緊張に心が負けてしまいそうだ)
それも束の間、目を閉じて瞑想をしていたハルザードが徐に立ち上がった。
「時は満ちた! 出るぞ! リュース! 異論は?」
「もちろん、ない」
「よし! デルフ! クルスィー! クライシス! お前たちは策通り動いてくれ。ウェルムとリュースは俺が率いる本隊とともに敵の主力を襲撃する! 各自取り掛かってくれ!」
その言葉により側で聞いていた全員が行動を開始した。
デルフは待たせてある三番隊の陣へクルスィーとともに向かう。
「隊長、いよいよか?」
デルフが陣の中に入るとアスフトルが神妙な顔をして尋ねてきた。
(どうやら、顔が思わず強張っていたらしい。隠す気はなかったがばれてしまったか)
デルフはアスフトルに重々しく頷く。
そして、隊員全員を自分の前に集めた。
デルフが隊長になった当初、皆から同意や騎士たちの信頼や尊敬されているウェガからの推薦をもらったといえ同期の中には快く思っていなかった者も少なからずいただろう。
(まぁあれは本当に無理があったから当然だな。入団して一年で隊長とか重荷過ぎる……)
しかし、今目の前に集まった面々の瞳には尊敬はないだろうが信頼の色が映っていることがデルフは見て取れた。
隊長とフレイシアの御側付きの二重の大役を日々こなして来たことが大きいだろう。
(隊長の仕事は殆どアスフトルさんに任せきりだけどな)
デルフはその眼差しを一切流さず全てを受け止めて重々しく口を開く。
「皆、今回の戦い、俺たちの役目。それは出立前に伝えたとおりだ。クルスィー、念のため最終確認をしてくれ」
デルフは隣に立っているクルスィーに目配せする。
「はい〜。皆さん〜今回は思いっきりやっちゃってください〜。ですが〜相手が引いたら深追いはしてはいけませんよ〜」
それでクルスィーの言葉は不自然に止まってしまった。
続きがあるのかとデルフは待つが続きは始まらずその場に沈黙が続いていく。
すると、クルスィーはこてっと首を傾げてデルフに目を向ける。
「なんですか〜? このシーンとした感じ〜?」
「まさか……あれで終わったのか?」
「え、ええ。そうですが〜?」
不思議そうにクルスィーは首を傾げながら言う。
デルフは恐る恐る周りを見渡してから隊員たちの目線が自分に向けられているのを気付き堪らず咳払いを挟む。
(まったく調子狂うな……。今から戦争をする空気とは到底思えない。だが、むしろ和んで良かったのか……?)
しかし、自分だけは気持ちは緩めてはいけないとクルスィーの説明の補足をする。
「最初はできるだけいつも組んでいる班で連携を組み戦闘に入れ。もちろん戦いの最中に孤立してしまった場合は身近にいる者と組むように。とにかく一人で戦おうとはするな」
これはデルフが頭を絞り出して考えたできるだけ死傷者を出さないようにするための戦い方だ。
正々堂々、一対一、そんなこと糞食らえ。
それができるのは本当に実力がある者だけだ。
何としても死なないということが一番大事なことだとデルフは考えた。
しかし、本当にこれでいいのかと自問自答を繰り返すがまだ戦争を経験していないデルフにはこれぐらいしか思いつかない。
全て想像でしか策を考えることができない自分の経験不足にデルフは歯噛みする。
しかし、戦争の経験がないのは三番隊では珍しくはなく先輩の騎士ですら経験がない人もいる。
それだけ三番隊は他の隊よりも安全な任務に就いているということだ。
つまり、今まで安全な場所にいたからこそ戦争に参加する不安が募り兵たちから漏れてしまっていることは何ら不思議はない。
むしろ、当然と言える。
だが、その不安が空気に混じってしまい周囲は重苦しい状態となってしまった。
この状態が続いたまま戦闘に入るのはあまりにも危険。
気持ちで負けてしまえば勝てる戦いも勝てなくなってしまう。
デルフはそんな騎士たちを勇気付けるために声を張り上げる。
「今まで、俺たち三番隊は警備兵と何ら変わらない任務に就いてきた! それにより俺たちは軽んじてみられることが多い。三番隊は実力が伴っていない、三番隊は腰抜けだ、声は出さずともそんな目線で見られることもあったはずだ! しかし、この機会にここらで見返してやろう! 俺たちは自国を守護する騎士だ! 俺たちは強いと侵略者どもを追い返して言ってやろうじゃないか!! 隊長として命じる! 今までの鍛錬の成果をここでぶつけろ! 蹴散らして帰ってこい!!」
デルフによる激励の言葉の迫力が凄まじかったのか騎士たちは鳥肌が立ち、騎士や兵士たちに熱を入れ次々とやる気に満ちた声が上がった。
そんな声の中から気になる発言がデルフの耳に入ってきた。
「なんかデルフ君、変わったよね?」
「ふむ、そう言えば前と纏っている雰囲気が変わっているな」
「ヴィール、アクルガ殿、その言い方は誤解を招くでござる。しかし、確かにカルスト隊長の風格は立派になっている。もう、カルスト殿が隊長の任に付いていることに文句を言う輩など存在しないでござるな」
「それは俺も思っていた。よし、ここは我らが隊長を褒め称えるべきだな! 格好いいぞ〜〜〜〜隊長!!」
デルフは表には出さなかったが内心では恥ずかしさで暴れ回りたい気分になっていた。
(あいつら、声が大きい。いつの間にかあいつらしか喋ってないし……。とにかくノクサリオのやつは帰ったら一発殴ってやる)
そのとき、デルフたち三番隊の陣の横から人の足音と馬が駆ける音が絶え間なく響いてきた。
それはハルザードたち本隊が陣を構えていた方向からだ。
「動き始めたな。後れを取るな! 俺たちも行くぞ!!」
デルフが待たせてある馬の場所まで走って行き飛び乗るとトコトコとクルスィーが走ってきた。
「私が戦えないのは口惜しいですが〜。ここで勝利を願っています〜」
クルスィーは少し残念そうにそう言うがデルフはその言葉を即座に否定する。
「クルスィーそんな願っている暇などない。お前にはここで相手の動きを見ていてもらいたい。何か異変があれば即座に知らせをよこしてくれ。あと、自分が役立たずみたいに思っているだろうがこの策が綺麗に嵌まれば一番の手柄はお前のものだ。まだ早いが胸を張っても誰も文句は言わないさ」
「イリちゃんも〜褒めてくれるでしょうか〜? 私も〜頑張ったんだぞ〜って……言いたいのです〜」
「無責任なことは言えないが妹が頑張ったんだ。そんな妹を褒めない姉なんて俺は見たことがないな」
クルスィーは恐らく褒めてもらっている光景を馳せているのだろうと思うほどの崩れた笑顔で嬉しそうにコクリと頷く。
そして、デルフたち三番隊も本隊に続いて全員が火の玉になったかのような突撃を開始した。
三番隊は兵の一部を借りたとはいえど敵軍と比べるのが馬鹿馬鹿しいほど数に開きがある。
だが、デルフは個々の戦力は他を上回ると自負している。
特にアクルガは別格だ。
あの洗練された動きや巧みに繰り出される技は目を見張るものがありいつ隊長に抜擢されてもおかしくはない。
性格上、アクルガは断固として断るだろうが。
他にもガンテツ、ヴィール、ノクサリオは一緒に模擬戦闘なども行ったことがありデルフはその実力は熟知していた。
そのため、アクルガには劣るが全員の実力は申し分ないとデルフは堂々と言うことが出来る。
だが、そんな三番隊に一番の不安がある。
それは人を殺すことに抵抗はないかということだ。
もし、ここ戦場で人を殺すことを躊躇えば先に殺られるのは自分だ。
言ったとおり三番隊は戦争に不慣れであるためそんな経験をしたことがある者は少ない。
少なからず躊躇と言ったものが出てくるだろう。
それがデルフにとって大きな気掛かりだ。
それが真っ先に脳裏に過ぎるのもデルフ自身が戦争の経験を持たないその一人であることが理由でもある。
(大丈夫……大丈夫だ!)
しかし、騎士になった以上いつかは経験をせねばならないこと。
弱音を吐いている暇などない。
デルフは自分を含めて全員が乗り越えることを信じて突き進む。
正面を見るとこちら側の動きを察知して敵軍が動き始めて真っ直ぐ突進してきている。
デルフははやる気持ちを抑え自分の役割を思い出す。
二番隊と三番隊の役割はハルザードたち本軍が敵本軍とぶつかりそれに加勢しようとする敵軍の釘付けをすることだ。
二番隊は左、三番隊は右の敵軍を抑える。
デストリーネが攻め始めたことによりボワールの全軍が既に動き始めている。
先程の静けさが嘘のようにどこもかしこも怒号が飛び散らかっていた。
デルフは敵の右軍に狙いを定めて馬を走らせる。
そして、後ろで走っている兵たちに向けて声を張り上げた。
しかし、実際にはデルフ自身の不安を押し殺すためでもあった。
「俺に続け!!」
デルフたちはおそらく四番隊が戦ったであろう場所を走り抜ける。
なぜ、そんなことが分かったのか。
それは地面には倒れている骸が教えてくれた。
よくよく見渡せばそこら中に横たわっており地面は赤く濡れているかもしれないがわざわざ見る必要を感じなかった。
そんなことで自分の中の闘志を弱めさせてはならないとデルフは自覚している。
(いや、違う!)
デルフは自分自身についた嘘を自分で否定する。
知らずのうちに自分に嘘をつくほどデルフは恐れていた。
死体を見てあの村での悲劇を思い出してしまうことに。
ただ思い出すだけならばいいがそれで恐慌状態になってしまうかもしれないという恐れがある。
デルフは馬を走らせながら妙に自分の呼吸が荒くなっていることに気が付いた。
(くそッ! ……あの頃とは違う! 俺は強くなったんだ!!)
鼓動が早まり頭の中にその響きが絶え間なく伝わってくる。
デルフに余裕はなくなりつつあった。
そして、思わず目に入ってしまった地面に散らばっている風化して黒くなってしまった血や倒れている騎士や兵士の姿により鮮明に昔のことを思い出してしまった。
「ああ、あぁぁ……。お、俺は!! 逃げない!!」
掠れるデルフの声は側近くにいた者にも聞こえずに最後に放った怒号ですら周りのざわめきに掻き消されてしまう。
だが、その怒号でデルフの精神の負荷は頂点を迎えた。
瞬間、デルフの目の色は褪せてしまいもはやその目からは何が見えているか分からない。
「隊長?」
アスフトルは怪訝な声でデルフに尋ねるがもはやデルフに聞こえるのは自身の鼓動の音だけだ。
そして、デルフは馬の腹を蹴り全速で走らせ自軍の隊列から抜け出て一人で突っ込んでいく。
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