第55話 それぞれの思惑
デルフたちがナンノ砦に到着して数日が経過したが結局ソルヴェルが帰還することはなかった。
「……ソルヴェルはもう帰ってこないと思った方が良いか」
ナンノ砦の会議室にてハルザードは悔しそうな表情のまま重々しく発する。
「戦場で華々しく散った彼の勇姿は国内にすぐ広まるだろう。今はただ、冥福を祈るとしよう」
この場に着座する主な顔はハルザード、リュース、ウェルム、デルフ、クルスィーそしてクライシスだ。
他にも爵位を持つ貴族もいるが今回の戦争は全権を騎士団に委ねられているため存在感は薄いと言っても仕方がないだろう。
クライシス率いる二番隊は今朝、ナンノ砦に到着した。
それまでの間、進軍を控え準備を整えながらここで二番隊の到着を待っていた。
だが、なぜすぐに荒野に進軍しなかったかと疑問が出てくる。
その理由はまず落ち延びた四番隊の兵士によるとソルヴェルとジャンハイブでは明らかな実力差があり防戦一方だったと聞いた。
さらにジャンハイブは自分が侵攻を開始した後、時間差で別の軍勢を進軍させるという慎重さによって四番隊を陥れた。
決して油断はしていなかったがジャンハイブだけに目が行っていたことは確かだ。
すなわち、ボワールという大国を甘く見ていたことに他ならない。
もう二度と同じミスはしてはいけない。
それを考慮して万全を持って挑むということでハルザードとリュースの考えは一致しそれにデルフたちは了承した。
その後、ハルザードたちはここナンノ砦に攻めてくるであろうボワールを迎え撃つつもりであった。
だが、ハルザードの下に予想外の報告がもたらされたのである。
それはボワールがあの荒野に陣を構えたままで進軍の兆しが全く見えないとのことだった。
その動きを不審に思いつつもハルザードたちにとっては願ってもないことでそれに甘えさせてもらうことにした。
もちろん警戒は怠ってはおらず伝令の定期報告の間隔を短くするなど可能なことはしている。
だが、結局ボワールは何の動きも見せずハルザードたちは準備を整えることができた。
「一体何を考えている……。いや、いくら考えてもきりがないな」
動きが全く読めないボワールの動きにハルザードは頭を悩ますが頭を振って外に追いやる。
その行動に満足したようにリュースは頷いた。
「ああ、その通りだ。団長。私たちは我が国の地を脅かす敵を排除するだけだ。相手が仕掛けてこないにしろ荒野で陣を構えられればいつ襲いかかられるか分かったものではない。どちらにせよ戦うこと以外に代わりはない。ここで一番の悪手であることは相手の考えを読み過ぎて飲まれることだ」
「ええ。その通りですよ。早く行って追っ払いましょうよ。ソルヴェルさんの仇討ちも兼ねてですね」
クライシスが軽い口調でリュースの意見に賛同する。
「クルスィー副隊長。ソルヴェル隊長が戻らない今、四番隊の統制を取る者がいない状況だ。そこで君に四番隊の隊長を代任したいが構わないか?」
リュースはクルスィーに目を向けてそう言う。
「私は〜イリちゃんみたいに強くないですよ〜。多分、務まらないと思います〜」
「あくまで代理だ。この戦争の間だけで終わり次第、辞退してくれても構わない」
「そ、そういうことでしたら〜」
クルスィーは断る口実を思いつかなかったらしく不承不承ながら納得した。
(何か本気で困っていたな……。遠慮とかではなく)
表情は眠そうで瞼を閉じかけており表情が全く読み取れないがデルフはなんとなくそんな気がした。
「それでリュース、ウェルム。どのような策で行く?」
「……ここは私よりもクルスィー殿のほうが適任と感じる。ソルヴェルから君のことをよく聞かせてもらった。君に任せてもよろしいか?」
「リュースさんがそこまで言うのだったら僕からもお願いしようかな」
ハルザードはこくりと頷きクルスィーを見据える。
「二人からの指名だが、どうだいけるか?」
クルスィーはぼーっとしながら小さい口をゆっくりと開く。
「その荒野の地形と敵軍の位置、あとソルヴェル隊長が構えていた陣の場所を印した地図はありますか〜?」
そのとき、普段はほんわかとしたクルスィーの眼差しは眠気など微塵も感じさせないほど見開いており鋭くなった。
クルスィーは地図を受け取り、無言で地図との睨めっこを開始した。
(雰囲気が変わった……)
激変したクルスィーの雰囲気に息を呑むデルフ。
そして睨めっこを開始すること数分後、顔を上げてクルスィーは自分が考えた策を紙に描いたり白黒の駒を用いたりしてわかりやすく説明を始める。
そのクルスィーの策は短時間で考えたとは思えないほど的確でありあのリュースも驚きを隠せなくなっていた。
説明が終わるとすぐに各々準備を開始する。
砦内を歩いているとデルフはどこか見たことのある小さな茶色い物体が尻を向けて壁の穴に頭を突っ込んでいる姿を発見した。
デルフはそれを持ち上げて顔を近づける。
「ルー、お前付いてきたのか? それ隠れきれてないからな?」
ルーは気まずそうな顔で目を合わせずぷいっとそっぽ向く。
「……まぁ来てしまったものは仕方がないか。だけど、ここで待っておけよ?」
そう言うとルーはするっとデルフの手から抜けて走り去ってしまった。
「あれは絶対来るな。まぁルーなら大事にはならないだろう。それよりも心配なのは三番隊か」
先輩騎士たちも戦争経験がある人は少なくこの戦争が三番隊にとっては初陣と言っていいだろう。
「せめて俺はしっかりしないとな」
デルフは気を引き締め拳を強く握る。
「デルフ隊長〜」
後ろから声が聞こえデルフは振り返る。
そこにはクルスィーが強調する双丘を上下に揺らして手を横に振りながら小走りで向かってきていた。
「クルスィー。どうしたんだ?」
クルスィーはデルフのすぐそばまで近づくと頭を下げ息切れをしている。
しばらくデルフは待っていると、落ち着いたのかクルスィーは顔を上げた。
「一つお願いがあるのですが〜」
「なんだ?」
「私をこの戦争の間だけ三番隊に加えてくれませんか?」
先程の会議で四番隊は損耗が激しく今は戦える状態ではないと判断しこの砦に待機することになっている。
もちろん、その四番隊隊長の代任をしているクルスィーも待機になっていた。
デルフは少し驚いたがクルスィーの目は極めて真剣でありしっかりとした意志が宿っている。
(これは無下にはできないな)
まだ会って日は浅いがクルスィーは任務ましてや戦争など億劫に感じているだろうと思っていたのでこの申し出は想像付かなかった。
内心では別に構わないどころか三番隊は人数が少ないため願ってもないと思っているが一応デルフはその理由について質問してみる。
「私って昔からダメダメなのです〜。そんな私ですが〜ソルヴェル隊長のおかげで〜騎士になることができたのです〜。剣の腕などは兵士さんよりも弱いですけど〜。それでもソルヴェル隊長は〜私を副隊長までしてくれたのです〜。そんな私がソルヴェル隊長の代わりだなんて自信ないのですが……」
隊長代理に指名されたときにクルスィーが困っていた理由が分かったが口には出さずデルフは黙ってクルスィーの話の続きを聞く。
「こんな私ですが〜いつかは〜恩返しをしないとな〜って思ってたのです〜。だけど、もうすることができなくなってしまいました。その恩返しをもう遅いですが〜今からしようと思うのです〜。ボワールでしたっけ?それを追い払って〜安らかに眠りについてもらうのです〜。やっぱりいい気分になってから寝る方がふわふわとしますから〜」
デルフは途中から何を言っているか分からなくなってしまったのに何となく理解した気になってしまう自分に疑問を抱く。
「そうか。こっちは別に断る理由もない。師匠…副団長が絶賛していたその知恵を貸してくれるならこれほど心強いことはない」
「ありがとうございます〜」
そして、デストリーネの大軍はナンノ砦から出陣した。
ジャンハイブは荒野に構えた陣にて椅子に座りただ静かに目を瞑って待っていた。
だが、その表情は険しい。
その原因はどかどかと大きな足音が近づいてきていたことにある。
「ジャンハイブよ! 一体いつまで待てば良いのか! デストリーネごときさっさと攻め滅ぼせば良かろう! 先の戦いのように簡単にひねり潰してくれるわ」
ふくよかな身体を揺らしながら煌びやかな服装を身に纏った男は開口一番にジャンハイブにそう怒鳴りつけた。
ジャンハイブは内心では面倒くさいと思っていながらも丁寧に受け答えする。
なにせ、この人物はボワール王の嫡男であるハルメーン・ボワールだからだ。
「王子、今はまだ待つときなのです。いくら前哨戦は勝ったとはいえ今攻め込むのは危険。しばらくすれば敵の本隊がやってくるでしょう。焦りは禁物です」
するとハルメーンは何かに気が付いたように鼻息を荒くしながら興奮して口を開く。
「ふぁっふぁっふぁ。わかったぞ。ジャンハイブよ。つまりその本隊を倒せばデストリーネは滅んだも同然ということだな?」
ジャンハイブは笑顔になってこくりと頷く。
「ふぁっふぁっふぁ。我が初陣の晴れ舞台にて今日まで大きな顔をして踏ん反りがえっていたデストリーネめを滅ぼしたと父上が知ればさぞお喜びになるだろう。ボワールの天下も近い! ジャンハイブよ! お主の今までの功績を考慮してもうしばらく待ってやる!」
「ありがとうございます」
ハルメーンは上機嫌に笑いながらずかずかと歩き去って行った。
「ちっ、薄汚い豚が!」
ハルメーンの姿が見えなくなるとジャンハイブは立ち上がり自分が座っていた椅子を蹴り飛ばす。
「ジャンハイブさん。少し声が大きいです。聞こえますよ?」
ジャンハイブは後ろに振り返るとブエルが歩いて近づいてきていた。
「だがな、ブエル。あいつ、本当にデストリーネに勝てると思っているんだぜ? 聞いていてあの馬鹿さ加減には呆れと苛つきしかない。先程の戦いですら俺が出るまでの間、倍の差があったのにもかかわらずに押されていたんだぞ!? それでも気が付かないものなのか……」
「ですが、俺たちにとっては都合が良くていいじゃないですか」
「それもそうなんだがよ」
「耐えてください。決して悟られないようにしてください! いいですね?」
ブエルに真剣な表情で釘を刺されてジャンハイブはそれに気圧され言葉を出せずに数回頷いた
「それでブエル。首尾はどうだ?」
「今のところ何の問題もありません。殆ど我らの味方になりつつあります」
それを聞いてジャンハイブは感情が抑えきれなくなり笑みを零す。
「それは上々だ。後は仕上げだな。王子はもう少しは頭が回ると思ったんだが杞憂だったみたいだ。まさにこの親にしてこの子ありだな。まともに戦えばこちらの勝ちはないというのに」
「ええ。そのためにジャリムを嗾けてデストリーネの戦力を分散させたのですから。これでもデストリーネの強さは伺えるというもんですよ」
「まぁそのことは俺らしか知らないからな。気付けというのは無理があるぞ?」
ジャンハイブがそう言うとブエルは悪そうな笑みを浮かべた。
「しかし、……苦労しましたよ。ジャリムの兵に紛れ込むのは。見つかったら命がないと思うと今でも鳥肌が……」
「お前には苦労かけるな。だが、悪いがこれからも苦労を掛けることになる」
「いえ、好きでしていることですから。ジャンハイブさんの野望のため全力を賭して励みますよ」
「ああ、期待しているぞ」
それで話は移り変わりジャンハイブが尋ねる。
「それで、デストリーネの動きはどうだ?」
「まずは、ジャリムはデストリーネの砦近くに兵を集結させていますがまだ攻めるまで時間は掛かるでしょう。デストリーネ側はそれを黙認しており打って出る気配はありませんでした」
「それは、結構な余裕だな。まるでチマチマ来られるのは面倒だからまとめて掛かってこいと言っているみたいだ」
ジャンハイブは興味が出たのか食い気味にブエルに尋ねる。
「それで誰がその砦を守っているんだ?」
「いえ、そこまでは。ただ、隊長二人が砦に在中しているようですが。すいません。俺たちにはどちらが勝っても負けてもそこまで関わりがないことだと思っていましたので見逃していました。知りたいのであればすぐに調べてきますが?」
今すぐに動こうとするブエルを見てジャンハイブは慌てて止める。
「いや、そこまで知りたいわけではない。ただの興味本位だ。さぁ、続きを聞かせてくれ」
ブエルはそっと息を吐いて胸をなで下ろす。
「そ、そうですか。分かりました。次はナンノ砦にデストリーネの本隊が到着したようです。あの有名な騎士団長が率いていましたよ」
「そうか……あの騎士団長か。ブエル。一つ我が儘を聞いてくれないか」
突然、ジャンハイブが真面目な表情をしたのでブエルは身構えながらその我が儘について聞く。
「俺はこの際に一度でいいから騎士団長ハルザードと剣を交えてみたい」
「はぁ〜何を言っているんですか。もちろん、そのつもりですよ。というかあの騎士団長を止めることができるのはジャンハイブさんしかいないですって」
絶対に止められると思っていたジャンハイブは拍子抜けしてブエルを見る。
そして、軽く笑う。
「俺を買いかぶりすぎだ」
だが、ブエルはただしと人差し指をピンと立てる。
「もし、傷一つでも付けられたら即撤退ですからね。この陣まで引き返してください」
だが、ジャンハイブはそのブエルの忠告を一笑に付した。
「ブエル。俺が傷付くと思うか?」
「……思いません。だけど何が起こるか分からないのが戦争です。俺の言葉、絶対に忘れないでください」
「わかった。お前がそこまで言うんだ。頭に入れておくとしよう」
ブエルは空咳を入れて話を元に戻す。
「そして、今日。ナンノ砦から本隊が出立したようです。数だけ見れば互角というところでしょう」
「分断してやっと五分か。こっちはほぼ総力だというのに……。やっぱりデストリーネは恐ろしいな」
ただでさえ度重なる戦争による消費をしているに加え他の国からの守りにも兵を割かなければならないことも考えると今この場に集結している兵力が今のボワールに出せる全力だ。
そう言いながらも嬉しそうににやりと笑みを浮かべジャンハイブは立ち上がりブエルに命令を下す。
「戦闘の準備をしろ。こちらは敵が来てもしばらくは様子見をするつもりだがあちらが一息入れずに攻めてくるかもしれない」
「わかりました。……あの人たちにも伝えますか?」
「いや、まだだ。貴族どもに伝えたらすぐにでも攻めに行ってしまう。もう振り回されるのは御免だ。あいつらの耳にも入らないように網を張っといてくれ。……ああそうか、貴族どもが敵の姿を見たらすぐに攻めに行ってしまう点も考慮せねばな。できるだけ隠し通してくれ」
「了解です。できる限りは押さえておきます」
「ああ、任せる」
ブエルは即座に行動を開始しジャンハイブの下から立ち去った。
「しかし、ここから動かない理由が本隊を待つからで通じるのか……。どう考えても攻めに行って反撃をさせる暇を与えない方がいいのにな。ここまでの馬鹿どもでよく国が成り立っているな……。いや、今はそれよりも……」
ジャンハイブは密かに胸を躍らせていた。
「自分に匹敵、それ以上の強者との戦いがついにできるのか。思えば今までの戦いはつまらなかった。先日のソルヴェルとの戦いはそこそこ楽しかったがそれだけだ。騎士団長ハルザード・カタルシス、期待を裏切らないでくれよ」
ジャンハイブは自分の左の二の腕にある紋章を見ながら静かに笑みを浮かべた。
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