第54話 主の務め

 

 デストリーネ王国王都ライフの外れにあるログハウス。


 ナーシャは鼻歌を歌いながらキッチンの前に立っていた。


「デルフ、珍しく帰ってくると言っていたから張り切って作らないと!! ふふーん、ふーふん♪」


 外は暗くなっておりそろそろデルフが帰ってくると考え夕食の準備を始めた。

 ナーシャは既に夕食を済ませており、そのとき一緒にデルフの食事も用意しても良かったがどうせなら冷めた料理よりも作り立ての方が良いだろうと配慮したのだ。


 包丁の音を一定に立てながら野菜を刻んでいき、火を通してあるフライパンに入れて軽く炒める。

 次は肉を一口大の大きさにして同じくフライパンにいれ混ぜるように炒める。


 そして、鍋の中にそれらを流し込み目分量で適当に調味料をさっさと入れてぐつぐつと煮込んでいく。


 少し時間が経つとナーシャはそれらを掬い小皿に入れて徐に口に運ぶ。


「あちっ……」


 その熱さにびっくりして反射的に口を遠ざける。


「ふーふー。よし…………まだ薄いわね。もうちょっと濃くした方が良いかしら?」


 調味料を少しだけ足してもう一回、味見をする。


「うん。これぐらいね!」


 満足のいく味になったことで上機嫌になりさらに料理を作っていく。


 そのときゆっくりと扉を叩く音がした。


「あら? もうデルフ帰ってきたのかしら?」


 だが、すぐにデルフはノックなんてしないとナーシャは考えを訂正する。

 

「はーーい!」


 声を張り上げてナーシャは扉に近づいていく。


(お客さんなんて珍しいわね)


 王都から離れているこの家に客人が来ることは稀でありナーシャは少しだけわくわくしていた。


 そして、扉を開けるとそこには息を切らして顔色を青ざめさせているフレイシアがいた。


「あら? フーレ……じゃなくてフレイシア!?」


 目の前にいるフレイシアはフーレの格好はしていない王女のままの姿だった。


 それならば護衛としてデルフもいるだろうと周囲を探したが見当たらない。


「フレイシア一人で来たの!?」

「お姉様!! デルフは帰っていますか?」


 フレイシアはナーシャの質問には答えず開口一番にフレイシアはそう叫ぶ。


「帰ってきてないけど……デルフがどうかしたの?」


 だが、フレイシアはそれを聞いて頭を下に向け何かに取り憑かれたようにぶつぶつと呟いている。


「やっぱり……。約束しましたのに……約束したのに……」


 何が何だか分からなかったがナーシャはフレイシアの頭を撫でる。


「立ち話もなんだから取り敢えず家に上がりなさい」


 そう言ってもフレイシアは突っ立ったまま動かない。

 ナーシャは苦笑いして、いつの間にか啜り泣いてしまったフレイシアの背中を押して家の中に入れる。


 フレイシアを椅子に座らせて机に並べた湯飲みにお茶を注ぐ。


「それで、フレイシア。一体何があったの?」


 ナーシャはフレイシアを刺激せずにゆっくりと優しく話しかける。

 そうしなければ今にも泣き出して話どころではなくなると感じたからだ。


 フレイシアは涙に耐えながらゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


 事の次第を全て聞き終わるとナーシャはフレイシアに共感した。


「全くデルフったら! 私の大事な妹を泣かすなんて帰ってきたらただじゃ置かないわ! ここは姉としてしっかりとお灸を据えないといけないわね。……ほーら、フレイシアもそんなくよくよしないで元気出しなさい!」

「だ、だけどお姉様……。デルフが本当に帰ってくるか。もし帰ってこなければ私……」

「そんな……大丈夫よ」


 ナーシャは安心させるようにフレイシアの頭を撫でる。


「で、でも……」


 その言葉を聞いてフレイシアの頬を優しく摘まむ。


「にゃにほしゅるのでしゅか!?」


 フレイシアは戸惑いナーシャに頬を摘ままれたまま目頭に涙を溜めて素っ頓狂な声を上げる。


「駄目よ、フレイシア。あなたはデルフの主なのでしょう?」

「……は、はい」


 そのナーシャの言葉に気圧されながらもフレイシアは頷く。


「主君はドンと構えて待たないと行けないの。デルフを信じなさい。信じて待つのがあなたの仕事よ。分かった?」


 フレイシアは数回、こくこくと頷くがそれでも不安は隠すことができないらしく表情はまだ暗い。


 ナーシャはどうやって励ますか考えるも自分は考えて言うガラではないなと思い頭に浮かんだことをそのまま言葉に出す。


「まぁ大丈夫よ。あの子、ああ見えて結構丈夫よ? 死んでも死にそうにないわ。意外とすぐに平然と顔を見せるかもしれないわね。そのときに思いっきり愚痴を言ってあげなさい」

「そ、それもそうですね!」


 フレイシアは今日初めてナーシャに笑顔を見せた。


「それにお父さんも一緒だもの。万が一はないと思うわ。デルフももう文句の付け所がないほど強くなったしね。まぁ気楽に待っていれば良いのよ」

「はい!」


 フレイシアは冷め切ってしまった湯飲み入ったお茶を一気に飲み干す。


「それに聞いたわよ。あなた治癒魔法がすごいって。もしデルフが傷だらけになって帰ってきてそれを治したらデルフのフレイシアに対する好感度が急上昇するわよ?」


 ナーシャがそう言うとフレイシアは顔を赤らめて手を高速に振る。


「ちょ、ちょっとお姉様!!」

「うふふ。やっぱり可愛いわ!」


 ナーシャは慌てふためいているフレイシアの顔を自分の胸まで持って行き強く抱きしめる。


「お、お姉様?」

「しばらく、こうさせてちょーだい。……ありがとうね。ずっと一人だとたまに空しくなるときがあるの。お父さんやデルフは仕事で何日も家を空けるから」

「ご、ごめんなさい」


 フレイシアが謝る理由に気が付いたナーシャは急いで訂正する。


「ち、違うのよ!? フレイシアを責めているわけじゃないわ。デルフはそれが仕事だもの。妙な気を回してサボってかえってきたほうが悲しくなっちゃうわ」


 するとフレイシアはにやにやと笑って自分を見ていることに気が付いた。


「ま、まさかフレイシア〜。わざとね~」

「あたふたしているお姉様も素敵でした!」


 そんな満面の笑みの顔を見せられると文句を言おうにも言えなくなってしまう。


「あなたね〜」


 文句を全てその言葉に込めてそう言うがフレイシアは少し考えるように呆けてしまっている。


「しかし、そうですね。私のせいでお姉様が一人なのは私も望まないところです」

「ちょ、ちょっとフレイシア? いいのよ? そんなに悩まなくても……」


 だが、フレイシアはナーシャの言葉を聞こえていないらしく一人で考えをまとめていく。


「そうですね。デルフもデルフです。お姉様に寂しい思いをさせるなんて。たまには早く返すことにしましょうか。それとも私がまたここに来たいとでも言うのがいいか。しかし、それでは家族水入らずというものを私が邪魔をしてしまいます。むむむ、難しいですね」


 ナーシャはもう何も言わずただ成り行きを見守ることにした。


(この子、あれね。考えたら周りが見えなくなるタイプだわ。ふふ、デルフと同じ。やっぱり私の見立て通りお似合いじゃない)


 ナーシャは手をパチパチと鳴らしてフレイシアを現実に戻す。


 はっと現実に戻ってきたフレイシアを微笑ましく思いながら話を切り替える。


「フレイシア。せっかくだからご飯食べて行きなさい」

「い、いえそこまで厄介になるわけには」

「あなたを厄介だなんて全く思わないわ。それにデルフに作ったご飯があるのよ。捨てるのは勿体ないわ。私を助けると思って食べていってちょうだい」

「そ、そういうことでしたらご馳走になります」


 まんざらでもないフレイシアの表情を見てナーシャはくすりと笑う。


「あっ! そうだ! ルー君のご飯忘れてた。けどおかしいわね。いつもご飯の時ひょこっと現われるのに……いないわね。いつもここにいるのに。まぁ、しばらくしたら戻ってくるか」

「ルーくん? それって誰なのです?」


 フレイシアは気になったのか尋ねてくる。


「リスよ。デルフのペットなの」

「そーいえば見たことがあります」


 何かを思い出したのかフレイシアはもじもじしながら自分の世界に入り込んでしまった。


「あのときのデルフはかっこよかったです。もちろん今もですが! うふふ~」


 ナーシャはフレイシアが一人で楽しんでいるうちに途中だった夕食の準備を再開する。


「それよりもフレイシア。護衛もなしに出てきて大丈夫なの?」

「ふふふ。私を見くびらないでください。私にかかれば誰にも見つからずに部屋を抜け出すなんてお手の物です」


 少しずれた回答にナーシャは不安しか感じないがいまさらかと感じ料理に集中する。


 そして、手料理をフレイシアの目の前に並べる。


 すると、フレイシアは目の前に並んだ料理に目を輝かせて即座に食べ始めた。


 だが、そうにもかかわらず食べ方はとても上品で育ちの違いを痛感させられる。


(私ももうちょっと上品っぽさ? を磨いた方が良いのかしら?)


 フレイシアは並べた料理をあっという間にペロリと平らげると湯飲みに入れ直したお茶を啜る。


 その後、主にデルフの話で盛り上がったのちフレイシアは窓の外を見て時間を思い出す。


「では、お姉様。そろそろ帰らないと大事になりそうなので帰ろうと思います」

「あら? ごめんなさいね。長く引き留めちゃって。それで、一人で大丈夫なの?」

「もちろんです。ふふふ、私を舐めないでください! この程度、ヨユーってやつです」


 フレイシアは砕けた話し方になり右手の人差し指を揺らしながら答えた。

 ナーシャはこれが素のフレイシアなのだと理解する。


 そして、ナーシャはその素を自分に見せてくれるほど打ち解けていること知りを嬉しくなり微笑んだ。


「そう? でも、やっぱり心配だわ! まず変装ね!」

「えっ?」


 ナーシャは小走りで自室に向かいすぐに戻る。


「これ私のお下がりだけどサイズ合うかしら?」


 ナーシャはフレイシアの身ぐるみを剥ぎすぐに自分の服を着せる。


「きゃっ!」

「うん! ピッタリだわ。うんうん。やっぱり妹っていいわね!」


 次に、フレイシアを椅子に座らせ髪をまとめていく。


 その間、フレイシアはわけも分からずただ為されるがままの着せ替え人形みたいになっている。


「ふぅ〜。これでよし!」


 そして、瞬く間にフレイシアはフーレとなった。


「私より髪をまとめるの早いです……」

「お城まで私が送っていくわ。さぁ、行きましょう!」


 ナーシャはフレイシアを置いて先に家を飛び出した。


「私より先に行ってどうするのですか……。ふ、ふふふ、あはははは」

「フレイシ……じゃなかった。フーレ〜。早く来なさい。置いてくわよ〜」


 扉の向こうで本当に走って行くナーシャを見て慌ててフレイシアも家を飛び出してナーシャを追う。


「お姉様! 待ってください〜!」

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