第53話 束の間の停滞
騎士団長ハルザードとその副団長リュース、そして魔術団長ウェルム率いる王家直轄の軍勢が行軍の最中、さらに貴族の兵を挙兵し大軍勢となってようやくナンノ砦に到着した。
その中には少数ながらも三番隊も含まれている。
ちなみに二番隊は召集するのに時間が掛かり少し遅れて到着すると隊長であるクライシスより連絡があった。
各地に散らばっている二番隊がすぐに集まることは難しいと考えていたのでそれほど驚きはない。
むしろ早いくらいだ。
これだけでもクライシスの差配の的確さが伝わってくる。
態度が軽く責任感など無縁な男とデルフは思っていたがああ見えても隊長として抜擢された傑物だと改めて認識する。
デルフはナンノ砦の入り口の門を通り馬から降りるとウェルムがゆっくりと歩いて隣までやってきた。
ウェルムがやってきた方向は魔術団が忙しなく動いている。
そこに一切の協調性はなく慌てふためいており全く仕事が進んでいるようには見えない。
「デルフ。久しぶりだね。この行軍の間、差配で忙しかったけどようやく手が空いたよ」
ウェルムの姿はチラホラと見かけていたが急ぎの行軍だったためデルフもウェルムも声を掛ける余裕がなかった。
ようやく暇ができたのかウェルムは顔が晴れ晴れとしている。
「全くだ。それどころかお前、今に限らずずっと忙しいじゃないか」
「まぁ、カハミラ団長が死んじゃって僕が団長になってしまったことで殆ど僕がやらないといけなくなっちゃったからね」
デルフはその言葉に引っかかり反論を突きつける。
「嘘つけ。本当は研究に没頭しているんだろ?」
デルフが半分呆れながらそう言うとウェルムは驚きを露わにした。
「えっ? 嘘でしょ? なんでばれているの?」
「お前が思っている以上に噂になっているからな……。あまり部下に仕事押し付けるんじゃないぞ」
ウェルムは今まで隠し通せていたと思っていたらしくその事実を知る衝撃は思いのほか大きかったらしい。
珍しくその余裕な態度は消え去り、目を逸らして空笑いをしている。
(まぁ、俺も人のことは言えないけどな……)
デルフはフレイシアの御側付きで本部から離れているときにいつも代行して動いてくれるアスフトルのことを思い出して深く感謝する。
「だ、だけど、押し付けるだなんて心外だよ! むしろ全部、僕がしているんだよ?あいつらずっと僕の指図を待って全然、自分から動こうとしないんだ! だから僕はさっき言ってやったのさ。すぐ答えを求めるのじゃなく少しは自分で考えてみろってね!」
「通りであんなに慌てているのか……」
なぜ魔術団が慌てているのにもかかわらずウェルムが暇ができたと言った理由に納得がいった。
「いつかは自立しないと行けないんだよ。あいつらは今、僕という籠から出て羽ばたくときなのさ」
「良いこと言ったつもりだろうが、どうせサボりたいだけだろ?」
「ぐっ! ……そ、それで今の状況はどうなっているのかな?」
ウェルムは逃げるように話を本題に移す。
デルフもこれ以上の意地悪は止めにして話し始める。
「ここの責任者はソルヴェルさんだけど今は出陣の最中、報告によるとここには副隊長が残っているらしい。その人に聞けば分かるだろう。というか俺も探そうとしていたんだ」
「それってもしかしてあの人かな?」
ウェルムが指を向けた先には瞼を重くさせうつらうつらと今にも眠ってしまいそうに頭を揺らしている女性がいた。
「いや、まさか……」
雰囲気を見る限りとてもあの真面目なソルヴェルが自分の代わりとして任せるとは思えない。
しかし、質の良い軍服を着用している彼女はそこらにいる兵とは到底思えないのも確かだ。
間違えても面倒くさいので一度様子を見てみようとウェルムに進言しようとしたが既にウェルムは隣にいなかった。
すぐさま頭を戻すとウェルムはその女性に話しかけていた。
デルフは仕方がなくウェルムの下に近づいていく。
「君ってこの場を指揮している人かい?」
その女性は手でのんびりと目を擦り重い瞼を開ける。
「私~? ……ですか~?」
女性は自分に指を差してこてっと首を傾げる。
そのゆるっとした喋り方には何の威厳も感じられない。
その様子でソルヴェルがナンノ砦をこの女性には任せないだろうとデルフは確信した。
「う、うん。そうだよ」
ウェルムはその女性の喋り方に戸惑いを隠せずに言葉に詰まってしまったが頷いて答える。
その女性は手でこめかみを押さえて「うーん」と唸り考え始めた。
「ウェルム、この人ではないと思うぞ」
「うん。僕もそんな気がしてきたよ」
そして何か考えがまとまったのか女性の顔の色が明るくなった。
「違いますよ~? ここを任されたのはソルヴェル隊長です~。私じゃ~ないですよ~?」
「い、いや、そうじゃなくて……。デルフ」
ウェルムはあたふたしながら説明しようとしていたが突然止めてデルフに顔を向ける。
「なんだ?」
「思ったんだけど全部任せっぱなしというのは駄目だね。僕も手伝わないと! ということでここは任せて良いかな?」
そんな普通の声量で言ったら聞こえてしまうぞと思って女性の顔を見ると目を瞑っていた。
(ね、寝てる!? よくこんな状況で寝ることができるな)
とにかく、こんな難敵を押し付けられるのは堪ったものじゃないと思い当然ウェルムの申し出は断る。
「いや、逃げるなよ。お前が話しかけたんだろ……っていない!? ウェ、ウェルム!?」
後ろを振り向くと走り去っていくウェルムが見えたが今更呼んでももう遅い。
女性が立ったまま寝ていることを良いことにデルフは一回大袈裟にため息をつく。
「しょうがないか。……取り敢えず名前はなんと言うんだ?」
女性は目をゆっくりと開きデルフに焦点を当てる。
その後、一回眠そうに欠伸をする。
その雰囲気はどこか心当たりがあったがそれほど気にはならなく心の奥底に追いやる。
「私は~クルスィーと~言います~」
「俺はデルフだ。デルフ・カルスト、三番隊の隊長だ。覚えておいてくれ。ちなみにさっきの男は魔術団長のウェルムだ。あれは……別に覚えなくてもいい」
「へぇ~あの人、団長さんだったのですね~」
多分、驚いているのだろうが全く顔に感情は出さない。
もしくは本当に興味がないのか。
デルフにそれを読み取るのは難しすぎた。
「ん~? デルフ? デルフってあのデルフですか~?」
クルスィーはデルフの名前に聞き覚えがあったのかデルフをまじまじと見つめてくる。
「言っている意味が分からないがデルフと言う名前の人物はまだ他に聞いたことがないから恐らく俺だと思う」
(俺も隊長だから名前が広まっても不思議ではないな。それよりもその喋り方はなんとかならないのか……)
デルフもそろそろこの喋り方にまどろっこしくなってきて少し早口でそう言う。
「デルフ隊長の~ことは~イリちゃんから聞いていますよ~」
「イリちゃんって?」
分からない人の名が出てきて即座にデルフがそう尋ねるとデルフにとって想像していなかった名前が飛び出した。
「イリーフィアって聞いたことないですか~? 五番隊の隊長の~私のお姉ちゃんなのです~」
「物凄く聞いたことがあるな。あまり喋っていないけど……。それでどう聞いたんだ?」
確かに雰囲気はイリーフィアの面影があった。
ただ容姿的な面で見ればイリーフィアより発達しているように思える。
どちらと言えばクルスィーが姉と言われた方がすぐに納得できた気がした。
「デルフ、良い子って言っていましたよ~。……うん! 私もそう思います~」
ゆらゆらと首を揺らしながらデルフを見て笑顔になるクルスィー。
「今、あったばかりなのにか? それより良い子って……」
「私たち、なんとなくわかるのです~。デルフさんに漂っている雰囲気、少し固くて真面目って感じです~」
ぱぁっと花が咲くように笑顔になってそう答えるクルスィーを見てデルフの心にチクリと何かが刺さった。
(なぜか、たまに仕事をさぼっているのを責められているような気がする……。しかし、イリーフィアより口数が多くてまだわかりやすいな。ただ固いって褒め言葉なのか?)
ついつい話があらぬ方向に行ってしまったことにデルフは気付き本題に戻す。
「で、クルスィーがここを任されているのか?」
「違いますよ~。私じゃなくソルヴェル隊長ですよ~」
話の出鼻を挫かれデルフは戸惑うが落ち着いてゆっくりとわかりやすく言葉を紡いでいく。
「そうじゃなくて、……ソ、ル、ヴェ、ルさんが、この場を、クルスィーに、任せたのじゃないのか?」
そう言うと納得したようにクルスィーは頷いた。
「あ~それなら確かに私です~」
やっとクルスィーに通じたことでデルフは力の入った肩を緩める。
もうこのやり取りだけで身体に疲労感が襲ってきた。
「それだったら今の状況を教えてくれないか」
その後、クルスィーからソルヴェルが取った策と今の状況について説明を受けた。
「それなら今まさに敵とぶつかっている瞬間ということか」
「多分、後退しながら迎え撃っていると思いますのでもうすぐこの辺りまで戻ってくると思います~」
クルスィーによるとソルヴェルがナンノ砦から出て随分と日が過ぎているとのことだった。
ソルヴェルからの連絡はデルフたちの下まで届いていたが魔物の大蛇との戦い以降すっぱりと途絶えていた。
もしかするとこのナンノ砦で連絡を滞っているのではと思っていたがそうではなかったようだ。
ソルヴェルが戦死して四番隊が総崩れになった場合、ボワールは即座にナンノ砦に攻め寄せてくるだろう。
だが、その兆しは全く見えないことから今も尚、戦いの最中だと予測できる。
急いで救援に向かった方が良いと考えたデルフは急ぎリュースとハルザードに相談しようと向おうと踵を返し歩き出すが立ち止まり首だけ振り返る。
「そうだ。クルスィーも来てくれ。今はここの責任者なんだ。同席して欲しい」
「分かりました~」
クルスィーはにこやかな笑顔でそう言い了承する。
するとそのとき、デルフが入ってきた門とは逆側にある門が騒がしくなってきた。
「なんだ?」
「私、見てきます~」
クルスィーは小走りでその場所へと向かっていく。
自分から率先していく辺り一見やる気がなさそうに見えるが人は見た目で判断してはいけないと言うことだろう。
(クルスィーの認識を少し改めたほうが良さそうだ)
そして、クルスィーの後を追うと満身創痍で今にも事切れそうな兵士が倒れていた。
デルフはその兵士の腹部の斬り傷を見ただけで察した。
もう助からないと。
それよりもここまで命を落とさずに撤退してきた方が不思議なほどその傷から今も血が流れている。
さらにその兵士の後ろからも続々と兵士がナンノ砦へと戻ってきていた。
中には騎士も含まれており兵士ほどではないが負傷をしていた。
その騎士の鎧に刻まれている紋様により四番隊の騎士だと把握する。
クルスィーは最初に入ってきた兵に駆け寄り肩を支え座らせる。
「どうしたので……」
ゆったりとした喋り方をするクルスィーの言葉を遮り兵士は捲し立てる。
「ボワール軍に援軍あり! 総勢およそ三万。そのためソルヴェル隊長を殿に四番隊は撤退! 至急、迎え撃つ準備を……」
そう言うと兵士はパタリと頭を落としてしまった。
「逝ったのか?」
デルフがそう尋ねるとクルスィーはゆっくりと頷いた。
「よく頑張りました。後はゆっくりと休んでください」
クルスィーは喋らなくなった兵士を丁寧に寝かせ、開いたままの目を手でゆっくりと閉じた。
そのときの雰囲気は先程のゆったりとした流れではなく意気が消沈している雰囲気だ。
さらにちらっと見えたクルスィーの目は鋭く冷たかった。
(部下に対して悲しむのか。初めて感情が見えたな)
デルフは目を見開いて成り行きを見守る。
クルスィーはすぐに立ち上がり傷の手当てをさせるように待機していた兵たちに命令を発した。
そのとき、後ろから「副隊長が本気になったぞ」、「これなら心強い」など先程からクルスィーに向けていた呆れの目線が裏腹に尊敬の目線へと変化しててきぱきと慌ただしく動き始めた。
「それでは行きましょうか~。デルフ隊長~」
喋り方は元に戻ってしまったがその眼差しは変わっていなかった。
そして、後ろ姿を見せハルザードたちの下へ向かっていく。
クルスィーがそのとき目を擦った後、日光が目尻に辺り淡く光っていた。
そのとき、前触れもなく急な強い風が吹きデルフの首下に下げていたペンダントを靡かせる。
そのペンダントがデルフの目に入り、ふとフレイシアの事を思い出した。
(そう言えばあれからゴタゴタしてすぐに出立だったから挨拶しに行くのを忘れていたな。まぁ、帰って謝れば良いか……)
デルフは走ってクルスィーを追いかける。
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