第4章 隣国からの来訪
第40話 王の謁見
デルフはまたも王城の謁見の間で跪きじっと待っていた。
時の流れが緩やかに感じる中でデルフの心臓はばくばくと絶え間なく脈打つ。
この謁見の間はフレイシアと再会した場所とはまた違う。
広さが桁違いに広くこれが本当の謁見の間だと知らされた。
デルフの前方には玉座がありまだそこには誰もはいない。
今回は隣にウェガの姿はなくここに入る前に別れた。
いきなりウェガから「陛下からの呼び出しじゃ」と聞いたときはわけが分からなくなった。
(隊長はいつも突然すぎる……)
玉座の周りには人はいないと言ったがそこまでの間には道をあけるように隅に何人か人が立っている。
しかし、結局デルフが一人であることに変わりはないが。
その身なりは見たこともない豪華なものだが、それに相応しい態度を持っている。
恐らく、いや確実にそれなりの地位を持っている貴族なのだろう。
しばらく同じ体勢で待っていると玉座の横にある扉が開いた。
そこから顔を見せたのはデルフがよく見た顔、騎士団長であるハルザード・カタルシスだ。
ハルザードは玉座のすぐ横に位置取りをして大声で告げる。
「ハイル・リュウィル・デストリーネ陛下、御出座である!!」
その言葉とともに貴族たちは恭しく頭を垂れデルフもそれに釣られるように頭を垂れる。
扉が開く音が聞こえ、それからカツカツと歩く足音が静かな謁見の間に木霊する。
「面を上げよ」
柔らかな声だがそれに含まれる覇気はデルフの身体を身震いさせる。
ゆっくりとデルフはもちろん貴族たちも頭を上げ玉座に顔を向けた。
そこに座っていたのはリュースと同い年ぐらいに見える中年の男性だ。
しかし、その気品や気高さは他の貴族たちと比べることが烏滸がましく感じるほどだ。
威厳や貫禄といったものが満々と溢れている。
デルフには目の先にハイルがいるのにも関わらずその間には確固たる壁が存在しているように感じられた。
「デルフ・カルストよ。スミドルム元騎士団長から全て聞いておる。まずは此度の働き見事であった。既に娘が行ったはずだがこうして再び呼び出したこと苦労かける」
「はっ! お呼ばれしたのなら即座に出向くのが臣下たる騎士の務め。何の苦労もございません」
ハイルは「うむ」とその答えが当然であるように頷き言葉を続ける。
「それで今回、呼び出した件はこうして賞賛を送るためだけではない。そなたに贈られる褒美の件についてだ。現在のスミドルムの役職全ての委譲が今回の褒美と聞いているがこれらの役職はどれもが重要なものである。であるから世間に知らしめるためこのような場を設けなければならない」
そう言った後ハイルの纏っている空気は和み少し微笑んだような気がした。
「それに本音を言えば娘の御側付きになるに相応しいか見定めるためでもある。スミドルムからは安心できると申していたがこればかりは私が実際に見てみねばわからん」
ハイルは身を乗り出しデルフをまじまじと眺める。
「ふむ。いい目をしているな。……よかろう」
ハイルは一回口を止めわざとらしく咳払いして再び開く。
「デルフ・カルスト。これより三番隊隊長および我が娘たるフレイシアの御側付きの任を与える!! ……フレイシアのこと頼んだぞ」
ハイルの最後の言葉を言ったとき、王の顔と言うよりは親の優しい顔になっていた。
デルフはそのハイルの期待を一身に受け止めて頭を下げる。
「拝命しました。この命に賭けて王女殿下をお守りいたします! そして、その期待に応えて見せます!」
「うむ。他の者どももこれよりこの者が新たな隊長と心得よ!」
貴族たちは恭しく一礼する。
そして、この場は解散となった。
デルフが戻ろうと歩いていたときに声が掛かった。
「デルフ!!」
振り向くとハルザードとリュースが近づいてきていた。
「聞いたぞ。お前……まさかもう隊長になったのか。仕事を放ってつい駆けつけてしまった。……流石、私の弟子だ」
「は、はい。一応、ですが、ウェガ隊長に押し付けられたと取ってもらった方が正解だと思うのですがね」
ぐってりとしたデルフの様子に察したのかリュースとハルザードは空笑いをした。
「まぁあの
「まったくだ」
同じような表情をする二人を見て苦労しているのは自分だけではないと実感する。
むしろ、この二人の方がデルフよりも苦労をしているのだろう。
(隊長……本当に好き勝手していたんだな)
さて、とリュースは一回話を打ち切り再び話し始める。
「どのような経緯であれ、これでお前はこの国が誇る五隊長の一人となったわけだ。それに相応しい働きを私に見せてくれ」
「はい!」
「ああ。それと数ヶ月後にここで五隊会議が行われる。詳細については追って連絡する。ああ、あともうすぐしたら家に帰れるとナーシャに伝えといてくれ」
「わかりました。しかし、五隊会議とは?」
デルフが尋ねるとリュースは驚いたように口を開けた。
「爺さんから聞いてないのか?」
「は、はい」
「あの爺……」
リュースは大袈裟に頭を抱え、隣で話を聞いていたハルザードは腹を抱えて大笑いしている。
デルフは隊長の交代の間際にウェガから教わったことを思い出す。
(他に何か重要なことはないかと聞いたはずなのにまだあったなんて……なにが「これさえ知っていれば大丈夫じゃ」だ……)
リュースは頭を掻きながら五隊会議について要点だけおさえて簡潔に説明してくれた。
五隊会議とは各隊長たちが王城に集まり隊の近況報告や行事についての話し合いなどが行われる。
その数は年に数回、必要とあれば適宜行われる会議らしい。
「ちょうど爺さんがこの時期にデルフに隊長を譲ったのは顔合わせをしやすくするためか? そうだよな……?」
ハルザードは訝しげに考えている。
デルフもまさか五隊会議が面倒くさいという理由で譲ったわけではないだろう。
デルフは苦笑いをしていると自分たちに迫ってくる足音が聞こえた。
その方向に目を移すとリュースの背後から歩いてくる騎士の姿が見えた。
どこかで見たことがあると記憶を探っていたがその前にその騎士がリュースに話しかける。
「探しましたぞ。リュース殿! またもお逃げになるとは」
「ココウマロ!?」
騎士の格好をしたウェガと近い壮年の騎士だ。
(ああ、そうだった。確か前に家に来た人だ。ん?)
デルフはココウマロの後でこそっと動く影に気が付いた。
その影は恐る恐るココウマロの後ろから顔を覗かせる。
少年か少女か分からないその顔立ちは幼さを強調して明らかにデルフより年下に見える。
しかし、デルフにはなんとなくだが少女だとわかった。
だが、そんなことよりもデルフの年下にも関わらずその少女の格好や腰に付けている小刀はその少女が騎士であると訴えているように感じる。。
(と言うよりも刀か。珍しいな……。まぁ、ココウマロ殿が使っているようだし不思議ではないか)
ココウマロは不気味な笑みを浮かべながらゆっくりとリュースに近づいていく。
「さぁ行きますぞ。仕事がたんまりと残っております」
ココウマロはリュースの肩に優しく手を置いたがその瞬間、途轍もない力で握りリュースが顔を歪ませる。
その平然とした顔からはあまり想像ができないが確実に怒っている。
「こ、ココウマロ……痛い痛い。別に私じゃなくてもお前がやればいいだろう?」
「拙者はリュース殿の補佐です。拙者の一存では決められません。相応しい働きがどうのをお弟子さんに言う前にご自身が果さねばならぬと思いますが?」
それを言われたらリュースはぐうの音も出なかった。
「わかったわかった」
「理解していただけたなら結構」
「では、デルフ。また、な」
そう言って頭が項垂れながら半分ココウマロに引きずられるように歩いて行った。
少女と目が合ったデルフは微笑みを向ける。
すると、少女は礼儀正しく腰まで折り曲げて一礼してから小走りでココウマロを追いかけていった。
一息入れて残っているハルザードがデルフに話しかける。
「ああ見えて、あいつ結構自慢げに話していたんだぜ。どうだ! 私の弟子はってよ。これはあいつに秘密だぞ?」
そんな子どもみたいにはしゃぐリュースは普段のリュースからしたら想像ができなかった。
(親友だけに見せる姿か……)
デルフは想像しようとするがあまりにも難しく途中で諦めた。
「まぁ、あまり気を重くせず、気楽にな。だけど、油断はしてはいけない。これが俺からできるアドバイスってとこだな」
そう言ってハルザードもここから立ち去っていった。
デルフは歩いてある部屋の前まで来ると身なりを整えた。
扉の前にいる近衛兵は既にデルフが御側付きということを知っているので道を開けてくれている。
デルフがゆっくりとノックをすると中から返事が返ってきた。
デルフは扉を開き中に入ると華麗で落ち着いているフレイシアが椅子に座っていた。
「待っていましたよ。デルフ」
その光景はまさに絵画を見ているかのように神秘的だった。
だが、それもすぐに変わる。
「それで私をほっぽり出してどこに行っていたのですか? 返答次第じゃ……ふふ」
漂わせていた華麗さは失われフレイシアの顔に笑顔が咲く。
気のせいか目元が暗く感じる。
断じてデルフはその笑顔に含まれる意味を知ろうとはしなかった。
嘘偽りなく率直にデルフは答える。
「陛下から呼び出しがありまして」
「お父様が?」
一瞬、目を丸くしていたがすぐに顔がほころんだ。
「お父様はなんと?」
「……王女殿下を頼むと」
デルフはハイルが見せた親の顔を思い出しながら口元が緩んで答えた。
「ふふふ。流石、お父様です! デルフを認めてくれたのですね! ええ、そうですよ。その通りです! 頼みますよ?」
「ハッ!」
デルフは頭を下げる。
「それとデルフ。王女殿下とはよそよそしいですよ。是非フレイシアと呼んでください」
「そ、それは……」
フレイシアはあたふたしているデルフを見てぷくっと頬を膨らました。
「これは命令です!」
「は、ハッ! 了解しました」
「本当はこんな命令はしたくないのですが……。デルフが悪いのです!」
可愛らしく怒ったフレイシアはそっぽを向いた。
御側付きというのは王女の護衛が任務なのだがウェガから聞いた話では実際の殆どが王女の話し相手になるとのことだった。
(城内でフレイシア様を脅かす危険なんてないしな)
未だそっぽを向いて拗ねてしまっているフレイシアを見て思わずデルフは顔を綻ばせる。
「なにがおかしいのです?」
「いえ」
デルフはフレイシアにどこか心が惹かれていた。
陛下から頼まれたからではないと答えると嘘になるがその他にもただ自分の忠誠を尽くすに相応しい方であると感じていたのだ。
(なによりこの王女……じゃなくてフレイシア様の笑顔は心が和む。これが平和というものなのだろうか)
デルフはこの笑顔を守ることこそが自分の使命だと認識した。
(それが主たる陛下、フレイシア様の望み。そして俺の……)
そのときフレイシアの静かに息を吐いたのが聞こえた。
そのような所作でも麗しさを感じられるのは少々疑問に思ったがわざわざ口には出さない。
「いかがなされました?」
フレイシアは横目でデルフの目を見詰める。
「デルフ。私はすっごぉ~~く暇なのです。分かりますか?」
「はぁ」
「デルフ。しばらく外に出てください」
デルフは質問したい気を抑えて言う通りに外に出る。
しばらく扉の前にいる近衛兵と情報交換をしていると部屋の中からデルフを呼ぶ声が聞こえた。
中に入ると着替え終わってフーレの姿になったフレイシアが同じ場所に座っていたのだ。
デルフの頭に嫌な予感が過ぎった。
「デルフ。行きますよ!」
「い、行くってどこに?」
「決まってます。街を歩いて回るのです!」
どしどしと歩いて扉に向かうフレイシアもといフーレ。
あの華麗さや麗しさはどこにいったと叫びたくなるのをぐっと抑える。
(どうしたらここまで別人になれるのだろうか……)
正直言えば見た目自体はそこまで変わらない。
髪型と服装を変えた程度だ。
しかし、目まぐるしい変化をしているのはそれらではなく風格と喋り方だ。
なんとなくだが声までも少し変わっているようにも錯覚してしまう。
「王女たるもの民たちの暮らしぶりを見ておかねばなりません」
そして、フレイシアはこっそりと外に出た。
(なぜ、変装しているのに隠れながら行くんだ……)
騒ぎにならないように一応近衛兵には話を付けておく。
都合が良いかもしれないがこの点において三番隊の隊長という肩書きは便利だと感じてしまう。
隊長と言うだけで信頼というものを勝ち取ることができるからだ。
近衛兵は一回お辞儀をして敬礼した。
デルフも急いでフレイシアの後を追いかける。
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