第39話 宴会の来訪者
謁見の間から退出したデルフは騎士団本部に向かったはずが未だに王城を彷徨っていた。
「広すぎだろ……。確か階段を上って来たから下に行けば……」
まだ、頼りないと決めつけるに早い。
怪しく感じる自分の記憶を信じて取り敢えず進んでみる。
「あれ……?」
さっき見たような同じ光景が目の前に広がっていた。
謁見の間の目の前まで戻ってきていたのだ。
(自分の記憶がこんなにも頼りないなんて……。来たときもう少し周りを見ておけば良かった)
デルフはがっくりと項垂れる。
しかし、褒美と聞かされてから謁見の間までウェガと歩いていた間はそのことで頭がいっぱいになっておりそんな余裕はなかったのだが。
「はぁ~」
デルフは一回溜め息を吐くと謁見の間の扉が軋む音を立てて開いていく。
そこから顔を見せたのはウェガだった。
必然にウェガと目が合う。
ウェガもまだデルフがこの場にいたことに驚いたように目を点にしていたがすぐに何事か気付いたようで悪戯な笑みを浮かべた。
「何じゃ、デルフ。その歳にもなって迷子か? ふぉっふぉっふぉ」
ぐうの音も出ないデルフは空笑いをするしかできない。
「取り敢えず、ある程度は案内しておこうかの。お主は姫様の御側付きじゃ。これからも幾度となく城に訪れるじゃろう。その度、城で迷子になっておったら務まらぬぞ」
ウェガの後に続いてなんとか外に出ることができた。
「さて、儂も隊長として最後の宴会を楽しもうとするかのう」
「しかし、まだ真っ昼間ですが。今から酒を?」
「なんじゃ。デルフ。お主は頭がちと固くないか? なぁに今日ぐらいは兵士どもに巡回を任せたら良かろう」
「は、はぁ……」
楽しそうに笑うウェガにそれ以上の言葉は無駄に思えた。
(今日ぐらい……いいか。……いいのか?)
そしてデルフたちは隣にある本部に入っていく。
それよりもデルフはこれが初めての宴会だ。
正直、楽しみにしていた。
胸を躍らせながら大騒ぎしている声が聞こえてくる部屋の扉を開け中に入る。
すると既に酔っ払っているノクサリオの姿が真っ先に目に入った。
「おいおい、もう酔っ払っているのか……」
「お……オ、デルフジャナイカ。オそいぞ。まっタく!」
ノクサリオが叫ぶがろれつが全く回っていないので何を言っているのか聞き取りづらい。
「ハッハッハ。ノクサリオ!! 弱い、弱すぎるぞ!!」
頬に仄かに赤みがあるアクルガはそう言い放ち木製のジョッキになみなみ注がれている酒を一気に飲み干した。
「く~!! もう一杯!!」
「おい。アクルガ、それ以上はやめておいた方が……」
デルフは慌てて止めようとするがアクルガが掌を向ける。
「ふっ、正義の味方は酒にも負けられないのだ! ハッハッハ」
「さぁさ、お飲みになってください」
「おっとと。かたじけない」
この場の雰囲気に合わない地味な服装の少女がアクルガの酒を注ぐ。
(はっ? 嘘…だろ?)
デルフにとってはもの凄く見覚えのある少女だった。
「私も飲むとしましょう!」
その少女は自分のジョッキに酒を注いで一気に呷った。
「おお、フーレ殿もなかなか強いではないか!! ハッハッハ」
「いや~それほどでも……ん? デルフ! 遅いですよ! 早くこっちに来てください!」
気付かないふりをしていたかったがそれもできないようだ。
(フーレ……?)
服装や髪型を変えて変装をしているようだが今さっき会って話したばかりで見た目は誤魔化せても声までは不可能だ。
デルフは一目見て気付いていた。
こんなところで早くも御側付きとしての仕事ができるとは拍子抜けだ。
されど、役目を引き受けたからには
「王女……」
「あーあーーーー!!」
フレイシアが盃を口に近づようとしたときピタリと止まって恐ろしいほどの速さで走ってデルフの口を塞いだ。
「デルフ! しー! しー! です!!」
小声で話すフレイシアだがその迫力に気圧されてしまう。
「ここでは私はフーレです! わかりましたか?」
「は、はい」
何が彼女を不機嫌にさせたのか分からずデルフは困り顔になる。
しかし、まだフレイシアは不機嫌そうに半目でデルフを見詰めていた。
「デルフ! 敬語も禁止です!」
「は、はは……分かりま……」
ギロリとフレイシアはデルフを睨む。
「わ、わかった」
そう言うとフレイシはにっこりと笑った。
「では、行きましょう。せっかくの宴なのです! 楽しまなければ損ですよ♪」
そう言ってフーレはデルフを連れて酒の席に戻る。
「ちょっと~デルフ~。いつの間にこんな可愛い子と友達になったの~。あなたも隅に置けないわね!」
なぜかナーシャがこの場におりさらにはベロンベロンになっていた。
「ね、姉さん! さ、酒飲んだのか?」
「何よ~酔ったって言いたいの? 酔ってないわよ!! それでその娘、私にも紹介しなさいよ」
デルフが紹介しようとしたときフレイシアはデルフの背中から顔を覗かせた。
「初めまして、お姉様」
「あら? 良い子ね~」
ナーシャはわしゃわしゃとフレイシアの頭を撫でる。
デルフはその様子を見て顔が青ざめていたがフレイシアの表情は子猫みたいに顔がほころんで気持ちよさそうにしている。
「デルフ!! 私に妹ができたわ!!」
ナーシャは笑顔ではなく至って真剣な表情でそう言った。
「あ、ああ、そうか……良かったな」
デルフはそう引き攣った顔で返すことしかできない。
「お姉様!!」
デルフはナーシャに抱きついたフレイシアに顔を向ける。
先程、王城で最初に見せた顔とはまるで別人だ。
どっちかというと三年前に会ったときのフレイシアを思い出す。
(なるほど、これが王女様の素というわけか。もしくは両方とも王女様自身なのか……。まぁ、些細な問題だな。たまには外に連れ出してみるのも悪くはないか)
変装もデルフ以外の誰にもばれていなさそうなのでこのまま連れ出したとしても王女様であるとばれはしないだろう。
二人で談笑していたフレイシアとナーシャは突然デルフに顔を向けた。
話を聞いていなかったデルフは何が何だか分からない。
「なによ! デルフ~~! あんたも飲みなさいよ!!」
「そうですよ!! デルフ! お姉様の言う通りです。さぁ」
四の五の言わせずにフレイシアは自分が持っていた盃をデルフに渡して酒を注ぐ。
「それじゃ」
デルフはその酒を口に含む。
「そう言えばデルフ。なんでお城に呼ばれていたの?」
「あーそれは……はぁ~」
デルフは王城でのことを思い出して頭が重くなり思わず息を吐いてしまう。
ふと後ろを見てみるといくつもの積み重なった徳利が机の上に置いてあるのに関わらず未だ半目になって飲み続けているヴィールの姿があった。
その隣ではガンテツが必死に止めているが聞く耳は持っていないようだ。
(まだ、引きずっているように見えるな……。こればっかりは時間に委ねるしかない)
さて、現実逃避もこれぐらいにしてナーシャの質問に答えようとしたときウェガが立ち上がり全員を一望できる場所に移動した。
「騒いでいるところ悪いが一つ皆に報告じゃ」
ウェガが話し始めるとけたましい騒々しい声が止み辺りは一瞬で静まり返った。
「儂は今就いている役職を全て辞することにした」
驚いている面々いるが事前に聞いている者たちもおり反応は様々だ。
ウェガはにやりと笑い言葉を続けた。
「それでその儂の役職の全てをそこのデルフに託すことに決めた」
全員の視線はウェガから急速にデルフに移った。
隣ではナーシャが驚きに満ちて口をパクパクさせている。
同期の騎士たちも驚きで顔に染まっていた。
(……隊長、言ってあるって言っていなかったか?)
フーレはさも当然というように静かに酒を啜っている。
ヴィールは酔い潰れて眠ってしまっていた。
「ほう。デルフが隊長か!! それはいい! ハッハッハ!」
アクルガは楽しそうに酒を呷って笑っている。
(人の気も知らないで……というかお前はヴィールよりも飲んでいてまだ飲み足りないのか……)
アクルガの机の上はもちろん収まりきらずに瓶が散乱しており床には樽も落ちている始末だ。
さすがに樽まで飲み干してはいないと思うが確認する気はない。
「ふむ。アスフトルはこの決定はどう思う? 不服ならお主に隊長にするが……」
アスフトルは先輩騎士の中でも実力があり実質三番隊のナンバー二と言うところだ。
「やはり、隊長というものは実力がなければやっていけません。隊長は隊の看板です。なので実力不足の者が隊長になれば他の隊に嘗められることになるでしょう。その点で言うと私では役不足。デルフなら経験は浅いですが実力は申し分ないと思います」
「実力ならアクルガも相当な物だと思うが……」
アスフトルの隣に居た騎士がそう発言するがすぐさま制止の声が入った。
「それは無理だ」
その声を上げたのは他でもないアクルガだった。
「あたしでは無理だ。デルフと違い実績はない。それで隊長になるなど笑いものになるだけだ。それにあたしは上に立てる人間ではない。実力はあると自負はしている。だが、デルフほどの頭は回らない。つまり、あたしでも役不足だ」
そして、言い終わったとばかりにアクルガはぐいっと酒を呷った。
「しかし、アスフトルさん。本当に良いのですか? まだ、騎士になって間もない若造が隊長だなんて。アスフトルさんこそ相応しいと思うのですが……」
「なにを言っているんだ。シャキッとしろ! 自分はお前を認めている。正直、殺人鬼の件だって騎士たちが殺されたのはまだしも魔術団長が殺されたと聞いたとき自分たちじゃ無理だと思って諦めていた。だが、お前は諦めずに殺人鬼の捕縛に成功した」
デルフは恐る恐るそう尋ねたがむしろ活を入れられた。
そして、アスフトルは微笑んだ。
「上に立つ物は最後まで諦めてはいけない。お前以上に相応しい者などこの隊にはいないぞ。スミドルム隊長も言っていたと思うが自分たちもサポートは全力でする。よろしく頼むよ。デルフ隊長」
アスフトルは手を叩き拍手をした。
そして周りもそれに釣られて手を叩き次第にその音は広がっていく。
フーレも嬉しそうに手を叩いている。
(は、ははは。はぁ……)
ここまでされたらもう退くわけにはいかない。
「ふぉっふぉっふぉ。ほらの? 心配いらぬじゃろ?」
ウェガはデルフの隣まで歩いてきてぽんと肩に手を置いた。
「わかりました。皆さんの期待に応えられるように頑張りたいと思います」
デルフは腹を括り一礼した。
デストリーネ王国の王都ライフにある地下牢のさらに奥深く。
無数の牢屋が並んでいるその一つ。
鉄の柵に遮られている部屋の中には影があった。
その影はぶつぶつと聞きすぎると気が滅入りそうな呟きを幾度もなく繰り返している。
音量自体は小さく気にはならないが延々と続けられると我慢も限界に来る。
「あー。うるさいぞ!!」
その牢屋の前にいた牢番は耳を塞ぎならその影に怒鳴りつける。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ。ごめんなさい。ごめんなさい」
怯えるように謝った後、またぶつぶつと繰り返す。
このやり取りを何度繰り返したのだろうと牢番は頭が重くなる。
交代はまだなのかと時間が経つのをひたすら待ち続けている。
「おーい。交代だぞ」
「やっとか~」
ようやく終わったこんなストレスが溜り続ける仕事が抜け出すことができると安堵の息を吐く。
「なぁ聞いたか。ウェガさんが隊長を降りるらしいぞ」
「さすがのウェガさんも歳には勝てないか……。それで新しい隊長は誰なんだ?」
「それがデルフ・カルストというまだ騎士になって一年経っていない若造らしい」
それを聞いて牢番は目を見開いた。
牢番二人は気が付いていなかった。
牢屋の中からずっと繰り返されていた呟きが止まったことを。
「は、はぁ!? 一年経っていないってばりばりの新米じゃないか。なんでしてそんなやつが!? ウェガさん、目も悪くなったのか?」
「それがこの王都を荒らし回っていた殺人鬼を捕縛して王女さま直々に拝命されたらしいぞ」
牢番はそれを聞いてさらに驚くとともに怒りが湧いてきた。
牢番は騎士ではなく兵士だがそれなりの年月をかけて経験を積んできたつもりだ。
それなのにここの牢番で生活を支えている自分よりもまだ一年も経っていないひよっこが騎士隊長なんて自分よりも地位に就くなんて考えられない。
自分の今までを否定されたような気がした。
「おいおい。殺人鬼って言ってもこいつだろ?」
「お、おい。それは箝口令が敷かれているぞ!」
「別に良いだろ。ここには俺たちしかいないさ。それよりもこんなやつを倒して隊長だと?」
「おい、あまりこいつを甘く見るな。聞いた話だとかなり危険な奴だ」
しかし、怒りに燃えている門番の耳には都合の悪いことは入らずただ愚痴を続けるだけだ。
「聞いた話だろ? そんな根も葉もない噂を真に受けているのか? こんなやつ俺でも倒せたさ。あーあ、それなら俺ももっと良い地位に就けただろうな」
この牢番は未だに気付いていなかった。
牢屋の中から聞こえてきていた声が止んでいることを。
さらにはそこから発せられている殺気すらも。
「どうせ……なんだったか……デヌフだったか? こんな雑魚を倒して調子に乗っている馬鹿なんだろ? 全く羨ましいね。俺も幸運に恵まれ……」
その牢番の声は途中で途切れた。
その理由は首元が急に熱が籠もったように熱く感じたからだ。
牢番はゆっくりと首元に手を近づけて触れた。
首元にぬめりと粘着力のある液体の感触を牢番は感じる。
恐る恐るその手を見てみると赤黒い液体が手に付着していた。
それに気付くと同時に首元の籠もっていた熱は嘘みたいになくなりその代わりに肌寒くなり身体の震えが止まらなかった。
「お、おい!!」
急いでもう一人の牢番が駆け寄る。
「な、なんだよ! これぇぇ!! あ、ああ」
牢番は何が何だか理解ができなく奇声を発して倒れてしまった。
「さっきからあまりにも大声で聞こえていましたが、不愉快ですね」
もう一人の牢番は声が聞こえてきた方向を見る。
それは牢屋の中からだった。
「嘘だろ!? 牢屋の中から!?」
牢番の声を無視して牢屋の中から声が続く。
「僕の悪口ならまだしもあの方の悪口は見過ごすことはできません」
牢屋は暗く影しか見えないが牢番はその影が微笑んでいるように感じた。
しかし、そこに宿っている殺意を感じないほど牢番は倒れているやつ程鈍感ではない。
「そうですよ。なぜ、僕は怯えているのですか。僕にはあの方がいる。あの方さえいれば僕は守られているのです」
そんな独り言が地下牢内に響く。
逃げるチャンスならその間、いくらでもあった。
だが、それでも動けずにただ震えるだけでその影が行動を起こすことを待つしかできない。
「何しているのですか。その方、まだ生きていますよ? ……やはり駄目ですね。殺す気でやったのですが短刀じゃないと威力がまるでない」
影は自分の人差し指の爪を撫でながら言っているが牢番にはその意味は分からない。
未だに動かない門番を見て影は溜め息をついた。
「……手遅れまで待つのですか? まぁそれもその人の運命です。残念な人です。守ってくれる人がいないというのは。その方がもし助かったのなら次あの方を侮辱したら命はないと言っておいてくださいね」
牢番は倒れた仲間を引きずって逃げるように立ち去っていった。
その後、牢屋の中の影、アリルはただひたすらに呟いていた。
「ああ、あの方がいると思うだけで身体の震えが収まってしまうなんて……やはり僕の騎士様です。この場にいることなく僕を守ってくれている」
アリルは感動に涙を零す。
ハッとアリルは涙を拭き首を振る。
「う~~。駄目です! 守られるだけでは駄目です! 僕は僕を守ってくれるあの方のお役に立つのです」
この感情は今までのアリルにはありえないことだった。
守られることだけしか求めていないかったアリルに新しく芽生えた感情だ。
「はぁ~~再会できる日が楽しみです。そのときは必ずお役に立って見せます!」
そしてアリルはその名前を口にする。
「デルフ様~~!!」
まるで、神に祈りを捧げるように手を組んで天井を仰ぎ見るが石の天井が映るだけだ。
だが、アリルの目には煌びやかな光の中にいる神々しいデルフの姿が映っていた。
そして、アリルは大袈裟に喘ぎながら倒れて涙を零し続ける。
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