第36話 殺人鬼の正体
取り敢えずデルフは騎士が全員集まるような場所はこの講義室しかないと考えて来たが朝ということもあり予測通りほぼ全員この場にいた。
内心で胸をなで下ろすが勝負はここからだ。
「さりげなく言えとは言ってもな……」
デルフは少し考え込んで上の空になっていた。
「ちょっとデルフ君! 聞いてた?」
「あ、ああ」
「ふぅ~ん。本当に?」
ヴィールは半開きの目でじーっとデルフを見詰める。
「まぁ別に言いのだけど!」
ヴィールはぷくーと頬を膨らませて不貞腐れてしまった。
「ごめんごめん。後で何か奢ってやるから」
「本当に!? やったーー!!」
ヴィールは先程までの雰囲気が嘘のような明るくなった。
単純で良かったとデルフは安堵する。
「しかし、どうやって殺人鬼を追い詰めれば良いものか……」
アクルガが必死に考えながら捻りだした声を零す。
「そのことなんだけど姉さんが今日の夜にその巡回手伝ってくれると言っていたぞ」
「ナーシャさんがか? しかし、騎士ではない人を頼るのはどうかと思うのだが……」
「何か思いついたような感じがしていた。恐らくだけど犯人に思い当たることがあるんじゃないか」
デルフは周りに故意に声を広げるようにそれでいて不自然にならないような声で話す。
(芝居は苦手なんだよ……)
棒読みになっていないか不安だったが周りの様子からして大丈夫そうで安心する。
「しかし……ふむぅ~。背に腹は代えられないか……」
アクルガは他に何も思いつかなかったらしくナーシャに頼るしかないと思い至ったようだ。
「姉さんは今日の二十三時頃に噴水の前で待っていると言っていた。俺は姉さんと行くことにするよ」
「わかった。あたしたちは別のところを巡回しよう」
「いや、アクルガは俺とともに来てくれ」
「ん? 了解した」
アクルガは少し疑問に思いながらも肯いた。
「それじゃ俺たちは別のところを行くとするか」
そして自然とノクサリオとヴィールとガンテツが組んで動くこととなった。
現状だとこの場にいるデルフ合わせて五人は殺人鬼と遭遇しているため候補として省いていいだろう。
デルフは少し周りに気配を向けてみたが殺気は感じない。
(まぁ、あの殺人鬼がそんな間抜けなわけがないよな)
デルフはアクルガたちに改めて目を向ける。
「それじゃまた夜に集合ということで各々任務に戻ってくれ」
騎士団の武具や調度品などは一回この本部に集まる。
そして、その後各隊に支給品として配送される。
配送するのは兵士の役目になるのだがその内容の確認や点検などをするのはこの三番隊の役目になる。
騎士の仕事だと言えば少々首を傾げたくなるがこれを怠ってしまえば各隊の戦力は大幅に下がるだろう。
もちろん殺人鬼がいるいないに限らず朝や昼も王都の見回りは交代制で続けている。
しかし、夜に巡回するのは立候補した者たちだけだ。
言い方は悪いが要は三番隊が騎士の中でも雑用を行う隊である。
しかしこんな仕事でも誰かがしなければならない。
逆を考えれば一番安全な隊だともいえる。
(まぁ殺人鬼が出てこなければと言う話だが……)
講義室を出たデルフは前に歩いているのアクルガを見つけ他に誰も人がいないことを確認して声を掛ける。
「アクルガ。ちょっといいか」
「ん? デルフか。ああ、構わないぞ」
少し場所を移動してあまり使われていない物置部屋に入った。
埃っぽく掃除も行き届いていなく天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。
積み重なった箱にも埃が積もっていた。
「なんと! あたしとしたことがここを掃除するのを忘れていたとは!? なんたる不覚! すまないデルフ! すぐに掃除をするとしよう」
何を勘違いしたのか、アクルガは慌てた表情でそそくさと出て行こうとする。
「いや、ちょっと待ってくれ。そんなことを言いたかったわけじゃないんだ」
扉を開こうとしたアクルガの手が止まり顔だけ振り向いた。
視線だけで続きを催促していることが分かりデルフは口を開く。
「今夜、二十三時からと言ったが一時間前から張り込む」
理解することが難しかったのかアクルガは顔をしかめた。
「む? どういうことだ?」
「お前には言っておく。殺人鬼はこの三番隊の騎士の中にいる」
順に説明するよりも単刀直入に言葉を放つとアクルガの表情は劇的に変化した。
「なんだと!? ならば早く捕まえれば良いではないか!」
「静かに!」
興奮したアクルガをデルフは勢いでなんとか静まった。
「詳しく説明してくれ」
未だに収拾が付いていないアクルガは言葉を捻りだした。
デルフは三番隊の中に殺人鬼がいると分かった理由、しかしまだ誰かは分からないことを簡単に説明する。
説明が終わるとアクルガはこくこくと頷いて全てを呑み込むことができたようだ。
「それでだ。今夜は二十三時と言ったが二十二時、いやもう少し早くに向かって物陰に潜んでおく」
「それはつまり……」
「ああ。姉さんは囮だ」
「デルフ! それは……」
「ああ。分かっている! 大丈夫だ。俺が必ず守ってみせるさ。それに姉さんは強いからそんな心配はないと思うけどな」
しっかりと笑えているだろうかと疑問に思うが確認する手段がないためそう信じることしかできない。
「……うむ! お前の覚悟は十分に伝わった! 喜んで私も手を貸そう!」
「殺人鬼と戦うのは俺がする。アクルガは逃げないように包囲してくれ」
スピード重視の殺人鬼相手にアクルガが戦うのは不利だろうが壁としてならあの大剣は最適だ。
だから、アクルガに声を掛けたのだ。
「しかし、なぜヴィールたちには声を掛けなかったのだ?」
「あくまで自然な形にしないといけない。今までは三人一組だったのが全員で行こうとしたら明らかに不自然だと用心深い殺人鬼に勘ぐられてしまう」
「なるほど……」
アクルガは息を漏らして感嘆している。
「デルフ、もう一つ質問だがこれでナーシャさんを狙ったら自分は騎士だと言っているのではないか?」
「それはそうだが。正体が分かりかけている姉さんを放っておく方が危険だ。殺人鬼はとしては姉さんは倒しておきたい相手。だが、もし姉さんを倒したとしてもばれるのは時間の問題。その後はもう出てこなくなる可能性がある。これが殺人鬼を捕らえる最後のチャンスだ」
疑問が解けて納得したアクルガだったがその次の瞬間その目には怒りが籠もっていた。
「騎士とは正義の味方の最たる例! それを愚弄するとは万死に値する! この名に賭けてその役目必ずや成し遂げよう!」
心意気、実力ともに十分以上のアクルガに任せておけば大丈夫だろう。
下手をすれば実力はデルフ以上かも知れない。
あとは自分にかかっているとデルフは心を研ぎ澄ませる。
夜になり本部から早めに出たデルフとアクルガは走り始めた。
相変わらず身の丈ほどの大剣を担いで走るアクルガの姿を見ると思わず苦笑いしてしまいそうになる。
(それで俺の速度に合わせてついてくるなんて。やっぱり凄いな。それなりに自信はあったんだが……世界は広いか)
この時間になると昼間みたいな喧噪がなかったかのように物寂しさが広がっている。
もちろん酒場などに行けば騒がしいに決まっているが近くまで行かないとその声は聞こえてこない。
目的の場所の噴水が見える場所まで来るとデルフたちは少し覗くだけで噴水の全貌を確認できる建物の間に潜んだ。
顔を少し出して覗いてみるがまだナーシャは来ていない。
「ふむ。ナーシャさんはまだ来ていないようだな」
「ああ。予定の時間まではまだ余裕が大分あるからな。アクルガ、周りに気を配っておいてくれ」
それからしばらくその場で待っていたが一向にナーシャがやって来ない。
既にいつ来てもおかしくはない時間になっている。
そのことがデルフに焦り、いや恐怖を徐々に感じさせていた。
「そろそろ時間だと思うがまだ来ていないな。ん? デルフ、どうした? 顔が青いぞ」
「だ、大丈夫だ」
そうは言ったものの胸のざわめきが増し周りが見えなくなってきていた。
(…なんだ?)
静まった王都だが微かに何かが聞こえた。
耳を澄ませてみるとかなり離れたところで「きーん」と鳴っている甲高い金属音を僅かだが耳で捉えることができた。
(!!)
その音はデルフを動かすのに十分であった。
デルフはアクルガを置いて飛び出し音が聞こえてきた方向へ全力で走っていく。
「お、おい! デルフ!」
釣られてアクルガも走り始めたが全く追いつかずデルフはどんどん距離を離していく。
デルフの通り道に障害物などがあっても速度を緩めず軽く避けて走り続けた。
「間に合ってくれ!! また、家族を失うなんてごめんだ!」
そして、曲がり角を曲がった先にそれは見えた。
刀を抜いているナーシャと短剣を持っている殺人鬼が。
見間違えるはずもない。
殺人鬼は前に戦ったときと全く同じ格好をしている。
どれだけ戦っていたのかナーシャの表情に疲れの色が僅かに見える。
所々に切り裂かれている衣服から滲む血の色も。
顔にはあまり出していないが溜った疲労は相当なものだろう。
そして殺人鬼は新たな動きを見せた。
それはあのラングートを屠ったときと同じような動きだ。
デルフは自分の限界を超え信じられないような速度で殺人鬼に迫る。
刀を抜く時間も惜しく一心不乱に走っていく。
殺人鬼の速度すら軽く超えて追い抜きナーシャと殺人鬼の前に立ち塞がった。
既に殺人鬼の手は短剣を振り抜いたためナーシャの前に出たデルフに向かって襲いかかる。
だが、金属がぶつかった音が周囲に響いた。。
殺人鬼はデルフが現われたことに動揺して少し声を漏らし後ろに飛び退いた。
動揺はそれだけではなく切り裂いたはずのデルフが倒れないことにも表れていた。
その答えはデルフの右手にあった。
殺人鬼は鋭い目で睨み付けてくる。
思い出したのだろう。
デルフの右腕は義手であることに。
息を切らしたナーシャは呼吸を整えて前に立ったデルフに目を向ける。
「ちょっとデルフ……。遅いわよ……」
「すまない。姉さん」
「だけど……助かったわ」
疲労で殆ど限界なはずなのに無理してナーシャは笑顔を作る。
デルフはそれを見てようやく間に合ったのだと安堵しすぐ前の殺人鬼に視線を向けた。
既にアクルガは追いついており殺人鬼の背後を取っている。
「安心しろ。そいつはただの見張り役だ。お前が逃げないようにな」
なぜかデルフの声を聞いたナーシャは身震いした。
いや、自分自身でも気が付いている。
自ずと自分の声色が冷たくなっていたからだ。
(ここまで激怒したのはあのとき以来だ。しかし、初めてかもしれない。これほどの怒りを自分以外に向けるのは)
デルフが放つ覇気には怒り以外の感情は入っていない。
しかし、それでは危険だ。
戦いにおいて冷静さは失ってはいけない。
そう察したのかナーシャは静かに歩を進めてデルフの隣に立った。
「私も戦うわ」
気持ちは嬉しいがデルフにそんなことは容認できない。
「姉さんはもう限界だろ。休んでおいてくれ」
「全然平気よ。それにこれでもあなたの師匠(仮)なんだから。見くびらないで」
そう言われたら返そうにも言葉がない。
「そうだったな」
そう軽く返すデルフは静かに口元がつり上げる。
意識せずに笑ってしまうのは心のどこかではこうなることを望んでいた自分がいるかもしれないとデルフは感じた。
さっきまでの怒りが嘘のようになくなり殺人鬼には悪いがデルフは楽しくすら感じていた。
「私の足を引っ張らないでよデルフ!」
その言葉でデルフとナーシャは同時に飛び出した。
まずはナーシャよりも速度が上回っているデルフが一瞬で殺人鬼との距離を詰め自分の力の限界まで引き絞った渾身の突きを繰り出す。
その突きの速さは尋常ではなく避けるのは難しいと感じた殺人鬼は短刀でその軌道をずらそうとする。
(やはりそう来るか……)
そう何度も同じ手を食らうわけにはいかない。
しかし、頭を捻った対策を行うのではなくデルフが考えたのはただの力押しだ。
身体全体を動かすことで突きを繰り出した刀の向きを無理やり変え短刀に押し当て横に薙いだ。
ただの横薙ぎでは力の弱いデルフの力負けは確実だが身体全体を使った全力で力勝負に勝利することができた。
ただ無理やりに動かした分、身体の負担は大きくほんの一瞬だったが激痛が頭に響く
殺人鬼も堪らずに後ろに飛び上がることでそれ以上の力勝負を避けた。
急に力が抜けたため押し戻すことができずにデルフの刀はそのまま地面と衝突する。
そんな隙だらけのデルフを狙おうと殺人鬼は足のバネを思い切り使って一直線にデルフまで近づく。
しかし、殺人鬼の目に映ったデルフは恐怖ではなく余裕の表情をしているだろう。
それが殺人鬼に動揺を誘うことができたのか僅かに動きが鈍りその瞬間に殺人鬼の腹部に向かって豪速で刀が豪速で迫っていた。
その刀はそのまま直撃し殺人鬼は横に飛ばされ壁に思い切り衝突し瓦礫となった壁に埋もれていく。
間もなくして立ち上がった殺人鬼は肺に溜った空気を全て吐き出され軽く咽せた後、その衝撃の原因を探すとナーシャが刀を振り抜いていた姿が目に入った。
「硬いわね。中に鎧でも着ているのかしら。まぁ騎士だから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど」
その何気なさそうなナーシャの言葉で殺人鬼が纏っている空気の色が明らかに変わった。
「あら? あなたの正体がばれているのがそんなに驚きなのかしら? だけど、そんな驚いている時間があるのかしらね」
そのナーシャの言葉に疑問を感じた殺人鬼は何かを忘れていた。
そして気が付いた。
デルフの姿がなくなっていたことを。
ナーシャが喋っている間にデルフは殺人鬼のすぐ横に向かって静かに走り始めていたのだ。
そして、デルフは突きの連撃を繰り出す。
殺人鬼は捌こうとするがその連撃は速く対処しきれずにまた後ろに飛び避けようとするがその瞬間にデルフの左手にローブが掴まれた。
左手が来るとは思っていなかったのか持っていた刀はどこに行ったと戸惑っているがそれは地面に落としている。
まさか武器を捨てるとは殺人鬼にも予想はできなかっただろう。
デルフは左手でローブを引き自分の下まで近づけそれに対して義手の右手は吸い込まれるように殺人鬼の顔まで近づき強烈な一撃を浴びせた。
しかし、それで終わりではなくそのまま吹っ飛んだ殺人鬼をナーシャが後ろに回りまた前に蹴り飛ばす。
そして、刀を持ち直したデルフが横に薙ぐがそれをギリギリで殺人鬼は躱した。
アクルガは呆気にとられてほうと息を漏らしている。
「これが姉弟の連携というやつか。見事と言うほかない……」
デルフは横薙ぎした刀の向きを変えて今度は逆向きに払う。
「いい加減正体を見せろ!!」
突然の方向転換に殺人鬼も躱すのが遅れてしまい口元に巻いていた布を切り裂いた。
ひらひらと切り裂かれた布が宙に舞う。
辺りの時間がゆっくりと流れているような感覚をこの場にいる全員が感じていた。
そして俯いていた殺人鬼がゆっくりと頭を上げた。
「!!」
殺人鬼はアクルガに背を向けているためアクルガは見えていないだろうがそのデルフの驚いた顔は見えていた。
何が何だか分からず目を細めたアクルガだがデルフがたどたどしい声で漏らした言葉でその表情は驚愕に変わる。
「ア、リル?」
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