第31話 我の強い者たち

 

「いや〜。ついにデルフが騎士か〜」


 上機嫌に鼻歌を歌いながらナーシャは家を出ようとしているデルフに近寄ってくる。


 あれから一日、家でゆっくりとしてついに騎士団の初召集の日となった。


 ナーシャも自分のことではないにしても弟の晴れ舞台になるので朝から妙にそわそわしっぱなしであった。


「それじゃ行ってくるよ」


 そう言って手を振って見送ってくれるナーシャを背にしてデルフは家を出た。

 そして王都に入り騎士団本部を目指す。


 ルーは付いていくと駄々をこねていつも通りデルフのポケットの中に入って眠っていた。


 朝早くと関わらずに大通りは既に商人達が慌ただしく準備を始めている。

 これが昼頃になるとこれが優しいと言わんばかりに喧噪が飛び交うようになる。

 デルフはその人の波に攫われたことを思い出すだけうんざりとした。


「昼もこれぐらいの人数なら楽なのにな……」


 その中を通り過ぎようと進んでいると一つの出店からなにやら揉めている声が聞こえてきた。


「ちょっとこれがこの値段っておかしくない? ちょっとまけてよ〜」


 どうやら値引き交渉をしているようだ。

 ここでは日常茶飯事なので特に問題はないだろう。


「う、うちも商売なんだ。勘弁してくれ!! これ以上は無理だ!!」


 んーなるほど、値引き交渉した後の値引きをしているのか。


 女性はさらにしつこく言い寄って店主の顔が既に涙目になっている。


 ここまで店主を弱めることができたのならもう後一押しで籠絡するだろう。

 たいした交渉能力だ。


 そう感心しているとデルフの視線に気が付いたのかふとその女性が後ろを振り返った。


 薄い赤みの掛かった栗色の短い髪にその微かに強調している凹凸した身体が色香を感じさせるが顔にどこか幼さが残っている。


 (ん? 確か……)


 デルフにはその顔に見覚えがあった。

 そう考えると声も聞き覚えがある。


 デルフは無表情のままその女性を見詰めて必死に誰だったか思い出そうとして頭を悩ましている。

 しかしそんなデルフを他所にその女性は笑顔になって話しかけきた。


「あっ! デルフ君じゃ〜ん! 久しぶり〜」


 女性のその口調によってデルフの脳裏に試験のときのことが浮かんだ。


「ヴィールか。久しぶりだな」

「私のこと覚えてくれたのね! やっほ〜!」


 話しかけられるまで忘れていただなんて言えない。


「まぁな」


 そのことを気取られないようにできるだけ表情を抑えて至って普通に答える。


「この時間にここにいるってことはデルフ君も合格したんだね!」

「“も”ってことはヴィールも?」


 そう言うとヴィールはVサインを笑顔で見せる。


「ちなみにガンテツも合格していたよ〜」

「そうかそれはよかった」


 筆記試験が終わったときの死んだような表情をしていた二人だったが見事実技試験で挽回することに成功したようだ。


「それじゃそろそろ時間だし行こっか♪」


 そう言ってヴィールは歩き始めた。

 デルフはふとヴィールと言い争っていた店主を見ると嵐が過ぎ去るのを見てホッと胸をなで下ろしていた。


「デルフ君が腰に付けているのって刀?」

「よくわかったな」

「まぁね。それで見て見て!」


 そう言ってヴィールも腰に付けている剣を見せてくる。


「私も騎士になれたって親に言ったら家宝であるこれをくれたんだ〜」


 ヴィールは嬉しそうに剣を抱きかかえている。


 その剣のことを聞くと空切り(からきり)という知る人ぞ知る業物らしい。


 切れ味の良さから空気までも切り裂くことができると言われているのが名前の由縁である。


 デルフには刀剣の良さなどあまり分からないがそう説明してくれるとなんだか凄い剣に見えてきた。


「そんな剣をくれるなんてな。相当期待されているんじゃないか?」

「うん! 頑張らなくっちゃ!」


 そう話しているうちに騎士団本部の前に到着する。


 試験のときと違って門は既に開いており人集りはできていない。

 しかし門をくぐって入っていく人の数は目算で試験を受けに来た人数よりも多いだろう。

 制服らしきものを着ていることから恐らく殆どが養成学校の卒業生だ。


 デルフたちも中に入り分かれ道で立ち止まる。


「デルフ君って何番だったっけ?」

「三番だったな」

「そっか〜。私五番だから別の部隊だね。あ〜あ。デルフ君と一緒の隊だったら楽しそうなのになー」

「まぁ。同じ騎士団なんだ。任務が一緒になることもあるだろう」


 ヴィールはその言葉を聞いて人差し指を顎に乗せて軽く考える。


「んー。それもそうだね!」


 吟味したヴィールは言われたことに気付いて明るい表情を見せる。


「それじゃー行きますか〜。じゃあデルフ君。しばらくはバイバイだね! じゃあね〜」 


 そう口にした後、ヴィールは走り始める。


 途中まで目で見送ってからデルフも演習場へ向かおうとしたが後ろからヴィールの声が聞こえてきた。


「仕事が一緒になったらよろしくね〜!!」


 そう大声で叫んでヴィールは大きく手を振った。

 手を上げることで返事をするとヴィールはにかっと笑う。

 そして踵を返してヴィールは集合場所へと向かっていく。


 デルフも演習場に向かって歩き始める。


 前に着きドアを開けるともう既に人が集まっていた。

 思った通りその中の人の殆どが制服を着ているため養成学校の卒業生だ。


(試験の時は別になんとも思わなかったが、師匠……これはやり過ぎだ。仲間はずれ感がもの凄く感じる)


 しかし、なぜか冷ややかな視線を感じるのは気のせいだろうか。


 デルフは仲間を探すべく卒業生以外はと辺りを見渡して探すと三人いた。

 一般で合格したのは四人でその内一人がデルフだったので計算的には合っている。


 その三人の中で一人少し気になる人物がいた。


 小柄で薄い桃色の短髪の少女だ。

 なぜ気になったのかというと落ち着きがなくずっとそわそわとしている。

 どこか怯えているようにも見えなくもない首の動きで辺りを見渡していた。


 しかし、こんな見た目でもあのリュースの試験を潜り抜けた実力は持ち合わせていることになる。

 もしその試験内容を知らなければ見た目だけで決めつけそんな実力を持ち合わせているとは思わないだろう。


 そう今みたいに……。

 卒業生の三人組がその少女に近づいて行き何か話しかけている。


 恐らく愉快な話ではないのは確かだ。

 あの人を小馬鹿にした笑いや雰囲気はどこかデルフに覚えがある。

 そうそれはカルスト村にいたときのフランドとシュレンに類似するものだ。

 同じ目に会ったものとしてここは黙っておくことはできない。


 恐らく標的は一般合格者であるためその対象はデルフも含んでいる。


 あの冷ややかな視線。

 あれは部外者だと言いたげな軽蔑の感情が含んでいた。

 その視線を放っているのは卒業生全員ではないがいつか異分子を取り除こうと動くのは明白だ。

 どうせ放っといてもそのうちあの三人はやって来るだろうと考えそれなら自分から出向く方がマシだ。


(しかしあの少女、一向に追い返さないな……。まさかまぐれで受かったりして。まぁそんなこと関係ないか)


 そう思ってデルフが動こうとしたときその少女を庇うように男三人の前に立ちはだかる人物がいた。


「おうおう。一人のか弱い女子に男三人とは卑怯千万! 本当にお前ら騎士になるのか?」


 そう言ったのは一般合格者の一人だった。


 口調からは男性だと勘違いしてしまいそうだが声色は女性であり何よりその自重を知らない胸の膨らみからして女性だ。


 その言葉で頭に血が上った男たちはその女性に殴りかかるが軽く躱されその首に手刀を決めていく。

 男たちはそれによってあっけなく倒れてしまい立ち上がることはなかった。


「なんと、この程度で騎士になるなんて鍛錬を積み直した方が良いぞ。貧弱な奴らだ」

「あ、ありがとう……ございます」


 桃色髪の少女がぺこりとお辞儀してお礼を言う。


「なに、礼なんていいってもんだ! 私は正義の味方だからな! ハーハッハッハ」

「なかなかやるな」


 デルフは近づきその輪に入っていこうとする。

 しかしいきなり後ろから何かがぶつかる衝撃が走った。


「うわっ!! なんだ?」


 後ろをのそりと向くと先程別れたはずのヴィールがいた。


「久しぶりだね!!」

(いや、さっき会っただろ…)


 そのヴィールの後ろにはガンテツが佇んでいる。


「カルスト殿。ご無沙汰しているでござる」


 そう言ってガンテツは一礼する。


「いや、お前らなんでここに?五番隊じゃなかったか?」


 そう言うとヴィールはなんか不思議そうな顔をした。


「うーん。私たちも分からないんだ。なんか三番隊は少ないからお前ら移動だって」

「あ、うん。理解した」

「それで何して…………」


 ヴィールの声は途中で止まりその視線は桃色髪の少女に釘付けになっている。


「かわ……かわわ……」


 ヴィールは両手を震わせ目が緩んでしまって少しずつ桃色髪の少女に近づいていく。


「可愛いいいいいいいい!!」


 まるで獲物に襲いかかるように飛びつき少女にしがみついた。


「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 身体を震わせて涙目になり硬直してしまいヴィールに抵抗もなくなすがままに顔を触られている。


「おいおい。あたしを置いてけぼりにしてくれるな。私はアクルガと言う。よろしくな」


 胸を張ってそう自己紹介してくれるがやはりその胸をなんとかしてくれ。

 もう少し露出度が少なめな服を着るとかできるだろうに。

 デルフは後ろをチラリと見てみるがやはり男どもはその胸の揺れに合わせて視線が移動している。


(まぁ俺も例外というわけではないのだが)


 気を取り直して自己紹介を返す


「俺はデルフ・カルストだ」

「私はヴィールマリアだよ」

「自分はガンテツだ」


 そう言って次にデルフたちの視線は桃色髪の少女に移る。

 自分に向けられる視線が怖いのかヴィールの手の中で目を瞑り震えてしまっている。

 そして、意を決して目を開ける。


「ぼ、僕は……ア、アリルですぅ!!」


 最初は小声だったが力を込めすぎたのか語尾の声量は途轍もなく大きかった。

 その声でこの場にいるものはもちろん後ろにいた卒業生たちもがアリルに視線を向ける。


「ひ、ひぃぃぃ!!」


 叫び声を上げてヴィールの手を払いのけてアクルガの後ろに隠れる。

 どうやら気難しい性格をしているようだ。

 先程アクルガに助けてもらったからかアリルは心を許しているのだろう。

 アクルガは背中から顔を出しているアリルに顔を向けて誇らしげな顔をした。


「ほう。やはり正義の味方というのは人徳があるものだな! ハッハッハッハッハ!」


 アクルガもまた個性的だった。


「ところでデルフ! お前は王都に住んでいると見たがあいつらと同じ学校に行っていなかったのだな」


 アクルガがデルフに家名があったのが気になったのか尋ねてきた。

 それもそのはず一般試験というのは殆どが農民出や旅人などのためにできた試験である。

 王都に住んでいる者ならば養成学校に通うことも容易であるからこうして一般試験で家名を持っているのは珍しい。


「ああ。少し事情があってな……」

「なに皆まで申すな。何やら都合があるのだろう。正義の味方は善人なら誰でも心を許すというもの。ハッハッハッハ」


 するとヴィールは最後の一人の一般試験合格者である男に話しかけに行った。


「あっ!」


 アリルがそのヴィールの動きに合わせて止めるように声を発した。


「どうしたんだ?」


 デルフがそう聞くとアリルはアクルガの後ろにさっと顔を隠したがゆっくりと顔を出して答える。

 しかしその目線はデルフには合わそうとしない。


(確かにアクルガが人徳あるのは確かだな……)

「あ、あの人。こ、怖いです」

「きゃああ!」


 アリルがそう言ったあとすぐにヴィールの悲鳴が届いてくる。

 何事かと思って見てみればヴィールがその男に突き飛ばされていた。


「な、何するのよ!」


 ヴィールは立ち上がりむっと顔をしかめた。


「汚い手で僕触るからだ。農民風情が」


 その男はヴィールに触られた箇所を虫がいたかのように手で擦っている。


「お前だって農民であろう!」

「僕が農民だと!? 巫山戯るな! 僕はこの国の貴族だ!」


 青筋を立ててアクルガに怒鳴りつける。


「おい。そいつに関わらない方がいいぜ」


 その声は卒業生たちの中から聞こえた。


「そいつはさ。ラングートと言って学校で模擬試合のときに相手を半殺しまで追い込んで退学になったやつだ。同じ目に会いたくなかったら近づかない方がいい」

「それにしてもまさか一般試験で入ってくるとは思わなかったな」

「やめとけ。強さだけで言えば学生の中で五本の指に入るようなやつだ。目をつけられるぞ」

「やっべ〜〜」


 (なるほど、あまりいい評判ではないな)


 それにしてもアリルは臆病なだけにあって危機感知は秀逸している。

 外見だけで分かるとは。


「ヴィール。戻ってこい」

「はーい」


 デルフはそう言うと転んだときの砂を払ってから戻ってくる。


「それにしてもここって広いね」


 ふとヴィールがそう言った。

 詳しく聞いてみると他の演習場はこの場所の半分にも満たない程小さく観客席などもないらしい。

 恐らくここが一番大きい演習場であり御前試合などもここで行うのだろう。


 話もしばらく続いた後、演習場の扉が大きい音を立てて開いていく。


「来ておるな。うむうむ」


 そこから顔を見せたのはそれなりの年を取っていると思わすような皺があるがその白髪は雄々しく直立している煌やかな鎧を纏った爺さんだ。


 デルフはその姿を見てこう思った。


(この人かーーーーーー!!)

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