第28話 入団試験(2)

 

 演習場の中に入ったデルフは周りを眺めてみる。


 大人二人分よりも大きい壁がありその上部には観客席があった。

 ただし今はその観客席には人の姿がなく物寂しい雰囲気が漂っている。


 デルフはゆっくりと目の先にいる試験官に焦点を当てる。

 そこに立っていたのはデルフの予想だにしていない人物だったので驚きを隠せなかった。


 なぜならその試験官である人物はデルフの師であるリュースであったからだ。


 (どおりで演習場の外から聞こえていた声は聞き覚えがあるはずだ)


 リュースも同様に驚いた表情でデルフを見ていた。

 だが、その表情もすぐに平常に戻り口を開く。


「久しぶりだなデルフ。お前で最後か?」

「お久しぶりです。はい、俺で最後です」


 デルフがリュースに最後に会ったのは半年以上前のことだった。


 リュースは近年では前年よりも仕事量が格段に増えた。

 主に魔物の発生の件が大きいのだろう。


 王国各地で魔物が発生しその度に王国内を駆け回って采配を取っている。


 騎士団長のハルザードでも王都周辺だけだが采配を取っているほどの忙しさだ。


「俺も驚きました。まさか師匠が試験官になっていたとは」

「ふっ、私も予定になかったことだったからな。本来ならば隊長に任せる仕事だったのだが急遽私が行うことになってしまった」


 デルフはリュースが何かを嫌なことを思い出したような顔の些細な変化に気が付いた。


 その後、「あの爺さんサボりやがって。ただでさえ私はしなければならなことが無数にあるというのに。仮だからといって責任を何も感じていない」とリュースらしくない言葉遣いで小さく洩らした。


 リュースには珍しく腹が立っているのだろうとデルフは目を瞑り聞いていない素振りをする。

 それに気が付いたリュースは恥ずかしさを振り払うように一回咳払いをした。


「さて、そろそろ始めるとするか。言っておくがいくら弟子だから、右手が使えないからといって甘くするつもりはない。条件は他の受験者と同じだ」


 重々しい口調になったリュースはデルフにそう告げた。


 今は副団長であるリュースが試験官であるが本来なら試験官は隊長だったということは単純に考えて隊長に比べて合格基準は難しくなったと思った方がいい。


 だが、デルフの心の中では焦りや不安など更々無くむしろ久しぶりにリュースとこれまでの成果を見せることができる喜びと高揚感の方が大きかった。


「もちろんです。そうじゃないと意味がありません」


 そうデルフがリュースに焦点を外さずに真っ直ぐ述べるとリュースは口元が緩み頷く。


「よくここまで立派になったものだ」


 リュースはふっと儚げな笑みを見せた。


「それでは説明する。合格条件は制限時間内の十分以内に一回だけでもいい。私に攻撃を当ててみろ。だが、もちろん私も反撃する。もう一度言う一回、私に攻撃を当てればいい。反撃されたとしても何度でも掛かってこい。この半年間の成長を見せてみろ!」


 そう言ってリュースは左の腰に差している刀を抜いた。

 それに併せてデルフも刀を抜く。


 ちなみにリュースとデルフどちらの刀も鍛錬用なので刃はなく当たったとしても切れる心配はない。

 多少の打撲は覚悟しないといけないがそんなこと今のデルフはもう慣れてしまった。


「さぁどこからでも掛かってこい!」


 リュースはそう言ってデルフの攻撃を誘う。

 しかしデルフはそんな誘いに安直に乗るわけがなく刀を構えたままリュースの動きを目で追っていた。


(分かっていたけど流石、騎士団副団長だ。攻め入る隙が全く見えない)


 昔はなんとなくでしか分からなかったが実力を付けた今のデルフだからこそ理解ができる。

 リュースの実力を。


 膠着状態の時間が長々と続いているようにデルフは感じていた。

 だが実際にはそこまで時間は経っていなく数秒程度しか経っていない。


 この睨み合い壊して先に仕掛けたのはデルフだ。


 真っ直ぐリュースに向かって突撃し斬りかかろうと刀を振り上げる。


 もちろんそんなことでは簡単に防がれ反撃されるのは目に見えている。


 案の定、デルフの思惑通りにリュースは刀を防ぐため動かす。


 それをデルフは見逃さない。


 振り上げた手をすぐさま下ろしてその勢いでデルフは刀を持っている腕を引きそのまま前に押し出す。

 リュースにデルフの刀の切っ先が迫っていく。


「フェイントか」


 少しその動きに眉をひそめたリュースだったがすぐに迎え撃つ態勢を整えた。

 刀でデルフの攻撃の軌道をずらして受け流す。


 デルフに態勢を整える時間は与えまいとリュースが即座に反撃に転じようとした。

 しかし、リュースは無理矢理その動きを止める。


 リュースは受け流したことによって刀はすぐ左側のくうを貫いていると考えていたが既にデルフの手元まで戻っていた。

 さらに追撃の用意までしていたことに息を呑んでいる。


(いける!)


 デルフの突きの連撃がリュースに襲いかかる。


「速いな……」


 リュースがデルフが放った豪速の攻撃を捌きながらポツリと呟いた。

 その表情にはまだまだ余裕が窺える。


 リュースの強さの軸は神速と呼ばれる剣技にある。

 その名の通り刀を振る速度は目には見えなく気付かぬうちに斬られてしまい斬られたことに相手は気付くまで時間が掛かるとまで噂がされているほどだ。


 デルフはそのことをよく知っていた。

 そのためデルフの作戦としてはリュースに防戦一方を強いて攻撃に転じさせないということだった。


 この三年間の間にデルフが行ってきた修行は力ではなく素早さを重視して底上げをしてきた。


 力では片腕しかないデルフにはいかに頑張っても勝つことは難しいと答えが出たからだ。

 それに刀を振るよりも突きの方が速く行うことができ自分に合っていると気付いたことからでもある。


 しかし、現役の騎士それも副団長となるとそう簡単に通じるわけがない。


 そもそもリュースの剣技も素早さを重視しているわけだ。

 速さには慣れている。


 そして、リュースの反撃が始まった。


 リュースはまず突きの連撃を放っているデルフの刀にタイミングを見計らい自分の刀で上に払った。


「ぐっ……」


 それに対応できずにデルフは厳しい表情をしながら仰け反った形になった。

 視線はリュースをしっかりと見定めているが刀を持っている腕は頭の上で硬直している。


 つまり、デルフの左腹が無防備になってしまった。


 そんな隙をリュースは見逃すはずもなく予想通りという澄ました顔で一瞬にして振り上げた刀が刹那の時間も与えずデルフの左腹に迫り来る。


 デルフも素直にその攻撃を受けるわけにもいかなかった。

 だが、防ぐにも刀は左手とともに動かない。

 義手の右手も右腹ならば間に合うだろうが左腹となると動かすまでに直撃してしまう。


 いくら頭を駆け巡らせても防ぐ手段を思いつかなかった。


 そこでデルフは思いつかないのなら考えなければいいと頭を真っ白にした。

 その代わりに今まで培ってきた反射神経と今までの自分の経験に身を委ねる。


 デルフは刀が弾かれた衝撃に抗うのではなく咄嗟にその衝撃に身を委ねそのまま後ろに倒れ込む。

 左腹に迫っていたリュースの刀はデルフの髪を掠った後に空を横に斬った。


 倒れ込んだデルフは地面に背を着いた後に透かさず横向きで後方に一回転した。

 その間も視線をリュースから一切外さずにどの手に出てくるかを窺う。


 リュースは一息も入れずに追撃を行うため迫ってきていた。

 断然にデルフよりも速いだろう。


(まだ師匠との差は大きいか)


 膝を地面に付けながらデルフは振り下ろされた刀を自分の刀で受け止める。


 しかし、このまま力押しで攻めてこられると必然的に勝敗はついてしまう。


 そうはさせないとデルフは刀に込めた力を抜きすぐに後ろに飛び退く。

 妨害がなくなったリュースの刀は地面に重い衝撃音を鳴らして落ちてしまう。


 デルフは一回体勢を整えた後、今度は突きと見せかけて横に斬りかかるがリュースに抜かりはなく容易く防がれてしまった。

 そして鍔迫り合いとなり互いに譲らずに押し合う。


 だが、思っていたとおり力では勝ち目がなく押し負けたデルフはたまらず後ろに飛び退き距離を取る。


 お互いが構えを取り睨み合いが続く中、リュースが口を開く。


「しばらく見ない間に更に腕上げたな」

「ありがとうございます」

「だが、まだ甘い。私に一撃を当てなければ合格ではないぞ!」

「はい!」


 デルフは開いていた距離を瞬時に詰め刀を持っている腕をバネのように扱い豪速の突きを放つ。

 その刀の切っ先は確かにリュースが身に纏っている鎧に向かっていく。


「甘い!」


 リュースは不敵に笑いながら刀を動かした。

 その速度はまさに神速と呼ばれるに相応しい動きで向かってくるデルフの突きを難なく弾いた。


 そして流れるようにデルフの腹部を捕らえた。

 デルフにはその動きが微かに追えていたが身体に命令を起こす前に衝突してしまった。


「がはっ……」


 その衝撃で飛ばされ地面を何度もバウンドしたがすぐに起き上がる。

 だが、刀を構え直そうとすると足がふらついてしまい倒れてしまいそうになるが刀を杖代わりにしてなんとか持ちこたえた。


「どうした!! これで終わりか?」


 震える足をどうにか抑えて持ち直す。

 そして、しっかりとリュースの目を見据えて答える。


「まだまだこれからです!!」


 とはいえどもデルフは既に自分の力を殆ど出し切っていた。

 そして今受けた攻撃のダメージが予想以上に身体を蝕み身体が限界と悲鳴を上げている。


(不味いな。一撃を受けただけでこれか……)


 次の攻撃が体力的にも時間的にも最後の賭けの攻撃になる。


(今、俺の最大の攻撃だ。これが無理だったら……再特訓だな)


 デルフの表情は不安の色など一切無くどこか楽しそうに笑みを浮かべる。

 リュースもそれを悟ったのか笑みを浮かべた。


 双方がこの戦いを心から楽しんでいた。


 デルフは今まで以上に集中力を高めリュースの動きを一切見逃さずに観察する。


 ゆったりとリュースに向かって歩いて行く。

 徐々に歩く速度を上げていきそのまま走り出した。


 リュースの目と鼻の先まで近づくまで迫る勢いで走り続ける。


 もちろんリュースはそれを許すわけがなく剣を振り下ろすがデルフはそれに合わせて地面を足で思い切り蹴って横に飛んだ。


 そのまま身体を捻り何回か地面を蹴ってリュースを中心に円を描くように動きリュースの背後を取った。


 その速度はリュースの速度の比にはならない。


 リュースがデルフの動きに追いついたときには既に遅くデルフの刀がリュースの背中を鎧越しにコツンと当たっていた。


「み、見事だ。デルフ」


 リュースは最初驚いていた顔をすぐに引っ込めて負けた悔しさよりも嬉しさや誇らしさの方が表情に出ていた。


 そしてリュースはどこにしまっていたのか名簿のようなものとペンを取り出しデルフに渡してきた。


「そこに名前を書いてくれ」というリュースの言葉通りにデルフは名前を書いた。


 その名簿にはいくつか名前が書いてあった。

 と言うよりデルフ以外には三名の名前しか書いていない。


 名前を書いた後、その名簿をリュースに返した。

 リュースはその名簿を見て満足そうに頷く。


「これで晴れてお前は騎士団の一員だ。今日から一週間後の朝にこの騎士団本部に集合してくれ。ちなみに所属する隊はくじの番号となるからそのつもりでな」

「となると三番隊ですか」

「その通りだ。集合時間と重ねて覚えといてくれ」

「わかりました。ところで質問いいですか?」


 デルフには一つ聞きたいことがあった。


「ん? なんだ?」


 何か質問されることがあったのだろうかと言うような顔でリュースの顔に疑問が浮かび上がった。


「思ったのですが……」

「なんだ? 何でも言ってみるといい」

「では、実技試験で合否を決めているように聞こえましたが筆記試験は全く関係なかったのですか?」


 そうデルフがしたかった質問は筆記試験についてだった。

 今行ったリュースの試験には昼前にやった筆記試験の結果が反映されているようには思えなかった。


 その質問を聞くとリュースは先程に見せたような少し苛つきが出ている表情をした。


「デルフ。これから言うことは愚痴だ。聞き流してくれて構わない」


 そう言ってリュースは今までの鬱憤を晴らすようにまくし立てる。


「そもそも今回の試験は各隊長に任せていた。あの糞爺、書き置きを残していたがその試験内容については何も書いていないとは。何が儂は姫様の警護に行かなければいかんだ」

「は、はぁ」


 何やら聞かなかった方が良かったらしい。

 だが、見たことのないリュースを何回も見てしまうとその爺さんがどんな人なのだろうかとデルフは少し興味を持つ。


「どうこう言っても仕方がないので私が試験内容を考えた。筆記試験が関係なかったのは私の試験のみだろう。まぁ文句なら爺さんに言ってくれ」


 私は知らんと言うように片手をひらひらと振っている。


「では、失礼します」


 デルフはリュースに頭を下げる。


「ああ。あとナーシャにまだしばらくは帰れないと言っといてくれ」


 片目を瞑りすまなそうにしているリュースに対してデルフはにっこりと微笑み少しだけ頭を下げ演習場を後にした。


 

 リュースは去って行くデルフの後ろ姿を眺めていた。

 そして開かれた扉が閉まり演習場の中にはリュース一人だけとなったとき大きな溜め息を大袈裟に吐いた。


「全くどうすればたかが三年でここまで成長できるのだろうか」


 この試験のリュースの本当の狙いは自分に攻撃を当てることではなかった。


 全力の戦いが十分間持たせる体力があるのかが合格の本当の条件だった。

 それに加えリュースの反撃を受け強靱な身体と精神を持っていることを調べる目的もあった。


 いくら強くても何回かの反撃を受け実力を悟って諦める者や臨機応変に戦い方を工夫できない者が騎士団に入ったとしても無駄死にするだけだ。


 騎士団に入ったからにはそれなりの期待や覚悟を背負うことになる。


 時には逃げることができない戦いもあるだろう。

 それをまっとうにやり遂げる覚悟がある者が騎士になるに相応しい。


 簡易的に言うと実力と強靱な心のこのどちらかが見られたら合格にするつもりであった。


 それだというのに合格できたのはたったの四名。

 まさかここまで出来が悪いとはリュースも誤算であった。


 来年の試験は少し見直しが必要ではないかと思ったがそもそも隊長の仕事であり自分が考えることもない。


 しかし、嬉しい誤算もあった。


 リュースの予想では実際に自分に攻撃を入れることができる者は誰一人いないと考えていた。


 それをデルフは攻撃を当てて見事合格を勝ち取って見せた。


 デルフ以外の受験者でリュースに攻撃を当てた者は誰一人いない。

 他の合格者の三名は十分間戦い抜いての合格である。


 リュースはデルフ相手に一遍たりとも油断をしていなく魔法も使っていないが剣技での手加減は全くしていなかった。

 いや、自分の戦い方を知っているデルフには手加減をする余裕などなかったと言ったほうがよいだろう。


 そもそも手加減が苦手なリュースに元から手加減という文字はない。


 リュースは先程の戦いを思い出す。


 デルフの最後の攻撃。

 あの攻撃だけリュースは何が起きたか分からなかった。


 刀を振った瞬間にデルフが消えてしまい気付いたときには既に背後で背中に刀が当たっていた。


 リュースは何が起きたのかを考えてみる。


 前提としてデルフには魔力が無く使えないので魔法という可能性はない。

 すなわち己の身体能力のみであの動きを行ったということだ。


 神速という肩書きは返上しなければならないなと嬉しそうにリュースは微笑んだ。


「さて、他の試験はもう終わっているだろうか」


 リュースはデルフの成長を喜びその呟いたときの表情は喜色を湛えていた。


 他の試験場を見に行こうとリュースは足を動かしたときあることに気が付いた。


「ちょっと待て。合格者四名ということは三番隊の一般の新入隊員は四名と言うことになる。他の隊と人数差が出てしまうか……」


 そう考えると難しくしすぎたと思い後で隊長達やハルザードからとやかく言われると思うと少し腹が立ってくる。


「あー。爺さんになすりつけるか……」

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