第3章 王都に住まう殺人鬼

第27話 入団試験(1)

 

 ついさっき目が覚めたデルフは寝間着から着替えていた。

 しかし、完全に目覚めたというわけではなく開いている目は虚ろとなっている。


 日常の習慣はそんな状態でも染まっているもので知らずのうちに身体を勝手に動かしていく。

 そのような感覚にデルフは何の抵抗もなく身を委ねていた。


「デルフ!! そろそろ起きなさーい!!」


 大声と同時に扉を強く開ける音が部屋の中に響き渡る。


 部屋中に響き渡る轟音によって重くのしかかっている瞼は急に軽くなった。

 その代わりにビクッと身体が跳ねて心拍数は増してしまったが。


「あら? 起きていたのね」


 ナーシャは素っ頓狂な声を出していたがその裏腹には高揚、緊張とも取れる感情が含まれている。


「姉さん、朝から大声は止めてくれ」


 デルフは速まった鼓動を宥めるように胸に手を当てながら文句を言う。


「いよいよね」


 そのデルフの文句を無視してナーシャは不敵な笑みをこぼしていた。


「ああ。この日のために今まで修行を積んできたんだ。そして、これからも」


 デルフの手に力が入る。


 今日は騎士団の入団試験の日でありその内容は筆記試験、そして面接だ。


 筆記試験に関しては特に問題は無い。


 最も重点に置かれているのは面接だ。


 面接とは名ばかりで実際は実技試験となる。


 試験官が定めた内容で戦闘能力が騎士となるに相応しい基準を超えているか判断するための試験だ。

 そのため勝ち負けでは合否を決めるわけではないがそれでも決して容易ではない。


「それにしても……デルフ。大きくなったわね。それに見違えるくらいに立派になって」


 ナーシャはデルフを少し見上げて息を漏らす。


 確かに三年前はナーシャとの目線の位置は同じくらいだった。

 しかし、今ではナーシャの頭はデルフの首元にある。


(自分の成長ってあまり気付かない。いや、気にしないものなんだな……)

「大きくなって生意気な」


 そう言ってナーシャはデルフの脇腹を軽く小突いてくる。

 本当は痛くないのだが建前として痛い痛いと言っておく。


「朝ご飯できているから早く食べなさいよ」


 ナーシャはデルフに背を向けながら手を振り部屋から出て行った。


 デルフは右腕に義手を装着してから準備を整えそれが終わると刀を持ちナーシャの後に続く。


 朝食はパンに畑から取れた生野菜とベーコンと目玉焼きだ。

 正直言うと朝はあまり食欲が沸かなくこれらでもデルフにとっては多い方である。


 多少満腹で気分が悪くなりながらも朝食を完食すると時間が経つまでお茶を飲みながらゆっくりとしていた。


 時計の針が一寸たりとも動かない間に二、三度時計を確認してしまう。

 自分ではあまり自覚はなかったが緊張してしまっているようだ。


 ナーシャはキッチンに戻り朝食の後片付けで皿洗いをしている。


 家の中にゆったりとした朝特有の空気が漂う。


 しかし、それでも時間は過ぎていく。

 お茶を飲み干し時計を見てみると家を出る時間に経過していた。


(行くか)


 デルフはコップをゆっくりと机の上に置き椅子から立ち上がる。


「デルフ。そろそろ行くの?」


 デルフが立ち上がったことに気が付いたナーシャは皿洗いしていた手を止めて近づいてきた。


「ああ。行ってくる」

「頑張りなさいよ!! いつもの実力を出せたら間違いなく受かるわ。あなたはもう私よりも強いんだから!」


 ナーシャはデルフの背中を張り手で思い切り強く叩いて活を入れる。


 デルフはその衝撃に押されるように躓きながら外に出る。


 背中にじわじわと刺さるような痛みが襲っておりつい苦笑いになってしまう。


 手で背中を撫でながら後ろに首を向けるとナーシャが満面の笑みで手を振って見送ってくれていた。


 それが微笑ましく背中の痛みなど忘れ去って思わず笑みが零れてしまう。


 ナーシャの目をしっかりと見て一度頷き前を向く。

 そうして一歩目を踏み出した。




 試験場となる場所は騎士団の本部である。

 本部は王城にはなくその右側にあり王城に劣るがそれでも大きい建物だ。


 王城の左側には最近に建てられた魔術団の本部がありその見た目は新築だけあって汚れなど一切ない。


 騎士団の規模は総人数一千名程度だ。

 兵士の数と比べると何倍もの違いがある。


 それでもデストリーネ王国の保有武力として兵士と分けられている理由は個々の強さにある。

 例え兵士が五人いようと騎士一人には勝てないだろう。


 そのため入団するためには強さが必要になる。


 筆記試験の出来が悪くても実技で一定以上の実力を見せると合格の例があると聞く程に強さは重視される。

 というか騎士団長のハルザードがそうだったらしい。


 騎士団は出生など関係なく主に強さだけで入団することが可能だ。

 多少の頭は必要になるが常識が備わっていればそこまでの拘りはない。


 つまり、実力が備わっていれば農民でも騎士を目指すことができる。

 だが、そもそも農民からそんな実力者が出ることは稀であるが。


 近年ではカルスト村を襲った魔物がチラホラと王国内で出現しているらしい。

 兵士では魔物の対処は難しく騎士や魔術師が駆り出されているため人数不足が深刻化している。


 今ではこの魔物のことも理由に大規模に入団試験を宣伝している。


 魔術団は分からないが騎士団に入団するとその後の暮らしは保障されるほどの破格の待遇だ。


 不合格となったとしても兵士の推薦をもらえる事例もあると聞く。

 騎士が駄目でもあわよくばそれを狙って受ける人もいるだろう。


 だが、ただ単に数を増やそうとはしないはずとデルフは考える。

 受ける人数が多いからこそ判断も厳しくなるという予想もできるからだ。


 試験基準が簡単になるとは考えずに逆に難しくなると考慮していたほうがいい。


(悪い方向の誤算が一番厄介だからな)


 それと三年前と変わったことが一つあり騎士養成学校に通っている者は卒業が確定と決まったと同時に騎士団入団の内定がもらえるという仕組みができた。

 そのためこの騎士団入団試験は一般公募となっている。


 いくら人数不足とは言えこれだと逆に増やしすぎて騎士の価値が低くなるのではないかとデルフは考えたがこれぐらいのことハルザードはともかくリュースは気付いているだろう。


(それだけ人数不足を懸念しているということか……)


 ちなみにデルフの修行を手伝ってくれていたウェルムは騎士養成学校に入っていたため既に騎士になっていると言いたいがそうではない。


 ウェルムは騎士団ではなく魔術団に入団したのだ。


 本人曰く、「やはり僕は魔術の方が向いている」らしい。

 しかし、その言葉通りでウェルムは今や魔術団副団長まで登り詰めている。


 魔術団に行ってしまったのは少し残念に思ったがウェルムが自分で決めたことなのでデルフはその意志を尊重した。


 そう考えているうちに騎士団の本部の正門が目の先に見えてきた。


 本部の入り口にある門前には夥しい数の人が集まっている。

 目を凝らしてよく見てみると列になって並んでいることが分かった。


 筋肉質で力強さが目に見えている者や逆に小柄だが身のこなしが良さそうな者。

 実際に手合わせしてみないと分からないが実力がありそうな様々な者たちが列に並んでいる。


 そのとき、門が開いていき列の先頭から本部の中に入っていき次々と動き始めた。

 デルフは急いで列の最後尾に移動してその流れに乗る。


 着いた先は大きな講義室だった。


 長机一つに三人ずつ座っていきデルフも一番後ろの席に座ろうとしたが既に端には一人座っている。


 自分が最後であるからわざわざ真ん中に座らなくてもいいだろうとデルフも端に座ろうとしたとき講義室の扉を開けて男性が必死に走ってきた。

 デルフはしょうがなく詰めて真ん中に座る。


 右には先程に走ってきたガタイが大きくどこか威厳がある男性、左には熟睡して机に顔を伏せている女性がいる。


 しばらくすると試験官と思われる人物が講義室に入ってきた。


 試験官は解答用紙を前から順に渡したのち些かの注意点を話してから「始め!」の一言で筆記試験が始まった。


 問題内容ははっきり言ってそこまで難しくなく聞いていたとおり常識程度でしかなかった。

 一時間の試験だったが全てが記号問題であったこともあり半分の時間で終わったデルフは静かに時間が経つのを待った。


 チラリと隣の人の顔を覗いてみると右にはもの凄く悩んで顔が歪んでいる男性、左にいる女性は起きているには起きているが虚ろな目で解答用紙と睨めっこしていた。


 そして、試験時間が終わると試験官が解答用紙を前から順に回収した。


 その時の隣の人たちの様子は自信満々?それとも開き直ったような表情の男性と虚ろな目から一転し絶望の色を見せている女性がやってしまったと呟きながら頭を抱えていた。


「ねぇあなた、どうだった?」


 デルフの左側にいた女性が話しかけてきた。

 自分に話しかけられたとは思わなかったデルフは無視をしたが流石に肩をトントンと叩かれると自分に話しかけていると気付く。


「……取り敢えずできたけど」


 デルフは横目で女性を捉えてそう答える。


「やっぱりかーー。だよねだよね……はぁ、聞いてくれる?」


 女性は大声で大袈裟に手を頭に乗せ天井を見る勢いで顔を上げる。

 そしてその後、急に勢いが消沈してブツブツとデルフの答えを聞かずにまくし立てる。


「今までたくさん勉強していたんだ。私、お勉強苦手だから。毎日毎日、ず~~っと! 夜遅くまで。そう昨日も夜遅くまで……。そうしたら熟睡しちゃったよ~~! テスト始まったと思ったらもう終わっていたんだよ!! わかる? わかる? 私のこの気持ち! うわぁぁぁぁ」


 またもわざとらしく両手の掌を顔に当て泣いたふりをする。


 デルフはなんと言葉をかけたらいいか分からずあははと空笑いを続けることしかできなかった。


「と、こ、ろ、で! あんたはどうなのよ!」


 泣いたふりを止めてデルフの右にいる現在も自信満々のような顔を続けている男性に指を突きつけた。


 気分がコロコロ変化する人だなと女性を見てそう思った。

 そして騒がしい人だとも。


 男性は首を少し動かして女性の顔を細い目で捉えると重々しくこう言った。


「自分は自分ができることをしたまで」

「ひゅ~。格好いいね~。……と言うことは失敗したの私だけ?」


 女性は項垂れて奇声を発する。


 取り敢えず隣の男性の顔に冷や汗が伝っているのは黙っていてあげよう。


 まだわざとらしく泣いた振りをしている女性を見ていて可哀想になってきたので助けの手を差し伸べることにした。


「まだ失敗と決まったわけじゃないぞ。えーと」


 デルフは途中で言葉が止まってしまった。

 女性はデルフが何で言葉が止まったかを悟ったようで口を開く。


「あー私はヴィールマリア。親しみを込めてヴィールって呼んでねん」

「俺はデルフ・カルストだ」

「自分はガンテツだ」


 聞いていないが自己紹介をしてくれた男性の名前はガンテツと言うらしい。


 両方と家名がないので恐らく農民なのだろう。

 というかこの試験を受ける殆どの人物は家名はないと思った方がいいだろう。


「うんうん。よろしくね。デルフくん、それにガンテツ」


 話に割り込んできたガンテツにも嫌な顔一つせずむしろ笑顔で接している。

 ただもう呼び捨てで呼んでいるが。


「で、失敗じゃないってなんで言い切れるの?」


 ヴィールは笑顔を絶やさず尋ねてきた。 


 隣ではガンテツが聞き耳を立てている。

 どうやら話に割り込んできた理由はこの話が聞きたかったからだろう。


 デルフが説明しようとしたがそのとき解答用紙を全て回収し終わった試験官が話し始めた。


(どうやら午後の実技試験についての説明らしいな)


 ヴィールたちとの会話はいったん切り上げて説明を聞くことに専念する。


 内容を簡単に言うと実技試験は人数を五等分にしてから演習場にてそれぞれに一人の試験官で執り行うということだった。

 そして今からその五等分するためのくじ引きが行われるらしい。


 一番気になる合格発表は試験官に試験が終わったと同時にその場で言われると聞いたときには少し驚いてしまった。


 さっきの筆記試験はこの昼休憩の間にすべて採点すると言うことらしい。

 記号問題だけだったのでできないことはないがそれでも実技試験を重視していることが分かる。


 デルフ達は立ち上がりくじを引きに行く。

 くじは数字で一から五まで書いてありデルフのくじには三と書いてあった。


「私は五だよ!」


 ヴィールがじゃーんと自慢げに広げて見せてくる。

 ガンテツのくじを覗いてみるとどうやらガンテツも五のようだ。


 実技試験の時間は今から昼休憩を挟んでから一時間後でまだ時間がある。

 どこで時間を潰そうかと考えていたらヴィールがデルフとガンテツの手を掴んで引っ張ってきた。


「何どこかに行こうとしているの? さっきの続き答えてよ。まぁまぁ、お昼ご飯を食べながらゆっくりとね!」


 いったん騎士団の本部の外に出て三人で大通りにある露店の列をうろつくことになった。


「つまり筆記試験よりも実技試験のほうが重視されるんだよ」

「なるほどなるほど。で?」


 ヴィールは露店で買った鳥の串焼きを頬張りながら首を傾げる。


 どうやら全く理解ができていないらしい。


 ガンテツは目がやる気に燃えているふうに見えるから多分理解ができたのだろう。


 ヴィールにわかりやすいようにデルフは説明を続ける。


「つまり、実技試験で実力を見せることができれば合格できるということだ」

「あーなるほど。はじめからそう言ってよ」


 ヴィールは笑いながらデルフの肩を二、三回叩く。

 正直言って手加減を全くしていないからとても痛い。


(まぁとにかく理解してくれて何より)


 ということでデルフも昼食を取ることにし露店に向かった。


 実技試験が始まる少し前に騎士団の本部に戻った。

 そこで試験が行われる場所が違うヴィール達とは別れて三番目の演習場に向かった。


「騎士になれたらまた会おうね」


 ヴィールが去り際に手を振りながら言い残していった。

 ガンテツは一度お辞儀をしてから無言でヴィールの後を追っていく。


 面白い人たちだったなとデルフは笑って試験場所の演習場に向かい始める。


 演習場の大きい扉の前では既に列ができていた。

 人数を目で数えると三十人程度いた。


 とすると今回に入団試験を受けた総人数は百五十人ということになる。


(思っていたよりも人数が少ないな……。いや、考えてみると騎士養成学校にいた生徒達はもう内定をもらっているのでそれを省いた人数と思えば十分に多い)


 デルフは急いで最後尾に並ぶ。


 やがて時間になり演習場の中から「最初入ってこい」と重々しい声が聞こえた。

 デルフは少し聞いたことのある声だと疑問に思いながらも今は集中し研ぎ澄ませることを優先し心にしまっておく。


 そして列の先頭の人が演習場の中に入っていった。

 その動きはぎこちなく緊張が目で見て分かるほど明らかだ。


 試験を受けている様子は扉で遮られて確認できないため自分の順番が来るのを目を瞑って静かに待った。


 数十分ぐらいで先頭にいた人が演習場から出てきたがその表情は呆然としており一瞬で不合格になったと悟った。


 徐々に減っていく列と演習場から出てくる試験を終えた人たち。

 しかし、今のデルフにその者たちの表情を確かめるほどの余裕はない。


 列が短くなる度にデルフの緊張が深まっていく。


 そうこうしているうちにデルフが先頭になっていた。


 やがてデルフの前にいた人物が演習場から出てくると同時に演習場の中から「次!!」という声が聞こえてきた。


 その言葉で燻っている感情が高まってくるのを感じデルフの目により一層の真剣味が増す。

 デルフは自分の腰の右側に差している刀を左手で柄を強く握りしめる。


 その後、大きい扉を押そうと手を差し出すが自分の手が震えていることに気が付いた。


(まだ緊張しているのか)


 デルフは左手で頬殴り活を入れる。


 頬に熱が籠もりじんじんと痛みが広がっていく。

 そして、ゆっくりと深呼吸をする。 


 するといつの間にか手の震えは収まっていた。


 それを見てデルフはにたりと笑い扉に目を向ける。


(俺は変わったんだ。その結果をここで見せてみせる!!)


 デルフは明確な自信を持って扉を強く押した。

 

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