第26話 新たな友とこれから

 

 デルフは急いで戻ると家の前にナ―シャが立っていた。


 その顔は見ただけで確実に怒っていると分かる。


「遅い! 何していたの!?」

「み、道に迷っていたんだ。最後行ったのが一か月前だったら忘れていても仕方ないだろ?」


 デルフは苦し紛れに自身の頭が導き出した言い訳を連ねる。


「ま、まぁいいわ。それよりもうハルザードさん来ているわよ。挨拶してきなさい……」


 流石にナーシャも無茶ぶりをしたのが後ろめたかったのか言葉に詰まってしまった。


 デルフはほっと息つく。


 しかし、何かに気が付いたようでナーシャがじろじろと見てきてやっぱり通じなかったかと思っていると衣服を指さした。


「なにあんた。よく見ると傷だらけじゃない」


 デルフは先ほどの戦いで服に切れ目がいくつもできている。


 その切れ目が僅かに血が滲んでしまっていることからばれてしまった。

 一つだけなら隠し通せただろうが塵も積もれば山となるということだろう。


「いや裏道を通ったら絡まれたんだよ。喧嘩だ喧嘩」


 本当のことを説明すると面倒くさいことになりそうだったので省略して話すことにした。


「そう。もちろん勝ったのでしょうね!」

「も、もちろん」

(考えてみると負け……いやあいつ逃げたしな。うん、これは勝ちだ)


 そう自分に言いつけて納得する。


「ならいいわ。さぁ中に入りましょう。手当してあげるわ」


 ナ―シャはそう言うと気分良さげに家の中に戻っていった。


 一人、外に残っていたデルフは思ったよりも怒られずに済んで安堵する。


 これで喧嘩に負けたとでも言ってしまったときにはナーシャが不機嫌になってしまっていただろう。

 それでどうなるかを考えると二人の勝利にしといて良かったと自分の選択が正解だったと確信する。


 ホッと胸をなで下ろして家の中に入るとリビングで椅子に座っているリュースとハルザードともう一人、初めて見る青年が目に入った。

 おそらくリュースが言っていたハルザードの弟子だろう。


 青年の見た目はデルフより僅かに年上に見えた。


 薄い青色というよりは水色の方が近い短い髪に身体には黒色のマントを付けている。

 両手はそのマントで隠れているが少し手が見えたとき両手に手袋を付けていることが分かった。


「おう。デルフ。久しぶりだな。元気にしていたか?」

「はい。ハルザードさんも変わらずお元気そうで」


 ハルザードは頷き隣にいる青年に目配せする。

 青年は一礼してデルフに話しかける。


「僕はハルザード先生の弟子のウェルム・フーズムと言います。よろしくね」


 そう言ってウェルムは左手に付けている手袋を外しデルフに差し出した。


「俺はデルフ・カルストと言います。こちらこそよろしく」


 デルフは挨拶を返して差し出された左手を握って握手する。


 握手の後、リビングから離れデルフはナ―シャに傷の手当てをしてもらった。


「それにしてもあんた酷くやられたわね。というかよく勝てたわね」


 傷口を見ればそれなりの手練れということがナ―シャには分かったらしい。


 デルフはそれを聞いて複雑な気分になる。


 先の戦いでデルフは深い重傷を負っていた。

 たとえ勝ったとしても動けなくなってしまいあのまま放っておかれていたら命は無かった。


 今こうして軽傷の笑い話で済んでいるのはあの少女のおかげだった。


 そう考えると俺とルーの二人の勝利ではなくあの少女を含めて三人の勝利と言った方が正しいだろう。


(死んでしまったら勝利とは言えなくなるからな。あの少女は俺にとって命の恩人だ)


 今度また出会うことがあればお礼を言って名前を聞こうとデルフは胸に刻む。


 手当てが終わるとデルフは席に着きリュースたちの話の輪の中に入った。


 ナ―シャはデルフが買ってきた荷物を持って意気揚々にキッチンに向かっていく。


 話がリュースとハルザードの間で進んで行きデルフとウェルムはその話を聞いていた。


 正直に言うとデルフとウェルムは空気になっていた。


 しかし、ウェルムは笑顔で相槌を打っており何の興味もなさそうな顔でお茶を啜っていたデルフは率直に凄いなと感心する。


 リュースたちは隊長が欠けた隊の次の隊長はどうするという話をしておりデルフには騎士団内の話題ということしか理解できなかった。


(それにしても隊長を決める話って重要事項じゃないのか……? こんなところでしていいのだろうか?)


 そうデルフの中に疑問が残るがリュースたちの話はさらに深くなる。


 しばらくするとナ―シャが昼ご飯を作り終わり机の上には御馳走が並べられた。


 デストリーネ王国の名物料理であるフラソスという料理だ。

 小麦で作ったパンに様々な味のあるタレにつけて食べるという料理で店や家によってタレの味が違うことから七色の料理と呼ばれている。


 家で簡単に作ることができ手の込んだタレや簡単に作ったタレ、家庭により千差万別だ。


 デルフは手を伸ばしてパンを掴み近くにあった仄かに黄色い白いタレにつけ口に放り込む。


 少し甘いが適度な酸味により丁度良い。

 鼻の中に香ばしい匂いが広がっていくことから香辛料も混ぜているのだろう。


 デルフ好みの味だった。


 デルフもこの料理は村にいたときにも聞いたことがあったがこうして本物を食べることができたのはここに来てからだ。


 なぜならパンの値段は思いのほか高い。


 カルスト村での主食はグレミという芋でパンとは滅多にお目にかかれなかった。


 グレミをすり潰してパンに見立ててフラソスとして食べてみたことがあったががやはり偽物と違って本物の方がうまい。

 ここでパンと巡り会えたときはたまらずに愉悦の息を吐いたほどだ。


 そして話の輪にナ―シャも混ざりようやくデルフ達にも入る隙のある話題が持ち上がりある程度話が弾んだ。


「嬢ちゃん。また料理の腕上達したんじゃないか? 特にこのタレはうまいな!」

「前と同じですよ。ハルザードさんは褒めるのが上手なんだから」


 ナ―シャはハルザードに褒められて否定をしながらも満更でない様子だ。


「それにしてもデルフはよく嬢ちゃんの修行に耐えられているな。驚いたぞ。そうなると逃げて行った他の弟子どもは貧弱過ぎたということか? はっはっは」

「それだと私が乱暴みたいな言い方じゃないですか?」


 ハルザードにナーシャの冷ややかな笑みが突き刺さる。


「あっ……。わっはっはっは」

(あっ、笑って誤魔化した) 


 妙に上機嫌なハルザードを見てデルフは違和感を覚える。


「おい。ハルザード。飲みすぎだ。そろそろ控えろ」

(やっぱり飲んでいたのは酒だったか。というか酒を飲みながらあんな話をしていたのか……)


 遙か上の存在である騎士団長と言っても休暇の時は普通の大人だということがしみじみと感じてくる。


「馬鹿野郎! まだ全然飲んでないぞ! ほらお前も飲め飲め!! はっはっは……」


 酔いが一気に回りそのままハルザードは眠ってしまった。


「酒に弱いくせにそんなに飲むから……まぁ久しぶりの休暇だから仕方がないか」


 呆れ顔でそう言ってリュースも盃に酒を注ぎ一気に呷る。


 食事が済むとデルフは外に出て新しい木刀で素振りを始めた。


 近頃では暇があれば体を動かしていないと落ち着かなくなっていた。


 二か月前とは比較にならないほど、すんなりと木刀を振ることができるようになっている。

 それに加え、その振りには自信が籠もっていた。


 それがデルフの心の支えになっており少しずつ強くなっていくことが楽しく感じ達成感を味わわせてくれる。


 木刀を振りながらデルフは街での戦いを振り返る。


 ルーがいなければ間違いなくやられていた。


 それを思うと悔しかった。


 木刀だったという不利はあったが戦闘でそんな言い訳は通じるはずがない。


 確実に強くなっている実感はある。

 それでもまだまだ弱いことを思い知らされた。。


 それでも対人での本当の殺し合い。

 それを今体験することができたのはデルフにとって良い経験となっただろう。


 特にデルフが最初に行った攻撃である突きが思ったよりもしっくりときたことに気づくことができたことが大きい。


 試しに突きの練習をしてみようとしたとき後ろから声が掛かる。


「いつも食後に素振りしているのかい?」


 素振りしていた手を止めて振り返るとウェルムがいた。


「ああ。食後というか暇なときだな。もう習慣になってしまったんだ」

「熱心だね。僕は剣の腕がいまいちなんだ。まだ魔法の方が得意なぐらいだよ」

「そうなのか」

(意外だな。騎士団団長のハルザードの弟子だから勝手に強いと思っていたがそんなこともないのか)


 ウェルムは言葉を続ける。


「先生に鍛えてもらっているけど全く歯が立たないんだ」


 デルフはその言葉に疑問を感じた。


 それについてウェルムに質問してみる。


「もしかしてそれってハルザードさんと比べているのか?」

「そうだけど?」


 なに当たり前のことをという顔でデルフを見て頭を傾ける。


 ウェルムが弱いと思っているのはウェルム自身だけなのかもしれないとデルフは思った。


 比べる相手が同級生などなら理解ができるがハルザードなら話が別だ。


 騎士団長という肩書きとそれにふさわしい実力を持つハルザードは格が違う。

 しかし別の意味で考えればハルザードと比べるのは目標が高いとも言える。


 マイナス思考じゃなくプラス思考。


 上を見ることができるのはすごいことだ。


「デルフはどうして騎士になろうとしているんだ?」


 唐突にウェルムから質問が飛んできた。


 物怖じせずにデルフはその質問に本心から答える。


「そうだな……守れなかったものを守れるようになるため。とは言っても守れなかったものは戻ってこない。だからこれから守りたいものを守るため。これが理由だな。ウェルムはどうなんだ?」


 デルフは話していて照れくさくなり笑いながら答えて質問を返す。


 しかし、ウェルムはその質問には答えず表情は突如真面目な表情になり話し始めた。


「デルフ、国の対立については知っているかい?」

「ああ。最近教えてもらった」

「今この世界の各地では数々の戦争が起きている。しかしこの国はジャリム王国との対立だけでそれも今では休戦中だ。この国だけが今は戦争と無縁なのかもしれない。それでもいつまた戦争が始まるかわからない。馬鹿らしく思わないか戦争なんて。僕はその戦争がなくなるように改革をしたい。そのために騎士になる」

「騎士で改革なんてできるのか?」

「もちろん。だけどただの騎士では不可能だよ。先生の役職である騎士団長になる必要がある。だけど、騎士団だけに執着しているわけではなく今は力のない魔術団でも別にいい。魔術団にはまだ養成所がないから殆どが自主勉強になるが魔法は面白いからなんとかなるさ。とにかく権力が欲しいのさ」


 魔術団はデルフには初耳だった。

 ウェルムに魔術団についての説明を受け大体は理解することができた。


「改革って何か考えがあるのか?」

「もちろんさ。僕が必要な地位を手に入れたときにはデルフ、君も手伝ってくれないか?」

「ああ。俺にできることならもちろん。平和が一番だからな」


 デルフは戦争の被害には遭ったことがないが自分の村に動物が襲ったときとあまり大差がないだろうと思った。

 もしかすると動物が襲ってくるよりも悲惨であるかもしれない。


 それを人の手で起こしているなんて馬鹿馬鹿しかった。


 ウェルムの提案にデルフは快く了承する。


 デルフに初めてこの街での友人ができた瞬間であった。


「僕はこの目的は絶対に成し遂げてみせる。例えどんな手段を用いてもね」


 その言葉と目には確かな意志が蠢いており安心感と同時に微かな畏怖があった。

 しかし、それもウェルムが笑うことによりすぐに消え去った。


 今日はこの話で終わり夕飯も家で一緒に食事をしてからハルザードとウェルムは帰って行った。


 それからもデルフとウェルムはたまに一緒に修行を行いお互いに高め合ったり時には騎士養成所で学んだことを教えてくれたりもした。


 流石、ハルザードの弟子だけあってウェルムはデルフよりも強かった。

 だが、デルフは負けじとその修行を糧にして自分の経験へと変える日々が続く。


 あるときウェルムはデルフに忠告をした。


「デルフ。一つ言っておくがいくら強くなったからと言っていついかなるときも戦いに躊躇や油断はしてはいけない。それが命取りになってしまうからね」


 その言葉には強い説得力があった。


「なにか昔にあったのか?」

「うん。昔というかつい最近にね。あれは自分でも恥ずかしかったな。格下と侮ってついつい油断してしまったんだ。まさに油断大敵だね」


 おそらく養成所内の出来事だったのだろう。


 いかにも真面目で油断なんて軽率な真似をしそうにないウェルムがしていたのは驚きだ。


 忠告された以上、自分もウェルムと同じ過ちを繰り返さないようにしっかりと心に留めておく。


 それにデルフの右腕も油断によってなくなったものだ。

 そう考えるとデルフもその経験があった。


 油断は禁物。

 まさにその通りだ。


「ああ。肝に銘じておくよ」


 それからの日々はデルフにとって代わり映えのしない単調の修行の繰り返しであった。


 朝起きてからの素振り、ナーシャとの実戦訓練、座学、たまに帰ってくるリュースやウェルムとの修行。


 単調といえどもそれらの訓練は確実にデルフの実力を底上げしていった。


 そして時間が経つのは早くあっという間に三年の年月が流れた。

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