第24話 家出少女(1)
次の日も早朝からリュースに鍛えてもらった。
明日にはまた任務に戻ると言うのでまたしばらくリュースと修行ができなくなってしまう。
そのためデルフはいつも以上に張り切って修行に臨んでいた。
「みるみる成長しているな」
リュースはデルフの木刀を軽く防ぎながらそう感じていた。
二日前に視力と直感が秀でていると教えてからデルフの戦いの主体は相手を観察し攻撃のパターンを予測することを重点に置いていた。
リュースが振り下ろそうとしたときには既にデルフの木刀が待ち構えている。
完全にリュースの攻撃を先読みしていたのだ。
しかし、まだまだ体力は少なくすぐにバテてしまっていた。
いくら体力を底上げしたとはいえ全力の戦闘を続けるのは容易ではない。
鍛錬の時と比べものにならないほどあっという間に消耗してしまう。
毎日限界を超えて戦い続ける。
地道と思うかもしれないがこれが全てにおいて最短の道なのだ。
そんなことよりもとリュースは二ヶ月程度の修行でこんなにも伸びるものなのかと思っていた。
(元が平均以下だったため早いのも当然か。ここからだな)
リュースとの最後の修行は昼前に全てを終わってしまった。
デルフとしては口惜しかったがそれも仕方がない。
それも今日は二日前にリュースが言っていたハルザードが弟子とともに来る日だったからだ。
修行が終わりリュースと一緒に家に戻ろうとしたときナーシャが家から出てきて走ってくる。
「ちょっとデルフ。お願いなのだけど。このメモに書いてあるもの買ってきてくれないかしら」
「なんだこれ?」
「いや~昨日買い物に行き忘れちゃってね。あはは。それでお昼ご飯の材料が足りないのよ。はいお金」
四の五の言わさずデルフの手にお金を乗せられる。
「いや、そうじゃなくてなんで俺が……」
「急いでね。ハルザードさんがくるからお昼ご飯を豪華にしなくちゃ!」
ナーシャは笑顔になっているがそれ以上何も言わせないという威圧がありデルフは押し黙った。
「じゃあ、お願いね~」
ナーシャは楽しそうに家に戻っていった。
「張り切っているな……」
ナーシャに漂っているいつも以上のやる気を見てデルフはそう呟き渋々王都に出かけた。
街の大通りには道を空けるように露店がそこら中に立ち並んでいる。
見窄らしい露店や豪華な露店などただ眺めて歩いているだけで楽しい。
稼ぎが大きい商人は自分の店を建てておりその店の様子も窓から覗き見ると千差万別だ。
商人の目標は自分だけの店を開店すると言っても過言ではないだろう。
もちろん露店が建ち並ぶ道は人で埋め尽くされていて足音や怒号などが飛び交っている。
昼前のせいか賑わいが最高潮に達しっておりこの熱気に溺れそうになってしまう。
「ルー。勝手に飛び降りたりして迷子になっても知らないぞ?」
デルフはルーが暇そうに草むらで寝転んでいたので連れ出していた。
ルーはデルフの服のポケットの中に隠れている。
いつ気まぐれに出てきて走り去ってしまうか分からないので予め注意しておく。
デルフは道を進んでいる最中で始めは楽しんでいたが徐々に人の群れに飲まれそうになることが憂鬱になり溜め息を少しついた。
そして、もらったメモに目線を移し吟味する。
「これなら行きつけの万屋で全て揃うな」
行きつけと言ってもナーシャの行きつけだ。
一ヶ月前に一度連れて行ってもらって知っているだけだ。
デルフはその店に行くことを決める。
うろ覚えの道を辿りながらその万屋に向かった。
「あれ? ここどこだ? 多分……こっちで合っている……と思う」
デルフはいつの間にか道に迷っていた。
人混みの中を進むのが面倒になって裏道を使ったのが災いした結果だ。
そもそも裏道を使えるからこの店に決めたのだったのだが迷ってしまっては意味がない。
ルーがポケットの中で暴れている。
「え? こっちじゃないって?」
デルフの右往左往している様子に痺れを切らしたルーはポケットから飛び降りデルフの前を悠然と歩き始める。
どうやら道案内をしてくれるらしい。
さっきルーに注意したばかりでこれでは自分の面目が立たなくなってしまう。
しかし、これ以上迷って遅くなったらナーシャにどやされるのは目に見えている。
ここは恥を忍んで暇つぶしで街を徘徊しているルーに頼ることにしよう。
裏道では先程の大通りとは正反対で日の光は薄っすらとしか差していなく静寂に包まれ空気が濁っているように感じた。
壁には落書きが掛かれ道の端にはチラホラと街の不良達が屯している。
(というか横を通る度になんでいちいち睨んでくるんだ?)
絡まれても面倒なので気付いていないふりでやり過ごすことにする。
ちらほらと露店もあるが見た目、その店主、並べてある商品、その全てが怪しすぎて手を出そうとは到底思うことができない。
辺りを見渡しながらもルーを見失わないように小走りで付いていく。
そのときに前から歩いてきている黒いローブで全身を隠した人が目に入った。
頭にはフードまで被って俯いているため顔は見えない。
歩いている速度も遅く一歩一歩を噛みしめて歩いているようだった。
明らかに不気味さを醸し出している。
(怪しい露天に続き怪しい人物……裏道は治安が悪いのか)
すれ違う瞬間にその顔がちらりと見えた。
(少年? いや、少女か?)
顔立ちはまだ幼く性別は分からなかった。
デルフよりも身長は小さく恐らく年下だろう。
服装も少しだけしか見えなかったがその衣服は一切の濁りのない白で輝いており一目で高価なものと確信できる。
とてもじゃないが裏道に屯している人の服装には見えない。
(裕福な家の子供の家出とかか? 危ないな。こんなところに家出なんて)
そう思いながらもデルフは特に行動を起こすこともなく歩みを止めなかった。
しかし頭の中ではさっきの少年のことを考えていた。
(裕福な家庭にもそれなりの事情があるということか。まぁ、わざわざ俺程度が首を突っ込むことはないな)
すると突然、足に何かがぶつかった。
前を見てみるとルーが小石を持っていてもう一回投げようとしている。
いつの間にか万屋に到着していたらしい。
(危うく通り過ぎるところだった……)
ルーにしっかりと礼を言ってから万屋に入る。
こうお礼を言わないとルーは怒ってしまう。
ルーを怒らしてしまうとこれがまた面倒くさい。
例えば話しかけてもあからさまに無視をしたり八つ当たりしてきたりといった地味な嫌がらせをしてくる。
万屋の中に入りメモに書いてあるものを探そうとしたがどこに何があるのかがわからなかった。
仕方がなくメモと睨めっこをするのをやめて店主にメモを預け見繕ってもらう。
紙袋いっぱいに入った荷物を片手で持ちようやく帰路につくことができた。
「迷ってしまったせいで思ったより時間がかかったな。これはナ―シャに怒られてしまうな。……はぁ~」
ナーシャの雷が落ちる姿を想像するだけで溜め息がこぼれてしまう。
デルフは自分でも意図せず早歩きになってしまっていた。
幸いなことに帰り道は来た道を辿っていくだけなので迷うことなく進むことができた。
流石についさっき通った道を忘れるほど方向音痴ではない。
ルーは役目を終えたとばかりにポケットの中へと戻ってしまった。
しばらく進むと目の先に先程見た黒いローブを着た少年がまだゆっくりと歩いていた。
相変わらず歩幅は狭く遅かった。
しかし、気のせいかふらついているようにも見える。
ドタッ…
それは合っていたらしく次に足を出そうとした瞬間にバランスを崩し鈍い音を上げて地面にうつ伏せで倒れてしまった。
倒れたままピクリとも動かない。
流石に見逃すことができなくなりデルフは走ってその少年に近づく。
「おい。大丈夫か?」
近づくと持っていた荷物をゆっくり地面に置いてから義手を少年の背中に回し左手で意識があるか揺すって確かめる。
「お……」
「お?」
少年が微かな声を上げたがデルフには聞き取れなかったためオウム返しを反射的にしてしまう。
「お……お腹が空きました」
デルフはそれを聞いて持ち上げている手を放そうかと考えもしたが冷静になってその考えは捨てることにした。
声や雰囲気で分かったが少年ではなく少女であった。
デルフは紙袋の中からパンを取り出して倒れている少女に差し出す。
するとその少女はサッと飛び起きてパンを掠め取り齧り付いた。
そして、目にも止まらぬ速さでペロリと平らげてしまった。
ついでに水も渡すと一瞬にして飲み干している。
「ふぅ~生き返りました~」
「は、早いな」
「空腹で倒れるなんて初めての経験です……」
自分の世界に入って笑顔になっている少女。
その周りには花畑が見えてしまう。
デルフは早速気になっていることを聞く。
「で、何日ぐらい家出しているんだ?」
「な、なぜ私が家出していることを!? あなた天才ですか? そ……それともまさか追手!?」
少女は大げさに身構えて後ずさりでデルフから距離をとる。
「はぁ。俺は追手じゃないし。これぐらいで天才なんて呼ぶな。はっきり言うと見ればわかる。というか追っ手ってなんだ?」
少女は驚きを隠せず口が開いたままだった。
デルフの質問には答えずに少女の独り言が続いていく。
「ま、まさか私の正体がばれてしまっているなんて……。私の存在感が大きすぎるのも困ったものです」
「勘違いしていると思うが正体はわからないぞ? 裕福な恰好をしているから家出と考えただけだ」
そう言うと少女は一瞬静止してデルフを直視していたが突然に怒ったように頬を膨らませた。
「正体がわかっていない? それならそうと先に言ってください。やっぱりあなたは天才じゃないです。私の驚きを返して下さい」
デルフは殴りたくなる気持ちを必死に抑える。
「どうやら元気になったようだな。もう家出なんて止めてさっさと帰れよ。野垂れ死んでしまうぞ。じゃ俺はもう行くから」
立ち上がり地面に置いた荷物を持ってこの場を立ち去ろうとする。
「待ってください。まだ話は終わっていません。待ってくださーーーーい!!」
うるさいので仕方なく後ろを向くとなぜか両手の掌を皿のようにして前に出していた。
(一体何がしたいんだ?)
そう思っていると少女は口を開いた。
「おかわりです」
「は、ははは」
デルフは苦笑いしかでなかった。
(うん。無視だ。無視無視)
回れ右をしてこの場からデルフは立ち去ろうとする。
「無視なんて酷いです!!」
そう怒鳴り声が聞こえるが関係ないと決定付けて構わずデルフは歩みを進める。
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