第22話 二ヶ月の成果

 

 本格的なナーシャによる特訓が始まってからさらに一ヶ月。

 つまり修行を始めてから二ヶ月経とうとしていた。


 この日もデルフとナーシャは林の前で木刀を打ち合っていた。


 デルフの剣の腕は上達し飛んでくる攻撃をなんとか捌くことができるようになっていた。


 掠りはするものの直撃を受けて打撲などの負傷をすることはそうそうなくなっている。

 ナーシャも本気を出してはいないだろうがそれでも前と比べれば見違えるほどだ。


 そのデルフたちに近づいてくる者がいた。


「デルフ、ナーシャやっているな」


 デルフとナーシャは動きを止めてその声の方向へ振り向く。


 そこに立っていたのはデルフの師でありナーシャの父であるリュースだった。

 鎧姿ではなく私服であったが腰にはしっかり刀を携えている。


「お、お父さん! 帰ってきてたの?」

「今さっき帰ったところだ。デルフ。結構腕を上げたじゃないか」

「いえ、まだまだです。ナーシャも手加減してくれてやっとこれです」

「ハハハ。二ヶ月そこらで手加減とはいえナーシャとそこまで打ち合えるのはずいぶんな進歩と言える。この調子で励めばいい」


 デルフはその言葉に嬉しくなり大きな声で返事を返した。


「あーそうだ。デルフお前に土産だ」


 リュースは背負っていたバッグに手を入れ探り始めた。

 そのときナーシャがひょこっとリュースの視界に入るように移動した。


「お父さん。私のお土産は?」


 その言葉でリュースの手がピタリと止まってしまった。


「まさか……私にはないとか言うのじゃないでしょうね!」

「い、いや、そんなわけないだろう。もちろんある。ただ、忘れてきてしまっただけだ。……ハハハ」


 冷ややかな視線がナーシャから発せられるがリュースは無理矢理気付かないようにして手を動かしてバッグの中から異様な物を取り出した。


 最初は何かと思ったがよく見ると鉄の腕に見える。


「見ての通り義手だ。鉄でできているから少し重いかもしれないが丈夫だぞ」


 鉄の腕というのは正解だったようだ。


 その義手はリュースの言う通り鉄でできており何も着色はされていない。


 拳から腕にかけて忠実に再現されておりもしも肌色だったら本当の腕と見分けが付かなくなりそうだ。


 二の腕の部分には鉄の輪が二つありそのさらに上部にもう一つある。

 そのどれもが自由に締め付けの度合いを変えることができた。

 一番上の輪は肩に固定しやすく向きが斜めになっている。


 受け取ったデルフは肩に通して苦しくなりすぎないように調節してから固定をする

 そして、二の腕まで来た二つの輪も同じように固定する。


 その後何度か動かしてみるがしっかりと固定されており外れそうな気配は全くなかった。

 試しに大きく振り回してみたが結果は同じですっぽ抜けるということはないだろう。


 腕や拳の大きさもデルフの左手と比べても大差はなくまさにピッタリだった。


 立つときに感じていた違和感が消え失せ開いていた穴が塞がったような懐かしい感覚を取り戻す。


「よし。丁度だ」

「ありがとうございます。師匠」


 そのときリュースはニヤリと笑みを浮かべる。


 どうやらこの義手はただのお飾りではないらしく驚くべき性能を秘めているとリュースは言う。


 リュースは自慢げにその説明を始める。


「この義手の秘密とは僅かな魔力を流し込めば自在に自分の手のように動かせるようになる。日常生活はもちろん、剣を扱うのにも支障は無くなる」

「お父さん! それはホント? 良かったわね! デルフ! これなら戦闘の幅も広がるわ!」


 ナーシャはパンと手を叩き嬉しそうな表情になった。


 しかし、デルフはナーシャとは対照的にあまり浮かない顔をしていた。

 それもそのはず、デルフには決定的に欠けている部分があるからだ。


 デルフには魔力が一切ない。


「一回、動かしてみさいよ」


 そうナーシャがグイグイと近づいてきて楽しそうに義手を見詰めている。


「俺にこれを動かすことは出来ないよ」


 デルフは首を左右に振ってそう言う。

 期待を裏切ってしまう罪悪感で忍びない気持ちになって言い辛かったが言わないといけないだろう。


 当然、リュースとナーシャの二人の顔に疑問が浮かび上がった。


「どういうことだ?」

「いえ、俺には生まれつき魔力がないのです」

「魔力がない? 魔力は誰にでも僅かには絶対宿るものだと言われている。なぜ魔力が無いと言い切れる?」


 リュースからの質問にデルフは自分の体験談を語る。


「僕は印持ちでした」


 でしたと過去形なのはあの巨狼に右手とともに食べられてしまったからだ。


「ちょっと待て、印?」


 知らない単語がいきなり出てきて焦ったリュースがデルフの話を止めて聞いてくる。


 デルフは少し疑問に感じた。

 印のことを聞いたことがないのかと。


 騎士団の副団長なら話ぐらいは聞いたことはあるはずだ。

 そもそもの話、村人だったデルフやその他の人たちが知っているのだから知らないはずがないだろう。


 しかし、質問してきたのも事実なのでデルフは取り敢えず簡単に説明してみることにした。


「印は生まれつきに身体のどこかに浮かび上がっているその名の通り印です。印には力が宿っておりその力を行使すれば英雄になるのも簡単と言われているものです。聞いたことありませんか?」


 そう言うとやはりリュースも知っていたらしく険しい表情から明るくなったことから疑問はすっかり解消されたらしい。


「なるほど。紋章のことか。王国ではそれを紋章と呼んでいるんだ。すまないな。混乱させて」


 またもこんなところで王国と村との情報の齟齬があった。


 デルフはそのことに驚きながらも改めて説明を続ける。


「そのしる……紋章は魔力を僅かでも流せば使えるのですが俺には一切使うことができなかったのです。紋章の能力が使えないだけかと思いその後に簡単な魔法でも試してみたのですがそれさえダメでした」

「そういうことだったか。それよりも私はデルフが紋章持ちだと言うことに驚いた」

「あのときに右手と一緒になくなってしまいましたけど」


 デルフは自分の残っている右腕の二の腕の部分を眺めながら答える。


「そうか。かの有名な紋章がどんなようなものか見てみたかったがそれは残念だ。まぁその義手は普通の義手として使ってくれ」


 デルフはもう一度お礼を言い直した。


 その後すぐにパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。


「さぁデルフ。休憩はそのところにして特訓よ。あまり帰ってこないお父さんからアドバイスを貰える絶好の機会だから張り切っていこう!」


 デルフは頷き気持ちを切り替えて特訓を再開した。


 

 リュースはその近くの切り株の上に腰を下ろしデルフ達を眺めている。

 しばらく模擬試合を続けているとリュースの声が掛かった。


「ナーシャ。ちょっとこっちに来てくれないか?」

「えっ? 私?」

「ああそうだ」

「アドバイスならデルフに直接……」

「いいから」


 言葉を止められたナーシャは不機嫌になりながらも不承不承に肯く。


 私にアドバイスされても困るのだけどとブツブツ言ってリュースの下へ歩いて行く。


 リュースとナーシャの話し声がデルフのところまで声が届くことはなかったがナーシャの顔がだんだん驚きに満ちていくのがわかった。


 そのときナーシャの大声が聞こえてきた。


「ちょっと! お父さん! 本当で言っているの!?」


 何の話をしているんだと訝しげに視線を向けているとナーシャが文句を言いながら渋々戻ってきた。


「何の話だったんだ?」


 デルフは気になってそう尋ねるとナーシャはその質問を答えず静かに木刀を構える。


 その眼差しは冷たくデルフを捕らえている。


「デルフ。構えて。しっかり集中しなさい。気を抜くと大怪我じゃ済まないわよ」


 ナーシャの真剣な声を聞きデルフは冷や汗を流しながら木刀を構える。


「行くわよ」


 ナーシャは冷たい声を発すると同時に先程までと比べものにならない速さでデルフに詰め寄ってきた。


「なっ……」


 予め集中するようにと言われたデルフはその速さに驚きはするも反応をすることはできた。

 だがそれでもギリギリであったが。


 ナーシャの木刀が途轍もない速さで右上から迫ってくる。


 デルフは木刀で防ごうと上に構え力負けをしないように全身を使って踏ん張ろうとする。


 しかし、デルフの目にナーシャの剣線の微細な変化が映った。


 (右上……違う!)


 右上は陽動であり本当のナーシャの狙いは腹部だった。


 そのナーシャの剣線は流れるように滑らかにデルフの腹部へと向かっていく。


 デルフは既に力を込めた身体を無理やり動かして木刀を地面に突き刺す。

 飛んできたナーシャの攻撃は突き刺した木刀にぶつかり防ぎきったと思ったが衝撃を完全には相殺できなくデルフはそのまま横に吹っ飛ばされる。


 数回、転んだ後に手を突き立ち上がると目の前には既にナーシャがいた。


 木刀を握っている両腕はすでに後ろにあり横から振ろうとしている。


 (もう前!? 防がないと……いや、間に合わない!!)


 デルフは左から木刀が徐々に近づいてくるのを見えていた。


 それでも何とか防ごうと考えるがもう間に合わない。


 頭で考えても混乱するだけなので思考を一切止めて無理やり身体を動かそうとした。


 その結果、デルフがしたことは足の力が抜け尻餅をつくことだった。


 それが功を奏しナーシャの振るわれた木刀はデルフの髪を掠めて空を斬っていく。


「嘘ッ! 本当に……全部躱した……」


 ナーシャの顔が驚愕に満ち言葉が静かに零れる。


「やはり思った通りだ。見事だったぞ。デルフ」


 観戦していたリュースがゆっくりと立ち上がりデルフに近づいてくる。


 何が何だか分からないデルフは思考が停止したようにリュースの顔を眺めることしかできない。


「今、ナーシャが行った攻撃は一切の手加減はない。全て全力で行ったものだ」

「えっ?」


 ナーシャは側で頬を膨らませ拗ねたようにこちらを見ている。


「つまりだ。お前はナーシャの全力の攻撃を防ぎきったということだ。わずか二か月で目まぐるしい成長だな」

「お父さんはこうなることが分かっていたの?」


 ナーシャの言葉にリュースはばつが悪そうに頭を掻く。


「いや、本音を言うともしかしたらと思って確かめたかっただけなのだが……」


 それを聞いたナーシャは顔を赤らめリュースを睨みつける。


「何よそれ! お父さんが大丈夫と言ったじゃない! もしデルフが防ぎきれなかったどうするつもりだったの?」

「その時は私が止めるつもりだった。だが、その必要はなかったじゃないか」


 リュースはナーシャを宥めて言葉を続ける。


「お前達の打ち合いを見ていて気付いた。デルフはナーシャの剣線がしっかり見えていることにな。試してみた結果、問題点もありはしたがなんとかナーシャの全力を防ぎきった。それが示すことはデルフは視力に秀でていると言うことだ。例えば……」


 リュースは話を区切り腰に付けていた剣を引き抜きデルフの頭の上に振り下ろした。


 カンッと高い打撃音が響く。


「えっ?」


 ナーシャに何が起きたか分かることができたのはその音が消え去ってからだった。


 デルフの頭上ではリュースの剣とデルフの木刀が交差していた。


「まぁこの通りだな。デルフ。私の剣をはっきり見えたか?」


 デルフは自分で驚きながらもリュースの言葉に無言で頷いた。


 ナーシャはリュースが剣を抜いたことすら気付くのに遅れた。


 もちろんリュースは力をかなり弱めているだろうが速さは全力そのものだった。


 デルフはその攻撃を反応して防いで見せたのだ。


 しかし、ナーシャはデルフがまだ甘いと感じた。

 リュースの剣は刀なのだ。


 木刀ではそのまま身体を斬られてしまうためそれで防ぐという選択肢を選んだのは愚策だ。


 恐らくリュースが剣を寸止めしたおかげで木刀が斬られずに済んだのだろう。

 そう結論づけたナーシャだったが何か頭の中に引っかかることがあった。


 頭を捻りほんの数分前のことを思い出す。


 その疑問の正体が浮かび上がった。


 それはリュースが寸止めをしたというのならあの高い音は何だったのだろうかと言うことだ。


 リュースとデルフの声がナーシャの耳に入ってきた。


「デルフ。これも見えたのか?」

「は、はい。」


 ナーシャはリュースを見るとリュースが刀をデルフに見せていた。

 そこに高い音が何だったのかの解答があった。


 リュースの剣は刀でありその刀身を逆さにしてあった。

 デルフは剣がはっきり見えたと言った。


 つまり、リュースの剣の刃が逆にしてあることも見えた上で木刀で防いだことを意味する。


 デルフには全てが見えていたのだ。


「避けることはできると思っていたが刀を逆にしたと言うことまで見えていたのは驚いた」


 リュースも冗談のつもりで言ったらしくデルフの即答には顔を引きつっていた。


「嘘でしょ!! デルフ! 本当に見えていたの!?」


 凄い形相で顔を近づけてくるナーシャに少し恐怖したのは秘密だ。


 デルフは無言で数回肯く。


「あんた。私より強くなるのそう遠くないわよ」

「まさか。さっきの見ただろ? まだまだだよ」


 デルフは先程の戦いで終始考えなしの自分の行動を思い出し反省する。


「あのねぇ。自分が思い描いた行動を実戦で使えるってことは全くないのよ。皆行き当たりばったりよ……。いかに相手の攻撃を読んで戦いの最中に作戦を練っていく対応力が大事なの」

「それで実戦形式しかしていなかったのか」

「ええそうよ。それを養うためにね。でもこうもすぐに成果が出るとは思わなかったのだけどね。あなたの視力が普通じゃないだなんて気が付かなかったわ」


 ナーシャの言葉にリュースは付け加える。


「視力の良さは基礎力がなければ戦闘になっても意味がない。この二ヶ月で基礎力と直感が鍛えられたおかげでようやく効果が発揮できたと考えたほうがいい。ナーシャの厳しい修行に付いていけている成果だ。その視力の良さを存分に生かせるような戦い方を工夫してみるといい」


 デルフは深く考える。


 前にナーシャに同じようなことを言われたときには思いつかなかった自分の戦い方。

 しかしそこで自分でも気付かなかった視力の良さが浮上してきた。


 それを知ることができたことにより薄らとそれが見えてきた。

 しかしまだ何かが足りないと頭の中に靄がある。


 頭を抱えて考えてみるが思いつかなく今はこれ以上考えても意味がないと区切りつける。


 それよりもまずはその視力の良さとそれに反応できる土台が必要だ。


 さっきのは偶然視力の良さを利用することができたが偶然では駄目だ。


 これが常時発揮できるようにしなければならない。


 まだまだやるべきことが多いなとデルフは頭を悩ましたがその反面そのことが楽しくなってきている自分もいた。


「そうだった。ナーシャ。デルフに騎士になるために必要な知識も教えてやってくれ。私はあと三日で戻らないといけない。その間、私が稽古を付けよう。なに、ナーシャよりは優しいから安心するといい」

「ちょっと! お父さん! はぁ……まぁいいわ。しばらく私は勉強係というわけね」

「本来は騎士になるために騎士養成所という場所があるのだがデルフはもう十五で編入するには大きすぎる」


 騎士養成学校は十二歳からの六年制であり今から編入するよりはここで鍛えた方が効率が良いとのことだ

 入団試験は十八歳から資格がありデルフが受けることになるのは三年後になる。


「なぜ知識が必要なのかというと入団試験は剣技の実力だけではなく筆記試験もある。そのため騎士になるには学ぶ必要があるということだ。実力だけの馬鹿が入られても困るのでな」


 デルフとしてもこれはありがたかった。

 先程も村とここの情報の齟齬にも苦しんだことだしこの際こういったことがなくなるように自分で調べようかと思っていたぐらいだ。


 そう言っているうちに早くも空には赤と黒の境目ができていた。


 その夜の食卓は久しぶりにリュースが加わり普段より賑やかになった。

 食事が終わるとリュースがデルフとナーシャに話しかける。


「そう言えば忘れていた。ハルザードが明後日久しぶりに休みらしく家に来るみたいだ。そのときあいつの弟子も来るらしいから仲良くしてやってくれ」


 ハルザードの弟子は聞いたところデルフと同年代らしい。


 王国騎士団長の弟子だ。


 やはりそれに相応しい実力を持っているのだろう。


 学べるところは学ばせてもらおうとデルフはその日を楽しみに待つことにした。

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