第21話 初めての修行

 

「デルフー! 起きなさーーい!!」


 ぐっすりと眠っているデルフの耳に鐘の音のような大声が直撃する。


 驚きでばっと起き上がると扉の前にナーシャが立っていた。


「デルフ! 早く用意しなさい! 外で待っているわよ」


 それだけ言ってナーシャはさっさと外に出て行った。


 デルフは寝ぼけた頭を必死に働かせてすぐに準備をしようと動き始める。

 しかし、準備とは言っても昨日にもらった衣服に着替えることしかないのだが。


 ベッドに目を向けてみると枕の隣にはルーが寝ていた。


 いつの間にか街の徘徊から帰ってきていたらしい。


 起こすのも可哀想なのでそのまま寝かしておくとしよう。


 外に出ると太陽は半分だけ顔を出しておりまだ薄暗かった。

 それに加え昼間はあんなにも暑かったのが嘘のように肌寒く身体が震えてしまう。


(ん? いない……)


 デルフは少し当たりを見回してみたが先に出ていったはずのナーシャの姿が見えなかった。


 どこに行ったんだと疑問に思っていると「デルフ!こっちよ」と家の後ろからナーシャの声が聞こえてきた。


 声の方向に歩いて行くと林を背にしてやる気に満ちた表情で立っているナーシャがいた。

 その手には木刀が二つ握られている。


「ふふ。来たわね! ようし! ん? あれ? あんた右手はどうしたの!?」


 デルフがもらったのは半袖の服だったのでデルフの右腕が袖から出ていない事に気が付いたナーシャが驚いて聞いてくる。


「今、気付いたのか? 少し事情があってなくなったんだ」

「事情? ちょっと気になるけど、まぁ今はいいわ。ああ、なるほど。そう考えると……あんた利き腕はどっち?」

「右だ」

「やっぱりね。どうりで昨日、食事のとき何かおぼつかないと思ったわ。それなら……これを振ってみて。一回確認するわ」


 そう言って持っていた木刀の一つを柄がデルフの目の前に来るよう投げた。


 デルフはそれを受け取ろうとするが持った瞬間に左手の力が全く足りていなく木刀の切っ先が地面に着いてしまった。


 気を取り直し左手に力を込めてやっと木刀を構えることができた。


 しかし、それでも木刀が振るえてしまっている。


 そして振りかぶって振り下ろそうとするが振りかぶったときに限界が来てしまい力が抜け後ろにのけぞってしまう。


 デルフの顔にツーッと冷たい汗が伝う。


 いくらなんでもこれは酷い。


 確かにデルフは元から力は弱いが剣を持つことができないほど力を失っているとは思っていなかった。


 これだと呆れられるのではとデルフは内心では焦ったがそんなことはなかった。


 ナーシャは少し考え込むとすぐに顔を上げて口を開く。 


「取り敢えずの課題が見えたわね。鍛錬のメニューを変えるわ。まずは利き腕以上に左手を慣らすこと! そして当分の間は基礎体力作りね!」


 デルフ自身も利き腕の喪失は全てに置いて大きかったと改めて自覚した。


 しかし、これは一からやり直す機会だと考え奮起する。


「わかった」


 その返事を聞いたナーシャはにこっと不気味な笑顔を向けてきた。


「ちょうど良かったわ。ここらに畑でも作ろうと思っていたの。あなた耕しといてくれない?」

「それが修行に何の関係が……」

「体力作りよ!」


 そうきっぱり言われてしまうとデルフは苦笑いをすることだけしかできなかった。


 その夜、初めてこんなに真面目に体力作り行ったため尋常ではないほどの疲れが身体を襲った。


(農作業じゃなくあれは体力作りだ)


 息を切らしながら座り込んでいるデルフはそう自分に言い聞かせていた。

 立つために身体を動かそうとするが足が震えてうまく力が入らない。


「酷い疲れようね~。でも安心なさい。当分とは言ったけど一ヶ月もすれば楽に感じるようになるわ。さぁ家に入りましょ。今から晩ご飯の用意をするから」

「一ヶ月……」


 疲れ果てているデルフはこれが今まで逃げ続けていた修行なのだと実感した。


(しかし、なぜか思っていたのとは違う……)


 そう思ってしまうのは否めないだろう。


 デルフは剣を扱うだけの基礎力すらない自分の責任だと言い聞かせることで納得する。


 しばらく地面に寝そべっていたがようやく立ち上がりヘトヘトの状態で家に入っていく。


 すると既に夕飯ができあがっておりナーシャは食卓に着いていた。


「遅い!」


 付いてくるのが遅かったデルフにナーシャは不機嫌になっていた。


 これはまずいとデルフも急いで席に座る。


「デルフ。これから畑作りは完成するまで木刀の素振りは暇があればすること! あんたは基礎ができていないわ。こればっかりは時間を掛けるしかないから。いいわね!」


 ナーシャは険しい顔から一転して満面の笑みを浮かべる。


 食後、汗で気持ち悪くなった身体を水を浴びることでさっぱりとさせてすぐに寝床に着いた。


 次の日の早朝、デルフの目覚めは最悪だった。


「ああああああああああああああ!!」


 絶叫を上げデルフは飛び起きた。


 デルフは辺りを見渡して冷静になり呼吸を整える。


「また、この夢か……」


 デルフが見た夢はカルスト村が動物に襲われたときのことだった。


 あれから眠るたびにあの悲劇が最初から最後まで繰り返される。


 何度見ても慣れることができず叫びはせずとも鼓動は早まってしまう。


 そして、今回は久しぶりに絶叫とともに起き上がってしまった。


 絶叫して飛び起きたのは砦で目覚めたとき以来だ。


「強くなると村で誓ったけど毎晩この夢は流石に堪えるな……」


 デルフの横で寝ていたルーも同じように飛び起きてしまったようだ。


 ルーは訳が分からず辺りを見渡してからデルフの顔を見て首を傾げる。


「すまない。起こしてしまったか」


 デルフは寝ぼけているルーの頭を安心させるように撫でる。


 そのとき部屋の外から騒がしい足音が聞こえてきた。


「どうしたの? デルフ! 何かあったの!?」


 扉を勢いよく開けナーシャは開口一番に心配そうにそう尋ねてきた。


「大丈夫。何でもない」


 前にこの話をして自分が取り乱してしまった事を思い出したデルフはまたそうなることを恐れて素っ気なく答えてしまう。


 その後、デルフは立ち上がり着替えを始める。


「そう。ならいいのだけど……。デルフ何かあれば言ってよね。何か力になれるかもしれないから」


 そんな態度のデルフに嫌な顔一つせずに笑顔でナーシャは部屋から出て行く。

 しかし、その笑顔にはどこか淋しさが漂っている。


 デルフはそのナーシャの言葉に妙に暖かい安心感を覚えた。

 今すぐその言葉にしがみついたらどんなに楽になれるだろうかと想像をする。


 ハッとデルフは知らずの内にそんなことを考えている自分に嫌気が差す。


「また、俺は守られようとしている……。早く、早く! 強くならないと……」


 そして、この日もさらに次の日も素振りと畑作りに勤しんだ。


 元村人なので農作についてはそれなりの知識があるが片手だけということもあり力作業に支障をきたしてしまい数日後にようやく完成することができた。

 耕す面積が家一つ分程度で助かったとデルフは安堵する。


 休憩を少し挟んでから素振りを始めたデルフにナーシャが近づいて声を掛けた。


「ふふーん。ようやく完成したわね。まぁ片手だけだし仕方ないか。あとは私がしておくわ」

「いや、最後まで俺がするよ」


 そう言ったがナーシャは「いいわいいわ」と数回手を振る。


「あとは苗を植えるぐらいよ。それぐらい私がするわ。あんたは早く体力と筋力を付けなさい」


 その後、ナーシャはデルフに背を向けてできたばかりの畑に向かって行った。


 それからデルフはナーシャに言われたとおり基礎体力作りに励んだ。

 素振りはもちろん走り込みも行い筋トレにも心掛ける。


 それから時が過ぎるのは早く一ヶ月が経とうとしていた。


 デルフとナーシャはいつもの林の前に立っている。


 その場所から見えるデルフが耕した畑には植えた苗から早くも赤い果実などが実っていた。


「よーし。デルフ! 体力作りはもうおしまいよ! もう十分体力は付いたと思うわ! 今日からはとことん実戦形式でやっていくから覚悟しなさい! まずはこの一ヶ月の成果を見てあげるわ」


 すでにナーシャの手には木刀が握られている。

 デルフの手にはもう一本同じ木刀がある。


「さぁ、かかってきなさい!」


 そう威勢のいいナーシャにデルフは顔をしかめる。


(かかってきなさいって剣術も何も分からないのだけど……)


 しかし、そう考えていても仕方がないのでデルフは静かに木刀を構える。


 前までは構えるだけでも手が震えるほど精一杯だったが今では木刀が軽く感じた。


 素振りをし続けて慣れただけかもしれないがそれだけでも確かな成長だ。


 それに日常から左手しか使っていないため今では食事の際のぎこちなさが解消され利き腕に差し支えがないほど扱えている。


 ただ前に右手を失ったのを忘れて力を入れようとすることがあったがそれもなくなってしまった。

 それが自分の中にある右腕の名残が完全に消え去ってしまった様に感じてしまう。


 デルフはふぅーと息を吐き集中する。


 ナーシャもデルフの動きを観察しながら木刀を静かに構えた。


 デルフは心を落ち着かせてから爆発するように一気に走り出す。

 今まで素振りしてきたこと思い浮かべていつも通りに木刀を振り下ろした。


 だが、いとも簡単に避けられナーシャは自分の足をデルフの足に引っ掛けて転ばせる。

 勢いよくデルフはそのまま地面に顔から激突した。


「ッ~!!」


 こうなるのも必然だ。


 デルフ自身も感じていたことだがこの一ヶ月間は体力作りをしていただけであって剣の扱い方などは一遍たりとも学んでいない。

 自然に木刀を振れるようになったというだけで戦闘の経験が全く足りていない。


「ほら早く立ち上がりなさい。次は私から行く、わよっ!」


 ナーシャは喋りながら走り出し瞬く間にデルフとの距離を詰める。


 右上からの攻撃がデルフに迫り来る。

 避けようと動こうとするが身体が反応できずに直撃し地面を転がってしまう。


 デルフは痛みで声が出ず頭を手で押さえて地面をのたうち回ってしまう。


「避けられないなら防げば良いのよ。武器は攻撃をするだけじゃないわ。それと死んでも武器は手放したらダメよ」


 そして、もう一撃、デルフの脳天に直撃した。


 その瞬間にデルフの頭の中が再度真っ白になる。


「こんなふうに防ぐこともできなくなるから♪」


 普通に言ってくれれば分かるのに!と言いたかったが頭に走る痛みでそれどころじゃない。


 痛みが薄れてくると落としていた木刀を持って立ち上がる。


 一度後ろに退いたナーシャはそのことを確認するとまた走り出す。


 次は左上から木刀をデルフに振り下ろす。

 デルフは木刀を頭の上に出して防ごうとするが力負けしてそのまま自分の木刀が頭を打つ。


「痛ッ!」

「さぁどんどん行くわよ!」


 この後、日暮れまでナーシャの特訓というかしごきが続いた。


「今日は終わりね。デルフ。もう休みなさい。ボロボロよ?」


 遠慮も手加減もなく木刀を振り回されればそうなるだろとデルフは内心でぼやく。


 そのせいでデルフの服は砂埃にまみれている。


 もしかしたらこれでも手加減されているのかもしれないが。


 身体の状態も中々に酷く汚れのなかった肌には所々に青アザが目立っている。


 これが毎日続くと考えると元弟子たちが逃げ出してしまうも納得だった。


 もちろんデルフはもうそんなことで逃げ出したりはしない。

 それどころかやる気だけは誰よりもあると自負しているつもりだ。


「いや、もう少ししてからいくよ」


 そう言うとナーシャは溜め息を吐いた。


「なに倒れながら言ってるのよ。休むのも特訓のうちよ。ほら、とにかく家に入りなさい」


 ナーシャは倒れているデルフに肩を貸して家に入っていく。


 椅子に座ったデルフに怪我の手当てをしながらナーシャは今日の修行の感想を述べる。


「デルフ。あんたはあんたなりの戦い方を見つける方がいいかもしれないわ。私の戦い方は力押しがほとんどなのよ。悪く言えば無鉄砲かしら。片腕のあなたじゃ難しいと思うわ」

「自分の戦い方……」

「ええ。そうよ。まぁ、まだ始まったばかりだし焦らなくてもいいわ。ゆっくり見つけていけばいいのよ」


 デルフはベッドに寝転びながらナーシャがさっき言った自分の戦い方について考えてみたが何も思いつかなかった。


 言われた通りこれからゆっくりと考えるとしよう。


 ふと、デルフは部屋の中を見回す。


「掃除し忘れてたな……コホコホ」

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