第20話 王の懸念
デルフたちより一足早くデストリーネ王国に到着したハルザードはすぐに城に向かおうとする。
国王にカルスト村の事件と元の目的であった悪魔の件についていち早く伝えるためだ。
だが到着したときは夜遅く今行くのは失礼だと考え門番に昼過ぎに訪れると言い残し自宅に戻った。
そして、次の日の朝。
時間的にまだ余裕があるので話す内容を紙にまとめる。
考えていたよりも少し時間が掛かってしまい昼過ぎに城に赴いた。
城に入ると衛兵がハルザードに近寄ってきた。
要件は国王が会議室で待っていると言う。
前回のときは内密であり直接王室に伺ったが今回はもう既に大事となってしまっているため会議室で会議を行うのだろうと推測した。
ハルザードは急いで会議室に向かう。
ドアをノックしてから会議室に入るとすでに会議は行われていた。
現国王ハイル・リュウィル・デストリーネが豪華な椅子に座っておりその前には大きい横長の机が置いてある。
それを囲むように侯爵以上の爵位を持つ貴族などが重苦しい中で佇んでいた。
その中には黒のローブを着ている女性がいた。
フードは流石に脱いでいるがそれでも不気味な雰囲気を醸し出している。
この女性こそデストリーネ王国三大勢力の一つである魔術団の団長カハミラ・フォーサニヤだ。
デストリーネ王国三大勢力とは騎士団、魔術団、そして貴族達が保有する兵隊の三つ。
貴族の頂点であり第一王子で王位継承権第一位、ジュラミール・ドゥムリ・デストリーネもこの場にいた。
そしてこの三大勢力をまとめるのが国王であるハイルだ。
ちなみに魔術団は三大勢力の一つだが騎士団に比べると発展途上であるせいかあまり戦力的に重要視されていない。
主な役割は魔法についての研究をすることにある。
「おお。騎士団長。待っておったぞ。ちょうど悪魔の件について相談していたところだ。早速であるが結果の報告を頼む」
ハルザードが入ってきたのを確かめたハイルは口早にそう言った。
「はい」
ハルザードは悪魔について具体的にかつ手短に話す。
その話の中にカルスト村で起きた事件も加えている。
昨夜にまとめていたこともあり言葉を詰まらすことなく伝えることができた。
話し終わるとハルザードはハイルの顔が少し沈んでいることに気が付く。
「そうか……悪魔は死んだか……」
そのハイルの口調はなぜか残念そうだった。
悪魔が死んだという報告に一同は胸を降ろす。
「騎士団長殿。そのときにカルスト村とやらを襲った動物というのは?」
しかし、いちはやくカハミラの横に立っていた侯爵がそう顔を曇らせて尋ねてきた。
ハルザードは村を調査したときに見た黒猿の死骸と自分と相対した巨狼、そして槍ボアの変化のことを重点的に話す。
「槍ボアはさておいて巨狼と黒猿ですか。恐らく捕食者ですな」
「それは間違いないかと。しかし、それよりも危惧しないといけないのはその軽視している槍ボアのことです」
ハルザードは槍ボアを侮っている侯爵に悟らせるように告げる。
確かにあの槍ボアよりも黒猿や巨狼の方が危険度は高いだろう。
それでもあの槍ボアの変化は動物の常識を覆す存在であることをハルザードは確信していた。
「槍ボアぐらい我が国の騎士であれば倒すことは容易でありましょう?」
「そうとも言い切れません。私が知っている槍ボアとは些か齟齬がありました。その槍ボアは……岩を纏っていたのです」
「岩を?」
侯爵は然り他の面々も疑問を顔に浮かべていた。
「調査の結果。それは魔力を用いたことが分かりました」
「何ですって!!」
会議室に一人の大声が響き渡った。
その元は魔術団長であるカハミラであった。
「カタルシス殿。それは本当のことかしら!? ただ岩を身体に引っ付けただけとは考えられないの!?」
カハミラは狼狽えながら口早にハルザードに聞く。
ハルザードはそのカハミラの言葉に頷くがそれは肯定の意味ではない。
「確かにそれは考えましたが……私の部下が戦闘を行ったとき槍ボアがその纏っている岩を飛ばし、そして飛ばした岩をまた身体に纏ったと聞いております。魔力を用いたとしか考えられません。飛ばした岩の威力は凄まじく我らの鎧を貫通せずとも衝撃までは防ぎきれず重傷者も数名出ております」
「動物が魔力を使うなんてありえない……」
カハミラはそれ以降考えるように黙ってしまった。
動物には魔力は宿っていない。それが常識だ。
しかし動物が魔力を用いた攻撃を行った。
これは古今未曽有の出来事である。
そう今までの常識が覆されたということだ。
カハミラ以外にも周りでは驚きや動揺が表情をしている人たちで溢れている。
ただハイルとジュラミールは違った。
「我が国の騎士がやられてしまったか。そうなると魔力を手に入れたことにより捕食者の領域に到達したと言えるな」
ハイルは取り乱すことなく冷静にそう言った。
「捕食者と同じ強さですか。それなら最低でも危険度は四ということになります」
ジュラミールも同じように平然とそう返す。
会議室内がざわめきで広がっていく。
「槍ボアに危険度四は少々引き上げ過ぎなのでは!?」
「騎士がやられたのだ。それが妥当であろう」
貴族たちの間で言い争いが絶えずに続いていく。
それを払いのけるようにハイルはコホンと咳払いをして口を開く。
「とにかくだ。これで終わりとは到底思えない!この異変は何かの予兆であろう。ひとまず魔力を持つ動物を”魔物”と名付ける。各自、いかなる場合でも即座に動けるように準備を整えておいてくれ」
「「ハッ!」」
その言葉でこの会議はひとまず解散になった。
会議室に残ったのはハイルとハルザードだ。
ハルザードは任務の殆どが王の護衛のため側に着いている。
これが騎士団の実質の指揮権があるのは副団長だと言われる由縁だ。
騎士団長の役目は王都内の軍と近衛兵の指揮になる。
「取り敢えず、危険度十二、いや十三とも呼べる悪魔が死んだことは我が国の存続の危機は去ったと思ってよいものか」
先程までの重苦しい感じはなくなり少し気が抜けたように話すハイル。
「危険度十三……全く恐ろしいものです。弱っていたので私も無事で済みましたが万全な状態だったら確実に死んでおりました……」
ハルザードは死んでいった二人の隊長を思い出す。
弱っていてあれなのだ。
本調子の場合を思うと寒気がする。
「しかし、私たちが助けた村の生き残りの少年が言うにはあの悪魔は理性があるそうです」
そのハルザードの何気ない一言にハイルは激しく動揺した。
「理性があるだと!? なんと言うことだ……」
ハイルは頭を抱え込んで俯いてしまった。
「ですがもし悪魔が生きていたとしても暴れ回ることはないのかもしれません。なぜなら……」
「サムグロ王国を憎んでいるか」
ハイルは食い気味にハルザードが予想だにしていないことを口にした。
「なにか知っているのですか!?」
そのとき会議室に扉を叩く音が鳴り響いた。
「騎士団副団長のリュース・ギュライオンです」
「入れ」
扉が開くと当然リュースの顔が見えた。
酷く息切れしており急いでここに来たようだ。
リュースが息切れをしたところを見たのはいつぶりだろうかとハルザードは内心で驚いていた。
「副団長。何かあったか?」
ハルザードが聞くとリュースは深々と頷きハイルに一礼してから答える。
「村から持ち帰った槍ボア、黒猿の死体の解剖を行った結果どちらの死体からも見慣れない臓器? に類似するものがありました」
「臓器?」
「実際に見せた方が早いでしょう」
リュースが持っていた鞄から取り出したものは中央には拳ほどの球体がありその球体から長い足みたいなものが八本ほど生えているものだった。
例えるなら蜘蛛のようだ。
「こ、これは……」
ハイルの顔に大きな動揺が見えた。
少し戸惑ったハイルだが続けよとリュースに言いリュースが続きを話し始める。
「これが動物の心臓に張り付いていたのです。最初は何かの生物だと思いましたが動く気配はなくすんなりと摘出することができました」
「そうか」
「何か心当たりでも?」
ハルザードはハイルがあまりにも冷静だったので尋ねてみるとハイルは視線を下に向け話し始める。
「サムグロ王国が革命にあった理由を知っているか?」
それが何か関係があるのかと思いながらハルザードは答える。
「絶対王政による国民からの不当な搾取からだと聞いております」
「それも理由の一つだがもう一つ決定的な理由がある。それはサムグロ王国は人体実験をしていたのだ。なんの実験かは知らないが多くの人がその犠牲となった。発見が遅れたのは犯罪者や農民な大事にならない人物を狙っていたからだ」
「サムグロ王国が人体実験…………」
「私の先祖は革命の際にサムグロ王の隠し部屋を見つけた。そこにあった書物は暗号化されており読み解ける者は誰一人としていなかったがこの臓器と類似した絵が描かれていたのだ。それを踏まえた上で考えるとその人体実験とこの臓器は何か関係があるのだろう。書物は今も宝物庫の中にあるが文字が潰れたりなど状態が悪く解読を試みることもできないがな」
デストリーネ王国初代国王はその人体実験をしていた実験室に潜りその実態を見たという。
実験室はあまりにも凄惨な光景でありすぐに取り壊した。
もちろん生き残りは一人としていなかったらしい。
「それ以降、人体実験があったことを初代は隠蔽して王となる者のみ伝えられるようにした。サムグロ王の真似をする者が現れるのを危惧してな。……少し待て」
ハイルの言葉が突然止まってしまい考え込むように独り言を呟いている。
独り言が終わったかと思うとそのハイルの顔は目が見開き驚きに満ちていた。
「どうしましたか?」
ハルザードがそう聞くとハイルは落ち着きを取り戻し答えるが目だけは見開いておりいまだ落ち着いていないことを表していた。
「先程言ったようにこのことを知っているものは現在、私しかいない。だが私を除いてこの臓器のことを知って尚且つ作り出す者がいた……」
ハイルは話している途中にして言い淀んだ。
まるで今から言うことを信じたくないという意味を含んでいるような気がした。
それも僅かな間でハイルは意を決して口にする。
「それを知るものはサムグロ王自身だ。つまりサムグロ王は……生きているということになる」
言葉が少し詰まりながらもハイルはサムグロ王が生きていると言い切った。
「些かそれは話が飛躍しすぎているのでは? サムグロ王は四百年前の人物です。もう生きているはずがありません」
ハルザードの言葉を聞いてハイルは少し考え込む。
「確かに我が先祖がサムグロ王を討ち果たしたと記録に残ってある。しかしサムグロ王は王位に就きながら名の知れた魔術師の一人だ。どのような魔法を使うのかも分からぬ……」
「魔法ですか……」
確かに魔法は発見されてから長い年月が経っているがそんなに解明されていない未知の力だ。
そうなるとサムグロ王が生きている可能性は大いに浮上してきたことになる。
「……そういえば悪魔の封印は元々サムグロ王がしたものだった。最初は長年の風化により封印が解かれたと思っていたが、もし何者かに解かれたと考えるとそれもサムグロ王の手によるものだと考えられるか」
それはハルザードも聞いたことがあった。
王国の魔術師がその封印の術式を何年もかかり調べ上げたがついにはお手上げの状態だったらしい。
「……サムグロ王の知識を受け継いだ何者かということはないですか?」
リュースは割り込んでもう一つの可能性を出現させる。
「そ、そうか。その可能性もあるのか。私としたことが見落としていた」
ハイルはリュースの発言に自分を落ち着かせるように何度も頷きながら答える。
「その二つの可能性を検討してみるとしよう」
ハルザードも深く考え込む。
(もしサムグロ王が生きているとするならその理由はわからない。だが、魔法と言われれば納得するしかないか。全く魔法というものは何でもありだな。まぁ、しかし俺も魔法を使っている身であるし文句を言える身分でもないか)
ない頭を使いすぎたハルザードは考えるのを止めて頭を掻く。
「取り敢えず、騎士団には魔術団と合同の対魔物特別隊……名称は自由に決めてくれても構わないが新たに設立する。魔術団には私が説明しておく。あと殉職した隊長二名の代わりもしくは代理を至急に立てておけ。近隣諸国の動きも気になる。特にジャリムを調べておいてくれ。あとこの臓器は念入りに魔術団に調査させる。回しておいてくれ」
「了解しました。では失礼します」
ハルザード達は一礼し会議室を後にする。
そのとき、ハルザードは扉の近くにいた近衛兵に王の警護を任せた。
「全く物騒になってきたな。魔物やら人体実験の臓器やらで頭が重くなりそうだ。まぁこのことは任せたぞリュース。ああ、あと魔物討伐隊だったか? それも五隊の中から選抜しておいてくれ」
「対魔物特別隊だ。さっき聞いたばかりだろ。ボケが始まったか?」
呆れた顔でリュースはハルザードに毒突く。
「馬鹿野郎。お前と同い年だろうが……。それよりもデルフのやつはどうだ?」
「まだ始まっていないからなんとも言えない。強いて言うならば馬に慣れてくれたおかげでスピードが出せて昼頃にはここに着くことができたというぐらいか」
「なるほど。通りで考えていたよりも早かったわけだ。お前が会議室に来たときは内心で驚いていたぞ。それで他になんかないのか?」
「さっきナーシャに会わせたところだ。まぁそれぐらいだな」
「いや、それだそれ! それが聞きたいんだよ。嬢ちゃん結構厳しいところあるだろ? 何人も逃げられてまた新しいのが来たとなると流石に怒ってデルフに八つ当たりしそうじゃないか?」
「私もそれを心配したんだがナーシャのやつ結構やる気になっていたから心配いらないと思う。デルフのことを気に入ったらしい。片腕はないがナーシャの修行に耐えられたなら十分強くなれるだろう。後が楽しみだ」
「その内に俺の弟子にも会わせるとするかな。良いライバルになりそうだ」
「ナーシャを棚に上げといてお前の弟子の方が難しい性格をしているじゃないか」
「ハッハッハ。良いじゃないか。それが面白いんだよ」
元気よく笑うハルザードを見て本当に大丈夫かと頭を掻くリュースだった。
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