第18話 門出と決意
村の中央に全員の死体を運び終わったデルフは落ちていた鍬を拾い祭壇があった場所の地面を掘り始める。
左手で地面に鍬を叩きつけさらに足で押し込み思い切り引くことを何度も繰り返すことで人が簡単に入る穴を作っていく。
隣ではリュースが手伝ってくれている。
日が沈む頃には見つけた皆の死体の数、およそ百個もの穴を掘った。
そして、その穴に一人一人丁寧に入れて埋めていき木で作った墓標を立てる。
不幸中の幸いか木片なら見渡せばいくらでもあった。
「父さん、母さん……」
父さんと母さんの亡骸を埋めるときには身体が震えて崩れそうになるが必死に堪える。
デルフは両親の横にある死体が入っていない穴を見る。
「カリーナ…………」
カリーナの亡骸はない。
巨狼に丸呑みされたのを目の前で見せられ残っているとも思っていなかったがいざその現実を突きつけられると身体が震えてしまう。
デルフはカリーナの墓の前に静かに腰を下ろす。
その横にはカルスト村の住人ではないがリラルスの墓も作っていた。
大怪我を背負っていながらもデルフを守るために戦ってくれたリラルスにしてあげられることはこれぐらいしか思い浮かばなかった。
生きていたら文句を言われるかもしれないがそれならそれで笑ってこの墓を潰せば良い。
むしろ文句を言いに出てきて欲しいぐらいだ。
リュースはハルザードに呼ばれ先程離れていった。
デルフは一人きりになってしまい今まで燻っていた怒りが頭の中に渦巻いてくる。
「結局、僕は何もできなかった……。なぜ、なぜ! 一番弱い僕だけが生き残ったんだ……。一番弱い僕が真っ先に死ぬべきだろ!」
今まで我慢していたがついに限界が訪れてデルフは叫ぶ。
デルフの目頭に涙が溜まる。
「僕には何も守れない……。何も守れないんだ。皆、皆! 死んでいった。僕にはもう何もない。もし僕が戦えたのなら皆やカリーナとともに戦えた。助けることができたんだ。弱い……自分が憎い!!!! みんなと一緒に死ねばよかった……はは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
我慢の限界を迎えついに爆発した。
狂気じみた笑い声が村中に響き渡る。
デルフの目の色は失せてしまいただ勝手に涙が零れ落ちていく。
「は、はは…………」
疲れ果てたデルフはその場で静かに項垂れた。
「ここいいか?」
デルフは無心でゆっくり横を見るとリュースが戻ってきていた。
少し冷静になり頷くとリュースは座った。
しばらく時間が経った後、デルフはゆっくりと口を開く。
「……みっともないですよね。なにも出来なかった僕だけが生き残るなんて……僕が真っ先に死ぬべきだったはずなのに」
リュースは少し黙っていたが視線を墓に向けて言葉を紡ぐ。
「……君はそう思うかもしれないが君を助けた人は違う。少なくとも自分と同様に君のことが大事だった。それも自分の命を賭けるほどに。その言葉は君を助けてくれた人の思いを踏みにじることになってしまう」
デルフは何も言い返せなくて俯いて黙ってしまう。
「反省、後悔は人には必要だ。しかし、それで自分が潰れてしまっては意味がない。今、言うのは酷かも知れないが前を向かないと何も変えられないぞ」
デルフの目の色が徐々に戻っていきそして黙って聞く。
「デルフ。人にはそれぞれ一つ人生という物語がある。その物語の主人公は自分自身。その自分の行動により物語は良作にも駄作にもなる。それを踏まえて聞く。君の物語はここで終わりにするのか?」
「物語……」
「ああ、そうだ。君は今のままで本当に終わりにしてもいいのか?」
「僕は弱い。だから……弱いままでいたくないです」
「なら、どうする?」
「父さん、カリーナ、リラルス、皆が守ろうとしたように僕も守られるのじゃなく誰かを守れる人間になりたい! 強く……強くなりたいです!」
そのデルフの答えを聞くとリュースは真剣な表情を崩し満足そうに頷く。
「良い答えだ。過去は変えられないが未来は変えることはできる。目的ができたならそれに突き進めば良い」
デルフはどうすれば強くなれるかを考える。
リュースが言うには後からゆっくり見つければいいと言っていたがなぜかそれは今すぐ考えなければならない気がした。
ここが分岐点にデルフは思えた。
先程のリュースの戦いを見て流石王国が誇る騎士団長の右腕である副団長と感じるとともに憧れも感じていた。
瀕死の状態とは言えカリーナが苦戦したあの黒猿を一瞬にして屠った強さ。
まさにデルフが求めるものだった。
今しか行動するチャンスはない。
そう思ったデルフは口を開く。
「リュ、リュースさん。一つお願いがあります」
「ん? なんだ?」
「僕を弟子にしてください!」
突然のデルフの言葉にリュースは始めて見せた動揺により目を泳がせる。
「な、なんと言った? で、弟子?」
「はい。僕は強くなりたい。そしてあなたのような騎士になりたいんです。でも今の僕は弱い。それに、片腕しかなく騎士に向かないかもしれないです。ですが、それでも強くなりたい。お願いします!」
リュースは目を瞑り深く考え込んでから口を開く。
「だ、駄目だ。弟子をとっても私にはあまり教えられる時間はない。すまないな。諦めてくれ」
すっぱりと拒否された。
しかし、それで諦めるほどデルフの意思はもう弱くなどない。
「それでも! それでも構いません。あなたのようになりたい。僕は強くなりたいんです! お願いします!」
そのデルフの迫真の言葉にリュースは焦って目が泳いでいた。
さらにデルフが言葉を続けようとするとリュースの言葉がそれを遮った。
「あーわかったわかった。私が考えたことなど些細な問題だったな。それにそもそも私が促したことだ。いいだろう。君……いや、デルフ、お前を弟子にしてやる」
デルフは何か問題があったのだろうかと思ったが取り敢えず願いが通ったことに歓喜した。
「本当ですか! ありがとうございます!!」
デルフは満面の笑みでそう答えた。
そのとき後ろからデルフたちを呼ぶ声が聞こえた。
声色から恐らくハルザードだろう。
「団長が呼んでいるな。そろそろ行くか」
歩き始めたリュースだが思い出したかのように立ち止まった。
「そうだった。知っていると思うが都市に住む人は皆、名前の下に家名がある。例えば私の家名はギュライオンだ。何か考えておくといいだろう。だが、一度決めたら変えることはできないから慎重にな」
「わかりました」
そう言うとリュースは先にハルザードの下へ歩いて行く。
「家名か……。そうだな、これしかないな」
デルフは家名をすぐに思いついた。
いや、これしかない。
そう思ったのだ。
墓標を後にしたデルフは先に戻っていったリュースの下へ向かおうとする。
しかしその時、デルフの後ろから忍び寄る小さな影があった。
その影は大きく飛びデルフの頭に飛び乗った。
「うわっ! な、なんだ?」
デルフは頭の上に乗った物体を鷲掴みする。
しかし、その物体は暴れ回りデルフの手を振りほどき地面に着地した。
「何かと思えば、ルーじゃないか」
リスであるルーがそこに立っていた。
デルフは腰を落としてルーに話しかける。
「リラルスと一緒に来ていたんだな。……悪いな。僕のせいでリラルスが、痛ッ!」
ルーはデルフの言葉を遮りデルフの足に齧り付いていた。
(ルーが気にするなと言っているのか?)
デルフは微笑みルーを強く荒々しく頭を撫でた。
「さて、そろそろリュースさんやハルザードさんが待っているから急がないと」
ルーはデルフの足に飛び乗りそのまま肩まで上がっていく。
「わかってるって。置いて行かないさ」
肩に乗っているルーを撫でて立ち上がり足早に歩いて行く。
近づいてくるデルフに気付いたハルザードは声を掛けてきた。
「おい。聞いたぞ! デルフ! お前、リュースの弟子になるんだってな!」
「は、はい! 精一杯頑張るつもりです!」
そう言うとハルザードはぐいぐいと顔を近づけてきて小声で囁く。
「なぁあいつ断らなかったか?」
「一回断られました」
「はっはっは、やっぱりな。ここだけの話だがリュースのやつ弟子を取るのはお前で五人目なんだよ。だけどよ。あいつの指導が厳しすぎて全員逃げてしまったことがあるんだ。……いやリュースじゃないか」
少しハルザードの言葉に引っかかったが話は続いていたので置いておくことにする。
「それがトラウマになってな。それ以来もう弟子は取らないとか言っていたからお前を弟子にするってさっき聞いたときは驚いたぞ。こう言っちゃ何だがあいつ結構頑固だから自分の言葉はなかなか曲げない。全く珍しいものを見た」
「は、はぁ。それでリュースさんじゃないというのは?」
それをハルザードに言うと不敵な笑みを浮かべてそれはお楽しみだと言った。
「おい、ハルザード。余計なことは言わなくていい!」
ハルザードの横にはいつの間にかリュースが立っていた。
「本当のことだろ。はっはっは」
「全く。お前は…………はぁ」
ハルザードとリュースのやりとりにデルフは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ところでデルフ。そのリスは何だ? ペットか?」
リュースがデルフに尋ねてきた。
「あ、あー自分のペットではなくリラルスのペットです」
「ほう。あの悪魔がペットを連れていたなんてな。……やはり滅びの悪魔について知らなすぎたようだ。もしかしたらこちらの対応次第では話が通じたかもしれんな」
ハルザードが話に割り込んでくる。
「それでもだ。団長、強大すぎる力は見逃せない。心変わりがあったらそれでおしまいだ」
「それもそうだがな……」
それからリュースは一回咳払いをして話し打ち切ってから再度話し始める。
「ところで団長。至急、陛下にこのことを伝えなければならないのでは?」
リュースの指摘を受けハルザードの顔に焦りが浮かぶ。
「そうだった! 俺は急いで王国に戻るとする。リュース! あとはいつも通り頼んだ。それから間に合えばでいいがさらに分かったことがあれば会議場まで知らせに来てくれ」
「了解した」
ハルザードは馬を走らせて行った。
「さて、私たちもぼちぼち出発するとするか」
そう言うとリュースは村に散らばって調査を行っている騎士たちに準備するように命じる。
準備が終わる頃には辺り一面暗くなっていた。
「私たちも出発! と言いたいがもう日が沈んでしまったか。少し進んで一晩過ごすとするか」
リュースはデルフを気遣い村で一夜を過ごすのはやめて部隊の移動を開始させた。
デルフは村に出るときに一礼をした。
そして行きと同じようにリュースの後ろに乗り少し移動した後、野宿の用意がされた。
見張りの騎士を除いて他の騎士達は眠りにつき辺りは静寂に包まれていた。
デルフはまだ起きており焚き火の前に座っている。
その横にはリュースが夕食を取っていた。
騎士の采配をしていたリュースはいつも最後に休んでいるという。
「そう言えばデルフ。言っていた家名は王国に着くまでに決めておいてくれ」
そう言うがデルフはなんと名乗るか既に決めている。
「いえ、もう決めています」
「……そうか。では聞かせてもらおうか」
リュースは少し溜めてからデルフに尋ねた。
(僕一人を残してカルスト村は滅びてしまった。いつかはこの村も地図から消え存在自体は僕の心の中だけになってしまうだろう。僕はこれから変わっていく。そのため弱さは全て捨てしまう。そして、強さを身につけいつか父さん、母さん、カリーナ、そしてリラルスに胸を張って笑顔で報告できるようになってみせる。この家名は僕の初めての変化でありカルスト村が存在していたことの証明、そして最後は自分の決意の象徴でもある!)
デルフは一切の迷いなく答える。
「これからの僕、いや俺の名前はデルフ・カルスト。そう名乗ります!」
そう答えるとリュースは真剣な眼差しで力強く頷いてくれた。
(皆が守ってくれた命を無駄になんてしない。俺がその強さを得て必ず証明してみせる)
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