第17話 孤独な村
それからデルフたちは馬に乗り砦から出発した。
騎士の数はリュースとハルザードを合わせてざっと五十人ぐらいだろう。
馬に乗ったことのないデルフはリュースの後ろに乗っていた。
練習する暇などないためリュースが乗せてくれたのだ。
移動の最中に会話はなくデルフはただ目を閉じてやがて迫り来る村の様子を想像して覚悟を決めていた。
「着いたぞ」
デルフは閉じていた目を恐る恐る開けていく。
「ッ……」
言葉が出なかった。
デルフの目の前に広がる光景は知っているカルスト村ではない。
村の外から見える家屋は全てが崩れ去っているか全焼している。
近くの門も本当に門だったのかと疑うほど崩れ去っていた。
「ここからは一人で行くか?」
その村の惨状は来る間にしていた覚悟にいとも簡単に罅を入れた。
デルフは胸に手をやって必死に心を落ち着かせる。
リュースの問いかけにデルフは無言で頷いた。
その目はリュースの方を向いてはおらず村に釘付けになっている。
「私たちも周辺で調査を行っている。困ったことがあったら呼んでくれ」
デルフは馬から飛び降りなんとか体勢を整えて崩れ去っている門の上をゆっくりと歩き村に入っていった。
村の中には槍ボアの死体が周囲にあり火事があったせいか所々焼けているものや骨だけになっているものもある。
槍ボアの死体の中には人と思われるものも混じっていた。
よく見ると辺り一面には人の死体が広がっている。
その道をデルフは目を背けずにしっかりと心に焼き付けながら歩いた。
今までのデルフならば発狂してもおかしくない光景だ。
しかし、不幸中の幸いかあの夜のことを間の当たりして時間が経っていないデルフは感覚が麻痺しているため自分自身もわけが分からなくなっている。
そのとき目を向けた方向によく知った顔が死体の中に埋もれていることに気が付いた。
「フランド、シュレン…………」
シュレンは槍ボアに刺された際の腹部に大きな穴が開いておりフランドも同様の傷があった。
確実にそれが致命傷であると嫌でも分かる。
「フランドとシュレンは今考えても嫌なやつだった……。だけど、こんな……」
不幸とは連鎖するものでさらなる悲劇がデルフを襲う。
少し耐えきれなくなり目を逸らそうと顔を動かしたときデルフの顔が突如固まってしまった。
もしかしたらという来るまでに考えていた希望は簡単に打ち砕かれた。
信じたくない。
信じることができない。
頭の中でそれだけが高速で飛び交っている。
デルフは叫びたい気持ちをぐっと拳を力強く握りしめることで耐える。
掌に爪が食い込み血が流れていくがそんなことは気にならなかった。
足がフラつきながら一歩ずつゆっくりと近づいていく。
やがて、目の前に来ると崩れるように膝が地面に落ちた。
「か、母さん……」
そこにはデルフの母サスティーが仰向けで倒れていた。
目の前はデルフたちの家がある。
だが、それは見る影もなく崩れ去り瓦礫の山となっておりサスティーはその下敷きとなっていた。
瓦礫の山からは僅かにしか姿が見えていなかったがデルフには誰なのかはすぐに分かった。
デルフは左手で瓦礫を必死に素早く取り除こうとする。
木造の家だったおかげか片手だけでもなんとか動かせたが時間はかかってしまう。
ようやくサスティーの亡骸を取り出すと家の前に寝かせた。
フランドたちのような大きな傷はないが酷い火傷が身体を蝕み僅かに顔まで広がっていた。
ただ苦しそうな表情はしていなく安らかに眠っているのが不幸中の幸いに思える。
「母さん、また後で来るから少し待ってて……」
デルフは今すぐにでも泣きそうになる気持ちに鞭打ってそう言い残した。
そして、さらに前に進む。
(まだ、まだ泣いちゃ駄目だ……)
村の中央に来るとあの目立っていた聖火台はなくそこは瓦礫となって祭壇の面影がなくなっていた。
デルフは一番気になっていた北門に向けて歩き始める。
門は崩れて見えなかったが生まれ育ってきた村の土地勘が働き今どこにいるかは大体分かっていた。
そこでデルフは走り出す。
おぼつかない足取りでそんなに速度は出ていないが今のデルフの全速力だ。
だが突然デルフが走っていた足を止めた。
北門の周囲の大地は黒く染まっていたがすぐに違うことに気が付く。
最初はリラルスの黒い血を想像したがよく見ると真っ二つに斬られた小さな黒い猿だ。
その死体で周辺は埋め尽くされていた。
「この猿って…………」
大きさは全く違うがカリーナと戦った黒猿に姿形は瓜二つだ。
「まだ、こんなにいたのか……」
そして、その猿の死体の中に一際大きいそれこそ黒猿と全く同じ姿の死体が横たわっていた。
その黒猿の腹部には恐らく大剣で突き刺されたような跡が残っている。
そこでデルフはあのとき村には黒猿が二体いたということを知った。
だが、デルフはそのことよりもその死体を見下ろして立っている人の方に目が行く。
デルフは信じられないものを見るように目が点になっていた。
一つの希望、奇跡を見たように感じた。
なぜならそこには死んだと思われた人物が立っていたからだ。
見間違えるはずもない。
デルフは走る。
片手を失ってバランスが取りづらく躓いて転びそうになるがそれでも必死に走る。
「父さん! 生きていーー」
デルフは嬉しそうにグドルに触れようとしたがその手が寸前で止まった。
グドルの目の色は褪せており生気が感じない。
身体には無数の剣が突き刺さっている。
それだけでは済んでいなく両手は手首より下がなくなっていた。
「父さん……」
希望が絶望に変わった瞬間だった。
自分では気付かなかったが声が震えてしまっている。
それでも、それだとしても目をグドルから背けなかった。
非常に辛くいつ心が壊れてもおかしくないがデルフは改めてグドルを尊敬した。
カリーナでも苦戦した黒猿二匹に加え十匹以上の小さな猿を相手に黒猿一匹を残しはしたがその他は殺し尽くしたからだ。
もし、グドルの奮闘がなければカリーナが対峙したのはこの黒猿の群れだったことになる。
デルフはグドルに刺さっている剣を次々に引き抜き地面に落としていく。
辺りは静寂に満たされ本来ならば些細な物音すらも聞き逃すほうが難しいのだが村に入ってからのデルフは休む暇もなく永遠かと感じるほど酷く動揺が続いている。
だから倒れている黒猿が僅かに動いていることをデルフはまだ気付くことはできなかった。
黒猿が突然起き上がった。
「キイィィィィィィィ!!!!」
黒猿は奇声を放ち地面に落ちている剣を拾ってデルフに斬りかかろうとする。
デルフはその声でようやく気付き振り向くがもう遅い。
そもそもデルフは黒猿が立ち上がった姿を見て竦んでしまっている。
剣が目の前にまで迫っておりもはや避けることは叶わない。
だが、そのとき黒猿の剣を持つ腕がそして首が一瞬にして頭上に飛んだ。
迫ってきていた剣はデルフの頬を掠め飛ばされた腕とともに飛んでいく。
デルフには何が起きたか状況を飲み込めていなかった。
だが、目の前にはいつの間にかリュースが刀を片手に立っていた。
ようやく考える余裕ができたデルフはリュースの顔をまじまじと見詰めて驚いていた。
(いくら死にかけだったとはいえあの黒猿を一瞬で………)
リュースは刀を鞘に収めて息を吐く。
「すまない。あまり目を離すつもりはなかったんだが。だが、死体とはいえ不用意にこいつらに近づくのは危険だ」
「は、はい。すみません」
リュースは頭がなくなった黒猿に目を向ける。
「恐らくこいつは捕食者だな。それに微少だが魔力も感じる」
「……気になったのですが。捕食者と言うことはこの猿は挑戦の森から来たのですか?」
「その可能性が一番高いが、何も挑戦の森の奥にいる動物だけが捕食者ではない。本来の規定では危険度が四を超える動物が捕食者呼ばれている。その殆どが挑戦の森に生息しているためそんな勘違いが生まれるのは仕方がないが」
「そうだったんですか」
初耳だった。
てっきり挑戦の森の奥にいる動物だけが捕食者だと思っていた。
村と王都の知識には齟齬があると改めてデルフは感じる。
「それで何をしていたんだ?」
デルフは立ち往生しているグドルを見ながら答える。
「……皆を村の中央に集めて墓を作ろうとしています。このまま放っておくことはできないしこのことは生き残った僕にしかできないから……」
「…そうか、なら私も手伝おう」
「えっ!? 大丈夫です。僕のことよりも調査の方を優先してください!」
騎士団の副団長にそんなことをさせるわけにはいかないとデルフは慌てて捲し立てる。
「ハハハ案ずるな。調査は部下に任せている」
そう言われると返す言葉が思いつかなかったのでリュースに甘えることにした。
「ところで、その者はグドルか?」
「父さんを知っているのですか?」
リュースからグドルの名前が出てくるとは思っていなかったので思わず質問に質問を返してしまった。
しかし、リュースは気にもせずにちゃんと質問に答えてくれた。
「もちろん知っているとも。グドルは騎士に匹敵すると言われているが私は隊長にすら匹敵すると思っていた。そうか、デルフの父親だったか」
そのあとリュースは辺りに散らばっている黒猿の死体を見回す。
「見た限り捕食者とその幼体を一人で倒すとは私の睨んだとおりの強さだったというわけだ。以前、グドルを騎士に勧誘したことがあったんだ。断られてしまったが」
デルフは驚いて呆然としていたがすぐに口を開く。
「初耳です。父は何で断ったのですか?」
「グドルは徴兵されている村人のリーダー的な存在だった。まぁ民兵長という役職なわけだが……そんな俺が抜けたら農兵にまとまりがなくなるとグドルに言われたんだ。真面目なあいつらしいな」
「そうだったんですか」
リュースは深く頷く。
「惜しい人物をなくしてしまったな」
そのリュースの声は小さく酷く悲しげであった。
その話の後、一切言葉を交わさず二人で村にある死体を村の中央まで運んでいった。
流石、副団長というべきか驚くほど早く運び終わってしまい時間がかかると思っていたデルフは拍子抜けする。
(一人じゃどれくらい時間がかかったか分からなかったから手伝ってもらって正解だった)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます