第16話 悲劇の後

 

 燃えさかる炎が村中に舞い上がり灰色の煙で辺りは覆われている。

 

 その村の中にいるデルフは地面に膝を突いていた。


 目の先には巨大で白い狼が佇んでいる。

 その口には傷付いて気を失っているカリーナが咥えられていた。

 

 デルフの身体はカリーナを取り戻そうと立ち上がろうとするも動かない。

 いくら力を入れても身体はビクともしなく手だけがカリーナの方に伸びる。

 

 狼が嘲笑うかのようにデルフに振り向いた。

 

 その鋭い目にデルフは恐怖してさらに固まってしまう。

 

 力のない弱者はただずっと何もできずにその光景を眺めているしかできない。


 たとえカリーナが徐々に狼の口の中へと沈んでいったとしても。

 

 ただ、ただ見ているだけだった。

 

 そして、カリーナが巨狼の口の奥に消えてしまった。

 

 


「ああああぁぁぁぁぁ!!」


 目を見開いたデルフは叫びとともに起き上がる。

 

 呼吸が乱れ、冷や汗が止まらなかった。

 

 そして、目から涙が溢れて流れ落ち頬を濡らしていく。


「ゆ、夢か…………」


 早まった鼓動をゆっくりと呼吸をすることで気を宥める。

 

 やっと落ち着きを取り戻したデルフは涙を拭こうとする。

 

 だが、右手を動かそうとするが力が入っている感覚が感じられない。

 

 目を向けると右腕には包帯が何重にも巻かれており治療された跡が見受けられる。

 しかし、それよりもその二の腕から下がなくなっていたことに衝撃を受ける。

 

 それでようやくデルフに昨日の出来事が鮮明に蘇った。

 

「夢じゃない。現実だ…………」

 

 デルフは目を見開き右手を見るが諦めたかのように俯く。

 眠っていたときに見た夢が現実だったと理解して。


 ベッドから出て立ち上がったが右手がなくなったせいか身体が安定しない。

 

「ッ!」

 

 石の床に受け身することができず強く尻餅をついてため息をつく。

 

「というか、どこだ? ここ……」

 

 見回しても石で作られた建物ということしか分からない。

 

 デルフはふと窓を見つけた。

 

 ふらつきながらもバランスを取ってゆっくりと立ち上がり覗いてみると外は草原で広がっていた。

 

 しかし、得られた情報が草原だけではデルフに考えられる場所はありふれているためここがどこか特定するまでには至らない。

 

「本当にどこなんだ……ここは」

 

 何か他に手がかりがないかと窓の外を眺めていると部屋の外からだんだんと近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

「おっ! 起きたようだな。一日しか経ってないのに思ったよりタフだな」

 

 ドアを開き顔を見せたのは歳は三十代ぐらいで見事な鎧を着けている男だ。

 腰には三本の剣を付けている。

 

 見た目だけでデルフはその者が騎士だと分かった。

 

 さらにその風格だけで騎士の中でも上位の地位に就いている人物だとも理解できた。

 

 デルフは質問が多すぎて口を開こうとするも言葉を発せずに唖然としている。

 

「聞きたいことがあるのは分かるが、まず自己紹介からだな。俺はハルザード・カタルシスと言う。一応、デストリーネ王国騎士団団長の職に就いている」

 

 デルフはその言葉を聞いてさらに驚いてしまう。


(騎士団長!? 上位どころじゃない。トップじゃないか! そう言えば……父さんが会ったって言ってたな。するとこの場所は)

 

 そう考えている内にハルザードは笑顔でよろしくと左手を差し出してきた。

 

「ぼ、僕はデルフと言います」

 

 慌てて答えてから差し出された左手を握る。

 

 その後、笑顔だったハルザードは一変して真面目な表情になった。

 

「では、デルフ。まずここはデンルーエリ砦という場所だ。お前の父であるグドルが務めていた場所でもある」

「やっぱり、ここが……」

「デルフには思い出させて悪いが……村で何があったか教えてくれないか?」

 

 デルフは重々しく頷き村で起きたこと全て話した。

 

「父さんが! カリーナが! リラルスが! 皆が!」

 

 説明していたデルフだったが途中から取り乱して目から涙が零れてしまう。

 狂気じみたデルフの目を見てハルザードは時間を空けるべきだと感じ取ったようだ。

 

「そうか。大体分かった。悪いことをしたな。しばらく休んでいてくれ。少し時間が経ったらまた来る」


 そう言い残しハルザードは部屋から立ち去っていった。

 

 冷静になったデルフは取り乱しすぎだと自分の中で反省はするがそう簡単にこの気持ちは収まらない。

 

 放心していると勝手にあのときの光景が過ぎってしまいそのたびに涙が出そうになってくる。

 

 少し落ち着くためにベッドに戻り横になった。

 

 包帯越しに右腕を擦りやっぱり夢ではないだろうかと願っていたがそんなはずはなくそうしているうちに時間が経っていく。

 

 それから程なくしてハルザードが戻ってきた。

 しかし、その隣にはもう一人、ハルザードより若い男の騎士がいた。

 身長はハルザードと大して変わらなく特に茶髪の長髪に目が行く。

 

 総評でデルフは穏やかな人という印象を持った。

 

「こいつはリュースと言う。まぁほとんどの任務はこいつに行くから俺がお飾りと呼ばれる由縁となっている憎たらしいやつだ」

 

 ハルザードが口を突き出して捻くれたように言う。

 

「団長。冗談は止してくれ。全くこい……失礼。改めてリュース・ギュライオンと言う。王国の騎士で騎士団の副団長の役職を賜っている」

 

 デルフは少し驚くが先程までの驚きではない。

 大体は予想していたからだ。


(副団長か…………)

 

 頭を下げることを忘れていたデルフは思い出したように頭を下げる。

 

 その後、リュースはすぐに口を開いた。

 

「デルフ。リラルスという悪魔の容姿は団長に言ったとおりで間違いないか?」

 

 その言葉で取り乱してリラルスのことまで喋ってしまったことに気が付く。

 でもリラルスの行方を知りたいデルフとしてはこの騎士たちから情報を得られるのではと考えデルフはコクリと頷く。

 

「では、単刀直入に聞こう。なぜその悪魔は君を助けたんだ?」

 

 あの傷では彼女も言っていたとおり助からないだろう。

 

 それならもう嘘もつく必要もないので正直に話すことにした。

 むしろ話すことで情報を得ることを願って。

 

「それは……僕がリラルスを見つけたとき傷を負っていて手当てしてあげたからですかね。恩返しとうるさかったですし……」

 

 たとえ自分が悪魔を助けた反逆罪になったとしても話すべきだと一切の嘘も交えずに喋る。

 

「なるほど。………おい、団長! 話が違うぞ! あの悪魔は理性がなく暴れるだけじゃなかったのか? 恩義を感じているということは理性があるぞ! 理性どころじゃない会話が成り立つと言うことだ!」

 

 デルフの言葉を聞いた後リュースはハルザードを睨み付けた。

 

「いや、俺に聞かれても。実際、俺らに攻撃を仕掛けてきたし。お前も見ただろ!」

 

 リュースは「お前、団長だろ」と言い頭を掻きながら呆れている。


「刺激したのは俺たちだ。こちら側から文句は言えない」


 溜め息交じりにリュースはそう答えてからデルフに視線を向ける。

 

「デルフ、何か気になることを悪魔は何か言っていなかったか?」

 

 デルフはリュースが聞きたいことを理解しリラルスが言っていたことを思い出す。


「理由は知らないですがリラルスはサムグロ王国を憎んでいたみたいです。サムグロ王国が滅んだと聞いたらもう敵はいないとか言っていました。すいません記憶が曖昧で……」

「サムグロ王国を憎んでいた……。ふむ」

「あっ! それと怪我が治ったら旅をするとか言っていました」

 

 それを聞くとハルザードとリュースが驚いたように目を開けていた。

 

「は、はは……旅か。本当に敵意は全くなさそうだな」

 

 デルフの言葉で拍子抜けしたリュースは緊張を解く。

 

「だけどリラルスはもう……」

「それがな。あの現場に俺もいたんだがその悪魔の姿は確認したがお前を助けた後、見てみると姿が消えていたんだ。悪魔だから昔話みたいに消滅したんだろうとこいつに言ったんだが逃げた可能性がある。そうこいつに言われたんだよ。悪いな、何回も思い出させちまって」

「それだと私が悪いみたいな言い方だが」

「まぁもういいじゃないか。逃げたとしてもこちらから手を出さなきゃいいんだしよ。正直、この砦に来たときはその悪魔を倒すつもりで来たがもっと無視できないでかい問題が浮上したからな」

 

 なぜかリュースはハルザードを睨んでいる。


「全く口調をどうにかしろ。団長だろ……」


 そうリュースが小声で呟くが当の本人は気が付いていない。


 リュースはまた溜め息を吐き話を続ける。

 

「はぁ、確かにその通りだ。だが、リラルスという悪魔も一応警戒はしておくぞ」

 

 デルフはリラルスが逃げた可能性があると聞いて少しだけだが気持ちが楽になった。

 

(あのリラルスだ……そう簡単に死ぬはずなんかない!)

 

 ハルザードとリュースが話し終わりデルフに視線を向けた。

 なにか気まずそうな表情をしているがデルフには何の見当もつかないので首を傾げる。

 

「デルフ。今後の君の身の振り方だが……。まず親族が他にいるか?」


 リュースが言葉に詰まりながら聞いてきた。

 

 デルフもようやく合点がいった。


(それもそうだ。いつまでもここで厄介になるわけにはいかない)

 

 しかし、デルフには親族などもういない。

 

 両親の親、デルフからしたら祖父母はとっくに亡くなっている。


 父であるグドルと母であるサスティーはまだ死んでしまったか分からないが騎士に助けられたという報告がない以上希望は薄いだろう。

 

 叶わぬ希望は自身を苦しめるだけだと自分に言い聞かせる。

 

「……いません」

「そうか」

 

 少しリュースは黙ってしまうがすぐに口を開く。

 

「それでは歳はいくつだ?」

「十五です」

「となると孤児院にしたら大きすぎるな」

 

 リュースは手で顎を支えて深く考えていた。

 

「おい、リュース。そろそろ行くぞ」

 

 リュースはハルザードに掌を向け静かにするように要求した。

 

「デルフこの話はまた後にしよう。でだ、今から私たちは君の村であるカルスト村の調査を行いに行く。君が行きたいなら連れて行くがーー」

 

 リュースの言葉にハルザードが口を挟む。

 

「おい。リュース! さっきは連れて行かないって言っていたじゃねーか!!」

「ハルザード。少し静かにしてくれ」

「む……」

 

 ハルザードはリュースの重圧がかかった声を聞いて黙ることに決めた。

 

 リュースがハルザードのことを団長ではなく名前で呼ぶと言うことは副団長としてではなくリュース個人として話しているからだ。

 

 それにハルザードはリュースの真剣な表情を見ると邪魔をしたくはなかった。

 

「調査……ですか?」

「ああ。あのときは雨や夜遅くということもあり用心して調査が行うことができなかったため今日行うことにした。それでだ。君が行きたいなら連れて行くが……そのときは覚悟しなければならない。知っていると思うが君の村はとても酷い惨状だ」

 

 デルフは思い出すだけで取り乱してしまう先程の自分を顧みた。

 

 耐えられるという自信はなかった。

 

 しかし、今行かなければ後で必ず後悔すると確信は持てた。

 

 だから答える言葉は一つだけしか考えつかない。

 

「僕も、僕も連れて行ってください!」

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