第15話 騎士の動向

 

 ハルザード・カタルシスはジャリム監視用の砦であるカルスト村よりもさらに東に位置するデンルーエリ砦にいた。

 

 王国の北の祠から川に身を投げて逃げた悪魔を見つけ速やかに処理するためだ。

 

 その悪魔の逃げ先は川の流れからにして東の方向に続いていることが報告にありこの砦を拠点に捜索していた。

 しかし、身を隠せそうな場所の捜索は粗方終えたがまだ悪魔の姿を見つけるには至っていない。

 

「早く見つけねば。傷が癒え本調子になったら俺でも勝てなくなる」

 

 その焦りからかハルザードは揺すっていた足を早めてしまう。

 

 ハルザードに近づいてくる一人の騎士が走ってやってきた。

 

 その真剣な表情からして緊急の知らせだろう。

 

「団長!!」

 

 ハルザードを呼んだのはリュース・ギュライオン。

 騎士団の副団長でありハルザードの幼少からの唯一無二の親友でもある。

 

「リュース! どうした? なにかあったのか?」

 

 リュースはそのハルザードの問いにすぐには答えず息を落ち着かせてからはっきりと声を上げて答える。

 

「北の祠付近に流れていた川の行き先が分かった」

「なに!? どこだ!」

 

 ハルザードは待っていた報告に食いつくように声を発した。

 

 リュースは一息置いてからハルザードが待ち望んでいる答えを言う。

 

「挑戦の森といわれる森だ。そこにあの川が繋がっていた」

「挑戦の森……。危険が大きく不可侵と言われているあの森か。盲点だった。わかった。すぐに騎士を集め挑戦の森に急行する!」

 

 ハルザードは周囲にいる騎士と兵士に準備をするように命令する。

 

 それから砦は慌ただしく準備が始まった。

 

 ハルザードは緊迫していた表情を少し和らげる。

 

「それにしてもリュース。お前に団長と呼ばれるのはむず痒いな。前みたいに名前で呼んでくれ」

「そんなわけにもいかないさ。お前はもう騎士団長なんだ。昔みたいにやんちゃしていたときとは違う。もう少し威厳や評判を気にした方がいいぞ」


 ハルザードには耳が痛い話だ。 


「そういうものか」

「そういうものだ」

 

 リュースの意見はもっともだ。

 

 確かにとその点は肝に銘じておくことにした。

 

 しかし今はそれよりも早く向かわなければならない。

 僅かでも時間は惜しい状況だ。

 

 ハルザードたちは速やかに行動に移す。

 

 この砦は五番隊が滞在しているため騎士の数は多い。

 

 ジャリムが何かしてこようとすぐに対応するためである。

 

 それに今は四番隊も悪魔退治のためこの場に集まっている。

 

 それもあってこの砦には騎士と兵士合わせて軽く千を超える。

 

 ハルザードはその中で騎士を約百名抜擢して連れて行くことを決めた。

 

 砦の守備には隊長を残しているので万が一他国が攻めてきても時間稼ぎには十分だ。


 少しも時間が経たないうちに騎士たちは馬に乗りハルザードを先頭にして砦から飛び出した。

 

 走っている草原はすでに暗闇に包まれていたが幸い満月が照らしてくれているおかげで行軍に差し支えはない。

 

 ハルザードは前回の討伐戦で悪魔は強いことと滅びの悪魔と呼ばれていることだけしか知らなかった。

 

 そのことから隊長未満の階級では足手纏いであり無駄に命を落とすだけだと考えた。

 

 だから連れて行かずに団長、副団長、隊長達の少数精鋭で討伐に当たったのだ。

 

 しかし今回はハルザードが与えた傷で弱っている。

 

 そのため一刻も早く見つけ出すよう人手が欲しかった。

 

 悪魔でも魔力がなければ隊長未満の騎士でも十分に戦えるだろう。

 

 本当ならば隊長も連れて行きたかったが砦を空にするわけにも行かない。


 犠牲は多少出るかもしれないが今回も悪魔を逃がし完治した状態で再び現われるとそれよりも被害は甚大になってしまう。

 それどころかもしそうなればもう終わりと言ってもいい。


 部下の身を預かる団長としては部下の命を担保にするのは苦渋の決断だが仕方がないと言い聞かせる。


 ちなみにこの砦にいる兵士達は知らないが騎士達には既に悪魔のことは教えてある。

 

 混乱を防ぐため虚偽の情報を流したのは人数が多く管理の難しい兵隊達だけだ。

 

 騎士達に話したときには動揺があったが皆が当然というように命を賭けてくれた。

 

 その覚悟にハルザードは良い部下を持ったと自慢に思った。


 そして、なるべくこいつらの命は散らさせないと心に決める。

 

 しばらく馬を走らせてそろそろ挑戦の森が見えてきてもおかしくはないところまで来た。

 

 ふと目の横が月の光でではなく不自然に明るくなっていることに気付いたハルザードは馬を止めて視線を向ける。

 

「なんだ? 火事か?」

 

 ハルザードはすぐ隣にいる騎士にその場所の様子を見てくるようにと命じた。

 

 するとその騎士は少し行った先ですぐに引き返してきた。

 

 もうその時点で村に何が起こったか判断できたのだろう。

 

「団長! 火事です! 村に火の手が上がっています!」

 

 その言葉はハルザードも予期せぬ自体だった。


「なんだと? リュース! まさかだと思うが悪魔が襲ったのか?」


 ハルザードが真っ先に浮かんだのはあの悪魔だ。


「分からない。だが、その可能性は十分にあるだろう」

 

 それを聞いたハルザードはぎりっと歯を食いしばる。

 

(まだ悪魔は手負いだと思っていたがもう既に治っていたとでも言うのか! くそ! 被害が出る前に対処したかったが手遅れだった! いや、まだだ! 今悪魔を倒さなければもっと被害は拡散する!)

 

 ハルザードは即座に考えをまとめる。 


「リュース! 進路変更だ! 至急あの村に向かう! 異論は?」

「聞くまでもない!」

 

 そしてハルザードは村に指さして後ろにいる騎士達を鼓舞する。

 

「聞け! あの村に滅びの悪魔がいるはずだ! 全員覚悟しろ! 行くぞ!!!!」

 

 ハルザードは馬を全力で走らせ村に突撃する。

 

 後ろから聞こえてくる掛け声でさらに力が湧いてくるように感じた。


 北にある門は閉まっていたがその周りにある柵は半壊しており容易に村に入ることができた。

 その柵の状態を見ただけでも村の状態が容易に想像できる。


(やはり、ただの火事ではなかったか……)


 周辺を見渡すと人や槍ボアが倒れている。

 

 倒れている人や動物には既に息がないことは見てすぐに理解した。

 

 生存している村人の姿は見えなかったが無傷で闊歩している槍ボアがまだ多くいた。

 

 だが、その槍ボアの姿は異様であり一瞬本当に槍ボアなのかと疑ったぐらいだ。

 

「まさか……悪魔の仕業ではない?」


 だからといってこの惨劇を見逃すという理由にはならない。

 

 ハルザードは騎士たちに変容した槍ボアの討伐を命じた。

 

 副団長であるリュースにはその指揮を命じる。

 

「リュース。あの槍ボアは何かおかしい。油断はするな」

「了解した」

 

 この村は悪魔ではなく槍ボアに襲われたのか?

 ハルザードは一人で南門まで馬を歩かせながらその疑問の答えを見つけるべく探索をする。

 

 直後、南門の近くで騒音が聞こえてきた。

 

 ハルザードは馬を蹴り急いで南門に向かう。

 

 するとハルザードの前方には黒いロングコートに黒の長い髪をした女性の後ろ姿が見えた。

 

 その女性は地面に伏すように倒れておりその足付近は黒く染まっていた。

 

(あの女は!! 忘れるわけがない! 滅びの悪魔!!)

 

 倒れている者に攻撃するのは卑怯だと言っている場合ではない。

 

 倒せるうちに倒すべきだと剣に手をかけて馬で走り出して悪魔に近づく。

 

 だがその近くで無視することはできない大きな気配があった。

 

 反射的にその気配の方向を振り向くとハルザードは目を見開いた。

 

 ハルザードが見たものは南門の近くで茶髪の少年に向けて巨大な白い狼が爪を振り下ろそうとする瞬間だった。

 

 ハルザードは王国を脅かす悪魔の命を取るか村人一人の命を助けるかを天秤にかけた。

 だが、即座に決断した。

 

(悪魔は後だ。この村の生き残りを死なせてたまるか!)


 この選択は王国を守る騎士にとっては間違いだったのかもしれない。

 それでもハルザードは自分を騙すことはできなかった。

 

 ハルザードは即座に狙いを変えて腰に付けていた三本の剣の一つを引き抜き巨狼の手に投げ飛ばした。

 

 剣は一直線上に飛んでいき巨狼の振り下ろしている手に突き刺さる。

 その剣の衝撃は凄まじく巨狼の態勢を崩し後ろに倒れさせる。

 

 巨狼は即座に起き上がり手に刺さった剣を抜き取ろうと口を手に近づけた。

 

 そのとき後ろからリュースが馬で駆け寄ってきた。

 

 リュースは与えられた仕事を放っておく男ではない。

 ここに来たと言うことはもう心配はいらないということだろう。


 巨狼から目を背けないで集中したままリュースに分かりきった結果を聞く。

 

「リュース、槍ボアは?」

「問題ない。それよりも大きいな」

「そこの少年の怪我の手当てをしてくれ。まだ生きているはずだ」

 

 リュースはすぐに少年の下に近寄っていく。

 

 ハルザードは巨狼から目を離さない。

 

 なぜか巨狼は右眼から血が流れて目を瞑っているが左眼ではしっかりとハルザードを睨んでいる。

 

 巨狼は刺さった剣を口で挟んで抜き取り放り捨てると唸り声を上げる。

 

 それがハルザードには戦闘の開始の雄叫びに聞こえ腰に差している残りの二本の剣を引き抜き両手にそれぞれ持って構える。

 

「ウオォォォォォン!!」

 

 ところが遠吠えの後、巨狼は少しずつ後ろに退きやがてハルザードから背を向けて逃げ去っていった。

 

(何だったんだ?)


 ハルザードは追い打ちは考えなかった。

 あのような危険な動物を野放しにするのは心苦しいが今はこの場の収拾を付けた方が良いと判断したためだ。

 

 完全に巨狼の気配が消え去ったのを確認したハルザードは両手に持った剣を納刀してからリュースの下に歩いて行く。

 

「リュース! どうだ? 助かるか?」

「危ない状態だ。取り敢えず止血はしといたが血が足りない。急いで砦に戻りしっかりした処置を行った方がいい」

「わかった。あと、他に生存者は?」

 

 リュースは顔を俯き無言で首を振る。

 

「そうか」

 

 ハルザードは思い出したように倒れている悪魔がいる場所を見る。

 

 だが、その姿は無かった。


(逃げられてしまったか……。果たして俺の判断は合っていたのだろうか)

 

 ハルザードはそこから目を離し砦に戻ることを決め命を飛ばす。

 

 そのときハルザードの頭にポツポツと何かが落ちる感覚があった。

 

「雨か? 少し急がせるか」

 

 ハルザードは本格的な調査は後日にすることにして村に散開した騎士達を集め村から離れていく。

 

 馬を走らせながら離れていく村を振り返る。

 

 勢いが増していく雨が燃えさかる村に降り注ぎあれだけ盛っていた炎が少しずつ弱まっていく。

 

 それはまるでこの惨劇の終結を告げているかのようだった。

 

 しかし、一人の少年には永遠に消えない傷として残るだろう。

 

 その胸中はハルザードには計り知れない。

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