第13話 捕食者(2)
「カ、カリーナ!!」
デルフは叫びカリーナが埋もれている瓦礫の山へ走ろうとするがそれよりも早く瓦礫の山が雑に動き始め中から手が出てきた。
それも束の間、すぐにカリーナは瓦礫の山から崩して立ち上がった。
しかし、立ち上がったもののカリーナはすでに疲労困憊の様子で意識朦朧とふらついている。
頭から血がまるで涙のように顔に伝う。
そして、やがて真下の瓦礫に落ちて真っ赤に染めていく。
もちろん大剣の直撃を受けた腹部は無事で済むわけがない。
服は裂けその大きな傷から血がじわじわと滲み出ている。
直撃を受けたと焦っていたが思っていたよりは重傷ではなくカリーナに意識があることをデルフは少しだけ安堵する。
しかしそれでも重傷であることには変わりはない。
立っているだけでも不思議なくらいだ。
デルフはカリーナが攻撃を受けた腹部が眩しく光っていることに気付いた。
「あ、ああ、そうか拳に貯めた魔力を咄嗟に集めたのか」
カリーナが魔力を腹部に集めてなければ命はなかっただろう。
流石、カリーナだとデルフは感嘆する。
しかし、カリーナの全力の防御力を貫通するあの技は危険だ。
「はぁはぁ……はぁはぁ…………。時間を与えなければいい……話だ!!」
カリーナは叫び一歩、二歩と歩いて行く。
その目は怒りに満ちただ黒猿を睨んでいた。
黒猿からはそのカリーナの形相はどう見えるのか。
考えたくもない。
既にカリーナは限界を迎えていた。
槍ボアの群れとの戦い、そしてこの黒猿からの攻撃による消耗。
だが、歩いているカリーナからは弱々しさが全く見えない。
そして、左右の拳が同時に光る。
さらに両足も光った。
(まだ……そんなに力を……)
その光は今まで見た中で一番大きく眩しい。
歩いていた足を一瞬だけ止めて思い切り地面に叩きつける。
「うおおおおぉぉ!!」
気付けば既に黒猿の懐の中に入っていた。
「羅刹一打ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
黒猿は迫ってきていたカリーナに気付くのが遅すぎた。
気付いたときにはカリーナの光っている拳が黒猿の腹にめり込んでいた。
「ギ、ギィィィィ!!」
奇妙な叫び声を上げて黒猿は辛そうな表情で後退る。
だが、カリーナの攻撃は一呼吸も与えぬ間に続く。
カリーナは即座に後退っている黒猿に迫るように飛び立つ。
「二打!!」
黒猿には宙に浮いたカリーナと目線が合ったはずだがそれも一瞬で次に見えたのは迫り来る拳だっただろう。
黒猿がその拳に噛みつこうと口を大きく開けた。
その口は無数の牙で埋まっているため噛みつかれでもしたらと思うとぞっとしてしまう。
だが、遅かった。
噛みつこうとしたときには黒猿の頬を横からカリーナの拳がめり込んだ。
その拳の威力は凄まじく黒猿は後ろに吹っ飛びそうになるが抵抗しなんとか持ち堪えた。
それでも威力を全て相殺出来たわけではなく黒猿の位置は先程にいた位置からは少し離れていた。
それを物語るように地面には引きずられた線が二本描かれている。
黒猿も流石に顔に受けたダメージが大きかったのか何回も大きく頭を振り意識をハッキリさせようとしている。
そして思い出したかのように目の前の害悪(カリーナ)に目を向けた。
だが、先程いた場所にはカリーナの姿はなく高速で黒猿に向かっていた。
黒猿はすかさず大剣を持ち上げ盾代わりにする。
「三打ぁ! 四打ぁぁぁぁ!!」
カリーナは目の前を塞いだ大剣に拳を二回叩きつける。
黒猿は防いだと口の端を吊り上げた。
そして、自慢の拳が防がれ怯んでいるであろうカリーナに向け大剣を構え直そうと大剣を動かそうとする。
だが、そのとき大剣はひびが入りそれが波紋のように広がっていき最後には破片となり砕け散った。
何が起きたか理解が追いついていないように見える黒猿だったが宙に浮かんでいる大剣の破片の隙間からカリーナの姿を視界に捉えた。
リズミカルに地面を蹴り急速に迫りくるカリーナは黒猿の目前まで来ると飛び上がり縦に一回転する。
そのときカリーナの右足は伸ばしたままで左足は折り曲げている。
「五打ぁぁぁぁ!!!!」
そして光を纏っているカリーナの右足が踵から黒猿の脳天に直撃する。
カリーナの踵がめり込みすぎて黒猿の目が飛び出しそうなほど頭の骨がへこんでいた。
もう既に黒猿の意識はないと思ったが殆ど根気で身体を動かしカリーナに反撃しようと両手を振り回す。
だが、そのような攻撃をカリーナに通じるわけがない。
地面に降り立ったカリーナは軽やかに躱していく。
そして、間髪入れず再び飛び上がり今度は右回転する。
何回転も何回転もしているうちにカリーナの両手両足にある光が消えその代わりに右膝に集まっていく。
その一点に集中された光が回る様はまるで天使の輪かと見間違えるほどだった。
黒猿からはその回っているカリーナの動きが遅く感じるだろう。
まるで時の流れ自体が遅くなったかのように。
だが、黒猿は動くことが出来ずにいた。
カリーナの動きを眺めるだけで動こうにも少し震える程度で全く動けていない。
右膝が自分の右頬に迫ってきても眺めることしかできない。
「はあぁぁぁぁ! 六打ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
カリーナの叫び声とともに黒猿に膝蹴りが爆発した。
飛ばされた黒猿は豪速で家に激突し埋もれてしまい姿が見えなくなる。
カリーナは黒猿の姿を見届けずにそのまま地面に仰向けに倒れた。
倒れた後も酷く息切れして身体を動かすことがままならなくなっている。
デルフはふと眺めていただけの自分を顧みる。
何も出来なかった自分が恥ずかしく、そして悔しかった。
「いや、今は反省よりもカリーナだ」
デルフは立ち上がり倒れたカリーナのところまで走って行く。
カリーナは辛うじて意識はあった。
「デルフ……なんとか勝ったぞ!」
カリーナは嬉しそうに倒れたまま拳を突き上げる。
しかし、その表情は無理しているようにも見えた。
目の色も朧気であり元気が取り柄のはずなのに今のカリーナの状態からは全くの皆無だ。
そんなボロボロのカリーナの姿を見てデルフはまたも自分に怒りを覚えてしまうがなんとか平静を保つ。
「だけど、まだあんな化け物がいるとしたらもう戦える余裕はないぞ。とにかくこの村から逃げるんだ」
「ああ、そうだな」
悔しいがカリーナの言う通りだ。
ほぼ無傷のデルフだが戦力にすらならない。
あの変異した槍ボアにすら為す術もなく殺されるだろう。
。
酷く消耗し重傷のカリーナはすぐにでも休ませて治療した方が良いがカリーナの言う通りまずはカルスト村から逃げたほうがいい。
しかし、デルフは念のためであるが確かめるべき事があった。
デルフは剣を握りしめ黒猿が吹っ飛ばされた家屋に走って向かう。
家屋は大穴ができており今すぐにでも崩れてしまいそうだ。
その穴の先には黒猿が仰向けになって倒れていた。
カリーナの膝蹴りをもろに受けて首が何回転かしたのだろうかねじ曲がってしまっている。
少しでも動かしたら首がちぎれそうだ。
「死んでいるな……」
もし生きていたらトドメを刺さなければならないと直感が疼いていた。
こんな危険な生物を見逃して追いかけてこられたらもう為す術がない。
それに街や他の村で暴れ回ったら相当な被害が出る。
こんな化け物を倒せるのはもはやカリーナしか知らない。
黒猿の死を確認したデルフはカリーナの下に走って戻る。
カリーナは立ち上がり歩こうとするが立っているだけでふらついてしまっている。
その光景を見てしまうとさらに走っている速度を上げてカリーナの下に急ぐ。
「カリーナ。無理はしないでくれ。肩を貸すよ」
デルフはカリーナの片腕を自分の肩に回す。
「すまんな。デルフ」
カリーナと歩き始めたデルフは周りに気を回した。
周辺は既に静寂に包まれて黒猿と戦う前の悲鳴や絶叫が嘘みたいに消えていた。
そして、辺りに燃え移った炎のせいで煙が周囲に漂い視界が悪くなっている。
西や東を見ると距離は少しあるが槍ボアの影が薄らと見える。
槍ボアがいて人の声が全く聞こえないと言うことは恐らくそういうことだろう。
デルフは唇を噛みしめる。
「デルフ。南だ。南の方なら私が全部倒した」
「うん。わかった」
カリーナとともにゆっくりと南に向かう。
デルフは少し安堵していた。
先程の黒猿が統率していた動物ならもう槍ボアの統制は取れないはずだ。
だから、たとえ槍ボアに出会ったとしても槍ボアの性格上こちらが敵対行動を取らない限り安全にやり過ごせる。
取り敢えず、迂回する形にはなるが東にある砦に向かうとしよう。
騎士に助けを求めるためだ。
今のデルフ達には帰る場所がない。
そもそも、その帰る場所を壊されたのだ。
嘆くのも悲しむのも後だ。
今は生きてカリーナとともに逃げ切ることだけを考えよう。
だが、デルフの考えは甘かった。
前提から間違っていた。
デルフの前提は黒猿が統率していたのが動物ならという話だ。
もし黒猿が統率をしていた動物ではなかったら?
デルフ達は南門が見えたとき村の外から屹然と歩いてくる影が見えた。
その影を見てデルフは目を疑った。
大きい。
大きすぎるのだ。
槍ボアや黒猿と比較することすら馬鹿馬鹿しい。
家ぐらいの背丈はあるだろうか。
その影が南門の前に着くと大きく飛び上がり南門を軽々と飛び越えた。
着地すると地面が大きく揺れ砂埃が舞い上がった。
そして、影しか見えない生物がデルフたちの前に立ちはだかる。
目の前に現われることでようやくその姿が鮮明に目に映った。
毛が真っ白に染まった巨大な狼だ。
そのとき、巨狼とデルフたちは目が合った。
その鋭い目から放たれた巨狼の殺気が重圧となってデルフたちを襲う。
身体が動かない。
いや、動かせない。
動いたら確実に殺されるという死の予感が身体の主導権を奪う。
相対しただけで身体はもう負けを認めてしまっているのだ。
カリーナは巨狼を睨み付けているがデルフの肩に手を回した状態から動けていない。
「デルフ……私が合図したら後ろに走れ。いいな? 全力で走るのだぞ。村を突っ切るんだ。いいな!」
巨狼を睨み付けて静止したままのカリーナが小声でデルフだけが聞こえるように呟く。
デルフはカリーナの言葉の意味がすんなりと理解できた。
しかし、納得は決して出来ない。
文句を言おうと口を開こうとするが時間は待ってくれない。
巨狼は歩いて一歩また一歩とデルフたちに近づいてくる。
巨体の一歩はそれなりの距離を縮めもう時間はない。
カリーナはデルフの肩から腕を持ち上げデルフを後ろに強く押し飛ばした。
「デルフ!! 今だ!! 走れ!!」
「カリーナ!! ぼ、僕も戦………」
「お前は邪魔だ!! 私の邪魔をするな!! いいから行け!!」
邪魔と言われるとデルフは何も言い返せなかった。
デルフはカリーナの言う通り振り返り後ろに走り出す。
走るデルフは歯に力を入れ必死に我慢をするがそれでも目が熱くなり冷たい何かが頬に伝ってくる。
それでも走るのをやめない。
自分は弱い!
行っても邪魔にしかならない!
そう自分に言い聞かせて。
カリーナはデルフが走り出すのを見ずとも気配で確認すると同時にポツリと呟く。
「デルフ……。大好きだぞ。できることならずっと一緒にいたかった……」
カリーナはこの言葉をデルフに直接言うことが出来なかったことを悔しく思う。
本当ならば今日の最後に言おうと考えていた。
デルフの方を一瞬だけ振り向くとデルフの後ろ姿が見えた。
それを見てカリーナは微笑む。
目から涙が溢れてくるがすぐに拭う。
そして、すぐに視線を戻し今も尚悠然と歩いてくる巨狼を睨み付ける。
先程までの知らないうちに手が震えるほどの恐怖はもう微塵も感じない。
怪我の痛みも疲労も感じない。
むしろ、やる気に満ちていた。
カリーナの身体全体が光に包まれる。
「行くぞ! うおぉぉぉぉぉ!!」
「ウォォォォン!!」
巨狼の絶叫に近い遠吠えと同時にカリーナは地面を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます