第11話 変異
サスティー達と別れた後、グドルは槍ボアの群れが近づいてきている村の北側に素早く戻った。
先程は
もう村に襲いかかってくるまでそう時間は掛からないだろう。
「皆、用意はいいか? 俺らで食い止めるぞ! 決して後ろに行かせるな!」
「グドルさん。俺らに任せてください! 槍ボアごときいくらかかってこようが返り討ちにしてやりますよ」
「こいつの言う通りだぜ。心配いらねーよ」
グドルの問いに間髪入れずそう声が飛ぶがその声は震えているような気がした。
少なくとも五十頭はいるのだ。
余裕にしている方がおかしいだろう。
グドルも焦りで自分自身も気付かずに手が震えていた。
槍ボアに対しての恐怖なんかではない。
突然の槍ボアの襲撃。
その影に何か得体の知れない何かが隠れている気がしたからだ。
自分が震えている事に気が付いたグドルはその手で胸を大きく叩き落ち着かせる。
そして、警備隊の皆の前に立ち剣を抜き上に掲げる。
「大丈夫だ! 俺がいる! 皆は自分ができることを各自でしてくれればいい!」
グドルは皆を勇気づけるため堂々とそして口元に笑みを含み言い放つ。
いや、本当は自分を鼓舞しているのだと悪態をついた。
しかし、村兵たちは「「おーーー!」」と掛け声が返ってきた。
ガラじゃないなとグドルは内心でため息をつく。
東の砦では民兵長の役割についている。
しかし、隊長と言っても農兵の隊長であり上位階級の兵士には頭が上がらない。
そのためこうして前に出て皆を鼓舞する経験はなく初めてのことだった。
グドルは槍ボアを迎え撃つため新しく整備した柵に向かう。
その途中にこの出来事について考えを巡らせる。
(槍ボアは数匹では動くことはあっても群れで動くなんて聞いたことがない)
北方から来たということは挑戦の森から来たのだろうと推測する。
村にフラメシ花がなかった頃は槍ボアが村まで餌を求めて畑を荒らしに来たときがあった。
だが来たと言っても二~三匹程度だった。
五十頭は明らかに馬鹿げている。
(昨日、デルフが言っていた森の異変と何か関係しているのだろうか?)
だが、もうすでに事は進んでしまっている。
(今更考えても遅いか……)
グドルは思考から抜け出すともうすぐ槍ボアの群れが弓の射程範囲に入ろうとするところだった。
「全員! 弓を構えろ! …………放て!」
槍ボアの群れが弓の射程距離に入ったそのとき村兵達が弓を引いて放つ。
放たれた矢は曲線を描き矢の雨となって槍ボアの群れに降り注いだ。
グドルや村兵達はこの矢の雨で半分は数を減らしてくれるだろうと考えていた。
しかしそんな考えは甘く浅はかだった。
走っている槍ボアの群れは一頭として倒れず何事もないように突撃を続けている。
「何!? 一頭も倒れてないだと!? どういうことだ!!!」
グドルは目の前で起こったことが信じられなく大声を出してしまった。
村兵たちも目の前の出来事に絶句していた。
「も、もう一度だ! 全員構えろ! 放て!」
だが、結果は変わらなかった。
暗くてよく見えなかったが槍ボアは飛んでくる矢を身体で弾いているように見える。
「一体何が起こっているんだ……」
グドルは思わず言葉を零してしまう。
槍ボアの群れはすぐ目の前までに来ておりもう瞬きの間には柵にぶつかるだろう。
恐怖のせいか先程から矢を何度も射続ける人もいるが全て無駄に終わっている。
グドルは落ち着けと言いたかったがグドル自身も動揺して動こうにも動けなかった。
そして、柵に向けて槍ボアが突進する。
何回も何回も数々の槍ボアが柵にぶつかっていく。
グドルが作った柵は木の棒を縦と横に並べ縄で硬く結んだものだ。
この柵は村を一周するようにいくつもの柵を並べておりそれぞれ柵同士で強固に繋いでいる。
そのためいくら槍ボアの突進の威力が強くてもそう易々と突破はされない。
予想通りに柵は倒れておらず隙間から槍ボアの頭が突き出ていた。
「やはり、フラメシ花が効いていない。嫌な予感があったってしまったか」
グドルは剣を腰から抜き柵で動きが封じられている槍ボアにとどめを刺すため柵に近づいた。
しかし無防備の槍ボアを目の前にしてグドルの動きが止まる。
「な、なんだ!? こいつは!?」
グドルは先程まで考えていたことをすっかり忘れるほどその槍ボアの姿に目を見開き驚愕した。
その姿は全身にいくつも岩のようなものが隙間なく張り巡らせている。
それは顔にまで及んでおり唯一岩のない瞳は不気味に赤く光っていた。
槍ボアの象徴たる円錐状の鼻にも岩が纏わりさらに鋭さが増しているようだ。
グドルたちは驚愕していたがいち早くグドルに危機感が強く働き柵に刺さった槍ボアに剣を振り下ろす。
その剣は槍ボアの首を切断するために静かに鋭く吸い込まれていく。
しかし、剣は岩に遮られてしまう。
それ以上剣は先に進まない。
いくら力を入れようと全く動かなかった。
それで理解した。
槍ボアが纏っているものは岩のようなではなくまさに岩そのものだ。
剣で斬れるわけがなかった。
グドルたちが動揺している間にも槍ボアは待ってくれるはずがなく柵を押すように足を動かす。
地面に刺さっている柵は微かに動き始めた。
後押しするように刺さっている槍ボアに目掛けてその後ろにいた猪が突進を行った。
その槍ボアの鼻が柵に阻まれている槍ボアの下半身に当たってしまうが身体についた岩がそれを無傷に抑える。
だが、突進の衝撃は相殺されておらずそのまま柵を押す力に加わってしまう。
「まずい! 皆! 来るぞ!」
柵が地面から抜け始めるとそれに合わせて繋がっている柵も動揺に抜け始めてしまった。
そうなってしまうと柵を繋いだことは裏目となってしまい全て破壊されるまで時間はかからなかった。
急いでグドル達は槍ボアから距離を取る。
柵の壊れる音が盛大に響き村の中に槍ボアの群れが雪崩れ込んでくる。
グドル達は剣で挑むがやはり通らない。
不幸中の幸いか槍ボアの攻撃は突進だけなのでそれさえ避ければ大丈夫だ。
それに槍ボアの突進は一直線なので避けることはしっかりと動きを見ていれば容易である。
だが皆は勘違いしていた。
それで簡単に避けることが出来るのは一頭だけの場合だった。
「ぐ、ぐわぁぁぁぁ!!」
グドルの横から叫び声が聞こえてきた。
すぐに横に振り向くと村兵の一人は前から突進してきた槍ボアを避けた直後に後ろから向かってくる別の槍ボアに気付かず背中から突き刺されてしまった。
その槍ボアが頭を揺らして村兵を投げ飛ばす。
その村兵は地面を転げ回ってそれ以降ピクリとも動くことはなかった。
「剣が効かないってどうすればいいんだよ!!」
また、一人は槍ボアに囲まれ四方からの突進により逃げ場もなく突き刺さった。
それだけでなく槍ボアは足を止めずに走り続け隊員の身体は八つ裂きになり見るも無惨な姿に変容する。
村兵たちの悲鳴、絶叫、怒号が周囲で鳴り響く。
グドルは唇を噛みしめる。
助けに行きたいがグドルでも避けるのに精一杯だった。
攻撃しようとしても弾かれてしまう。
そのとき、一頭の槍ボアがグドルに突っ込んできた。
グドルはそれを間一髪で避ける。
そして手に持っていた剣では勝つことはできないと悟り手放した。
本来ならばこういう素早い相手には向かないがこれを使うしかないと背中に背負っている大剣の柄に手を伸ばす。
グドルは大剣を強く握りその槍ボアに向けて振り放つ。
「
グドルが王国の騎士に並ぶと言われる由縁である技を繰り出す。
剣の腹で突進してきた槍ボアの頭を狙う。
槍ボアはその一撃で纏っていた岩は砕け散りそのまま頭を地面に叩きつけ押し潰した。
それで安心するのはまだ早くその隙を狙い四方から槍ボアたちがグドルに突進する。
そのときグドルはまだ大剣を振り下ろしたままであった。
槍ボアは岩でより一層鋭くなった鼻を使いグドルを突き刺しにしようと迫ってくる。
普通であればグドルは突き刺されて終わるところだった。
しかし、そうはならないのがグドルだ。
迫り来る槍ボアを気配で察知したグドルは力が溜まるように腰を思いっきり捻る。
そして勢いよく回転した。
その回転とともに剣も回り纏っている岩もろとも槍ボアを切り裂いていく。
この技はまず剣の腹で対象を叩き潰す。
全体重をかけるため受け止めようとしてもそのまま押しつぶされ圧死するほどの威力を誇る。
その代償として隙が大きいのが難点だった。
それを克服したのがこの二撃目だ。
全体重を乗せた力をそのまま回転力に変換し身体を回転させて隙を突こうとした槍ボア四頭を切り捨てる。
これがグドルの剣技、鏖殺回転切りである。
しかし、克服したとは言えそれでもこの技には新たな欠点が生じた。
二撃目を放った後、全体重の力が腰に直接響くため身体の負担が途轍もなく大きくなるのだ。
回転することによって多少は負担を和らげるがそれは本当に微々たるものである。
グドルは自分の自慢技を使うことでようやく五頭の槍ボアを倒すことができた。
周りを見渡せばまだまだ数えるのが馬鹿馬鹿しいと思うほど存在している。
何かが近づいてくる気配がし振り返るとまた槍ボアが突っ込んできた。
この変わり果てた槍ボアはグドルにはこの技でしか倒すことが出来ない。
そのため身体の負担を承知で連続して使うことを決める。
グドルはさっきと同じように立ち回るがいきなりぞわっと背筋が凍り槍ボアから嫌な雰囲気を感じた。
(な……何だ? とにかくまずい!!)
グドルは槍ボアと距離を取るため大きく飛び退いた。
その直前に槍ボアに纏っている岩がそれぞれ拳大の大きさとなり弾け飛んだのだ。
高速に弾け飛んだ岩はグドルの頬を掠めさらに後ろに飛んでいく。
グドルに飛んできたのは岩と言うよりもその破片だ。
そのためかすり傷程度で済んだ。
だがもしそのまま岩が直撃してしまったらどうなってしまうのだろうか。
その答えはグドルのすぐ後ろにあった。
視線を向けると腹が抉られた村兵が横たわっていた。
片方の脇腹がなくなっている。
流れ弾として飛んでいった岩がグドルのすぐ後ろで戦っていた村兵を貫いた結果だ。
「嘘だろ。どんな威力で飛ばしているんだ……」
村兵の一人がグドルの元へ走ってやってきた。
「グドルさん! あれは本当に槍ボアなのか? 見た目が全く違うぞ!!」
「槍ボアのはずだ……あれを見てみろ。岩を飛ばした後の姿は槍ボアそのものだ。まさか岩を鎧みたいに身体に付けるとは……。それに連携を取ることから知能も桁違いに上がっている。新種と言っていい――」
眺めていた槍ボアの次の動作がグドルの言葉を遮った。
飛ばしたはずの岩が引き寄せられるように槍ボアの元に集まって身体に纏っていく。
そして岩の鎧が再び出来上がった。
グドル達は目を疑った。
「グドルさん……。あれって……」
槍ボアが見せた力の根本は一つしか思いつかない。
「魔力か? いや、ありえない! 聞いたことがないぞ! 動物が魔力を持つなんて!」
だが、焦って驚いている暇など無かった。
体勢を立て直した槍ボアがすぐさま狙いを定めて突進してきたのだ。
しかし、槍ボアは一直線に向かってきたので難なくグドルは避ける。
そして、その隙に攻撃しようとするが槍ボアはまた砲弾のように岩を飛ばす。
周りでも岩の砲撃が飛び交い村兵は命を散らせていく。
騎士の装備ならば致命傷は避けられるだろうが村兵の装備は大体が革の鎧で高速で飛ぶ岩の塊の前では紙同然だ。
しかし、グドルは別だ。
最初こそ驚いたがこの程度の攻撃を察知できないグドルではない。
槍ボアが岩を飛ばす瞬間に隣にいた村兵を地に叩きつけ危ういところでその村兵の命を救う。
向かってくる岩がその場に残ったグドルに襲いかかる。
「同じ攻撃が通じると思うなぁぁ!」
金属音の甲高い音が周囲に響く。
村兵はグドルの身体に直撃したのではないか慌てて目を向けたがそれは杞憂だった。
グドルはなんともないように立っている。
持っている大剣を地面に突き立て盾代わりとすることで危機を凌いだのだ。
「うおぉぉぉぉぉ!」
グドルは走り今度は縦に大剣を構えて槍ボアが岩を纏い直す前にそのまま首を両断する。
首がなくなった槍ボアは胴体が数歩だけ歩いた後、パタリと倒れ絶命した。
「お前ら! 砲撃した後ならただの槍ボアだ!! 剣が通る! ここが踏ん張りどきだ!! 命を賭して俺らの村を守るぞ!!」
グドルが片手で持った大剣を頂点に翳して叫ぶ。
「「おおおおおお!」」
まだ生きている村兵達の威勢の良い掛け声が返ってくる。
グドルが変化した槍ボアを倒して見せたことにより村兵たちに希望が灯ったのだ。
しかし、グドルみたいに飛んでくる岩を防げる村兵は誰一人いない。
グドルがいった言葉は一人犠牲にして一頭を倒せと言っているのと同義なのだ。
それだというのに村兵の中に文句や弱音ましてや恐怖で怯える者など一人もいなかった。
グドルは胸が苦しくなるがそれよりも村兵達を誇らしく思う。
(できるだけ多く倒しあいつらの負担をできるだけ削ぐ。それが俺にできる唯一のことだ)
そして、グドルは槍ボアに向かって走り出した。
ザクッと槍ボアの首が跳ね飛ぶ。
「はぁはぁ……これで……最後か?」
グドルは大剣を地面に刺し疲れ切った身体をそれで支える。
「生き残ったのは……。はは、俺一人か……皆すまない」
グドル以外は全員すでに地に伏せていた。
確かめるまでもなく全員が身体のどこかに穴が開いている。
間違いなく致命傷だ。
生きていたとしてももう助からないだろう。
グドルもすでに満身創痍であり身体があまり言うことを聞かなくなっていた。
傷は殆どがかすり傷程度だがその量が問題だ。
大剣で身体を支えているが足の震えが全く止まることがなく疲労でも限界がきている。
そのときグドルの背後から気配を感じた。
その気配は殺気だ。
(まだ残っていたのか……)
グドルは大剣を地面から引き抜きその大剣を横にぶん回した。
が、その勢いがピタッと止まった。
いくら力を入れても動かない。
その理由を手応えからすぐに看破した。
(違う! 止められた!?)
グドルは身震いし顔に汗が流れるのを感じる。
恐る恐る背後を見ると槍ボアではなく違う生物が立っていた。
その生物はグドルの大剣を手と手で挟んで不気味な笑みを浮かべながら止めていたのだ。
およそ大人二人分の大きさはある大きな黒い猿だった。
笑っているときに見せた無数の牙が印象的で悍ましさを感じる。
「まさか、こいつが、噂の捕食者か?」
そうとしか思えなかった。
見たことない動物であり全力の大剣のなぎ払いを止められるなんてそう考えるのが妥当だろう。
森から出ない捕食者がどうしてここに?という疑問は出なかった。
異常はさらなる異常を呼ぶ。
そして、その異常は繋がっていると相場は決まっている。
考えるのは後からでいい。
今は身体を動かさなければならない。
「うおおおおぉぉ!!」
とうに限界がきた身体が軋む音を立てて痛みが身体を駆け走る。
それを必死に耐えてやっとの事で押し勝つことができ黒猿が大剣から手を離す。
自由になった大剣を構え直しながらグドルは距離を取った方が良いだろうと考えすぐに後ろに飛び退く。
すると背中に何かがぶつかった。
またも不気味な悪寒に襲われる。
振り返りたくない。
そう直感が訴えかけてくる。
しかし、動かしても動かさなくても事実は変わらない。
グドルは意を決して後ろを振り返る。
だが、すぐに振り返ったことを後悔した。
目に入ったのは前にいる黒猿と全く同じ生物がもう一体いたのだった。
「う、嘘だろ?」
そのときその黒猿が拳を突き出してくる。
奇跡的に大剣で直撃は防ぐことができたが衝撃は防ぐことができずに吹き飛ばされた。
飛ばされた先には民家があり勢いを殺すことができずにぶつかって半壊させてしまった。
倒れたグドルが起き上がろうと頭を上げるとさらに目を疑ってしまう。
先程見た二体の黒猿とは別の小柄な黒い猿が十匹は確実にいたからだ。
そして猿達は槍ボアとの戦いで死んでいった村兵達の武器を拾って手に持っていた。
黒い猿が二匹にそれより小柄な猿が十匹。
「確実に槍ボアよりは強いな……。はは、猪の群れの後は猿の群れか。冗談じゃないぞ。絶体絶命か……。くそ! ……くそったれがぁぁ!!」
グドルは勢いよく飛び起き大剣を片手に猿の群れの中に走って飛び込んでいく。
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