第10話 精霊祭
歩き回っていたデルフはグドルを見つけ仕事を回してもらった。
しかし、もうあまり仕事は残っておらず主に荷物運びぐらいしかなかったが精一杯頑張った。
やはりデルフは一度に運べる量は多くなく力不足を実感させられる。
だが既に運ぶ荷物の量はそこまで多くなかったおかげで大して疲れることもなく全部運び終えてもまだ祭まで時間はあった。
村の中央に歩いて行くとそこにある祭壇は綺麗に装飾されていた。
祭壇の上の聖火台がよく目立ち祭りの時に燃え上がる様を想像すると思わず息を呑んでしまう。
周りにはたくさんの机が置かれている。
祭後の食事会は祭壇周りで行われるからだ。
しばらく周りを眺めているとチラホラと準備が終わっていく。
それらの準備はデルフには手が余るので無理に手伝いを願わずにいた。
むしろデルフが手伝おうとすると逆に時間がかかる可能性があるからだ。
そしてついに準備がすべて終わり後は祭が始まるのを待つだけとなった。
空模様を確かめるともう夕日が沈みかけているが夜になるまではもう少し時間がかかるだろう。
目を祭壇に戻すと村長が祭壇に上っていく。
その手には先端がメラメラと燃え盛っている松明が握られていた。
村長は聖火台の前に付くとその松明を中に投げ入れた。
松明の火が聖火台の中に入っていた木片に燃え移りじわじわと煙が上ったあとしばらく経つと炎が昇り始める。
(毎年見ているがやっぱり凄い迫力だな)
聖火台に見惚れているとカリーナとサスティーの声が後ろから少しずつ聞こえてくる。
「ほら、カリーナちゃん。デルフがいたわよ」
「さ……サスティーさん。や、やめて! 押さないでください!!」
「何言っているの? さっきまで見せるって張り切っていたじゃないの。さぁはやく行きましょ♪」
振り向くとニヤけているサスティーと顔を真っ赤にして少し涙目になっているカリーナがいた。
カリーナはサスティーの後ろに隠れており顔を少し出してこちらを伺っている。
首を傾げてみせるとサッとサスティーの後ろに隠れてしまった。
だがサスティーは後ろにひょいと下がりカリーナの背中をトンと押す。
「うわぁ!」
カリーナは前のめりになってつまずきそうになりながら進んでくる。
そのカリーナの姿は先程までとは全く変わっていた。
後ろに髪を束ねていたが今は髪をすべて下ろしており炎に照らされたその金髪の髪は煌びやかに光っている。
そしてカリーナの格好は巫女の衣装に変わっていた。
純白の布をふんだんに使い意外と動きやすそうな服装だ。
どっちかというとワンピースに近いだろう。
天使が実際にいるのなら着ていそうな服に感じる。
あと頭には大きい花を二つ付けた美しい草冠を付けていた。
色気と無縁な存在だと思っていたカリーナに色気がほんわかと出ていることにデルフは驚く。
もう一つ勘違いしていたことに気付いた。
デルフの目線はゆっくりとカリーナの胸に移るがすぐに目を逸らす。
(小さな胸とか成長しきっていないとか慎ましいとか思っていてごめんなさい。カリーナって着痩せするタイプだったんだね)
やましい気持ちは更々無いが思わず見てしまうのは仕方がないと諦めて欲しい。
「デ、デルフ。ど、どうだ?」
デルフの目の前にいるカリーナがさらに顔を真っ赤にしながら上目遣いで聞いてきた。
(うわぁ……これはずるい。こんなことされたら誰でも照れてしまうだろ)
デルフは表情だけは冷静に取り繕い率直な感想を平然と言う。
「うん。似合っているよ。今までとは見違えたよ」
そう言うとカリーナは紅潮させた顔のまま目を見開いて隣にいたサスティーに顔を隠すように即座に抱きついた。
「あらあら。カリーナちゃん。良かったわね」
サスティーがカリーナの頭を撫でながら笑顔でそう言う。
「そうそうデルフ。料理を並べるの手伝ってくれないかしら?」
サスティーがデルフに視線を向け続けて言った。
「わ、私も手伝うぞ!」
サスティーの言葉にピクリと反応したカリーナが元気に言う
「カリーナちゃんはもう少しおめかししないとね。まだ続きだったのにデルフに見せ……」
「あーーーー!! あーーーー!! サスティーさん。は、早く行きましょう。デ、デルフ! ま、また後でな!!」
言葉を遮り今度は逆にカリーナがサスティーを押して戻していった。
ちなみに巫女の作法や衣装作りなどは村の女性が総出で行うためサスティーもその役割を担っている。
おそらく化粧の担当なのだろう。
化粧品は高価なものでこの村では買える人は少ない。
そもそも村では売っていないため一年に一回のこの祭では巫女のために村でお金を出し合い王都に出向き買ってくるのだ。
しかし、カリーナ一人に村の女性が一斉に何か言ってくるのだと考えると巫女って大変だなとしみじみに思う。
カリーナが逃げ出したくなる気持ちも理解できないことはない。
「さてと」
サスティーに言われたとおり料理を並べ始める。
終わるとデルフはゆっくりと椅子に腰掛けた。
ふぅ~と力を抜き椅子に背中を預ける。
(最初から準備している人には悪いけど今日しか準備していない僕も頑張ったのだから達成感を噛みしめることを許して欲しい~)
そして、デルフはボーッと祭りが始まるのを待った。
目を開くと村の中の空気が全く変わっており静寂に包まれている。
すでに夕日は完全に沈み辺りは暗くなっていた。
夜空に見える月が辺りを照らしているので周りがよく見える。
今夜は満月で今まで以上に明るく感じた。
祭壇の前は既に村の人たちでいっぱいになっていた。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
デルフは椅子から立ち上がり人集りの先頭に移動した。
まだ、巫女であるカリーナの姿は祭壇上になく寝過ごしたわけじゃないと分かると安堵する。
そのときちょうどカリーナの家から化粧を終えたカリーナが顔を見せた。
先程も見違えるように驚いたがまたもその変わり様に驚いてしまった。
化粧でここまで変わるものなのか。
神々しいとは言い過ぎだろうがその姿は美しいと言うに相応しいだろう。
少しの間デルフはこの場の時が止まってしまったかのように固まってしまった。
いや、そもそもカリーナは美人なのだ。
普段の格好や男勝りの性格のせいかで損してしまっているだけだ。
静かにしておけば男受けもいいのになとデルフは勿体なく思った。
そしてカリーナはゆっくりと歩き始めた。
祭壇に上る階段と村の人たちの間に作られた道を通っていく。
祭壇の前に立つと一礼をして階段に足を乗せる。
カリーナは聖火台の前に立ちその前にある石でつくられた台座にゆっくりと近づく。
台座の上には貢ぎ物である食べ物やお酒が置いてあるほか今年取れた麦を持ち舞を踊る。
サボっていたと思えぬほどの軽やかで精錬された舞だ。
舞が終わると堅苦しい所作をして左膝をつき最後に聖火台を前にして祈りを捧げる。
その時のカリーナの顔は空に向けられている。
今年の豊作を精霊に向けて願う祈りなのだ。
精霊祭はこの祈りが一番大事なのだが実際皆はこの後の宴会での馬鹿騒ぎを楽しみにしている。
しかしこの祈りを軽んじているわけではなくカリーナが祈りを捧げている間村の皆も目を瞑り手を合わせて祈りを捧げる。
これで精霊祭が滞りなく終わった。
巫女が祭壇から降り帰って行くのを見届けたら警備部隊以外の全員が宴会をするため料理の並べられた机の前に集まる。
警備部隊は交代制で宴会の席に入る。
もちろんグドルも例外ではなく警備を行っており今はこの場所にいない。
村長の言葉を終え乾杯の音頭とともに馬鹿騒ぎが始まっていく。
「デルフ!! 待たせたな!!」
カリーナが走ってデルフの下までやってきた。
巫女のときの姿とあまり変わっていなく唯一変わった点は草冠を取っているところぐらいだ。
コップに入った果物のジュースをカリーナに差し出すとぐびぐびと一気飲みをしてすぐに空にした。
「ん!」
カリーナはそのコップをデルフに突きつける。
何かと思い首を傾げたがそんなのお構いなしに何回も突きつけてくる。
(あーなるほどもう一杯ということか)
その空のコップを受け取りジュースを注ぐためジュースの入った容器を探そうとキョロキョロしたが見つけたときには空だった。
もう我慢できなくなったカリーナはデルフのもう片方の手に持っていた飲みかけのジュースが入ったコップを奪い取り飲み干してしまった。
「そ、それ僕の……」
既に空になったコップを取り戻して中身が空であることをデルフは確認をして溜め息を吐く。
項垂れカリーナに怒りを込めて睨み付けるが「おいしかったぞ!」と笑顔を向けられれば怒るに怒れなかった。
並べられた料理を皿に装いカリーナに渡し豪快に頬張っていく。
(そうそれだ。そんな事をするから勿体ないんだよ!)
そうデルフは心の中だけでカリーナに突っ込みを入れる。
デルフも料理を皿に装い食事を楽しんだ。
馬鹿騒ぎの真っ只中その光景を見ているだけで顔が綻んでしまう。
このまま静かになりやがて皆眠ってしまって気が付いたときは朝になっている。
デルフにはそう軽く予想ができ少し声に出して笑ってしまう。
しかし、そうはならなかった
最初はちょっとした違和感だった。
そしてすぐにそれは確かなものだと確信に変わった。
馬鹿騒ぎの中あまり気付かなかったがデルフはいち早く地響きが遠くから鳴っている事に気が付く。
いや、カリーナは既に気付いており持っていた料理装っている皿を既に置いており音が鳴る方を訝しげに見詰めている。
やがて騒いでいた皆も気が付きその音が徐々に大きくなり近づいてくるのが分かると手を止め何事かと当たりを見渡し始めた。
そのときグドルが北門のある方向から全力で走ってきた。
その表情は非常に険しいものであった。
「みんな早く逃げろ! 南だ! 南に向かって走れ!」
父さんの怒号が飛んだ。
村中に響いたその声はざわめいていた村の人たちを容易に静め一大事と言うことを知らせる。
「グドル。落ち着け。一体何があったのじゃ?」
村長が手で制止しながらグドルに宥めるように声をかけた。
そう言いながらも村長もその顔には焦りが浮かんでいる。
それもそのはず、村一番の戦士である父さんがこうも慌てているところなんて見たことがないからだ。
父さんは急いで説明し始める。
「北から動物の大群が走ってこの村に近づいてきている。多分、槍ボアだ」
「槍ボアならお主たち警備隊であれば大丈夫じゃろう?」
「その数が異常なんだ! 後ろの方までは見えなかったが軽く五十頭は超えるだろう」
「何!? 五十頭じゃと?」
その言葉を聞いた村長はもちろん村の皆までも驚き静まったはずだったがざわつきがまた始まってしまった。
そんなことを無視して父さんは大声で言葉を続ける。
「もう五分もすればこの村にぶつかる! 俺たち警備隊は奴らを迎え撃つ。槍ボアなら遅れを取ることはないが討ち漏らす可能性がある。できるだけ早く避難してくれ!」
「だが、グドル。村にはフラメシ花があるから村には入ってこないはずじゃぞ?」
「村長その通りだ。だが、何か嫌な予感がするんだ。安全には超したことないだろう」
「ふむ。お前の感じゃ。もちろん信じるぞ」
父さんの不安そうな顔を見て深く頷き村長はまだ何が起きているか分からない人達に説明を始めまとめにかかる。
グドルはデルフのところまで走って来て口を開いた。
「デルフ。お前も皆に付いて行き逃げるんだ。村長だけじゃ後ろまで目が行き届かず荷が重いだろうからまとめるのを手伝ってくれ」
「グドルさん。私もいるから任せておいてくれ! 大丈夫だ!」
グドルの言葉にデルフは「わかった」と返事しようとしたらいつの間にか僕の横まで来ていたカリーナに口を挟まれた。
威勢がいいが目が笑っていないカリーナの表情を見てグドルは安心したように笑みを浮かべる。
「時が過ぎるのは早いものだな。全く頼もしいな。任せたぞ! お前たち!」
グドルはデルフとカリーナの頭をガシガシと強く撫で二人を抱きしめた。
「あなた、大丈夫?」
サスティーがグドルに近づき狼狽えながらそう呟く。
「ああ。槍ボアごとき俺の相手じゃないさ。なに、逃げるのは念のためだ。安心してくれ」
そう言葉を交わしたあとサスティーを抱擁してグドルは動物が迫っていると言う北に走って行った。
その後ろ姿は皆に安心感を与えてくれ、背負っている大きな剣はその象徴に思えた。
デルフはグドルを見送った後皆をまとめる村長の手伝いをするため動き始めようとする。
だが、デルフが思ったより村の団結力は強いのかそれとも村長の手腕のおかげかすでにまとまっていた。
(流石、村長だ)
村長が先導してデルフとカリーナが殿を務め南門に向かい歩き始める。
だが、遅かった。
既に魔の手はすぐ近くに忍び寄っていたのだ。
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