第9話 同年代の奴ら


 いつもより早く起き朝食を済ませてからすぐにデルフは家を出た。

 そして、急いでリラルスの下に向かう。

 

 なぜなら、今日は精霊祭があるからだ。

 

 全く何も用意をしてないどころか忘れていた罪悪感がわいてくる。

 

 流石に何か手伝いをしなければならないだろう。


 そのため昼過ぎには村に戻るつもりだ。

 

 森の中に入るとやはり動物が全く見当たらなかった。


 やはり何か異変が起きているのだろう。

 

 目で分かる異変が起きている森には本来入るべきではないだろうがリラルスを放っておくわけにはいかない。


 そう考えていたら前から小動物が走ってきた。

 

 そしてそのままデルフの顔に飛びついた。


「うわッ! ……ってなんだ。ルーか」


 ルーは顔から肩に飛び移った。

 

「あはは、連れて行けって言っているのか?」

 

 デルフはルーを肩に乗せ森の中を進んでいく。

 

 デルフには感じないがルーが殺気を辺りにばらまいているため動物は近寄ってこない。


 そう考えるとルーの殺気で森の動物たちは警戒して気配を隠しているのではないか?

 デルフはこれ以上考えても答えは出ないのでそう結論づけることにした。

 

 いつもの場所に着くと立っているリラルスの姿が見えた。

 

 リラルスもこちらの姿を発見し笑みを浮かべた。

 

 そしてリラルスはデルフからルーに視線を変える。

 

「見当たらぬと思っていたらデルフを迎えに行っておったのか」

 

 腰に手を当てながら言ったリラルスの姿は様になっておりかっこいいなと思わず見惚れてしまった


 だが、口に出して言うわけがない。

 

 身長はデルフと同じぐらい、もしかすると負けているのかもしれない。

 

(だ、だけど、まだ僕は十五歳だからまだ伸びるはずだ。うん、そう、そう信じよう……)

 

 デルフは未来の自分に祈りを捧げる。

 

 そう考えているうちにルーはデルフの肩から飛びリラルスの顔に飛びついた。

 

 ルーの腹がリラルスの顔に直撃する。

 直撃するまでのリラルスの呆気にとられた顔は案外珍しいものを見た気分になり楽しく感じた。

 

「きゃっ!」

 

 普段では全く想像ができない可愛らしい声が木霊していく。

 

 聞き間違いかなと思ったが今も微かに聞こえてくる。

 

 どうやら、聞き間違いではなさそうだ。

 

 リラルスはその衝撃で手をわたわたしながら後ろに倒れて尻餅を着く。

 

「くすッ」

 

 思わずデルフは笑ってしまった。

 

 それに気付いたリラルスはもの凄い速さでデルフに目を向け睨み付ける。

 

 その鋭い目で見られたら背筋が凍りそうになるが顔が真っ赤に染まっているせいで怖さが半減してしまっているのが勿体なく感じた。

 

「笑うでない! ルーもいきなり飛びつくでないわ!」

 

 地面に腰をついたリラルスが恥ずかしさのあまり涙目になっている。

 

「昨日も思ったけどまだ立つのは早いよ。ふらふらじゃないか。待ってて、今包帯替えるから」

 

 そう言うとリラルスはなんとも言えない表情で身体を震わせている。

 

「むむむ、話を変えおって……。まぁ良いわ。じゃがな、適度に身体を動かしておかぬと鈍ってしまいそうじゃ」

 「とりあえず座って。まだ完治したわけじゃないんだから。あまり動くと傷が開くよ」

 「うーむ。それは困る」

 

 リラルスは傷が開いたときの想像をしたのか渋々了承して座った。

 

 包帯を替えている最中にデルフはにやけた顔になりリラルスの顔を見る。

 

「リラルスも案外可愛い声出すんだな」

「なッ! 一言余計じゃぞ! デルフ! 忘れるのじゃ!」

 

 顔が真っ赤になり包帯を替えているデルフの肩を持ち何回も揺らす。

 

 包帯を替えたあとに真剣な表情になったリラルスが口を開く。

 

「ところでデルフよ。昨日デルフが言っていた奇妙なことについて私も気になってこの森に気を向けて調べてみたんじゃが。確かにこの森には嫌な気配が漂っておるな」

 

 リラルスもそう言うのだ。

 

 自分の直感が正しかったと安堵するもいや安堵するのはおかしいと気付く。

 

 森に異変が起きているのはもう確定事項だろう。

 

 そう考えていると「だが」とリラルスの言葉が遮ってくる。

 

「気付いておるか? 昨日までのその気配が今日になって消えておるのじゃ」

 

 そう言われデルフは辺りに気を向けてみると確かに嫌な気配は感じなかった。

 

 つまり動物の気配が感じないのは当然とも言える。

 

「とすると、嫌な感じがしないと言うことは森に何か異変があると思っていたけどやっぱり僕の気のせいだったか?」

 

 そう言うとリラルスは否定するように自分の足をばんばん叩く。

 

「逆じゃ! 逆! デルフが言うにはこの森には化け物みたいな動物もいるのじゃろう? つまりこの森の中は多少の嫌な感じはするのは普通じゃ!」

 

 指を突きつけリラルスは言った。

 

(なるほど。言われてみるとその通りだ)


 デルフは自分の考えの間違いを修正する。

 

「まぁ流石に何が起きているのかは分からぬがな。……デルフよ。分かっていると思うが奥に行こうなどと考えるではないぞ!」

「うん。分かっているよ」


 リラルスにもそう忠告されたデルフは昨日のグドルとのやり取りを思い出し苦笑いを浮かべる。


(父さんに続きリラルスにも忠告される。全く僕ってそんなに信用ならないのか)


 その後、リラルスとの会話が続いたが途中で切り上げなければ準備の手伝いが出来ないと歯痒い思いになりながらも言葉を切り出す。

 

「それじゃ僕はもう帰るとするよ」

「もう帰るのか? もう少しゆっくりしていけばどうじゃ?」

 

 リラルスも少し寂しそうに言った。

 

「昨日言っただろう? 今日は祭りなんだ。少しぐらい手伝わないと後で親に怒られてしまう」

「そーいえばそうじゃったの」

「また明日来るから。まだ完全に傷は塞がってないんだから無理はするなよ?」

 

 そう言い残してデルフはこの場を去った。


「デ、デルフ……」

 

 腕を伸ばし引き留めようとしていたリラルスの声にデルフは気付くことが出来なかった。

 

 

 

 デルフが去ってからずいぶん時間が過ぎ太陽が沈み始めた。


「今日は何か嫌な予感がする」

 

 ポツリとリラルスが洩らすように呟いた。

 

 リラルスは立ち上がり木の周りを右往左往する。

 

 その足はフラついているがこうやって身体を動かしている方が落ち着くのだ。

 

 うつ伏せになっていたルーは閉じていた目を開け眠たそうにしている。

 

「引き留めるのが下手くそじゃと? 仕方ないではないか。引き留める理由が思いつかなかったのじゃ」

 

 ルーは「何恥ずかしそうにしているのだこいつ」というような目でリラルスを凝視する。

 

 さっきは忘れているふりをしていたがリラルスはデルフが祭りのため早く帰ると言っていたことは実を言うとしっかりと覚えていた。

 

 今日は朝から何か嫌な違和感に襲われていた。

 

 そこでデルフを守るため引き留めようとしたが失敗に終わった。

 

 デルフが去ってから嫌な予感がより一層感じるようになりリラルスはじっとはしていられず歩きながら深く考え込む。

 

 そのとき突然リラルスの顔が明るくなった。

 

 その表情はそこはかとなくいたずらな笑みを浮かべている。

 

 ルーは不思議そうにリラルスを眺めていた。

 

「よし。デルフの村に行くとするぞ」

 

 ルーが「なぜ?」と疑問を表情に露わにして首を傾げる。

 

「この嫌な予感が当たってデルフに何かあったらどうする? 恩返しができぬではないか! そうなると私も気が収まらぬ。嫌な予感がするなら近くで見に行くのが手っ取り早い。行くぞ、ルーよ!」

 

 ルーもやる気はなさそうにしているが内心ではデルフの心配をしている。

 

 リラルスの勘は当たる方なのだ。

 

 しかし、リラルスの容態が気になるせいか動かせたくもない。

 

「デルフの村も見てみたいしの♪」

 

 「あー、こっちが本音だな」とルーは思った。

 

 リラルスは言いだしたら聞かないので止めても勝手に行ってしまうだろう。

 

 「本人曰く有言実行なのじゃ!」らしい。

 

 せめて目立たないようにリラルスを誘導することに決めた。

 

 リラルスはルーを抱え楽しそうに村に向かい始める。

 

「たしかデルフの村は……東だったじゃろうか?」

 

 そうリラルスは言って東に歩き出す。

 

 少しふらついているが言っても無駄なのでルーは何も言わなかった

 

 ところで、東……。

 ルーは目を細めて東に向かおうとするリラルスを見る。

 

 ルーは溜め息交じりに自分が連れて行かないといけないだろうなとしみじみと思った。

 

 

 

 精霊祭は夜から行われる。


 今の時間は正午が少し過ぎたところだ。

 まだまだ準備の手伝いは残っているだろう。

 

 そう考えて村に入ると準備が大詰めになっていた。

 

 せっせと動く大人たちにデルフと同年代くらいの男たちも働いていた。

 

 だが、チラホラと準備が終わり休んでいる人も見える。

 

(これは急がないと準備が終わってしまうな)

 

 デルフは仕事を探そうとしたが先程見た同年代くらいの二人の男がデルフに気付いてこちらに歩いてきた。

 

「よう。デルフ。お前何してんだ? サボりは良くねぇぜ? お前、この木材を運んだらどうだ?」

 

 そう言ってふくよかな体型でデルフよりも一回りも体格が大きい奴が自分の背よりも大きい木材を片手で地面に立てて見せてくる。

 

「フランド。それはデルフにそれは大きすぎるよ。デルフにはこれぐらいがお似合いだね」

 

 そう言って今度は逆のデルフよりも少し体格が小さい生意気な奴が手に持っているいくつかの小さな板の一つをデルフの足下に投げた。

 

「シュレン。いくらデルフが貧弱だって言ってもそれは持てるだろ。馬鹿にしすぎだって」

 

 笑いながらフランドが言う。

 

 シュレンも大笑いしている。

 

(しまっためんどくさい奴らに会ってしまった。せっかく朝は会うことがなかったのに)

 

 この二人はフランドとシュレンだ。

 体格が大きい方がフランドで小さい方がシュレンになる。


 フランドは身体が大きく力があるせいかなんでも力で解決しようとする筋肉馬鹿だ。

 

 シュレンはいつもフランドの側にいて僕を馬鹿にしてくるが一人じゃ何もできないやつだ。

 まさに虎の威を借る狐という言葉がピッタリだろう。


 最近は殆ど森にいたから出会うことがなかった。

 デルフとしては会いたくなかったので運が良かったと言っていいだろう。

 

 この二人は出会うと大抵デルフを馬鹿にしてくる。

 グドルが帰ってきたときは毎回この調子だ。

 

 だが、今回は思ったより苛つきやうざったく感じることがなかった

 

(僕も成長したってことかな)

 

 ちなみにこの二人はデルフよりも年上だ。

 それだというのに自分よりも子どもに見えた。

 

(というかまだこいつら笑っているな。こいつらに合わせて僕も笑おうとするか。協調性は大事だからな)


 一息置いてデルフは声を出して笑う。

 

「はははは」

 

 ついつい引き笑いになってしまった。

 

 すると、フランドとシュレンの高らかな笑い声が止みデルフを睨む。

 

 「おい。デルフ。お前何笑っているんだ。調子に乗るなよ?」

 

 そう言ったフランドは侮蔑の視線を送ってくる。

 

 先程までの笑顔が嘘のようだ。


(あーフランドの言う通り調子に乗ってしまったかな)

 

 デルフがフランドと喧嘩したところで勝ち目なんてない。

 

 フランドはこの村でカリーナの次に強い。

 

(もしかしたらこの村で一番弱いのって僕なんじゃ? いやいやシュレンには勝てる。……勝てると思いたい)

 

 しかし、こんな態度を取ったら怒ると知っていながらしてしまうなんて成長したと思っていたがデルフは気のせいに思えてきた。

 

(んー今までは怖がって言いなりになっていただけだったから言い返せたのは十分な成長と言えるか)

 

 そのとき怒りが頂点に達したフランドは太い拳を振り上げた。


(はぁ、ここは成長の代償として甘んじて殴られようかな)


 デルフはそう諦め目を瞑る。

 

 普通なら避けようと試みるがデルフには避けられる自信が全くなかった。

 

 ここは潔く殴られた方が早く終わるだろうと考える。


 フランドが拳を振りかぶったときデルフに救世主が現われた。

 

「デルフ。何をしているんだ?」

 

 殴られる寸前に高い声を掛けられたデルフは瞑っていた目を開ける。

 

 するとカリーナがフランドの後方から歩いてきていた。

 

 服装は普段着でまだ巫女の姿をしていない。

 そろそろ着替えなければならない時間だと思うが今は置いておくことにする。

 

 フランドが恐る恐るカリーナの顔を見る。

 

「おう。カリーナ。今デルフにどっちが上か分からせてやるところだ。黙って見とけ」

 

 フランドは威勢良くそう言ったが冷や汗が顔を伝っており焦りが目で見て分かる。

 

「お前には聞いてない。私はデルフに聞いているんだ。お前が静かにするんだ」

 

 カリーナはフランドの顔を見ずに素っ気なく言い放った。

 

 そのカリーナの言葉にフランドは自分のことは眼中にないと言われたように感じたのか先程の焦りは怒りで忘れ顔には憤怒の色が見える。

 

 そして、デルフに向けていた拳をカリーナに向けてそのまま振り下ろした。

 

 だが、流石カリーナと言うべきかその拳をなんなく避けさらにお返しと言うばかりか拳をフランドの顔に直撃させた。

 

 後退るフランドにカリーナは余裕の表情を見せる。

 

 しかし、カリーナの拳を顔にまともに受けて倒れないなんてフランドも頑丈と言える。

 

「今までは今のパンチで終わっていたが実力の差が縮まってきたなカリーナ! お前の攻撃なんざもう屁でもねぇぜ!」

「……これが本気だって私は言ったのか?」

 

 その言葉にカチンときたのかカリーナの声色が変わり目が本気の本気になっていた。

 

「私の本気見せてやるぞ?」


 少し眩しい光が目の前に現われてもしやと思ったが予想通りにカリーナの右拳は輝いている。

 

 これはまずいなと思っているのはフレンドも同じで先程までの怒りが吹っ飛び焦りどころかもう恐怖を感じているのが見て分かった。

 

 目には怯えが出ており今すぐにでも逃げ出しそうなのだが足がすくんで動けないのだろう。

 

 シュレンは目を涙で潤ませて今すぐにも泣きそうになっている。

 

(シュレン……お前は口だけか)


 しかし、それを口に出すとデルフもシュレンと同じ虎の威を借る狐となってしまうため押し黙ることにする。

 

 祭りの準備をしている大人達もこの喧嘩に気が付いたのか周囲に集まってきている。


 これは不味いと思ったデルフは怒りで周りが見えていないカリーナの肩に手を置く。

 

「おい。カリーナ落ち着けって」

 

 それによって我を忘れていたカリーナは自分が右拳に魔力を溜めていることに気が付き魔力を発散させていく。

 

 デルフは静かに安堵の息を吐いた。


 忘れかけていたカリーナの恐ろしさを思い出したフランドは顔を青ざめながらシュレンを小突く。

 

「シュ、シュレン。こんなところで遊んでいる暇はなかったな。い、行くぞ」

 

 我慢の限界が来たシュレンは涙を溢れさせている。

 

 フランドが先に逃げ去るように歩いて行くとそれに気が付いたシュレンはつまずきながらも小走りで追っていく。

 

 その光景を見てやはりカリーナを怒らせてはいけないなと深く頷きながら感じた。

 

 正直なところ、村の一番と二番の差は大きすぎやしないか?と思うデルフであった。

 

「ところで、カリーナそろそろ衣装に着替えないといけないんじゃないか?」

 

 そう聞くとカリーナは顔を目が泳ぎながらこう言う。

 

「え、えーと。今は休憩中なんだ。だから、だ……大丈夫だ!」


 あまりの焦りように嘘がもう嘘ではない。

 

(さてはまたこいつ逃げ出したな? 今日が当日だというのに。まぁ昨日まで忘れていた僕が言う言葉じゃないが。仕方がない。おばさんも探していると思うし連れて行くか)


 デルフは無理やり作った笑顔をカリーナに向けて口を開く。

 

「カリーナ。ちょっと仕事ができたから手伝ってくれないか?」

「もちろん! いいぞ!」

 

 疑う素振りは一切なくカリーナは満面の笑みを浮かべてそう言った。

 

 その顔を見ると罪悪感に押しつぶされそうになるが致し方ない。

 少し歩いたあとカリーナの家の前まで来た。

 

「さぁ着いたぞ」

 

 そのときカリーナの母親がちょうど家から出てきた。

 

 カリーナを発見すると驚いた顔になったが即座に満面の笑みを浮かべた。

 

 カリーナと似た笑顔はやはり親子だなと感じさせる。

 

「で……デルフ。お前、は……図ったなーーーーーー!!!!」

 

 母親にまたも首根っこを素早く掴まれ家の中にカリーナは連れて行かれた。

 

 家の中から裏切り者――と叫び声が聞こえる。

 

(悪く思わないでくれ。祭りの進行が遅れるのは困るんだ。そもそも自分の家に向かっていることに気が付かない方が悪い)

 

 カリーナを見届けたデルフはほっと息を吐く。


「さて、僕もそろそろ手伝わないとな」


 そして、デルフは仕事を探しに歩き始める。

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