第8話 騎士団長
精霊祭から一週間程前。
デストリーネ王国の王都にある城の中。
人影のない廊下を一人の男が歩いていた。
その歩く様は堂々としておりその雰囲気に相応しい貫禄を出している。
身嗜みは煌びやかで清楚な鎧を着用し腰には三本の剣を付けている。
この人物こそがデストリーネ王国最大戦力にして騎士団団長であるハルザード・カタルシス。
デストリーネ王国騎士団は、五つの隊に分かれており簡単に一~五番隊と呼ばれている。
一つの隊につき一人の隊長が騎士団の中から抜擢され隊長の上が副騎士団長、そのさらに上が騎士団長だ。
王都の守護者と呼ばれる騎士団長は自らが王都を離れることは滅多にない。
そのため実務はほとんどが副団長の仕事である。
しかし先日、そんな騎士団長に勅命が下った。
大昔にデストリーネが建国される以前の王国であるサムグロで一人の悪魔が暴れ回った。
デストリーネ王国の王都に住んでいるものなら誰しもがその悪魔の恐ろしさは周知されている。
襲撃を受けた王都は半壊し多大な死傷者が出てしまった。
国王やその直属の兵までもが大きな被害を受けていた。
サムグロ王国は大きく疲弊してしまったのだ。
悪魔を倒すことは叶わなかったが王の先導を軸についに封印することが叶った。
サムグロ王は悪魔との戦いの後、床に伏せ王国は衰退の一歩を辿っていった。
そして、あることによりサムグロ王国は滅びデストリーネ王国が誕生した。
このことからその悪魔は滅びの悪魔として恐れられている。
サムグロ王は悪魔を王国から北方の山にある祠に封印した。
デストリーネ王国になってからはその山の祠を二十四時間態勢で二番隊が厳重に警備している。
だが、最近になって二番隊から祠の封印が少しずつ弱まり始めたという緊急の報告があった。
幸いまだ完全には解けきってはいないらしく悪魔は祠から逃げ出すことはできていない。
しかしそれも時間の問題だろうと判断した国王は封印され疲弊している悪魔が本調子になる前に叩くため惜しみなく自国の最大戦力をぶつけることを即決した。
滅びの悪魔の早急な討伐。
これが王から与えられたハルザードの任務の内容となる。
これを知るのは隊長以上の階級だけだ。
二番隊の騎士達には外部や市民に漏れないようにすぐさま箝口令を敷いた。
ハルザードはその任務の結果の報告のため国王がいる王室へ急ぐ。
本来ならば王室に直接呼ばれることなどないが今回は密命であるため特別だ。。
王室に近づくにつれてハルザードの足取りは重くなっていく。
一歩一歩歩くことが非常に辛い。
目の先に見える王室の扉がいくら進んでも辿り着きそうにない。
ハルザードは歩いている最中にあの夜のことを思い出していた。
自分自身の油断、慢心に対しての苛立ちで我を忘れそうになる。
ハルザードは頭の中でこれから王と会うのだと自分に叱責して平静を取り戻す。
王室の前に着くと自分の身嗜みが変ではないかと確認する。
気になったところはきちんと整える。
扉の前で立っている近衛兵はハルザードの姿を見るや敬礼をしている。
近衛兵に王へ報告をしに来たと説明すると快く扉から横に逸れてくれた。
ハルザードは扉を数回叩く。
「ハルザードです。陛下」
この任務は内密であるため用向きは意図的に伏せる。
周囲には近衛兵以外に人影は無かったが念には念を入れる。
「入れ」
扉の中から重々しい声が響く。
中に入ると目の先に一人の男性が椅子に腰掛けていた。
その人物こそがデストリーネ現国王であるハイル・リュウィル・デストリーネだ。
ハイルの齢は四十を過ぎているが年齢にそぐわず若く見える。
ハイルは左手でカップに入れた紅茶を手に持ち、もう片方の手は受け皿を持って紅茶を啜っていた。
前にある机には多量の書類がありハイルの顔は疲れが溜まっているらしく少し窶れている。
しかし、纏っている雰囲気は重々しく貫禄があった。
「とりあえず座るがいい」
ハイルが自分の向かいにある椅子に手を伸ばした。
ハルザードは一礼をしてその椅子に座る。
「で、どうであったか?」
その言葉には覇気が籠もっていたがその中に含まれる僅かな不安や緊張をハルザードは感じた。
言葉を発しようとするが朗報ではなくむしろ訃報なのでハルザードは躊躇ってしまう。
しかしそうも言ってはいられなく意を決して報告を始める。
「はい。私と副団長と残りの隊長達が祠に着いたと同時に封印が完全に解け悪魔が祠から逃げ出しました。私と副団長そして隊長たちで追跡しました。隊長階級ではないと相手にならないと思いましたので他の騎士には待機と警戒を命じました。陛下の考え通り酷く疲弊しておりこちらが十分勝てる戦いでした。しかし、追いつきそうになると悪魔が方向転換をしてこちらに攻撃を仕掛けてきました」
「そうか。報告通り封印は解けていたか」
頭を抑えているハイルに続けてハルザードは言う。
「その後、戦闘になり私の一太刀を浴びさせることに成功しましたが、それに怯んだ悪魔は川に身を投げ逃亡しました。先日の雨で川の流れは想像以上に速くなっていることと被害の状況から追跡の続行は困難と判断し、その場は退却すべきだと判断しました」
「そうか。逃げられたか……。それで被害はどの程度となった?」
ハイルは悪魔が逃げたと知って頭を抱えていたが顔をあげて被害状況を聞く。
そのときハイルは気付かなかったがハルザードが拳を強く握りしめた。
「二番隊と三番隊の隊長が殉職しました」
「な、なんだと!? …………すまない。取り乱した。しかし、隊長を倒せるまでの力は残っていたというのか……。それも二人の隊長を。弱っているからと言ってあの悪魔を侮ってしまったか」
ハイルが取り乱すのも無理はない。
騎士団長とはいかなくても隊長は大きい戦力であるのは間違いなくその戦力を同時に二人も失ってしまった被害は尋常ではない。
自国の戦力の低下にハイルは頭を悩ましている。
その間にハルザードは思い出す。
一瞬だった。
あの悪魔が攻撃に転じた瞬間に先頭を走っていた三番隊隊長が殺された。
二番隊隊長は臆さずに剣を振り抜いたがそれよりも速く攻撃を受けて死んでしまった。
恐らく魔力を使った攻撃だったのだろう。
確証は持てないのは王国で数々の魔法を知っている魔術師とも模擬戦で戦ったことがあるハルザードでも見たことない魔法だった。
二人の隊長の死体は残らなかった。
あっという間にまるで砂になったかのように粉々になって消えてしまったのだ。
ハルザードは悪魔の動きそして力を見て確信した。
あの力が全力ではなく本来の力ならば自分では勝ち目がない。
だが、自分が悪魔に与えた腹部の一太刀は手応えがあった。
相当な重症だとハルザードはそう確信している。
それで死んだなどという甘い考えは捨てている。
一度逃してもう遅いかもしれないがまだ手負いならば倒せる可能性はある。
次はないと自分に言い聞かせ奮い立たせる。
悩ましていた頭を上げたハイルがハルザードに命を下す。
「悪魔が流れた川の先を調べその周辺を捜索せよ。その周辺の砦への警告も忘れずしておくのだ。その際、悪魔のことは話してはならん。このことを洩らせばと混乱が起き民の暴動の可能性がある。それに周辺諸国がこれを好機と考え攻めてくる可能性も否めない。この件は極秘に行う必要がある。必ず成功させてくれ」
「ハッ!」
命令を受けたハルザードは立ち上がり一礼して部屋から出る。
部下に調べさせたことによると悪魔が飛び込んだ川は東に向かっていた事が分かっている。
ハルザードは悪魔が流れ着いた地は東の方面と見定め重点的に捜索することを決める。
どこを捜索しようかと歩きながら考えているとふと東には対ジャリムの砦があることをハルザードは思い出した。
まずはそこに行き準備を整えてから捜索を開始することに決める。
ハルザードは素早く行動を開始した。
ハイルは机に両肘を付き手で頭を抱え込んで考えに沈んでいた。
即座に悪魔を倒すと命令したことはその場で考えていたからではない。
もしこうなったらそうすると決めていたからだ。
昔の出来事から悪魔は話が通じる相手ではなくそもそも理性がないと先代から聞いていた。
そして、先代はもしその悪魔の封印が解けるようなことがあれば早く楽にしてやってくれと悲しげに言っていたことを鮮明に覚えている。
先代が亡くなる寸前にその理由を聞かされたときは驚きを隠せなかった。
この事実だけは絶対に知られてはならない。
そのため初代からこの事実は王となったものだけに伝えられている。
もし悪魔の封印が解けたとき即座に決断を下すために。
しかしとハイルは顔をしかめる。
悪魔の封印は時が過ぎれば解けるものではない。
国の自慢の魔術師に調べさせたところ永久に働くものと報告を受けていた。
だが、確実に無いとは言い切れない。
「警戒に越したことはない。しかし悪魔の件は騎士団長に任せたのだ。私は目の前の問題を片付けなければ」
ハイルは大きく息を吐き出す。
騎士団長の成功でもってこの件が終わることを願い、自分を引き締め執務を再開した。
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