第7話 森の異変

 

 朝起きるといつも通りに朝食を食べてから自分の部屋に戻る。


 昨日立てた予定通り鞄に入っている残りの薬草を調合して薬を作るためだ。


 採取していた薬草が多すぎたため思いのほか時間がかかってしまった。


 窓を覗くと太陽は昇っておりもう昼に近かった。

 

(そういえば今日はカリーナが起こしに来なかったな)


 やはりあれは冗談だったのだろう。

 もしくは巫女の練習かなとひとまず安堵する。

 

 まぁ森に行くとき見つかるのは面倒くさいから見つからないように素早く動くとしよう。


「えーと、次は家に包帯あるかどうかだな」


 医療箱を見るとあるにはあるが多く消費されていてこれだけじゃ足りないと思う。

 

(仕方がない。買っていくとするか)


 水、薬、少数の包帯を鞄に入れて背負いそして腰に剣を差して外に出る。

 

 村に一つしかない商店に寄って五つ程包帯を購入した。

 多く買いすぎかと思ったが余れば家に置いておけばいい。

 

 買った包帯を鞄にしまうときどんっ!と肩に衝撃が走った。


「うわっ!!」


 その衝撃で前に倒れそうになるが両手を全力で振り必死にバランスを取ることで倒れずにすんだ。

 

 こんなことをするのは一人しか思いつかない。


「ハッハッハ。デルフはやはり貧弱だな! これぐらいで痛がるとは」

「やっぱりカリーナか」


 デルフは振り返り呆れの眼差しで睨み付ける。

 

 カリーナはそんなことには気付かずにデルフが背負っている鞄をジーッと見ている。


「デルフ。お前今日も出かけるのか?」

「昨日あまり薬草が採れなかったからな。今日も森に行くところだ」


 嘘の理由でカリーナを誤魔化す。

 

 カリーナはきらきらとした目でデルフを見詰める。


「私も行くぞ! お前だけで遊ぼうとしても無駄だ!」


 はっはっはとカリーナは笑いながら胸を張っている。

 

(あーこれはまずいな。これは何を言っても聞かないだろう。こいつ口が軽いからリラルスのことを言うわけにもいかない)

 

 カリーナは隠そうとしても何かの拍子にポロリと口を滑らせてしまいそうで怖い。

 というかまず顔に出てしまうだろう。


 どうやって断ろうかと思案していたがカリーナの後ろに目を向けると全てが解決したと確信する。


「カリーナ!」

「ひっ!!」


 カリーナらしくない声を上げて反射的にビシッと直立不動となる。


「また逃げて……明日が祭りなんだから。遊んでいる暇なんて無いわよ!」


 カリーナの背後から怒鳴りつけたのはカリーナの母親だ。

 鬼の形相になってカリーナに近づいてくる。


 心なしかその足音がドシドシと聞こえてくる。


 カリーナは恐る恐る振り向く。


「げっ! やっぱりお母さん!」


 驚きと焦りの表情となったカリーナは即座に逃げようとするがその行為も空しく散り後ろの首根っこを素早く掴まれた。


「あら、デルフ。カリーナ借りていくわよ」

「いえいえ、おばさんも苦労しますね」


 デルフはペコッと一礼する。

 カリーナが引きずられていく姿を見てゆっくりと息を吐いた。


 涙ぐみながら裏切り者~と叫ぶ声はが気にしないでおこう。


 カリーナをしっかりと見送ってからデルフは村を出て森に向かった。

 

(しかし、父さんが帰ってきたことであいつらが馬鹿にしてくるかと思ったが出会わなかったな。もう飽きたのかな。それならいいんだけどな)


 森に着いてから記憶を辿ってリラルスがいる場所に進んでいく。

 

 歩いている最中、森の中に少し違和感があった。

 

 そう言えば昨日も違和感を覚えた。


(言葉にできないが何かが違うような……)

 

 違和感の理由を考えているうちに目的の場所に到着する。

 

 茂みをかき分けた先には木の下で立っているリラルスの姿があった。

 

 リラルスがデルフを視界に捉えると少しぎこちない歩き方で近づいてきた。


「おお、デルフ! 朝起きたら立てるようになったぞ。お前の治療は効果覿面じゃぞ」

 

 デルフの目の前に立ったリラルスが嬉しそうに言う。


 リラルスを前にして分かったがリラルスの背丈は思っていたより高い。

 デルフより若干上くらいだ。


 デルフもまだ自分は成長の途中だと考えることでなんとか納得する。

 

 決して自分が小さいと言うわけではないと言い聞かせて。


「おいおい。安静にしろって言っただろ。はぁ、それより包帯を替えるから座って」

「ハハハ、恩に着るぞ」


 満面の笑みで答えるリラルス。

 

 デルフは恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

 

 赤くなっているのがばれているのではないかとチラッと横目でリラルスを伺うがどうした?と言うように首を傾げる。

 

 そんなリラルスを見ていると目を逸らした方が恥ずかしくなってしまう。

 

 あんな笑顔を見せられたら照れてしまうことはしょうがないだろうと心の中で言い訳をする。

 

 リラルスは木の根元に座り、デルフは鞄を地面に置き薬と包帯を取り出した。

 

 付けている黒く滲んでしまった包帯を取る。

 

 改めて見てみるとこれを包帯って言うのは無理があるなと感じるほど不格好だ。

 

 傷跡はまだ見るだけでも痛く感じる程だが昨日よりは確実に良くなっているとデルフの目でも確信できる。


(そういえば昨日の今日なのにもう黒い血を血だと認識する程度には慣れてしまっているな)

 

 自分の対応力は凄いんじゃないかと少し賞賛する。


 デルフは包帯を替えながら気になっていた危険生物についての話をリラルスに尋ねる。

 

「それは十中八九私じゃな。聞くまでもないじゃろ。言っておくがこの姿は化けておるわけじゃないぞ。これが本当の姿じゃからな? 恐らく私のことを王国は隠そうとしているのじゃろうな。王国ではちと有名人じゃと思うからな。恐らく、混乱を防ぐためじゃろう」


 即答だった。


「距離的に難しいと思ったんだけど」

「負傷した私は命からがら川に飛び込んだら気付いたときにはここまで流されてきたのじゃ。しかしそうなると……お前の村はどこにあるのじゃ?」

 

 リラルスは神妙な顔つきになって聞いてくる。

 

「この森から真っ直ぐに南の方向だよ。歩いて一時間ぐらいかな。それがどうしたんだ?」

「これだけ噂になったのじゃ。今は人里には近づかないほうがいいじゃろうな。やはり昨日デルフの村に行かなくて正解じゃった」


 もし怪我をしているリラルスの正体がばれて戦闘になったら今のリラルスには為す術がないだろう。

 

 それに村が戦場になるのも気が引ける。

 

 しばらくは安全とは言い難いがここにいるのがいいだろう。

 

(ここなら人が入ってくることは稀だからな)


 そう考えてデルフはリラルスをじーっと見る。


「しかし、リラルスには危険って感じなんて全然しないのにどこが危険なんだ」

「フフフ。昔は少し暴れてしまったからじゃろうな。もしかしたら元気になったら暴れ回るかもしれんぞ?」

 

 不気味な笑顔になってにやりとリラルスは笑う。

 

「本当にするのか?」

 

 デルフがそう言うとなぜかリラルスは不機嫌になり拗ねた表情をする。

 

「今のは冗談じゃ。普段の私は穏便じゃぞ。私に喧嘩を売ってきたら知らぬがのう。じゃが安心しろ。もう私に戦う理由はなくなってしまった」


 最後の辺りの言葉は遠いところを見ながら寂しそうに呟く。


「あっ。そう言えば逃げている最中に騎士を二人ほど殺してしまった気がしなくもないのじゃ。必死じゃったからあまり覚えておらぬが。向こうも私の命を狙ってきたのだから恨んでは欲しくないのう」


 危険の理由は明らかそれだろと思うデルフは苦笑いをする。


「あっそういえば! 昨日言い忘れていたけどこの森の奥にあまり近づくなよ。凶暴な生物がいるからな。見たところこの辺りにはいないと思うけど」

「安心しろ。この辺りはルーが殺気を放っているから馬鹿なやつ以外は近づきはせんじゃろう」

「ということは僕は馬鹿なのか?」

「ハハハ。そういうことじゃな」


 僕は皮肉を言ったがそれをリラルスは笑い飛ばす。


「それにしても本当に面白いやつじゃ。危険と言われてもなお逃げ出したり警戒すらもしないとはのう」

「いやだからさ、全く危険って感じがしないんだよ」

「ハッハッハ。愉快、愉快じゃ。全くこんなに楽しく会話をしたのはいつぶりやら」

 

 本当に楽しそうに笑っている。

 リラルスの鋭い目が柔らかくなったかと感じるほど穏やかになって微かに潤んでいた。


「そこまで笑わないでいいじゃないか」

「私を知っているやつなら大半が命乞いをするかすぐさま逃げ出すかじゃぞ。たまにあの騎士たちのように斬りかかるやつもおるがのう」

 

 それを聞いたデルフはいたずらな顔になってこう言う。

 

「例外がいた方が面白くないか?」

「ハッハッハ。全くその通りじゃ!」

 

 リラルスは太股を手で叩き笑いながら言う。


(本当に楽しそうだな。ああ、そうか。敵対する人ばかりなら話しかけてくるやつなんていなかったのだろう)


 しかし、とデルフはルーに視線を移す。


「ルーってそんなに凄かったんだな。森の奥にいる動物……補食者プレデターって言うんだけどそれすらも近づけさせない殺気だなんて」


 そう言いながらデルフは感じていた違和感の正体を思い出していた。

 

 それと同時にその理由を納得することが出来た。

 

 動物を見かけなかったのはルーが殺気を放っていたからなのだろう。


「ルーを侮ると痛い目に遭うぞ?」


 どこにいたかわからないがルーが突然現われてデルフの目の前に立つ。

 

 恐らく胸を張っているのだろう。

 

 ルーを軽く撫でリラルスを見ると「ほう」と息を漏らしている。


「ルーのやつ撫でられるのは好まぬのに。嫌がる素振りを見せぬか。お前のことを余程気に入ったようじゃな」


 リラルスはご機嫌にデルフとルーを交互に見る。


「ルーがそんな凄い殺気を出すなんてな。見た目は可愛らしいリスなのに。道理で来る最中一匹も動物を見当たらなかったわけだ」

 

 そう言うとリラルスは少し顔をしかめた。

 

「ん? 待て、デルフ。お前何か勘違いしておるようじゃが。この森全域までルーは殺気を飛ばせぬぞ。せいぜいこの周囲だけじゃ」


 ちなみに昨日の帰り道はルーに殺気を飛ばせに行かせたので何も問題はないとリラルスは言う。

 

 だが、今日のここに来る最中の道でも動物がいないことには説明が付かない。

 

 試しにリラルスに聞いてみたところルーはずっとこの場所にいたということだった。

 

 一度は違和感の正体がわかってスッキリした気持ちが闇に染まってしまい違和感がより一層強くなってしまう。


 包帯を巻き終わったらリラルスがゆっくりと立ち上がった。

 木に背を預け足を組む。


「ふむ。この森で何か起きる予兆かもしれぬな。お前も用心はしておくがいいじゃろう。お前の帰る際にルーを付けてやるから動物に襲われることはないじゃろう」

「そうだな……」


 少し奥まで言って調べに行きたいと思ってしまったが捕食者が普通にいたら命はないだろう。

 

 危険が多すぎて話にならないのでこの考えはあっさりと切り捨てる。


「それにしてもデルフ。お前には礼を言うだけでは足りぬな。そうじゃの、完治した暁には恩返ししてやろう。何か欲しいものはあるか?」

「そんなの別にいいよ。リラルスが無事ならそれでいいんじゃないか? それに僕も今のところだけど治療がうまくいって自信がついたからな」


 恩返しをしてくれると言っても何も欲しいものもないしこれを手当てをしたとはいえ殆ど素人なのでお礼をもらうと釣り合わない。

 

 だが、リラルスは納得してないらしく言葉を連ねる。


「それでは私の気が収まらぬわ。私が完全に回復するまでに考えておくのじゃ」と指を突きつけ言い放った。


(うーん。欲しいものか。まぁすぐに思いつくものはないことだしゆっくり考えるとするか)


 取り敢えず今考えても答えは出ないので後回しにする。


「そうそう。デルフよ。お前はいくつになる?」

「年齢か? それなら十五だけど」

「それならもう成人と一緒じゃな」


 成人は十八歳からなのだがリラルスの言葉にはまだ続きがあるので黙っておく。


 「一つ提案なのじゃが……どうじゃ? この傷が完治したら私と旅をしないか」

 「えっ? 旅?」


 突然のリラルスのその言葉に頭が追いつかない。

 それに気付いていないリラルスは説明は続ける。


「そうじゃ。私が封じ込められてから長い時が経った。その変わり様をこの目で見たいのじゃ。しかし、何かの拍子に私の正体がばれたら面倒じゃ。ばれないように顔を隠すが隠している見た目は怪しすぎるからの。従者の一人は欲しいのじゃ。どうじゃ? 私と行かないか?」

「い、いやいきなり言われても……」


 まだ追いつかない頭を必死に落ち着かせて考えてみる。

 

 村に残ってやることは…………ない。

 

 強いて言うなら農作業だ。

 村の農作業の手伝いは今もしているがあまりしっくりとこない。

 

 父さんは農民兵なので継ぐべき家業もないから旅をしても問題はないだろう。

 

 デルフの中でこれは転機なのではないかと思った。


 そう考えているとうちにリラルスは落ち着いたように座り直す。

 

「ふむ。いきなりすぎたな。そうじゃな。今すぐ決めよとは言わぬ。私が回復するまでに考えておいてくれればよい。恩返しの件も一緒にな。全快までにはまだ一週間はかかるじゃろうからの」


 未だ考えを巡らせているデルフはハッと思案の網から抜け出しリラルスの言葉から少し遅れて返事をする。


「あ、ああわかった」


 リラルスは待ってくれると言った。

 

 まだ結論を出すには早いだろう。

 

 デルフはもう少しよく考えることにした。


 太陽がだんだんと沈み空に夕焼けの色が広がってきた。

 

(今日は早めに帰るとするか)


 昨日は奇跡的に晩ご飯に間に合ったが今日は少し余裕を持って帰った方が良いだろう。


「それじゃ。今日はもう帰るよ。明日はお昼ぐらいにくるから」

「ほう。早いのう。なにかあるのか?」

「村で明日祭りがあるんだ。夜からだけど準備の手伝いは少しでもしようと思う。全然していないからな」

「ほう、祭りか……」

「それじゃまた明日。ルーも」


 リラルスは華麗に「うむ。」と頷き、ルーはピョンピョンとジャンプを繰り返している。

 

 デルフは歩いてリラルスの下を後にする。

 

 ふと後ろを見るとルーがとことこと見送りにきていた。

 森の入り口付近に着きルーにもう大丈夫というとさっと森の奥へと颯爽と走ってすぐに姿を消した。


 森の入り口から中を見ていたデルフはやはりこの違和感を調べたいという欲求に襲われるが自分の実力を弁える。

 後ろに振り返りこれ以上迷わないようにと足を速めて村に向かう


 村に着いたときにはすでに夕日が完全に沈み周囲は暗くなっていた。

 村の周辺にはおんぼろだった木の柵が頑丈で綺麗になっていた。

 

 昨日言っていたとおりにグドルが修繕したと考える。


 そして村の中央に進むと広場に祭壇が作られている。

 昨日まで忘れていたのが恥ずかしいくらい見渡してみると村の中は祭りの雰囲気でいっぱいだった。


 家に入ったらサスティーがちょうど料理を机に運んでいる最中だった。

 グドルはまだ帰っていなかった。


「デルフ。おかえりなさい。先に座っといて、もうすぐお父さん帰ってくるから」


 せっせとサスティーが料理を運び並べ終わると同時に扉が開きグドルが疲れを表情に出しながら帰ってきた。


「ふぅ。間に合ったか」

「あなた。おかえりなさい。ご飯できているわよ」


 すでに席に着いているデルフとサスティーを見てグドルは早足で席に着く。

 

 晩ご飯を食べながらデルフは根拠こそないが一応グドルに自分が感じた森の異変のことを説明しておく。


「それは奇妙だな。明日の警備は厳重にしておくか。デルフ。気になるからと言って奥には絶対行くなよ」

「う、うん。わかってる」

(流石父さんだ。僕の性格を見通している)


 デルフは夕食を済ませてから自分の部屋に戻った。

 

 明日は早く森に行くので森から帰る最中少しばかり拝借してきた薬草を今日のうちに調合しておく。

 

 包帯は今日余分に買ったのであまりはまだあった。

 

 調合してできた薬を鞄の中に入れて明日の準備を済ますと大きく伸びをする。


「ふぅ。これで準備終わりか」


 デルフは疲れた身体を休めるべく布団に潜る。

 

 寝転びながらずっと頭の中で森の異変について駆け巡らせていた。

 

 何か思い違いをしているのではないか?

 そう不安になりすんなりと眠ることが出来ない。


 その不安がまさに的中してしまう精霊祭当日。

 

 デルフにとって決して忘れられない日として心に刻み込まれる。

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