第6話 父さんの帰宅


 必死に走ってようやく村に到着した。

 乱れている息をゆっくりと深呼吸することで落ち着かせようやく周りを見渡す余裕が生まれる。


 リラルスと別れてから時間が随分と経ってしまった。

 正直、途中で道を忘れていなかったらもう少し早く着けただろう。

 

 しかし、帰る途中にも動物と一切会わなかったことが気掛かりに感じる。

 

 村の様子は朝の賑やかさは完全になくなって静けさが漂っており人影はない。

 

 視界は暗闇に遮られ上から降り注ぐ月明かりだけが道を辿る目印になっている。


 カルスト村は広大な草原の中にある。

 周囲には村を守るための天然の要害などはなく周りを人の背丈ぐらいの柵で囲んで村から農作物目当ての動物を退けている。

 

 柵の四方向にはそれぞれ門があり安直だが北門、南門、西門、東門と名前が付いている。

 

 ちなみに挑戦の森に行くときに使うのは北門だ。

 

 門と言えば聞こえはいいがそんなに大きくはなく馬車が通れる程度と想像して欲しい。

 

 村の内部には木造の家が所々にありデルフの家は東門近くにある。

 

 この村ではただ一つの二階建ての家だ。

 

 北門から中に入り村の中を進んでいき左に曲がるとやがて月明かりのに照らされたデルフの家の屋根が薄らと見えてきた。

 

「ワンッ!」


 いきなり真横からの耳に直接響いた。

 

 デルフは心臓が跳ね鼓動が激しくなる。

 

 咄嗟に声がする方向を振り向くと紐で繋がれている犬だと確認して安堵した。


「いきなり吠えないでくれよ。心臓に悪いな」


 ただでさえ暗くて慎重になっているのにすぐ横で吠えられるのは勘弁して欲しいと心の中で訴える。


 鼓動がさらに速くなるのを感じながら歩みを進める。


 また吠えられるのは嫌なので自ずと足早になってしまうのは仕方がないだろう。


 こうして暗闇の道を歩いていると家まで距離は短いはずなのに長くなっているという錯覚を起こしてしまう。

 

 そして、やっと家に到着した。

 

 デルフは扉の前で立ち止まる。

 

 遅れたことを怒られると思うと扉を開くのを躊躇ってしまう。

 

 数回深呼吸した後、覚悟を決めて思い切り開けると


「あら、デルフ。遅かったわね。早く席に着きなさい。もうすぐご飯にするわよ」


 キッチンで立って料理を作っている母であるサスティーが首だけこちらに向き直り笑顔で言った。


 少し拍子抜けしてしまった。


(よかった……間に合ったか。だけど、完全にいつもの時間は過ぎているはずなんだけど)

 

 辺りを見渡すとデルフは父であるグドルがまだ帰ってきていないことに気付いた。


「あれ? まだ父さん帰ってきてないの?」

「そうなのよ。何かあったのかしら」


 手に顎を乗せながらサスティーは心配そうにしている。

 

 あっ!と思い出したようにサスティーのグドルを心配していた顔が嘘みたいになくなった。

 

 その代わり頬を少し膨らましている。


「そういえば、デルフ~。あなたカリーナちゃんにあんな重たい物を一人で持たせて! 駄目でしょ! あなたは男の子なんだからあなたが持たないと!」

「い、いや、それは……」

「文句言わない! 後で必ずカリーナちゃんにちゃんとお礼言ってくのよ」


 母さんが言い終わるのと同時にガチャッと扉が開く音がした。

 

 顔を見せたのは言わずともわかるがグドルだ。


 毛皮で作った上着を着ているが隠せていない屈強な体つきで茶の短髪。

 背中にはグドルの身長と同じぐらいの大剣を背負っており本当に使えるか怪しくなってしまうがなぜかグドルが持つと容易に扱えるだろうと感じてしまう。

 

 中年になっても漂わせている覇気は衰えることを知らない。


「あら。あなたお帰りなさい」

「ただいま。サスティー、デルフ」


 グドルの姿を見てサスティーの不安の顔色がさっぱりと消えて逆に明るくなった。


「さぁ。お父さんも帰ってきたことだし。ご飯にしましょ」


 ご機嫌になったサスティーが張り切って作った自慢の料理をせっせと机に並べていく。


「すごい。ご馳走だな」

 

 呆気にとられたように並べられていく料理を見てグドルが言った。


「久しぶりにあなたが帰って来るというんだもの。つい張り切っちゃったわ。そうそうこのお肉、デルフとカリーナちゃんが森まで行って取ってきてくれたのよ」


 それを聞いたグドルがその料理を見てデルフに尋ねてくる。


「これは槍ボアか?」

「うん。そうだよ」

「そうか、デルフも槍ボアを倒せるようになったのか!」


 嬉しそうにグドルは顔を綻ばせる。


「最近、何匹か倒せるようになったよ。まあ、けどカリーナの強さが途轍もないことはわかったよ。拳で槍ボアを一撃で倒したのを見たら嫌でも分かってしまうよ」

「なに? 一撃? それも拳で? それは凄いな! カリーナちゃんは戦闘のセンスが高く、それに魔力の扱いにも長けているからこれからも強くなるとは思っていたがもうそんなに強くなったのか。ハッハッハ、数年経ったら俺も負けそうだな」


 グドルは最初だけ酷く驚いていたが途中で納得したように頷いた。

 負けそうだと言った辺りでは悔しさよりも喜色が浮かんでいた。


「そこまでカリーナは強いの?」

「剣技では父さんもまだまだ負けないがそもそもカリーナちゃんは剣よりも魔力の扱いや武術の方が上手だ。それらをもっと磨かれたら勝負はわからないな」


 グドルの言葉に驚いた。

 デルフの中ではグドルが一番強いと思っていたがカリーナはそれをグドルを超えると言う。

 

 だが、それとともに少し安堵した。

 同年代の人があんなこと普通にしていたらと思うとゾッとする。

 

(やっぱりあの強さは普通じゃないんだな)

 

 デルフは静かに溜め息をつく。


「こらこら。いつまで立って話しているの。早く座って食べましょう」

 

 すでに座って待っているサスティーが少し不機嫌そうに言った。


 サスティーが不機嫌になると面倒くさいので素早くグドルとの話を途中で切り上げて席に座り食事を始める。

 グドルも同じ考えに至ったようで持っていた皮で作られた大きな袋を床に置いてせっせと食卓に着く。

 

 その袋が床に置いたとき中で金属のすれる音が聞こえた。

 

 何かと思ったがこれ以上食事を遅らせてサスティーを怒らせたくなかったので気にしないことにした。


「ところであなた。今日言っていた時間より遅かったけど何かあったの?」

 

 食事の最中にサスティーが心配そうに口にする。

 

「それがだな。昼頃に帰ろうとしたときに突然に召集があってな。上からの命令では出ないわけにもいかなかった。だがな、驚いたぞ。伝令としてきたのがあの王国で名高い騎士団長殿だったんだ」

「そんなに珍しいの?」


 デルフは率直に思ったことを質問する。


「ああ。珍しいも何もそもそも騎士団長は王国の最大戦力だ。その仕事内容は王族の警護および王都の防衛そして騎士団の指揮が主な内容となる。まず王都から滅多に出てこない。外で動くのは大体が副団長殿の役目だからな」

 

 それを聞いてデルフは副団長が一番苦労しているのではとまだ会ったことのない副団長を気の毒に思う。

 

「それで伝令の内容は何だったの?」

「あーそうだな。お前たちにも言っておくか。王国の北方にある山から危険な生物が出現したらしい。その生物は擬態をして人間の女性の見た目に変化する。王国は騎士団長を送り込むも騎士二人の犠牲を出して今もなお逃走中でそれを討伐するため情報を集めているらしい。警戒態勢も最大まで引き上げられた。まぁこの村からだと遙か遠方だから杞憂に終わると思うがお前たちも注意してくれ。言っておくが口外はしないでくれよ。上からきつく口止めされているんだ」

 

 デルフはその言葉を聞いて少し顔をしかめた。

 

 何か心当たりがあるが危険という雰囲気ではなかったので心配しなくてもいいだろう。


(それにあいつは封印されたと言っていたしもしかしたら本当に違う生物なのかもしれない。まぁ念のため明日聞いてみるとするか)

「だけど、あなた、警戒態勢が最大なのに帰ってきてよかったの?」


 仕事の邪魔をしてしまったのではないかとサスティーはおどおどしている。


「心配する必要は無い。俺はこの村周辺の警護を任された。同僚の奴らが妙な気を回してな。明日は村の防衛設備を見直そうと思う」

「そういえば村長さんが柵が老朽してきたと今日言っていたわ。精霊祭までには直しておきたいって」

「それじゃあ。明日は柵の補強をするとしようか」

「あれ? 精霊祭ってもうすぐだったっけ?」

 

 何気なくデルフがそう言うとサスティーは目を見開く。


「もうすぐですって? 何いっているの? あと二日後よ。もう一週間前から村中で準備しているのよ? デルフだけよ。準備してないの」


 半目で責めるように母さんが見詰めてくる。

 

 今まで忘れていたデルフはあははと苦笑いしかできない。


 精霊祭とはカルスト村で毎年開かれる祭りだ。

 精霊に祈りを捧げると精霊が畑などに降霊してその年を豊作にしてくれるとカルスト村で伝わっている。

 

 この儀式は村で選ばれた巫女が祭壇に上がり祈りを捧げることにより成立する。


(全然気付かなかった)


 グドルが帰ってくるということは精霊祭があると気付けたはずなのにそれよりも違うことに気が取られてしまった。

 

 グドルは精霊祭の警護担当をしており毎年この時期には必ず帰ってくる。

 

 そう考えるとさっきの大きな袋の中身は鎧だと予想できた。


 それで今年の巫女は誰かなと思いデルフはサスティーに尋ねる。


「今年の巫女は誰なんだ?」

「あら、聞いてないの? 今年の巫女はカリーナちゃんよ。美人で強いなんて羨ましいわね~」

「え? 全く聞いてないよ」


 巫女役は祭りの流れや作法などを徹底的に練習させられるので狩りに一緒に行く時間なんてないだろうに。

 

(そうか! あいつ逃げたな。そして狩りの最中に怒られるのが怖くなり帰ったと言うわけか。どおりであいつから帰るとか言ったわけだ。いつもなら薬草採取も手伝うと言い出しかねなかったからな)


 その後、家族で談笑を繰り返した。

 

 話しているうちに食事も終わり温かいお茶を啜る。


「それじゃぁ。だいぶ歩いたし今日は早めに寝るとするか。明日は柵を直さないといけないしな」

「僕ももう寝るよ」

「は~い。二人ともお休みなさーい」

 

 サスティーは食器を洗いながら言った。


 デルフは二階の自分の部屋に入り薬草が半分入っている鞄を床に置いてすぐさまベットに飛び寝転んだ。


「ふぅ~。今日は疲れたなー。明日は早く起きてリラルスの薬を作って……あー包帯あったかな? 無かったら買っていくとするか」


 寝転びながら明日の予定を立ててゆっくりと目を瞑る。

 

 思っていたより疲れていたのかリラルスの治療を終えて眠ってしまったはずなのにすんなりと夢の世界へ入ることが出来た。

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