第4話 傷だらけの女性

 

 カリーナを見送ったデルフはすぐに森の散策を始めた。


 さっきの場所よりも木が密集し見渡せば至る所に茂みがある場所に移動する。

 湿気が強いせいか蒸し暑くじわじわと汗を掻く。


 この場所は槍ボアがいた場所よりも少し奥に進んだ場所にある。

 

 ここには生物が全く生息していなく、もしいたとしても危険度が一にも満たない程度の動物しかいない。

 

 生物が生息していないということは手が付けられていないため薬草が大量にある。

 つまり薬草の宝庫というわけだ。

 

 薬草が多くあり中層ぐらいにも関わらず危険度が低い動物しかいない。

 

 戦闘が苦手なデルフからしたらまさにうってつけの場所だ。

 

 村の中でもここを知っている人はデルフしかいなく薬草がなくなったらいつも来る穴場にしている。

 

(誰もこの森の中に安全な場所があるなんて思わないからな)


 そんな挑戦の森の隠れた秘境だが動物が少ない理由はこの場所にある植物が関係している。

 

 その植物の名前はフラメシ花(バナ)という。

 

 下にある二枚の芽から伸びた細い蔓が周りの木などに巻き付いており蔓の横にはいくつもの大きな花が所々に咲いている。

 

 その花弁は白く繋がっている合弁花であり縁はほのかに赤い。

 

 そしてこの花の特徴は異様な匂いがする。

 

 途轍もない臭い匂いがするらしいのだ。

 

 嗅覚の良い動物はまず近寄ろうともしない。

 

 臭いらしいと曖昧なのは人間の嗅覚では不思議な匂いにしか感じないからだ。

 

 一部の農家では畑などに置いて動物避けにしているところもある。

 実際にカルスト村にもフラメシ花を置いている家を見たことがあった。

 

 この場所に来る動物は嗅覚が鈍いか人間に近い嗅覚をしているのだろう。

 

 しかしデルフは少し違和感を覚えた。

 

 周りの様子を見渡してみるがいつもよりも動物が少ない。

 

 いや思い返してみればここに入ってからまだ一度も動物を見ていない。

 いつもは小動物ぐらいならちらほら見かけるはずなのに。


 何かいつもと違うような違和感を感じる。

 

 だが、まぁ気のせいだろうと辺りを薬草を探すことにする。

 

 思った通りここは薬草の宝庫となっており辺り一面に薬草が生えていた。

 

 デルフは腰を下ろしていそいそと薬草採取に勤しんだ。


 小さい芽は取らずに大きいものだけを取っていく。

 全て取ってしまっては次に来るときの分の薬草をなくなってしまう。

 

 何事もなく着々と採取が捗り、思いのほか薬草が多く取ってしまい鞄が薬草で埋まろうとしていた。

 

(今日は薬草だけで山菜はまた今度だな)


 そう考えていたとき隣の茂みがガサガサと揺れた。

 

 異質な空気を感じてから警戒を絶やすことがなかったデルフは腰に下げている剣にすぐさま手を掛ける。

 

 依然とその茂みは揺れていたが突然その揺れはピタリと止みその中から小動物が顔を出した。

 

 その動物の種類までは分からないが手のひらサイズの小さなリスだった。

 少なくとも危険ではないだろう。 



 デルフはホッと安堵の息を吐き、胸をなで下ろす。

 

 リスは真っ直ぐにデルフの顔を凝視していた。

 

 そして茂みから飛び出るとデルフの横を歩いて通り過ぎていく。

 

 デルフはリスから意識を鞄に向ける。


(そろそろ帰るか)


 鞄を背負い来た道を戻ろうとしたとき足下に石ころが転がってきた。

 大きさはちょうどさっきいたリスの手のひらぐらいでもの凄く小さい。

 

 しかしそれでもデルフはびくっと驚いた。

 

 ゆっくりと視線を動かし石が飛んできた方向を見てみると先程いたリスがまだそこにいた。

 

 相変わらずデルフを凝視している。

 

(なんだよ、お前が投げたのか。というよりまだそこにいたのか……)


 驚かせるなと思いながら少し睨んだ。


 咄嗟に剣にかけていた手を下ろし改めて帰るために足を動かそうとしたとき、またも小石が飛んできた。

 

 流石に二度目は驚かない。

 

 呆れたようにデルフが振り返るとリスは前を向いて動き出しすぐ止まりまた振り返って凝視してくる。

 

 そのリスの様子を見てデルフは疑問に思った。

 

(もしかしてこっちに来いと言っているのか?)


 どうしてそう思ったかは勘だというしか言いようがない。

 

 デルフは少し興味が沸き好奇心でついて行くことにした。


 しかし、勘違いかもしれない。

 

 試しにもう一回帰り道を歩こうとするとまたも小石が飛んでくる。


(勘違いじゃないな) 


 帰り道に踏み出そうとしていた足をリスがいる方向に切り替えて歩き出すとそれを待っていたかのようにリスは走り始めた。

 


 

 いったいどれぐらい歩いたのだろうか。

 

 三十分は歩いた気がする。

 

 まだリスはとことこ走っている。

 

 時折、茂みの中に飛び込んだりするので見失わないようについて行くのが大変だ。


 そう思っているとちょうどまた茂みの中に潜っていった。

 デルフは顔をしかめて溜め息を交えながら茂みを掻き分けて後を追っていく。


 しかし、多少は危険な動物がいることを覚悟して慎重に進んでいたがその姿が全く見当たらなかったことが少し気掛かりだ。

 

 まだ、捕食者(プレデター)が生息する場所まで足を踏み入れていないと思うが歩いた距離が曖昧になってきたので注意していかねばならない。

 

 だけどデルフの勘違いでもしここが捕食者の領域内ならば話が別になる。

 

 当たり前のことだが捕食者が生息する場所には小動物は全く寄りつかない。

 そう考えると動物が見当たらないということは不自然ではない。

 

 しかし思い返すと先に採取していた場所にも小動物がいなかったことはこれでは説明がつかない。

 

 答えのない自問自答しても切りがないと感じたデルフはとりあえず注意をさらに強くすることにした。


 リスが入っていった今回の茂みは想像よりも深かった。

 

 やがて茂みを抜けると木々がゴッソリと抜けたかのような広々とした空間が目に入った。

 

 周りにある茂みによってその空間に円を描いているように見える。

 

 自分のくるぶしにも届かない短い草が地面を覆い尽くしており小さな草原になっている。

 

 草原の中心にはこの森で見てきた木より一回りも二回りも大きい木が聳え立っていた。

 

 その木には夕方になろうとしているのに朝日かと感じさせるような日光を浴びており神々しさを感じられる。

 

 その光景を見て僅かな時間だが息を呑んで立ち止まってしまった。

 

 茂みの役割が境界線であるかのように並んでいて同じ森の中とは思えない光景だ。

 

 その木の根元に目を向けるとそこにリスが立っていた。

 まるで案内が終わったかというように毛繕いをしている。

 

 なぜリスがここまで導いたのか。

 

 その理由を探すため木を眺めたり触ったりしたが特にこれといって思い当たることはなかった。

 

 リスのただのいたずらで勘が外れたかなと少し一人で恥ずかしく思っていたが木の後方から人の気配がした。

 

 こんな場所に人間がいるはずがないと思っていたデルフは緩めていた気を瞬時に引き締めて警戒を強める。

 

 その正体を確かめるべく木の後ろに素早く回った。

 もちろん、腰に付けた剣をいつでも引き抜けるように手をかけることを忘れてはいない。

 

 そこには木に背を預け座るようにして寝息をたてて寝ている人がいた。

 

 年齢は見た感じデルフとそう変わらないぐらいの容姿をしているが顔の妖艶さが目立ってしまう。

 

 髪は長髪の黒であり艶めかしく肩に掛かっている。

 また服装も見たことがなく珍しく感じた。

 

 服装は黒のロングコート羽織っておりその下にも黒の服を着衣して下衣は濃い紫のズボンであった。

 

 男性か女性か分からない中性的な顔立ちをしているがやや女性寄りに見える。

 目を動かしていき細やかながら胸に小さな膨らみがあるので女性だと確信した。

 

 差している光が寝ている女性の姿を映し出しているように感じまるで絵画みたいに見え思わず息を呑む。

 

 デルフはしばしその女性の姿に見惚れてしまっていたが、やがて女性の服が所々不自然に破れているのに気付いた。

 いや、破れているというより切り裂かれているという方が正しいかもしれない。

 

 その切り裂かれた服の隙間から皮膚が見えておりそこから黒い液体が滲んでいた。

 

 さらに見てみると腹部の左辺りから中央にかけて服が大きく切り裂かれている。

 そこからも黒い液体が滲んでいた。


 黒の服を着ていたので目立たなかったが、ふと女性が座っている地面の下を見ると草が茂っているがそこには黒の水たまりができていた。

 そして女性の身体を見てみると今も黒い血が流れている。

 

 デルフはようやく黒い液体の正体に行き着いた。

 

「まさか、これって血?」

 

 これが噂の捕食者という可能性を考慮したが捕食者は動物であり人ではないことからすぐさまその考えを消した。

 

 これは早計で浅はかだったかもしれないが自分の勘をもう一度信じることにした。

 

 それよりも黒い液体が血液と分かった今、疑問が解ける。

 

 服装が切り裂かれているところには当然斬り傷があった。

 

 それも一カ所だけではない。

 

 数えるのが億劫になるほどの量だ。


 傷だと分かった瞬間、女性がたてていた寝息が呻き声に聞こえてきた。

 

 この出血量だと早急に手当てをしなければならない。

 

 特に腹部の裂け目は酷い重症でまだ生きているのが不思議なくらい深い傷だ。

 

 急いで背負っていた鞄を地面に下ろして先程採取した薬草と筒に入った水を取り出して応急手当をすることにした。

 

 噂では治癒魔法というものがあるらしいが使い手は極小でそもそも魔力がないデルフにそんな選択肢はない。

 

 急ぎと焦りが混ざってしまい乱雑に置かれた水筒と薬草。

 

 もちろん薬草はそのままの状態で使うのでは意味を成さない。

 

 まずはしっかりと傷を見るために女性の服を破り傷口に水筒の水をかけて血を落とす。

 

 次に動物の皮でできた自分の上着を脱ぐと剣をナイフの様に扱い上着を切って簡易的な包帯を作る。

 所々不格好だが包帯の役割が果たせればいいだろう。

 

 余った部分を傷口に押さえつけて止血をする。

 

 次に周辺に手頃な石がないか探し丁度良く平らで大きい石と拳ぐらいの大きさの石を一つずつ運んできた。

 

 それらの石を少量の水で洗い挟み込むように薬草をすり潰した。


 そして乱雑な包帯にすり潰した薬草を塗りつけ女性の腹部に丁寧に巻いた。

 

 他の傷は水で洗いすり潰した薬草を手で塗っておく。


 この程度では気休めの治療にしかならないと思ったが女性のうなされた声も止みひとまず危機は去ったように見える。

 

 手当てが終わり張り詰めていた緊張が途切れ大きく息を吐く。


 するといきなり疲れがバっと広がってくる。

 

「少し休憩だ……」


 デルフはその場に倒れ込むように寝転んだ。

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