第3話 デルフの戦い
息を呑む間もなく木が崩れ倒れる音が森の中に響く。
その木の麓には倒れてピクリとも動かない槍ボアの姿があった。
デルフは見えていなかったが恐らく槍ボアは殴り飛ばされその先に木が立ち塞がり衝突した。
そしてその衝撃に耐えきれず木が倒れたのだろう。
実はカリーナの戦闘という戦闘は見たことがなかったためデルフはポカーンと口を開け驚いていた。
カリーナは強いというのは周知の事実で村の中なら誰もが知っていることだ。
しかし、まさか槍ボアを真っ向から挑んで瞬殺できるほど強いだなんて思ってもいなかった。
終わったなとデルフは走って行くと手をピースに形作ってどや顔のカリーナがそこにいた。
フフンと言い倒れていた槍ボアを片手で持ちあげてそれを僕に突き付け見せつけてくる。
槍ボアの円錐状に尖っていた鼻が見るも無残に先程までの面影もなく何重にも重なっていくようにへこんでいた。
(馬鹿げた力だ……)
しかしあの尖っていた鼻に直接に拳をぶつけたのだからカリーナも傷を負ったのではないかと心配して視線を向ける。
その心配も無用と言うかのようにカリーナの右拳は一切の傷を負ってなかった。
無敵かよとデルフはそのカリーナのでたらめな強さに呆れてしまう。
溜め息も零れてしまったが仕方がない。
「あれ、どうやったんだ? 一瞬右手がぶわって光ってすぐに槍ボアが飛んでいったあれ」
「フッフッフ。お前にはそう見えたか! お前がそこまで言うのなら教えてやらんこともないぞ」
また一段とカリーナのどや顔が深まった。
「こいつだんだんと調子に乗ってきてないか?」と少し苛つき注意しようとしたが今更なのでグッと我慢した。
(さっきから我慢してばかりじゃないか? ストレス溜まりそう……)
そう考えている合間にもカリーナが意気揚々と説明を始めた。
「なぁに簡単なことだ。全魔力を右手に集中させているだけだ。分厚い膜が拳を覆っていると想像してみるといい。これが私の必殺技の羅刹一打だ」
右拳を軽く突き出しかっこいいだろうと自慢してくる。
だが、羅刹という意味を知っているのだろうかとデルフは苦笑いを浮かべる。
(人食いの鬼という意味だぞ……。だけど、かっこいいと感じてしまうのなぜなんだ?)
カリーナはさらに魔力があれば簡単にできる技だと付け加えた。
「よし! この技をお前にくれてやるぞ」
胸を張り威張りながらそう言った。
こいつ流石にどや顔しすぎだろと思ったがそれよりも言いたいことがあった。
「なぁいいか?」
「フッフッフ。何でも言って見るといい!」
「ではそれに甘えて……僕に魔力はないぞ」
「あっ!」
カリーナは「忘れてた!」みたいな顔をして驚愕を露わにした。
(なにこいつ。もう忘れているの? 僕が気にしてあまり言いたくなかったことを言ったにも関わらずもう忘れているの?)
ここはガツンと言った方がいいだろう。
しかしいざ、言おうとしたとき、
「と、とにかくお前の番だぞ。やってみろ!」
と話を変えられてしまった。
僕にはカリーナみたいに押し切る力がないと既に悟っている。
(やっぱり僕の意志って自分が思っているより弱いのかな?)
この草みたいにふにゃふにゃなのだろうかと足下の草を足で撫でるように蹴ってやさぐれてみる。
(……カリーナが強いだけだな。うん)
デルフはそう考えることで現実逃避を試みる。
気を取り直し僕は槍ボア探しを再び開始した。
しばらく探すと先程と同じ光景で木の根元に鼻を近づけフガフガと餌を探している槍ボアがいた。
(よし、見つけたぞ)
背負っている鞄を下ろす際に後ろをチラリと見る。
呆れて溜め息が零れそうになる。
後ろで腕を組みながらフムフムと頷いている少女は無視して準備を始めることにする。
(どうせ、何も考えてないだろこいつ)
デルフは何回か槍ボアを狩ったことがある。
しかしカリーナみたいに真正面から戦ったことは一度もなく戦えと言われても勝てる自信は全くの皆無だ。
カリーナのようにあんな力押しを真似できるわけがない。
デルフには自分なりの戦い方がある。
そのデルフの戦い方は罠を張ることだ。
まず、気配を消して槍ボアの後ろに回る。
その際に自分の後方に木があるのを確認しその直線上に槍ボアがいることを確認する。
そうして槍ボアとの距離が中心よりもやや後ろのところに気付かれないように移動した。
次に鞘を付けたままの剣を腰から抜き地面に突き立てた。
そのまま上下に動かし小さな穴を作る。
あまり音を立てたくなかったため本当に小さな穴だ。
これで準備は完了だ。
周辺の手頃な石を拾い槍ボアに狙いを定めて投げる。
山なりに飛んでいった石ころは未だ木の根元で餌を探している槍ボアの腰に命中した。
当たり前だがその程度では槍ボアを倒すことは不可能だ。
せいぜい怒らせるくらいが関の山だろう。
後ろから、「その攻撃は何だ?愚か者!」と叱責する声が聞こえる。
とりあえず無視だ。
それぐらいデルフも重々承知している。
むしろ怒らせることが狙いなのだ。
槍ボアの習性で敵対するものには自慢の鼻で突き刺すために突進する。
先のカリーナとの戦いでもその習性が顕著に出ていた。
その習性を利用するというわけだ。
狙い通り槍ボアは一直線にこちらに向かって突進を開始した。
少しずつ距離が縮まっていく。
デルフは石を投げた場所からまだ動いていない。
槍ボアの鋭く尖った鼻が次第に迫ってくる。
(もう少し……)
十分に引きつけて槍ボアが穴の寸前に来たときデルフは横に飛び退いた。
それに気付いた槍ボアも方向転換しようとするがもう遅い。
槍ボアは止まることができずに砂埃を立てて地面を滑って穴に向かっていく。
急に速度が衰えることはなく穴に足が落ちると同時に引っかかって地面から身体ごと離れた。
走ってきた勢いがそのまま槍ボアを宙に飛ばしてしまう。
縦向きにクルクルと槍ボアは回っていきやがて木にぶつかった。
ちょうど尖った鼻が木に直撃してしまいへし折れてしまった。
木が倒れていく様を見て槍ボアの鼻の威力を再認識して改めてカリーナの強さに感嘆した。
(カリーナは槍ボアに拳で勝ったんだよな……)
後ろでほうと息を漏らしているカリーナを横目でチラッと見た。
(もしかしたらこいつ素手で岩を簡単に粉々にできるんじゃないか……)
考えて怖くなったデルフはカリーナを怒らすのはなるべく控えようと心に誓う。
槍ボアの近くによると倒れた木に鼻が突き刺さり計算通りに身動きが取れない状態になっていた。
今度はしっかり鞘から剣を抜いて動けない槍ボアにとどめを刺した。
「これでよしと……」
カリーナがそっと近寄って息絶えた槍ボアを右肩に担いだ。
左肩にはカリーナが倒した槍ボアが担がれている。
「面白かったぞ。デルフ! お前らしい実に素晴らしい戦いだった。それとお前の師匠としていくつか助言を行う」
(師匠って……もういいよ。何も言わないよ)
「まずは……そうだな。力のほうは毎日の積み重ねだ。剣の腕も努力すればいい。はっきり言って剣技についてはわからない!」
(分からないなら師匠名乗るなよ!!)
ただ,毎日の積み重ねという言葉はデルフの胸に刺さった。
剣技の練習を始めてすぐに全くできないと匙を投げていた事を思い出す。
「そして……いくら父親が強くてもお前はお前だ。最初は弱くてもいい。何を言われても我慢していつか見返してやればいいんだ。気に持たなくていいんだぞ」
その言葉に何かぐっとするものがあった。
今まで励ましてくれた人の言葉には哀れみやら同情やらが感じたが初めて本心から励まされた気がした。
裏表のないカリーナだからそう思えたのかもしれないがデルフにとっては嬉しかった。
そのおかげかデルフは頑張ってみようかなと考える。
「まぁ頑張ってみるよ」
素直ではないデルフは素っ気なく答える。
「フッフッフ。デルフなら大丈夫だ。期待しているぞ」
カリーナがそんな態度を気にすることなく師匠役を演じ笑顔でそう返してきた。
「あと、気に病まないだぞ」
そうデルフががぼそっと呟く。
「ぐっ! うるさいぞ!!」
カリーナが顔を真っ赤にしながら怒った。
その光景を見てデルフは久々に大きく笑った。
カリーナもそれに釣られて怒っていた顔もいつの間にか笑顔に満ちていた。
「槍ボアを獲ったことだしそろそろ帰るとするか」
カリーナはそう言ったが僕は家の薬草が切れていることを思い出した。
まだ時間も早いのでこの際だから採取しようと考える。
念のために鞄を持って来たのが功を奏した。
「いや、僕はもう少しここで散策してみるよ。薬草や山菜を取りたいから」
「それなら私は槍ボアの状態も気になることだし先に戻ってサスティーさんに渡しておいてやるぞ」
自分一人では一頭を持って帰るのは時間がかかる。
二頭なら尚更だ。
薬草を取るにあたり槍ボア二頭の状態が気がかりだった。
そのことをカリーナに頼もうとしていたからちょうどよかった。
女子に荷物運びをさせるのは少し恥ずかしく罪悪感に苛まれたが先の戦いを見て気遣うのは無用に思える。
ここはカリーナに甘えさせてもらうことにした。
「すまないな。ここはお願いするとしようかな」
「任せておけ。お前もここはまだ安全とはいえ気を付けるのだぞ」
そういって両肩にイノシシを二頭担いで村に走って戻っていった。
その際に振り返り大声で「遅くなるなよー!!」とカリーナの木霊する声が森に響く。
デルフはその言葉に腕を上げて応答するとカリーナは気分良さげにスキップしながら村に帰っていく。
(二頭担ぎながら走れるなんて……しかも物凄く楽そうに。カリーナの強さは本当に化け物じみているな)
あとはもう少し賢ければ非の打ち所はないのだがとデルフは尊敬の念を抱きつつも少し残念な気分になった。
そして、カリーナを見送ってからデルフは森の散策を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます